第8話 ため息によるカンタータ2
2021/08/23追加
結局目的地に到着したのは翌朝、お母様達と軽く連絡を取り合った後だった。
出力の問題や被牽引車両の強度の関係上、こればかりは仕方がない。
「携帯型の空調設備、理論を編んでおけばよかったです……。」
牽引車から降りた際、一同感じたであろう感想をお嬢様が零す。
内部は空調の設備を流用してくれたおかげで随分快適だった。
その結果、寒暖の差が思った以上に負担をかける。
頼りすぎは良くないが、頼らなければ汗をかきづらい身には堪える。
「その辺はおいおい考えようぜ。で、あれがヴィオニカ連邦国の誇る大樹海か。」
マギク州行きの飛行船が出ている州はいくつかある。
その中で最も本数が多いのが、マギク州のお膝元と呼ばれるスキア州。
荒野と樹海入り口の境界は、今までのような西部劇然とした風景ではなかった。
建物に張り巡らされた配管の数は増え、所々で大きな歯車が回っている。
鉱石の露天掘りが行われているのか、巨大なリフトもところどころで動いている。
その副産物か、建物の造りには石材や金属が多く使われていた。
総じて街全体が巨大な工場のような有様になっている。
「……あの木々、国境の壁より高くないですか?」
「この辺りですと、およそ三倍ほどの高さですな。議会都市となればもう少し高くなります。」
手前に人工物があるぶん、そびえ立つ木々の高さが際立つ。
天を衝くとはよく言ったものだ。
その高さを維持するための幹は、一本一本が塔の様に太い。
視線を上げて、ようやく浮遊岩をも巻き込んで広がる枝葉が望める。
見上げた角度から大まかに計算しても百メートルはゆうに超えるだろう。
薄く霞がかっているのは、密集した葉のせいで空へ抜けない排煙だ。
「今日は雲が無いので見やすいですわね。初めて訪れる方は、決まって目を疑いますわ!」
胸を張って答えるのは、目の下にクマを作ったバシリス嬢だ。
命がけのドッグファイトの後、車両を急造した挙げ句徹夜運転。
目が爛々と輝いているのは、テンションが突き抜けてしまったからだ。
「モルドモさん、帰る前にバシリスさんを一休みさせるか、操縦桿を持たせないようにしてください。」
「もちろん、力づくで抑え込むことに致します。」
「しまった! 油断しましたわ!!」
老執事がぱちりと指を鳴らすや否や、砲兵たちがバシリス嬢を抱え上げる。
あまりにも手慣れた様子に、彼女の送る日常が垣間見えた。
過去の自分を思い出すドタバタからそっと目をそらし、仲間の方へ視線を向ける。
全員が初めて訪れたため、あちこち見渡していた。
「この辺から、真銀の産地なんだったか。規模がすげえな。」
フォクシ嬢は樹海への興味を早々に失ったらしい。
今は町中で動く蒸気機関の音を気にしている。
音源を主な情報とする彼女は、早々に慣れておきたいようだ。
燃料の燃える音、歯車の軋む音、蒸気の吹き出す音。
お嬢様にはあまり聞こえないが、耳の良い彼女にとっては騒々しすぎる。
少しだけ耳が伏せ気味になっていた。
「大掛かりなのは、国の生命線だからか。……それにしても聞いていた以上の規模だ、端が見えん。」
ゼルド氏は採石所奥に広がった樹海に目を見張っている。
この規模の木々が、王国の国土を覆い尽くすほど連なっているのだ。
樹上にある都市へ渡る際には高山病に気をつけねばなるまい。
最悪、気圧を弄る魔法を編む必要が出てくる。
『空に大地が広がってるようにしか見えなかったよ。』
こっそり空から様子を見に行ったカイゼルが戻ってきた。
驚きも呆れも通り越して口調が平坦になっている。
この辺りが一番低いのだから、規模は推して知るべし。
大地が荒れ果てている分、全ての栄養がここに集まっているように見える。
「申し訳ありませんが牽引車に関しましては、後ほど襲撃の証拠品として運ばせていただきます。皆様は排煙用のマスクを所持しておりませんでしたので、予備ではありますがこちらを。」
「ありがとうございます、準備が間に合わなくて……。」
じたばたと暴れるバシリス嬢に変わり、モルドモ氏がマスクを渡してくれた。
ここから先は地上であれ樹上であれ、排煙に晒される。
ある程度浄化されているとは言え、体に無害とは言えない。
オロス州で買っておくべきだったのだが、そこまで時間がなかった。
「正面のフィルタで濾して、塵を左右の箱に入れる構造ですか。中々細かい刻印のようです。溜まった塵を捨てる場所は決まってましたよね?」
「流石ですわね! ですがこれにも改良の余地が――。ちょっとあなた達、話させなさいな!」
構造を解析したことでバシリス嬢が更に暴れだす。
砲兵の方々が、これまた慣れた動きで飛行船に押し込みにかかった。
「宿の前や店先には設置されておりますので、溜まり次第交互に取り外してそちらへお願いします。」
「何から何までありがとうございます。」
これ以上話していると何が刺激になるのか解ったものではない。
お礼の言葉もそこそこに、街へ向かった方が良さそうだ。
どのみち早めに宿と冒険者ギルドを探しておきたかった。
「マギク州に来られたら、真っ先にうちを訪ねてくださいまし! もっと言うならわたくしの工房に是非!」
「お嬢様、戻り次第お館様への書類報告と捕虜への尋問が待っております、そろそろ休んでおいてください。」
さり際に、背中からものすごい大声が飛んできた。
若さもあって、まだまだ力は有り余っているらしい。
モルドモ氏を始めとした面々の苦労が忍ばれる。
* * *
『さて、僕はそろそろ姿を変えるよ。』
モルドモ氏が操縦するバシリス嬢の船を見送ってすぐのこと。
被牽引車の影に隠れていた相方が伝えてきた。
飛竜に外見を擬態しているが、一行に混ざるのはルゼイア・ファウル。
お嬢様もはぐれと認識されているため、竜の姿のままでは行動に支障が出る。
「あ、少し待ってください。」
それにお嬢様が待ったをかけた。
不思議そうに頭を下げた相方に、体当たりの如き勢いで突っ込んだ。
直前で力を一気に分散させ、腕を広げてもふっと抱きつく。
『むぐ。』
権能を使って暴風を生み出したが、ふわふわでふかふかなたてがみに変化はない。
艷やかな黒鱗に油汚れは無い、手伝うときに随分気を使ったらしい。
少しだけ煙がついてしまったが大好きな相方の匂いも変わらない。
「ふかふか……。」
久しぶりに体が埋もれるほどのたてがみに包まれる。
お嬢様の口から思わず恍惚に蕩けた声が上がった。
「変な声出すくらい飢えてたのか……。ルゼイアの方も嬉しそうだが、ただでさえ悪目立ちしてるんだから程々にな。」
言うまでもなくフォクシ嬢からは呆れた視線が送られた。
流石に暴走お嬢様でもわきまえている。
堪能八分目できちんと離れるつもりだ。
『フォクシさん、冷静に心を読まないでほしいな?』
「今回は俺でも嬉しそうなのは解るが。」
『ゼルド、停滞めるよ? あ、エル、冗談だから腕から力抜いて。』
魔王が言うと冗談には聞こえない。
ともあれ長らく不足していたもふもふ成分を補充できた。
竜の輪郭が解け始め、人の姿として再構築が始まる。
数秒で王国の服を着崩し、帝国の着物を片肌脱ぎで着付けた相方へ変わる。
「おかわりを要求します。」
「追加!?」
お嬢様が抱きつき直し、離れていたぶん相方成分を補充開始。
鱗ではなく人肌の暖かさと柔らかさ、それでいて逞しさが返ってくる。
これはこれで良いものだ、胸板へ額をぐりぐり押し当てた。
列車を降りてから今まで離れていたのだ、隙あらば甘えておきたい。
「……この展開は予想していなかった。」
「とか言いながら、お前もしっかりエルシィの髪撫でるのな。」
「それはそれ、これはこれだから。エルを愛でないなんて選択肢、僕の中に存在しない。」
「ふふ。」
応えるよう金髪を撫でる相方と、思わず声を漏らすお嬢様。
お互いを想う熱量は同量だ、行動に何の矛盾もない。
手槍も鞄も手にしており、有事には動けるようにしている。
「水を指すのは心苦しいが、そろそろ衛兵や行商の視線を気にしなければ動きづらくなる。」
牽引車でやってきた挙げ句、イチャつきだせば目立って当たり前だ。
ゼルド氏の言葉の後、少ししてからやっと二人が距離を取った。
マギク州行きの飛行船に乗る前に、いくつかやっておくことがある。
「……では、行動指針をたてましょう。拠点の確保とお仕事を。確かこの町、ラートにもギルド支部はあったはずですから。」
「出版のほうに送る草案は昨日作ったし、少し追加情報を混ぜ込んで送ればいいよね。」
意識の切り替えは冒険者の基本だ。
直前までの甘ったるい空気を切り替え、行動指針を決めておく。
だがフォクシ嬢とゼルド氏は、手の甲を触れ合わせている事に気づいていた。
少しだけ指先が絡まったりもしている。
姉弟子達から注がれる微妙な視線は、二人揃って無視している。
「ルゼイアのマスクが足りませんので、まずはそれを購入します。食材も見て回るつもりです。」
「俺は少し植物店を回らせてもらおう。魔法の媒体に使う植物のいくつかが駄目になってしまってな。折角なのだから、化石樹を使ってみようと思う。」
「そう言えば、ゼルドさんの魔法は物質化してから行うのでした。なるほど、媒体を使えば矛盾は少ないですね。」
異世界と違い、この世界の化石樹は生きた樹木を指す。
連邦国で規格外の樹林を構成する木々こそがそう呼ばれる品種だ。
剪定した枝であっても相当な量が採れるため、蒸気機関の燃料として使われている。
非常に固く、工芸品の素材にも使われるが、価値としては真銀に及ばない。
「化石樹ならば火槍でも砕かれることはあるまい。弾性は少し失われてしまうが。」
「……少し興味があります。代金は支払いますので、種子や枝があれば買っておいてください。」
「あのゼルドが思考を身につけた……!?」
ゼルド氏の発言にフォクシ嬢が目を見張る。
あまりのオーバーリアクションに相方がため息をついた。
ゼルド氏からの視線も、ちょっと痛々しいものを見る感じだ。
「……俺も注意をされたからな。迷惑をかけてばかりでは居られん。」
「フォクシさん、ちょっとわざとらしいよ。」
「うっせ。どうせルゼイアはエルシィから離れね―だろうし、宿の確保とギルドの位置確認はオレが受け持ってやるよ。」
セラとのやり取りのおかげで、随分調子を取り戻したらしい。
誰かに食って掛かることもなく、幾分か余裕が生まれている。
少なくともしばらくの間、大きな問題にはなるまい。
「ではそのように動きましょう。集合場所も決めないといけませんね。」
「心得た。」
「薬草採取がありゃ、それでさっさと一仕事済ませてくらぁ。あとは助っ人との合流か。」
何よりも街に入るのが第一歩。
見てきた中で最も工業色の濃いところだが、簡単な壁と衛兵は置かれている。
開拓が進んでいるとはいえ、未だに魔獣や魔物からの襲撃は多い。
加えて、敵がいるのは外だけではない。
樹海のすぐ側ということもあり、街の一部にスラムが侵食している。
つまり闇組織に属する者がいる可能性は高い。
彼らの縄張りの境界を把握しておくことは重要なことだった。
今更ながら、過去タイトルを流用しております。




