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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
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第8話 寝起きのスターティングベル

2021/06/06大規模修正

 開け放たれた窓から風が入り込む。

 夏も本番、朝方とは言え少々寝苦しい。

 それでもあちこちに水路が張り巡らされているお陰で随分マシだ。

 早朝、水路を利用した打ち水が行われているらしい。


「ん……ぅ……。」


 寝苦しさのあまり布団を跳ね除けていたようだ。

 おまけに足がすうすうする、スカートやニーソックスを脱いでいた。

 上もホルターネックのインナーだけ、自室なのだから問題はない。

 それにしても指に触れるこのもふもふ、ふわふわ。

 大変触り心地が良くて癖になる、もう少し堪能を――。


「ふぁ?」


 遅れて違和感がやってきた。

 ぱちん、と碧の瞳が開けば目の前には銀のたてがみ、ではなく髪。

 寝苦しいはずだ、自らその体温に密着しているのだから。

 向こうからもしっかり腕が回されている。

 力強く硬い、少年ではなく男性の身体つき。


「んん……。」


 苦しげな呻きはお嬢様の胸元に顔を埋めているせいだろう。

 埋没させるほどではないが、状況に気づいて即座に上半身を離した。

 記憶の断片が蘇る。

 自分の部屋に帰ろうとしたときのことだ。

 残っていた酔いのせいで少しふらついた。

 仕方ないのでベッドで腰掛けて、目眩がおさまるのを待っていた。

 記憶はそこで途切れている、どうやら眠ってしまったようだ。

 髪のケアを忘れている、不覚だ。


「ひゃんっ!?」


 相方の手がお嬢様の背筋を撫で、素っ頓狂な声が上がる。

 覚醒のときのためにむき出しになった背中は遮る物が少ない。

 悪いことにインナーの裾フリルへ相方の指が引っかかった。

 大きく硬い手が、ますます想い人の逞しさを意識させる。

 ここまでならまだ良かった、声をかけて起こせばいい。

 眠ったまま相方の手は、抱きしめ直すように腰と背を弄り始める。


「ひぅっ。」


 肌を撫でられる感触に息を飲み、思わず体を寄せてしまう。

 アウターを身に着けていないせいで、防御力は紙ほどしかない。

 おヘソより上までインナーがずり上げられる、非常にまずい。

 想定外の出来事に思考が停止している。


「る、ルゼ……っ、んんー!」


 引き剥がそうとじたばたもがいてはみたが、力の差は歴然だ。

 この勢いで覚醒をすると宿を破壊しかねない。

 抱き合っているせいで、以前のように打つことは不可能だ。

 そうしている間にも柔肌が晒されていく、最早一刻の猶予もない。

 たくし上げられたインナーが、膨らみの下部に引っかかる。

 ぐるぐると混乱で目を回す中、とうとう羞恥心が爆発した。


「きゃああああ!!!!」


 まさか自分の喉から、絹を裂くような悲鳴が上がるなんて思いもしなかった。


 * * *


 早朝の鍛錬は最早四半刻もあれば事足りる。

 後は日常に取り入れるところまで至った。

 サボってしまった髪と肌のケアも済ませた。

 消費した片栗粉と焦がし玉ねぎの仕込みも完了。

 こういう時はとりあえず動いておくに限る。

 宿題の答えである魔道具は、スカートのサイドリボンへ扇と共に挿している。

 あとは騎士団から連邦国側の返事が知らされるのを待つばかり。


「……。」


 どんよりと顔に縦線でも入っていそうな相方。

 今朝方のやり取りが随分応えたらしい。

 とはいえ、状況的に悪いのはお嬢様だ。

 お互い謝罪の応酬の挙げ句、姉弟子の鉄拳制裁で閉廷となった。

 それでも自身を許しきれないのは、以前の負い目もあるからだろう。


「……。」


 お嬢様のほうは大変気まずい。

 何せ過去散々やらかしていたというのに、本日も黒歴史を刻んでしまった。

 おまけに妙に異性らしさを意識してしまい、相方の顔が見れない。

 相方の酔いが覚めていたこと、お嬢様が回復していたことが不幸中の幸いだった。

 ああ、でも自分のために落ち込んでいる姿はちょっと可愛いと思ってしまう。

 面倒な性格だと自覚してしまった、不覚である。


「それもこれも、リュカン卿……、恨みます。」


「早朝から働いてくれてるヤツに八つ当たりすんな。」


 独り言はしっかり姉弟子に拾われた。

 シアンフロー内はあちこちに近衛騎士団の所属者が居る。

 そのため、護衛の必要性は大変薄い。

 フォクシ嬢達は少し前まで分かれて薬草納品の仕事を終わらせたところ。


「それにしても、難解なものだな。刻印魔法ゆえ、形は出来ているものだと思っていたのだが。」


 疑問の声を上げたのはゼルド氏だ。

 一度かけられた橋がどうして途切れるのかが理解しかねるらしい。

 連邦国向けて掛けられている橋は、浮遊岩を加工したパーツに分けられている。

 そこへ然るべき順序で魔力の経路を繋げ、空間を操るという超規模魔法。

 走る回路は文言魔法と同じように、空間へ固定されていた。

 それだけ大きければ奇跡の代償も大きくなる。

 そこは自然現象(・・・・)として組み上げたお母様の腕が光る。


「構造自体はとても難しいので、説明出来ないのですけれど……。」


 刻印のみで帰結する魔法体系と言えど、規模次第では停滞を生む。

 世界へ一般的な現象だと知らせるために編み込まれた術式。

 それだけで実に四万七千と九十二の刻印回路になる。

 追加として巨橋として繋がった瞬間に成立する補強刻印が二千と五つ。

 その全てが連動している、他の箇所へかけられないわけだ。


「簡単に言えば一応の保険ってやつだろうさ。実際竜巻やらが起きりゃ流石にやばい。あくまでも世界の法則に組み込んだ自然橋って扱いだからな。」


 暴風が原因で一時的に橋を分かつことは、念の為の機能だ。

 その気になれば王国からは竜人が輸送に回れる。

 今の連邦国の技術ならば飛行船で渡ることもできる。

 今回は連邦国側がお嬢様を渡らせないという意図のためだが。

 最悪カイゼルの背中に乗せてもらって渡るという手段がある。


「直接渡ってしまうと、あちらの検問に通れないので問題が起きますよね……。」


 ちらり、とうつむいたままの相方に視線を向ける。

 その手段はフェイル州がベーラ領で行っていたことだ、真似はしたくない。

 きちんと国を超える手続きを取る必要があり、そのため真っ当に橋を渡る。


「折角冒険者証もあるんだ、最初は平和に行くことだな。どうせあっちでも騒ぎは起きるんだ。」


 手続きに関しては簡単だ、冒険者証の提示だけで事足りる。

 商人、平民、貴族であればその他の手続きもあるが、冒険者は世界中で働いている。

 武者修行、とでも言えば軽いチェックだけで済む。

 動きがあれば伝令を立ててくれると言っていた。

 仕方がない、お昼過ぎくらいまでは買い物して時間を潰すことにしよう。


 ――その最中、見張り櫓から鐘が響き渡った。


「あと一息って時に、いつものジンクスかよ!」


 行動初日に事件は集まる。

 街の中が一気に騒がしくなり、市民は建物へ避難を開始。

 騎士団の面々は慌ただしく西へと駆けだした。

 櫓に居る鷹人はとても目がいい。

 異変を察知し、即座に緊急事態を知らせた。

 音は西から東へ伝わっていく。

 つまり問題が迫るのは王国側からだ。


「……彼らは追い込む予定、とカールさんが仰ってました。ルゼイア。」


「無関係ってわけじゃないだろうね、僕たちも行こう。」


 流石相方、スイッチの切り替えはお嬢様と同じ様に行える。

 下手に隠れようものなら被害が増す予感がする。

 狩りの際、獲物を追い込むとはそういう事だ。


「念の為、フォクシさんとゼルドさんは少し後ろで。私達も最前列にまで出るつもりはありませんから。」


 下手にフォクシ嬢たちが顔をだすより、お嬢様が直接出向いたほうがいい。

 騒然とする街の流れを遡るように、四人は街道を西向けて走り出した。

 そこへ並走してくる影が一つ。


「隊長からの言伝す。所属不明の兵が多数、傭兵も居るみたいす。」


 昨日お嬢様たちを迎えた騎士団の一員だ。

 息を切らすこともなく情報を伝えてくれる。

 装備はまちまち、家紋も見当たらないとのこと。

 フロワ領への明確な領地侵犯であるのだが、犯人の特定ができない。


「もっと隠れて行うのかと思っていました。」


「らしいといえばらしいけど、違和感があるね。」


 いつものように、いやらしい手でベイル村へ追い立てられることを想定していた。

 まさかなりふり構わず力技に出てこようとは、思考停止にしても随分とらしくない。

 これではお嬢様争奪戦に同類を引き寄せるようなものだ。


「話にあったならず者すよねー。こんな馬鹿やってくるとは思ってなかったすけど。」


 昨日の一打が伝わり、焦っているのならまだしも。

 その情報は間違いなくレオン嬢達によって妨害されているはずだ。

 警報を鳴らすほどの軍勢など、前々から用意されていたとしか考えられない。

 集まるのは騎兵部隊、格闘部隊が大半に魔法団が加わる。


「ってマジすか、街落とすつもりすかね?」


 遠目に見え始めた軍勢に、側を走っていた団員が呆れた声を上げる。

 力技とは言え、お嬢様達は多くて十人程度と思っていた。

 だが眼前に迫ってくるのは最前列の騎兵、盾兵、歩兵、槍兵、弓兵。

 数も百は軽く超えている。


墓荒らし(グレイヴン)は、確かに増える性質がありますけれど!」


「傭兵も含まれているのだったな。あの規模、戦争でも起こすつもりか?」


 近衛騎士団は、常駐しているとは言え百に満たない。

 圧倒的な数の暴力があれば、どうしたって守り切れない場所が出てくる。

 元傭兵もしていたゼルド氏の直感は正しそうだ。

 わずかお嬢様一人のために、国境街という重要地点を落とそうとしている。


「くそが、魔性やら散々囃し立ててたのはこのためかよ。」


「そうだとしたら最悪ですね!」


 事が全て終わった後に魔性に惑わされた、と口を揃えて言うのだろう。

 まず信じられないだろうが、主張し続ければ新聞は面白いように囃し立てる。

 それにしたって違和感は拭えない。

 何せ水面下での行動ばかりしてきたのが墓荒らしだ。

 追い込むという意味では効果的かもしれないが、考えなしに過ぎる。

 そしてそう思ったのは、何もお嬢様達だけではなかった。


「……ひゃっ!」


 びし、とお嬢様の背筋が反射的に伸びた。

 騎士団の最前列。

 姿は見えないが、膨大な銀白色の体内魔力が吹き上がった。

 きっと怒髪天状態だ、下手に近づくことを本能が拒否している。

 瞬時に銀白色は収束し、輝く魔力の翼が生み出された。

 白銀の竜人は当たり前のように覚醒を行使したらしい。

 全く姿に変化がない、根源たる姿すら内部に圧縮しきっていた。

 激情すら律するとは、相変わらず自分に厳しい。

 万物一切通さぬという意図の元に広げられたそれは、彼女の成長を意味している。

 リュカン卿も、彼女が来ているのならば教えておいてほしかった。

 過去の被害者同盟、下手に合わせないほうが良いと思われたのだろう。


「止まりなさい。」


 双方の距離が縮まった折、透明感のある可憐な声が場を打った。

 決して声を張り上げたわけではない。

 その一言だけで馬達は気圧され、攻め込もうとしていた兵たちが止まる。

 ようやく見えた最前列、そこにはたった一人の娘が立っていた。

 腰まで流れる銀の髪、白磁のような肌、華奢な身体はお嬢様に負けずとも劣らない。

 引き締められた美貌もまた、隙なく整えられている。

 その身に纏うのは黒紫のドレスだが、どこか規律に厳しい軍人を思わせる佇まい。

 彼女は地位ある者が考えなしに行動することを良しとしない。


「ここはフロワ領シアンフロー、他国との国境と知っての狼藉ですか。」


 巨大な鋲の打たれた大剣を地へと突き刺し、迫っていた兵を睥睨する。

 言葉の一句一句が絶対零度の刃。

 フリルとレースに彩られた装束からは想像もつかない。


「……な、なあ。なんかすげえのが一人居るんだが。」


 フォクシ嬢もやや戸惑った声を上げる。

 大軍を前に一人だけ前に出るなど、真っ先に殺してくれと言うようなものだ。

 にもかかわらず、兵達の動きは止まったままだ。

 彼らが復帰するのは時間の問題だろう。

 しかし、このまま大義名分を告げないのであれば彼女の逆鱗に触れる。


「今彼女に近づかないほうが良いです。ミズールさん、相当怒っていますので……。」


「ローズベルトのご令嬢かよ!」


「あっ、気付かれた。」


 すう、と細められた蒼い瞳。

 距離があるので確りとは見えないはずだが、お嬢様の背中に冷たい汗が流れる。

 とはいえ脅威は眼前、流石にすぐにそらされた。

 だが視線を送ったのが仇になる。

 攻め込もうとしていた兵たちにお嬢様の存在が知られた。

 ようやく威圧から逃れたらしい。


「居たぞ、アイツだ! 追い込め! ついでにこの上玉もとっ捕まえちまえ!」


 誰かから上がった声と共に射掛けが始まる。

 だが、その一切が広げられた翼を通ることはなかった。

 それくらいは想定済みなのだろう、所属不明の軍団がなだれ込んだ。


「名乗らぬ突進とは、無礼ではありませんか。」


 可憐な声色のくせに、芯から凍るような圧がある。

 結局、彼らは攻め入る大義名分を述べなかったのだ。


 ――轟。


 騎兵の槍が大剣に接した直後のことだ。

 そうとしか表現のしようのない音が響き、ミズール嬢のカウンターが放たれる。


「……見間違えだろうか、今馬ごと兵が吹き飛んでいったのだが。」


「……あれが、ミズールさんの戦い方です。」


 攻めのフォールンベルトに対し、守りのローズベルト。

 ただし彼女の場合はお嬢様のせいで相当に変質してしまった。

 守るだけの強さを得るために、外敵から身を守るために。

 防ぐと同時に繰り出されるのは、外見を大いに裏切る大剣の振り上げ。

 瞬時に彼女の相方が道を狭めるために水と風の刃の壁を生み出す。

 攻撃が来る方向を絞り、ミズール嬢の得手を作る。


「ええい、連邦国からの返事はまだ来んのか!」


 リュカン卿の言葉と同時、騎士たちも防衛陣を展開する。

 市民へ被害を出さぬように、建物に被害を出さぬように。

 だが、相手はその動きを狙ってくる。

 お嬢様が隠れていても、この場に居ても被害を広げてしまう。

 待っていては時間が足りない、ならば行動あるのみだ。


「術式を解析してきます。少し時間を稼いでください。」


「はあ!?」


 姉弟子からの声を無視し、手槍を片手に飛んだ。

 露店の支柱に足を掛け、そのまま建物の上へと駆け上がる。

 解析してこちらから起動させるためにも、広い視点が必要だ。

 あのお母様のことだ、こういう事を想定していないはずがない。


「上に逃げた! 前進して追い詰めろ、射掛け続け!」


「王国が守護、ローズベルト家が長女。ミズール・シラ・ローズベルト。わたしを無視するとは、いささか不用心ですね?」


 降り注ぐ矢を魔力の翼で打ち払い、カウンターで振るう剛剣。

 近くの兵を殴り飛ばせば、勢いよく吹き飛ばされ、数名巻き込んでようやく止まる。

 華奢な両腕からよくあんな威力を出せるものだ。

 とは言え数が多い、ミズール嬢の射程を逃れた兵たちが周囲へ散り始める。


「ルゼイア、地上は頼みました。解析が済み次第橋をかけます。」


「無理をしたらすぐ助けに行くよ。」


 お嬢様が相方の腕を認めているのと同様、相方もお嬢様の腕を知っている。

 屋根上に昇ったお嬢様に声を掛け、早速魔道具へ魔力を通し、黒銀の刀身を生成する。


「オレらは国境門守るか。行くぞゼルド。」


「心得た!」


 フォクシ嬢は太刀に手を宛て、ゼルド氏は盾二枚を両腕に持つ。

 巨橋の長さは五十キロ。

 作り上げたとしても渡り切る間の攻防も予想できる。

 各々が役割を得て、動き始める。

次話から短めのものが少し続きます。

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