第7話 ため息によるカンタータ1
2021/08/17追加
廃材がとんかんと音を立てながら別の形になる様子は見ていて小気味良い。
バシリス嬢の飛行船は高出力だが、動力の大半を切り離している。
たまに手が止まるのは、牽引できるよう作りながら負荷計算をしているのだろう。
「ではカイゼルさん、そのまま抑えておいてくださいまし。」
『流石に溶接してると手が熱いなあ。』
竜としての成体であるカイゼルは、大きな素材を固定する手伝いに回っている。
本来ならば専用の工房で、専用の機器を使って作るものを野外で行っているのだ。
相方が居なければ相当難航していただろう。
「熱いで済むのは羨ましい限りですな。私など一度熱された鉄板が倒れてきて――。」
「も、モルドモ! 排煙機構の確認をしてきなさいな!」
「かしこまりました。」
どうやらこのご令嬢は色々な過去を持っているようだ。
相当なやらかし案件を抱えているとみた。
お嬢様としてはますます親近感が湧く。
「あ、その配管はまだ刻印が生きてますね。少し待ってください、書き直します。」
そんなお嬢様も一緒になって機体いじりに興じている。
指揮棒を振るい、効率重視で停滞無視な刻印を破棄。
それを原材料に新たに刻印を書き直す。
連邦国の職人は応用が上手いが、基本的な記載規則を伝えているのは王国だ。
学園でも色々な魔道具を解析してきたため、王国特有の術式を編むのは難しくない。
「うちのお嬢みたいな変わった人が居るなんてなあ。」
認識阻害は最大でかけているし、フードも被っている。
外見に関しての言及はないが、技術方面で搭乗していた砲兵に声をかけられた。
家へ嫁ぎ、男を立てる事が良しとされるこの世界。
女性にとって役にも立たない技術への熱意は奇異な目で見られがちだ。
にもかかわらずバシリス嬢はその立ち位置を認めさせている。
「同じです。まさか私みたいに変わった人と出会うなんて思っていませんでした。」
お嬢様は物心ついたときから変わっていた。
だが程々に猫を被り、奇異な視線をある程度避けてきた。
まれに、時々……いや、しょっちゅう被っていた猫をかなぐり捨てていたが。
相方からの物言わぬ視線に、内心で認めざるを得ない。
ともあれ、我が道を譲らなかった事が、バシリス嬢という結果なのだろう。
「モルドモさんから言われてるし、踏み込みはしねぇけど、機会があればお嬢の話し相手、またしてやってくれな。」
「望むところです。」
抑え込んでいたぶん、設計の話は随分と盛り上がった。
こうやって物作りの手伝いをするのも中々面白い。
既にバシリス嬢とモルドモ氏の手によって、大まかな内部と機体外装は完成が近い。
細々とした必要パーツを砲兵達が運び、設置することで完成。
被牽引ということで、馬の居ない馬車のような形状になっている。
「フォクシさん、ゼルドさん、落ち着きましたか?」
これ以上お嬢様が手伝えることはない。
そう判断すれば、後を任せて手槍を肩に鞄を片手に、休憩用のひさしへ向かう。
ヒートアップしていった二人の喧嘩は、結局お嬢様の一喝で収めた。
その後即興で作ったひさしの下で頭を冷やしてもらっていた。
「……おう。」
「すまなかった。」
ふてくされた様に頬を膨らませてそっぽを向くフォクシ嬢。
一方素直に頭を下げるゼルド氏。
フォクシ嬢にしては珍しく、感情の切り替えが上手くいっていない。
見えぬようこっそりとため息を吐いた。
今度お母様に連絡する時にセラがいたら相談してみよう。
何せこんな考えを目の前でしているのに、読まれないのだ。
「さあて、では帰港しますわ! エルシィさん方も乗り込んでくださいまし!」
バシリス嬢の飛行船の整備もあらかた終わっている。
お嬢様たちの乗る機体を牽引するため速度は出ない。
実はそれすら出力が足りない可能性が高かった。
お嬢様が即席で魔力を動力にする補助刻印を作れたため、目処がついた。
列車より少しばかり速度が遅くなる、車内でお母様と連絡を取るのがよさそうだ。
『……僕はこのまま飛んでついていくよ。念の為、飛竜に外見を偽装するさ。』
相方がちょっと寂しそうなので、到着してからもう一度甘えなおそう。
三人が乗り込んだ後、飛行船が煙を吹き上げて上昇を開始する。
それに伴いゆっくりと被牽引車が動き始めた。
うっかり急造の車体を壊さないよう、高度も速度も随分と抑えている。
列車よりも遅い到着になるだろうが、熱波に晒されて飛んでいくよりよほど良い。
空調設備を内部で起動させ、補助動力に指揮棒を介して魔力を注ぐ。
揺れを最低限にする術式まで起動させて一段落。
ようやく連絡用魔道具へ手を伸ばせる。
* * *
起動からちょうどコールが三回。
画面が開くと、真っ先にカシャリと映像保存の音が響いた。
若干呆れたため息が漏れたが、これくらいは想定内だ。
『申し訳有りません、奥様から何が何でもと仰せつかっておりましたので。』
挨拶もなしの不意打ちを悪びれた様子もなく謝罪するのはいつものセラだ。
後ろでお父様とお母様が手を打ち合わせている。
ベーラ領で書類整理をしているはずだが、呼び戻したのだろう。
半日足らずで帰ってくるとは流石『万能』。
三人揃って楽しそうな様子に、ほんの少しお嬢様の肩が落ちた。
「おかえりなさい、セラ。ベーラ領の書類はまとめ終わりましたか。」
『はい。少しばかり手間取ってしまい申し訳ありません。まとめたものは追って届けてもらいます。』
『あら、変わった所にいるのね。見た所早馬……いえ、飛行船かしら? それにしては随分継ぎ接ぎだけれど。』
成長したお嬢様の姿が映像として手に入れて満足したらしい。
余裕のできたお母様が画面越しに風景を伺う。
普段は愛娘から一切目を離さないが、流石に想定外の状況は見過ごせなかった。
目立たないよう仕上げられているのに、継ぎ接ぎなことを見抜くのは流石の一言。
「その件もあったので報告をと。マギク州のご令嬢を助けまして、お礼に途中まで送ってもらうことになりました。」
『バシリスちゃん……バシリス嬢か。州長から話を聞いているな。飛行船いじりが趣味で、回りから機械姫と揶揄されてるとか。』
「それで見事な手際だったのですね……。」
他国のご令嬢をちゃん付けした瞬間、画面外でお母様に踏んづけられたらしい。
即座に言い直したお父様の言葉に納得顔のお嬢様。
操縦桿を握る姿は貫禄があったし、この機体を作る際も荷重計算はほぼ直感だった。
自他とも認めるイロモノご令嬢というわけだ。
『ところで、フォクシはどうしましたか。ふてくされているようですが、報酬の件で駄々でもこねましたか?』
「こねてねぇよ! 其処はきちんと納得して再契約したっての!」
「それがどうも気になりまして。ゼルドさんと喧嘩をしたようです。」
途端に姉弟子から刺すような視線が向けられる。
その意味合いは親に告げ口をされたいたずらっ子のようなものだ。
早熟な彼女からすれば、わざわざ介入される件ではないのだろう。
『フォクシ、人相手の手綱は常に握っていなければならないわけではありません。それはわたくし達の悪い癖だと教えたはずです。』
セラの細い目がうっすらと開く。
娘と同じ赤い瞳がゼルド氏の身につけた篭手へ向けられていた。
視線を向けられた篭手の主は居心地が悪そうにしている。
暴れたときの記憶は無いが、フォクシ嬢に迷惑をかけたことは察している。
「よ、読んでねーし。」
「セラ? もう少し説明をお願いします。」
狐人二人にはそれだけで通じるやり取りだったのだろう。
だが、竜人であるお嬢様にはいまいち掴めなかった。
パーティを組んでいる以上、内部の問題の洗い出しておくべきだ。
碧の瞳を向けると、珍しくセラが目を泳がせる。
『……魔獣使いの技は、操る魔獣の意識を読み解いて手綱を操ります。けれどわたくし達狐人は、必要以上に読み解いてしまうのです。』
「この場合はゼルドさんの内心を常に読んでいる、ということですよね。」
ゼルド氏の個人情報以外に問題はないように思える。
フォクシ嬢が不機嫌になる理由が見えてこない。
読んだ上で先を制することが、狐人の特技のはずだ。
「だから、読んでねーし! 大体こいつ、普段ほっとんど罪を償うことしか考えてねーから!」
「……読んでいるのではなかろうか。」
フォクシ嬢が騒ぎ出したが、ゼルド氏の突っ込みに反論ができず唸りだした。
ポンコツ感が否めないというか、どうもらしくない。
強引に自身の体内魔力を奪われたことに恨みつらみがあることは推測できる。
ただその程度で判断力が鈍るほど、セラの教育は甘く無いはずだ。
『相手が獣であれば問題はないのですが、人であれば話が変わってきます。情報量が多く、常時読んでいては過度に意識をします。』
「あっ。」
セラが言いづらそうにしていた理由が解った。
ゼルド氏に対する当たりが強いことや、彼が絡むと調子がおかしくなる理由にも。
常に相手の事を気にしてしまう現象に関しては心当たりがある。
何せ今だって相方のことを気にしているお嬢様なのだ。
ただフォクシ嬢の場合は、種族特性の合わさった錯覚のようなものだ。
母親として、娘のそういった心象を代弁するのに抵抗があったのだろう。
「……つまり、俺はそれほどまで役に立たないということなのだろうか。」
『自身で操れぬ力は無駄でしかありません。ゼルドさん、貴方もきちんと意識を外へ向けなさい。』
相変わらずセラは厳しい。
だが、当事者の一人がいい具合に勘違いしてくれて助かった。
わなわなと震えているフォクシ嬢から、後で鉄拳制裁を受けることは諦めよう。
これ以上深く追求したところで、誰も幸せにはならない。
『いいですか、フォクシ。意識して、意識しないようになさい。』
「……わーってるよ! お袋もしつこいな!」
状況は掴めたが、この問題はフォクシ嬢の心だ。
何とか折り合いを付けてもらうしかあるまい。
次の連絡事項に移るとしよう。
「こちらでの相手は、王国以上に厄介な相手と実感しました。できるだけ自制はしますけれど、やりすぎたら……すみません。」
身内を危険に晒す可能性があるならば、躊躇なく命を断つ。
事前にやり方を見ることができたのは不幸中の幸いだった。
墓荒らしのような滅びを良しとするのではなく、生かすための互助組織。
している事は似ていても、行動理念は正反対だ。
相方が人型になっているのも、身元を隠す意味がある。
それでもお嬢様たちは水面に石を投げ続けるしかない。
さじ加減を誤れば国を守る二人に迷惑をかけてしまう。
『その可能性もあるだろうと思って、人は送ってあるわ。ちゃんと甘えてくれないとお母さん達拗ねてしまうから。』
「自覚してください。お父様もお母様も、頼るには大きすぎます。……でも、ありがとうございます。」
頼らないようにしても先手を打たれる。
これで積極的に頼りでもすれば、お嬢様自身が堕落する。
王国内の事は甘えるしか無いが、自らの道まで手を引いてもらうわけにはいかない。
少し瞬きした後、両親揃って満足そうに笑みを浮かべた。
『これが成長なのねえ。』
『しっかり話すようになったんだな、俺達が見ていないうちに。』
昨日までなら、二人に向けて注意を促すこともしなかっただろう。
まだ子供だからと無意識に甘えているところがあった。
そこから完全に脱したわけではないが、意識することはできる。
「到着次第好意に甘えさせていただきます。休憩もしておきたいのでそろそろ切りますね。セラ、お父様とお母様をお願いします。」
『かしこまりました。お嬢様、不肖な娘ですがフォクシをお任せします。』
『逆じゃないかしら!?』
「逆だろう!?」
お母様とフォクシ嬢の言葉が重なったところで通信終了。
指摘された姉弟子は、改めて自分が見えたのだろう。
鉄拳制裁の威力は随分と控え目だった。




