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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
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第7話 真夜中のヘルスルーム

2021/06/05大規模修正

 その後ある程度の詳細報告と打ち合わせまで終わらせたフォクシ嬢達と合流。

 宿のほうはその際いくつか紹介してもらえたようだ。

 現在連邦国へ渡れないため、既に宿の大半が埋まっている。

 事前に空いている場所が分かれば無駄に部屋を探しに走り回らなくて済む。

 お嬢様は昼食を取ることもなく、回復術具の副作用で夕方まで眠ってしまった。


「……あの、随分傷の痛みが引いているんですけれど。」


 起きた時、フォクシ嬢が部屋で看病してくれていたので違和感を訴える。

 いくら回復魔道具が優秀であっても、これほど早く回復するとは考え難い。

 手鏡で確認した所、吹き飛ばされた耳の先まで綺麗に再生が終わっていた。


「ああ、ここにゃ魔法団も常駐してるからな。腕のいい奴を寄越してくれたんだよ。」


 寝ている間に浮かんでいた汗を拭き取ってもらう。

 姉弟子からの説明は、聞いてしまえば最もだ。

 お母様の管轄であれば、魔法の専門家達だ。

 おまけにどれだけ愛娘を溺愛しているかはよく知っている。

 大怪我を負った状態で放置していれば、どんな顔をされることか。


「そうそう、それと今晩ここの下でちょいとした歓迎会と送別会してくれるらしいぜ。流石に明日にゃ国向こうだからな。」


 紹介してもらった宿は、大抵一階が食事処で二階が宿泊部屋。

 こういった意図があったからなのか。

 直接的にはお父様もお母様も手を出せないが、部下たちは上手く意志を汲んでいる。


「このまま向こうに渡ったとして、上手くやっていけるのかちょっと自信がないです。」


「ま、弱気になるこたねえ。誰だって最初はそんなもんだ。」


 回復したてなせいか、らしくもない言葉が出てくる。

 それを聞いた姉弟子は軽く鼻で笑って返してきた。

 最初から全てを完璧にこなせる者など居ない。

 腕っぷしだけで言えば充分やっていける、あとは心の持ちようだ。

 後悔も失敗も、最後に笑い飛ばせれるようになれればいい。


「ちゃあんと採取薬草やら心得やらは伝えたんだ、それの実践していくと思っとけ。……うっし、いつもの定期連絡は宴会後だな。」


 少なくとも弱気な所を見せれば、あの両親がどんな暴走をするのか解らない。

 まず必要なことは意識の切り替え。

 普段なら得意とするところなのだが、魔道具と魔法の二重がけで怠さが残っている。

 ならば違う空気に身を浸し、無理矢理にでも切り替えたほうが早い。


「そう、ですね。少し弱音を吐きました。もう人が集まり始めているようですが……。」


 数度の深呼吸をすれば、怠さ以外に不調がないことは確認できた。

 長い耳がぴくりと動き、階下で人が多く出入りする音を拾う。

 随分と多くの足音が響いているお陰で、普通の耳でもよく拾える。


「そりゃお前、フォールンベルト家の秘蔵っ子のお披露目だぜ? 散々親父さんが言いふらしてたんだ、集まりもするだろ。」


「……お父様。」


 思えば屋敷に居た頃は限られた人としか顔を合わせていない。

 おまけに馬車でそのまま学園街へ入った。

 その後早々に認識阻害の魔道具を手に入れ、逃げる際は闇夜に紛れて。

 貴族であってもお嬢様の素顔を直接見たものは極端に少ない。


「そんなわけで、今日くらいは眼鏡外して降りてやれ。明日にゃ向こうだ、事務方仕事やらされてる騎士団をちょいと労おうぜ。」


 ぐう、とうめき声を上げるお嬢様。

 明確に異性として見てくる視線は大変苦手なのだ。

 男尊女卑が割とまかり通っているため、女性は侍り従うものと見られる。

 最もお嬢様に対してそんな視線を向ければ、騎士団長からどんな目に合わされるか。

 彼らは百も承知であろう。

 だから最終的にお嬢様が折れることになった。


 * * *


 国境ともなれば気を張るのが常となる。

 その分騒げるネタがあれば大いに騒いで力を抜く。

 それがシアンフローに務める近衛騎士達の心得である。

 つまり歓迎会や送別会というのはただの名目だ。


「団長の言ってた以上に白くて細いな、これで隊長の頭を焼いたってんだから世の中わっかんねぇなあ!」


「あの、決して悪気があったわけじゃないんです。」


 ケープは羽織っているが、フードは被っていない。

 おまけに認識阻害の眼鏡もかけていない。

 階下に降りると同時に膨大な視線に晒され、固まったのも一瞬のこと。

 現在アルコールの入った騎士団の面々と会話をしながらお酌などして回っている。

 こういう時は思考停止して動くに限る。


「いい度胸だ、てめぇ明日から仕事倍にしてやるからなあ!」


「リュカン卿、こちらのスモークチーズで手打ちにしてあげてください。」


 せっせと机を回って居るうちに、いつの間にか料理を運んだりフォローに入ったり。

 なお別のテーブルではフォクシ嬢、ゼルド氏が各々飲み比べなどしている。

 明日に影響を残さなければいいのだが。


「お嬢ちゃん、すまないがまた調理の手が足りねえ!」


「すぐ行きますね!」


 部下とじゃれるリュカン卿を置いて、高く結わえた金髪が人混みの中で揺れる。

 一切人に触れること無く厨房へ消えれば、そのまま置いてあるエプロン着用。

 調理しているところが客席からも見える作りだ。

 切り分けておいた鳥肉に卵と片栗粉をまぶし、熱しておいて貰った油へ投入。

 待っている間に捌いた白身魚へ小麦粉をつけて、バターを敷いたフライパンへ。

 更に深鍋で肉団子と野菜を炒め、ここでも片栗粉が大活躍だ。

 唐揚げを引き上げて魚をひっくり返し、とろみを付けた炒めものを絡ませる。


「貴族のとこの娘さんと聞いてたんだが、随分と手慣れてんだな!」


 宿屋の親父さんが一人で厨房も取り仕切っている。

 最初こそ彼だけでなんとかなっていたのだが、肉体仕事の面々はよく食べる。

 最終的に料理が追いつかなくなり悲鳴を上げかけた所でお嬢様が助け舟を出した。

 髪型はどちらにも参加できるようポニーテールにしている。


「もう貴族ではありませんから、これくらいは。あ、そろそろナッツ類を炒っておいた方が。」


「じゃ、出来上がった分は僕が盛り付けて持っていくよ。……エルが主役のはずなんだけどなあ。」


 相方がお嬢様から離れることはほぼない。

 絆を通して完成した料理を伝え、それを軽く盛り付けて運ぶ。

 あっという間に人混みの中へ消えていった。

 宴会に混ざって楽しむのもいいが、こうして見ているのも中々面白い。

 今は質より量、こだわるのは落ち着いて料理ができる時だけにする。

 戻ってくるまでにもういくつか作っておきたい。


「おーい、相方さんが絡まれてるぜー。」


「すみません、後おまかせします。ルゼイア!」


 茹で鳥をほぐしている所で客席の方から声がかけられた。

 騎士団は実力主義、比較的男女平等に所属している。

 シルヴィ嬢などあの年で近接格闘部隊のトップなのだ。

 つまり、相方に悪い虫が付く可能性がある。

 中々戻ってこないと思ったらそういうことか、料理にかまっていられない。

 きゅん、とつり上がった目に宿屋の主人は何とも微笑ましそうな顔をして見送った。


「……絡まれているってこっちですか!」


 現場に到着、相方はリュカン卿にがっしり肩を捕まれ、盃を持たされていた。

 なおその側では勝利宣言をするフォクシ嬢と破れていった騎士団達。

 丁度飲み比べの真っ只中、料理を届けた際に捕まったらしい。


「ふは、酒の一杯でも飲めぬようじゃあ娘一人守れんぞ!」


「そういうものなのかな、じゃあ飲まないと……。」


「ルゼイア、場に飲まれないでください。お酒の強さとそれは関係ないです。」


 今回はちょっと悪意を込めて頭部を焼くべきだろうか。

 プレゼントされた指揮棒(タクト)はサイドリボンに差している。

 その気になれば魔法の行使は可能だ。

 しかし一方で、お酒に興味津々な様子が相方から伺えた。

 その気持は解らなくもない。

 何せお嬢様の魂に紐付いた記憶を覗いてきたのだ。

 美味しそうに、楽しそうに飲んでいた情景を、彼は知っているのだ。

 一応王国ではお嬢様の年齢は飲酒可能、同い年の相方だって当てはまる。

 その上相方の本体は竜だ、盃一杯など一滴換算。

 迷った挙げ句、結局きゅうっと一気に盃を干した。


「いい飲みっぷりじゃねぇか、オレと飲み比べてみるかい?」


「フォクシさんは煽らないでください! ゼルドさんは……ああー。」


 酔いつぶれる騎士団の面々に混じり、ゼルド氏も倒れていた。

 周りに置いてある盃の数から相当善戦はした方なのだろう。

 相方の初飲酒、念の為水を取りに行っておこう。


「……何だかこれは、ふわふわしてかっかするね。」


「ほう、これを一息で行けるとは流石! レフス帝国から取り寄せたとっておきの蒸留酒なのだが!」


 これだからお酒好きは!

 水差しを片手に急ぎ戻ったときには相方の肌は少し赤みを帯びていた。

 蒸留酒なんて、初めてに勧める酒ではないだろう。

 どうやら相方は非常に弱いほうらしい。


「リュカン卿! ルゼイアに何を飲ませてるんですか!」


「火吹き酒と言ってな、数度蒸留した特に強い酒だ! 流石相方殿だ!」


「そういう事を聞いていません、酒量も解ってないのに何てものを……! 燃やしますよ!?」


 久々に姉のスイッチが入るお嬢様。

 お嬢様の発言と表情にリュカン卿は思わず距離を取った。

 来た当初、ぐったり抱かれていた様子とはまた真逆。

 本気で目を釣り上げたお嬢様の迫力は増していた。

 更に詰め寄ろうとした所で、若干相方がふらつき出していることに気づく。


「ルゼイア? ほら、今のうちに水を飲んで少しでも――はぇ?」


 ふらり、ふらりと身体が揺れて、お嬢様の方へ倒れ込んでくる。

 慌てて水差しとは逆手を腰に回し、抱きとめる姿勢を取った。

 お嬢様の身体では全力で構えなければ押し倒される。

 だが衝撃は予想より少なく、間の抜けた声と共に不思議に顔を上げた。


「んぅ……っ!」


 唇を奪われた。

 お嬢様の周辺から一瞬音が消える。

 アルコールの匂いが鼻をつき、妙に熱いものがお嬢様に流れ込む。

 みるみるうちに耳の先から頬までが染まっていくが、離れない。

 下がろうにもがっしりと腰を固定されている。

 いつもの軽い交わし合いではない、貪るようなやり方。

 こんなことをされては、強制的に姉スイッチがオフになる。


「これは情熱的だ。若さとは良いものだな!」


 リュカン卿の茶々が入るが、それどころではない。

 咥内から広がる痺れのせいで、相方にしがみつくことしかできない。

 水差しを持っていた腕から力が抜け、がしゃんと大きな音が響いても離れない。

 とろりと碧の瞳が下がり、魂の必死な語りかけも虚しく瞼が落ちた。

 背筋をぞわぞわしたものが這い上がる。

 その度に喉が鳴り、指に力が入って着物の背にシワを作る。


「――ふぁ……。」


 意識が飛びかけた所でようやく唇が離れた。

 周りの野次が全然耳に入ってこない。

 より正確に言うならば何を言われているのか解らない。

 口移しで酔いに引きずり込まれたようだ。

 お互い熱っぽい視線を絡め、枷が壊れたままもう一度――。


「こら。」


 という所で姉弟子によるストップと水の差し入れが入った。

 護衛人の仕事内容はこんなことまで含まれている。

 盛大にブーイングが飛んだ。


「野次馬根性出してんじゃねえ! 大体こいつ料理当番やってたんだぞ、ツマミなしで酒が飲めるか!」


「しまった、唐揚げがもうねぇ!」


 料理当番云々は口実だ。

 これ以上はまずい、と姉弟子が的確に判断しての制止である。

 危なかった、酔った勢いでまた流されるところだった。

 肝心の相方は、そのままお嬢様の肩に寄りかかって寝息を立て始めている。

 わずか一滴、竜をも酔わす。

 すかさず宿屋の主人が料理を配り、注意はそちらへ逸れてくれた。


「それ以上は禁止って自分らで決めたんだろうが。ほれ、お前だけでも水飲め。」


「す、すみ、ません。あの――。」


 姉弟子からコップを差し出された。

 お嬢様は受け取ること無く、その場にへたんと座り込む。

 潰れた相方と共に、一気に視点が低くなった。

 上手く受け身が身についていたお陰で、派手に転けずにすんだ。

 なんとか立てていたのは、相方が支えてくれていたからだ。


「……お前まさか。」


「こ、腰が砕けて……。」


 フォクシ嬢の固まった表情に、真っ赤になったお嬢様が返す。

 姉弟子からすれば過去の嫌な記憶を思い返したのだろう。

 お嬢様だって、まさか自分がそんな目に合うとは思わなかった。

 アルコールのせいで相方のリミッターが外れたらしい。

 お嬢様のことを知り尽くしている彼が弱点を本気でついてきたら――。

 何とも言えない顔のまま、姉弟子に渡された水を干した。


 * * *


 さて、酔っ払った一行はひとまず退散して定期連絡だ。

 相当水を飲んだお陰で、お嬢様の赤みも随分軽減している。

 解毒の回復魔法を併用してもらったおかげもある。

 場所はルゼイアの部屋から。

 ゼルド氏は既に彼にあてがわれた部屋へ叩き込んである。

 後は動ける二人が動けない一人のところへ集まった。


「えっと、明日には連邦国のほうに渡れそうです。」


『ああ! 寂しく、寂しくなるわ……!』


『奥様。いっそ連邦国に何か交渉ついでに会いに行くという手もございます。』


『それね!』


『落ち着けフリグ。今俺らはあんまり動けないんだから。所でエル、何か困っていることはないか? ちょっとした組織の一つや二つならお父さん、物理的に潰しちゃうぞ。』


『落ち着きなさいスフォル。わたし達は動きに制限がかかっているでしょう。』


 相変わらずお嬢様が絡むと思考のブレーキが壊れていた。

 いい加減慣れたものだが、フォクシ嬢はこめかみの辺りをぐりぐりしている。

 世間一般に知られているフォールンベルト家のイメージとかけ離れすぎているのだ。


「大丈夫です。起きた問題の報告はフォクシさんがしてくれてますし。あ、変わったことと言えば今日いくつかレシピを試せました。」


『よし、シアンフローの騎兵部隊だな。殴りに行く。』


『エルの手料理をわたし達より早く堪能するだなんて。鷹人の監視員も務めていたはずね、これは厳罰ものよ。』


『旦那様、奥様、お嬢様が非常に困っております。』


 流石に料理をしただけでひどい目に合わされるのは不条理に過ぎる。

 もちろん冗談だったのか、二人して誤魔化しているが。

 ……冗談だったのだと信じたい。


「ええと……それで連邦国側にも例の一派が干渉しているようで。お母様が懇意にしている州を教えていただけると。」


『ふふ、地盤作りは大事だものね。とは言え、州の名前だけ言っても分かりづらいでしょう? あちらに渡った辺りで、地図と一緒に届くようにするわ。』


「確かに……、お願いします。」


『俺も頼られたいなあ……』


 お父様の哀愁漂う発言。

 とは言え、お父様は主に武力に一直線だ。

 うっかりこの場面で頼れるところは少ない。


『旦那様は既に多くを伝えているかと。お嬢様にお伝えした長柄術、考案されたのは旦那様ですので。』


「あとは、覚醒も教えてもらいました。お父様は頼る前に伝えてくださいますので。」


『何かあってからでは遅いからな! カイゼルにも剣術は教えておいたぞ!』


 左右の手を瞬時に切り替えて扱う等と無茶だと思っていたが、そういう事か。

 あの使い方は最適化された身体でなければ扱いきれない。

 最適化された技術で蕩かされた事は黙っていよう、誰も幸せにならない。

 長柄術のほうはセラが更に体系立ててくれたお陰でお嬢様の身体でも扱える。


『スフォルは充分役に立ったのだから、後はわたしに任せていいのよ?』


『いやいや、今後なにかあるかもしれんからな。』


「あの、それではそろそろおやすみなさい!」


『夜ふかしは髪や肌の天敵、覚えて居られて何よりです。こちらは何とかしておきます、おやすみなさいませ。』


 若干火花をちらしつつあるお父様お母様をさしおいて、セラが通信を切る。

 間際に裏切り者、という顔を二人同時にしていたのが印象的だ。

 定期連絡さえしておけば、セラは良いストッパーになってくれる。


「……お袋、結構嬉しそうだったな。」


「えっ。」


 と思ったが、案外セラも自分の教えを実践されていて浮かれていたようだ。

 さて、後は各々明日に備えて就寝だ。

 ぐうっと背筋を伸ばしてフォクシ嬢も自分の部屋に戻っていった。

 お嬢様も自室へ戻るため、通信魔道具を折りたたんだ。

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