第1話 不揃いカード
2021/11/06 追加
目的地であるマギク州の州都は、高高度にある巨大な浮遊岩の上だ。
一定の周期で本来の土地から離れるため、時期によって到着時期が異なる。
透明なガラス窓から見える景色は、荒れ地から一転隙間なく広がった緑の絨毯。
地平線の向こうまで続いていそうな景色は、全て化石樹の葉だ。
なるほど眼にした相方が空に大地が広がっていると評するわけだ。
実際連邦国としての首都に当たる議会都市ステラムは、この樹上に作られている。
随分と大掛かりではあるが、浮遊岩と飛行船技術があってこその産物だろう。
『間もなく州都バトイディアに到着します。危険ですので個室へお戻り下さい。お降りのお客様はお手荷物などお忘れないよう――。』
「二日かぁ、結局小さな魔獣が来たくらいか。」
「それも護衛船で一掃する程度だったな、空となれば何事も無いほうがありがたいが。」
船内に張り巡らせた伝声管から着港のアナウンスが入る。
バシリス嬢のものに比べれば速度は落ちるが、決して遅いわけではない。
特別室なだけあって、お嬢様たちの部屋は全て個室。
展望台を兼ねたラウンジに出れば、専用の乗降口に繋がっている。
おかげで近づいてくる巨大な岩山を確認することができた。
「……ああいう形状も、ロマンがあります。」
お嬢様の口をついて出た言葉を理解できたのは相方だけだろう。
ところどころに緑の残る山は、大きく形を変えること無く建物が張り付いている。
高低差のある部分には蒸気機関製の大きな昇降機が据え付けられていた。
最外周は首都ということもあり、城壁の体を成していくつもの火砲が並んでいた。
城壁の稼働もするのか、要所要所に蒸気機関が組み込まれている。
一見すれば空に浮かぶ巨大な城だ。
「水の問題は、大掛かりな刻印を城壁に仕込んでるね。雲の一部を変換してるみたいだ。それに随分厳重な結界も作ってある。」
「なるほど、問題なく人が住める環境を整えてある。」
「地上に比べて随分緑も多いです。排煙の問題もあると思ったのですけれど……。」
碧の瞳が魔力の流れを汲み取る。
立ち上る排煙には自動分解の術式影響が見受けられた。
総合な技術と設備、それにお金がかかるはずだ。
にもかかわらず、それを全域に用いている。
「……どれだけ裕福なんですか、マギク州は。」
「確か、地元が真銀の産地の一つだろ。それに王国との技術連携が一番発展してんのもここだ。」
「連邦側の特許ですか。……ここまで揃えば確かに、目の敵にされますね。」
首都で行われた研究成果は、空という絶界のため流出しづらい。
環境と技術が生み出す最先端。
逆を言えば、この場所が世に渡る技術を決めている。
異世界では架空の世界でしか見られなかった都市。
実態を知れば夢ではなく現実が待ち構えている。
「州長といい、職人気質の人が多いからだったかな、と。揺れるよエル。」
「あ、ありがとうございます。」
会話をしている間に着港。
船体が大きく揺れるが、ゼルド氏がほんの少し慣性に揺られたくらい。
いつでも即座に動けるように最善の姿勢を。
学問は言わずもがな、体術についてもセラの教えに妥協はない。
「……なんでわざわざ見せつけるの?」
「転びたくはありませんでしたので。」
だが、それはそれ。
折角心配してくれたのだから沿いたくなるのがお嬢様の乙女部分。
素人目から見ても全くブレていない身体を相方の腕へ預けた。
阻害効果があるとは言え、勇者の感情が及ぼす影響力は侮れない。
ほわんと胸中が世界へ反映され、大いなる魔力の流れが活発になる。
最早何度目かも解らぬミリィ嬢のうんざりした視線にも慣れてきた。
何事もなかったのをいいことに、二人は四六時中こんな感じだ。
「とっとと降りんぞ。エルシィがリーダーだろ、さっさと荷物もって先行け。」
「「あ、はい。」」
とは言えフォクシ嬢の呆れ声は無視できない。
姉弟子だからというよりは、セラと声質が似通っているからだ。
幼い頃からの刷り込みというのは非常に強い。
さすが親子、と二人同時に考えてしまったのが仇となった。
「……あ゛?」
「さあ、降りましょうか!」
「荷物は持ったよ!」
狐人は他人の心を読む。
セラがドスのきいた声を出したことはない。
一気に不機嫌オーラを放つ姉弟子から逃げるように船を降りた。
* * *
発着場の有様はスキア州とさして変わらない。
飛行船を受け止める数十層の緩衝刻印、乗降口に接続される連絡通路。
蒸気機関の燃料を積み込むための早馬に、整備士たちが乗って移動する。
大きな破損が見つかった場合の工房へは、着地した土台が動いて運ぶ方式だ。
他にあるものと言えば改札口程度。
あくまで発着場は通過地点だ。
土産物屋も無ければ待合室もない。
「そう言えば、州長との面会は……やはり身分を明かすしかないですよね。」
ことは王国の根底に抱える問題に関して、協力を仰ぐことだ。
高位ならともかく、ただの冒険者が国同士を巻き込めるわけがない。
該当国家に所属し、ある程度内政に関わりのある者が理想的だ。
そう考えれば身分開示くらいしか浮かばない。
「お前、考えずに来たのかよ。」
「……何とかなるかな、と。」
友好的な州の中で最も近かったのがマギク州だ。
国内にはびこる墓荒らしへ対抗するため、国外で力を蓄えるのが連邦国にきた理由。
協力を募るには無視できぬほどの名か、身分を明かしてテーブルに着くしか無い。
常識外の妹弟子のことだ、何かあると思っていたフォクシ嬢が頭を抑えかける。
「あ、今回は本当に何とかなるみたいだね。」
その悩みを吹き飛ばすように、ルゼイアが声を上げた。
改札口を出た所、降りたばかりの人でごった返す中で見知った人を見つけたらしい。
続いてお嬢様も煙色を人型に止めた魔力を知覚する。
「あれは……。下で会った時に比べて、随分魔力操作が精密ですけれど。」
「これも職人気質……なのかな?」
それはバシリス嬢のものだった。
あの時ドタバタしていたことは確かだ。
激情のあまり吹き荒れていた体内魔力は今や一転。
髪の先に至るまで正確に押し止められて漏れがない。
対してお嬢様の体内魔力は、魔道具で抑え込んでいるが大変目立つ。
こちらが気づくくらいだ、当然彼女達が気づかぬはずもない。
「……でも、お忍び。だから、全然近づけない。」
「ちょっ、あなた方道を、道を開け……!」
丁度行商の一行が町中向けて移動していくところだ。
小柄な身体がその流れに抗えるはずもない。
ぴったりと人型を保っていた魔力がざわざわとゆらぎだす。
一つのことに熱中すると、他が疎かになりがちな所も職人気質。
「おい、癇癪起こすぞアレ。」
「今すぐ向かいますから、もう少し待ってくださいね! ……すみません、先に行きます。」
人混みの中大声で名乗られようものならお忍びで迎えに来てくれた意味がない。
流れに沿うのであれば、人混みをかいくぐることも容易だ。
大荷物を背負うゼルド氏が居るため、全員が素早く動けるわけではない。
先んじてお嬢様と相方がバシリス嬢の元へたどり着いた。
「ごきげんよう。折角お忍びで来てくださったのですから、もう少しこらえて下さい。」
人が多いため、バシリス嬢の本名を口にすることはしない。
彼女のお忍び姿は、動きやすそうなオーバーオールに大きなフライトキャップ。
特徴的な縦ドリルは軒並み帽子の中に詰め込んでいるのだろう。
これでは工房の小間使にしか見えない、お忍びとしては上出来だ。
「お手数をおかけします、エルシィ様。熱くなりやすい性分でして。」
襲撃まで受けた本人が、お膝元とは言え一人で歩くはずがない。
側にはきっちりと執事、モルドモ氏が控えていた。
こちらも執事服ではなく、オーバーオール型の作業服だ。
バシリス嬢のものと違って実際に油汚れの痕が多い。
「ふ、ふふふ! この人の流れ、どうしてくれようかと――むぐ。」
「お忍びなのですから、もう少しお静かに。」
バシリス嬢の体内魔力から統率が解け、大いに荒ぶりだした。
慌ててお忍び令嬢の口に指を押し当てて黙らせる。
人が多いのだ、こんなところで立ち話をするわけにも行くまい。
何せ相手はこの州の長の一人娘なのだから。
「どこか場所を移せないかな……あ、うん、工房だね、工房に行きたいんだね。」
相方が場所を移す提案をした瞬間、バシリス嬢の眼に殺気じみた訴えが宿る。
その意志の強さたるや、過去のお嬢様を思い出した相方が即座に察した。
去り際の叫びは嘘偽りなかったらしい。
「……。」
当然お嬢様からも刺すような、拗ねたような視線が向けられている。
若干唇を尖らせるが、何かを言うことはなかった。
相方は思い出しただけで、バシリス嬢にお嬢様を重ねたわけではない。
ほんの少し視線が逸れたことが気に食わなかったという子供じみた理由だ。
「……エル、悪かった、悪かったって。」
ご機嫌取りに相方の手がフードに潜り込み、頭に置かれる。
優しく意志を伝えるような梳き方は、しょっちゅう彼にしていた撫で方。
ふぅ、と安心の息を吐いて手打ちにすることを伝えておく。
お嬢様の意識に感化され、周囲の魔力が甘い暖かさに染まりだす。
「お二人は、ええと……仲が、とてもよろしいのですわね。」
そんな二人を前にして、バシリス嬢が遠慮がちに声を上げる。
熱にあてられたのか、頬を染めて視線を盛大にさまよわせていた。
ある種興味を含んだ視線は、二人の距離感に対してだ。
「……渡しませんからね。」
当たり前だが、目の前で見せつけられてそんな意図が生まれるはずがない。
お嬢様が浮かべた極上の笑顔は認識阻害が打ち消してくれる。
ずごん、と頭部に衝撃が落ちて目の前が一瞬黒く染まった。
「往来のど真ん中で何やってんだド阿呆共。そういうのは二人だけの時にしろ。」
「それで……良いのか……? 余計止まらなくなりそうなのだが。」
「ここまで重症だと、荒療法でなんとかするしかない。」
フォクシ嬢達が追いついて、暴走気味の二人に鉄拳制裁というブレーキをかけた。
相方への執着は、先日一緒に眠る安心感を思い出してしまったのが原因だろう。
何せ生まれてから人生の大半を相方と一緒に過ごしていたのだ。
取り戻してしまった今、たとえ男女を意識しても再び手放すのは難しい。
「エルの頭が殴られ慣れてか、すごく硬っ……!」
「だ、誰が石頭ですかっ!」
唇を尖らせながら、乱れやすい感情の再調整。
貴族のたしなみ、仮面を被ることにも随分と慣れてきた。
表情が整えば自然と内心も引っ張られる。
一方相方は、まだ手の平をさすって痛みを逃している。
竜の質量すら貫通させるのは流石六ツ葉だ。
「すみません、少し浮かれてしまいました。それではご招待をお受けします、ええと……。」
本名をこんなところで告げるわけにはいかない。
一瞬だけ口ごもったが、即座に思い至ったバシリス嬢がフォローを入れる。
「リースですわ!」
「こほん。モルドです。」
イロモノご令嬢とは言えさすがは貴族。
バシリス嬢もすっかり表情を整えている。
ただし、すっかり口調が平素に戻っていた。
モルドモ氏が咳払いで注意を促すが、気づいた様子はない。
「早馬を用意してありますので、どうぞこちらへ。」
ならば早々に場所を変えたほうが良いと判断する。
人の通りから少し離れたところに数人乗りの早馬が停めてあった。
その形状は、いつぞやラディ氏が開いていたカタログに載っていたものだ。
当初より一人増えているが、全員乗り込んでもなおスペースがある。
「そう言えば、私たちがあの便に乗っていること、よく解りましたね?」
「あのチケットは特別ですもの。使用者が居れば即座にわたくしへ連絡が来ますわ!」
早馬の中は覗けないようガラスに細工がしてあった。
フードとマスクを外しながらの問いかけに、バシリス嬢は自信満々に告げる。
特別製と言うが、お嬢様の目にも普通のチケットにしか見えなかった。
連絡を取るための回路はどこにも仕込まれていなかったはずだ。
「魔法の類は一切使われておりませんので、気づかれないのも当然でしょう。」
モルドモ氏が補足説明を入れ、運転席へと座る。
会話がしたいオーラを出しているバシリス嬢に操縦桿を握らせるわけにはいかない。
小さな駆動音と共に機体が浮き上がり、移動を始める。
技術としては王国式のため、そこかしこで魔力が動きはじめた。
「なるほど、形状としては他のチケットとあまり変わりはありませんでしたから、透かしでも入ってたのでしょうか。」
「ご明察ですわ! 王国の方は魔力に頼りますけれど、わたくし達は技術に頼りますもの!」
「だからこそ、双方を照らし合わせて新たな物ができあがるわけですね。」
「ふふふ……! おかげで愛機の出力が二割ほど増しましたわ!」
「実装できたのですか。もう少し試行回数を要すると思っていたのですけれど。」
「図面に落とし込んでから、浮かぶ不具合は全て潰しましたもの!」
お忍びを気にせず会話を始めれば立て板に水だ。
バシリス嬢の発言に対してお嬢様が返し、更にバシリス嬢が相槌を打つ。
既にゼルド氏は理解を放棄し、窓の外を見ている。
「そう言えばそちらの猫人さんとは初めてお会いしますわね! バシリス・レグル・マギクですわ。どうぞよしなに!」
「ミリィ。ミリィ・レオルド。……すごく、うるさい。」
「猫人の方はあまり見かけませんの! ほら、ここは蒸気機関が多く動いていたり油の臭いが酷いでしょう!」
「……聞いていない。」
「苦手という方が多くって! ですが、きちんと静かな地区もありますわ!」
好奇心の矛先がミリィ嬢へと向けられた。
心底うんざりした表情や、伏せられた耳も何のその。
閉じられた空間にバシリス嬢の高めの声が駆動音以上に響き渡る。
きりきりきりとミリィ嬢の目尻が不機嫌そうに釣り上がり始めた。
「そういえば、バシリスさんの工房はどんな場所なのですか? 試作品や、蒸気機関で一杯でしょうか。」
ポップコーンでごまかせない程不機嫌になられても困る。
慌ててお嬢様が助け舟を出し、相方がこっそり音を軽減する。
好奇心を強制的に奪うには、音量に目を瞑って自慢したい話題を振るしかない。
そうなれば自然と声のトーンが跳ね上がるのは人の常だ。
「場所は一番高い山の中ですわ! 実はこの首都周辺、元々は活火山帯でしたの!」
それはお母様から事前情報として聞いている。
マギク州のある場所は、帝国の飛び地が点在するほどに火山活動が活発だ。
ある時数カ所のマグマ溜まりが繋がり、中間層の浮遊岩が大量に流れ込んだ。
巨大な浮遊岩と化し、その場所は地表から引き剥がされて一定周期を漂いだした。
異世界の常識ではまず考えられないような現象だ。
「ですので、山の中にはかつての噴火口跡が残っていますの! そこを整備、利用していますわ!」
「補足致しますならば、側には親方様の屋敷があります。件の捕虜はその地下に収容しておりますが、お会いになられますか?」
「……いえ、既に情報は届けていただきました。充分な内容です。」
「中は……ふふふふふ! そうですわね、ついてからのお楽しみですわ!」
意外にも一番のこだわりどころを話すことはなかった。
とは言え話したくてうずうずしている様子は狐人でなくとも分かる。
バシリス嬢はドッキリを仕掛けられないタイプらしい。
透明な窓から望む町並みは新たな発見がある。
明らかな高低差を利用した土台と、それらに沿って張り巡らされた足場。
直ぐ側に配管もあることから、整備用の側面もあるのだろう。
下で見てきたどの町並みとも違う。
「街の構造は、随分整備に重きが置かれていますね。部分換装も可能のようです。」
「拡張性もあちこちにあるね。……これでまだ、作りかけなのかな。」
「そう! バトイディアの設計も随分とこだわりましたわ!」
うっかり口を滑らさないよう話題を変えたが、バシリス嬢はそちらにも乗ってきた。
それも話してもいい自慢のネタを見つけたかのように目を輝かせている。
マギク州の首都そのものがバシリス嬢の設計思考のもとに作られていたようだ。
彼女の年齢から全てではないが、四歳の頃にお忍びで回った後に改案図面を提供。
色めき立った職人達がこぞって技術比べを始めた結果、技術革新が起きたらしい。
末恐ろしいのは、わざわざ別図面をそれぞれ得手とする派閥に流したという逸話だ。
「あの、私も自分のことは大概だと思っていたのですけれど。失礼ですが、バシリスさんは、その……。」
「好敵手が居るほうが技術は伸びるのですわ!!」
「このお姫様、危険人物?」
下手をすれば技術者同士で大喧嘩が始まりかねない。
そんな劇物を躊躇もなく振りまいたのだ。
ミリィ嬢の戦慄の眼差しも頷ける。
「まさか、本当にエル並みだなんて。」
「ルーゼーイーアー。」
最早身分はバレているが、それでも相方の名前は人のものを口にする。
幼い頃から一緒になって大暴れしていた仲だ。
まさかお嬢様一人に全ての責任を負わせるなんてことは許されない。
ただし、名を呼ぶその声は拗ねを内包していながら随分甘い。
抗議の意思表示、着物袖をきゅっと摘む様子にバシリス嬢が視線をさまよわせた。
おかげで熱弁が途切れる。
「……こいつは。」
同時にフォクシ嬢から呆れ果てた声が溢れた。
身体を寄せたらもう一発、と決めた所だ。
鉄拳制裁を免れるぎりぎりの触れ合い、的確に境界線を計っている。
技術の使い方はさておき、お嬢様は間違いなく貴族の一員だと思い知った。
「ええと、そうだ。バシリスさん。話には聞いてるんだけれど、マギク州が次の議会でフェイル州へ言及を行うっていうのは――。」
「ええ、事実ですわ! 流石に裏取りも取れました、見逃すにはしでかしたことが大きすぎます。」
相方がすかさず話題を繋げ、これ幸いにバシリス嬢が乗りかかる。
最も絆された相方の手は裾を摘んだお嬢様の手を取っていた。
見ぬふりをするのは平民貴族を問わぬ処世術だ。
「――出来れば皆様に王国側の証言者として議会に参加していただきたいのですわ。」
浮ついていた空気が一変する。
唐突に始まったのは趣味や雑談ではなく交渉だ。
お嬢様達は同時に居住まいを正した。
認識阻害の魔道具を外し、まっすぐ交渉相手と目を合わせる。
「……次の議会まで、数ヶ月と聞いている。」
「滞在にはきちんと部屋を手配いたしますわ。」
「おれら冒険者は、仕事しねーと収入が無いんだが?」
「わたくし達が雇うと言う形を取るつもりですの。」
懸念材料についてはあらかた答えを用意済み。
問われる内容に対して淀むこと無く返答を返す。
連邦国側の主張だけでは、州間の対立で終わってしまう。
だからこそ実際に被害に合い、その現場を見た王国側の証言者が必要だ。
当然ながら、ただの冒険者では発言力は非常に小さい。
身元が確かであり、嘘の証言ができない立場でなくてはならない。
「私が身分を伏せていることは、ご存知かと思いましたが?」
そういう意味では旧ベーラ領の領主となったお嬢様ならば言うことなしだ。
急な領主の挿げ替え騒動だ、連邦国に広まっていても何ら不思議はない。
おまけに今や、かの州がしでかしたことは面白おかしく各新聞社が取り扱っている。
一方お嬢様にも身分を隠して行動する理由があった。
下手に正確な位置を墓荒らしに提供してやるつもりはこれっぽっちもない。
議会で証言しろというのは、お嬢様がマギク州に身を寄せていると広めるも同然だ。
「直前までは、護衛に冒険者を雇ったと致しておきます。お嬢様はつい先日襲撃を受けたばかりですので。」
圧力の増した視線を受けたバシリス嬢に変わり、モルドモ氏が続けた。
手を出された以上、徹底的に追求しなければ州の在り方そのものが民に問われる。
マギク州側としては何としてもファウベルト領主の発言を得ておきたいことが解る。
「それにです。流石に議会までの期間が空けば、時期的にも一度領土に戻らざるを得ないと思いますわ。」
「……あらかた準備が終わってるね。ひょっとして、助けた辺りから考えていたのかな。」
相方の言葉は問いかけではなく確認だ。
土地の押しつけはお嬢様達が連邦国に渡ってすぐに行われた。
王国側と連絡は取っているが、領主本人は一度も戻っていない。
その程度の情報は、王国側の新聞を取っていれば簡単に集まる。
問題はそこから得られる追加の情報。
現在は領主代行が取り仕切っているが、長期間戻らないと外聞に関わる。
封建された時期から逆算すれば、議会の時期が丁度ぎりぎりだ。
現在地が判明したとしても、即座に戻れば再び移動先を煙に巻くことができる。
「否定は致しません。利用するような形になるのは申し訳有りませんわ。ですが、我が州としては今回の違法技術は流石に看過できません。また、連邦国としても王国へ誠意を示さねばなりません。」
今のバシリス嬢にイロモノご令嬢の姿は見当たらない。
お嬢様の視線を真っ向から受けてなお見返してくる意志の宿った燃える赤瞳。
夜会において王国貴族を怯ませた圧力を受けても歪まない。
なるほどお父様が頑固者と評する州長の血を受け継いだだけのことはある。
「……新しく冒険者を雇ったとすれば、それも話題に上がりそうですけれど。」
「エルシィ様方の他に、常在の冒険者も居ります。状況もありますゆえ、不自然には映りますまい。」
どの道お嬢様は力を借りるつもりでここまで来たのだ。
マギク州の意志と覚悟は充分確かめられた。
一度碧瞳が瞼に隠され、開かれた時には柔らかなそれへと転じる。
渡りに船、そもそもお嬢様が協力を仰ぐべき立場なのだ。
「わかりました。私の方も打算が無いわけではありません、協力させていただきます。」
「その代わり、僕は議会の前後に少し動かせてもらうよ。僕たちは僕たちで別の相手がいるからね。」
二人の間には絆という強い繋がりがある。
距離が離れることに抵抗はあれど、互いに互いの視点を共有できる。
議会で証言に立つのは、領主が居れば充分だ。
ようやく和らいだ空気にミリィ嬢とゼルド氏が同時に息を吐いた。
「姉御もだけど、どうしてこんな空気の中で息できるの。」
「というか、早馬の中でするような話なのか……。」
「ま、社会勉強だと思えばいいさ。」
方や裏世界の住人兼気分屋な従者、方や傭兵である。
こういった場に遭遇することは中々ない。
フォクシ嬢が平然としているのは、六ツ葉となればこんな場での仕事もあるためだ。
「ああそうだ。証言するっていうのならもう一人、呼んでおいたほうがいいかな。」
「確かに一番の関係者ではあるのですけど……思い出させるのは酷ではないでしょうか。」
「適任の方がいらっしゃいますの? もちろん協力を約束していただけた以上、我が州は歓迎いたしますわ。」
お嬢様と相方のやり取りにバシリス嬢が不思議そうに首を傾げた。
この辺りは技術者と戦士の違いだ。
計器上ならまだしも、入り乱れる特定の体内魔力を見つけ出すことは難しい。
連邦国に入ってから、様々な魔力に紛れてついてくる絶望を通り越した体内魔力。
魔王は透明という色彩を纏った件の被害者、バレッタ氏を呼ぶつもりだ。




