表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
62/112

第5話 閑話墓荒らしのノクターン

2021/06/01追加

 ベーラ領内の村々は、大体何処も同じ様な境遇だ。

 野獣や魔獣の被害に晒されるため、何度も柵を作り直す。

 日々の糧が必要なため、危険を承知で狩りや畑仕事を行う。

 それとは別に税収も収めなければならない。

 行商人もほぼ訪れない場所では一日を凌ぐことが精一杯。

 領主への陳述は、税収の折に何度も行っていた。

 だが、どれだけ訴えた所で無駄だというのが全ての村の共通認識になっていた。

 何も改善されない、自分たちはただ使い潰されるだけの道具。

 だから初めて手を差し伸ばされた時は、やっと報われたのだと思った。


「かねてから交渉していたヴィオニカ連邦国より魔獣避けの結界魔道具が届いた。」


 その日税収の取り立てに来ていた役人たちとは別の一団が居た。

 小型の箱が彼らによってもたらされる。

 周囲に埋めることで、魔獣が嫌がる音を出し、近づけさせないのだとか。

 村内にも配置することで一層安全が増す。

 働き手が狩りや襲撃で次々に命を落とし、支払える税も現界だった頃だ。

 これ以上村民が減っては村の維持は不可能だった。

 埋める作業は全て押し付けられたが、それで安全が買えるのならば安いものだ。


「以前から被害の陳述、領主様も心を痛めておられる。だが、これさえあれば最早怯えることはない。」


 上質な服で身を包み、恰幅も良く恵まれた環境にある税収員が村人達に告げた。

 普段であれば天と地ほどの差に対する憎しみの視線が向けられる所だ。

 今やそんな無駄なことに感情を割く暇はない。

 やっと安心して明日を迎えられるのだ。

 やっと平穏な日々を手に入れることができるのだ。

 余裕ができればもう少し街道の整備を自分たちでも進めていける。

 そうなれば、いずれ行商人だって来てくれる。

 何もなかった村だとしても少しくらいは外の話も聞ける。

 明日をもしれぬ目の前にたらされた希望の前には感覚が麻痺してしまった。

 だから彼らが去った後、村人総員で早速魔道具を指定されたように埋めて起動した。


「ああ、これでやっと……。」


「もう少し早ければ、あいつも死ななくてすんだのに……。」


「これから産まれてくる子達には間に合ったんだ。」


 作業は夜まで続き、魔獣の被害が無くなると信じて彼らは床に着いた。

 ――その翌日まで自我を保っていられたのはおよそ六割。

 最初のうちは生み出された空白の周りを魔力が巡って隠蔽していた。

 そのため、誰も気付けなかった。

 翌朝いくつもの家から悲鳴が上がる。

 村人が跳ね起き、様子を伺いに行った時点で二割が魔物によって殺された。


「な、なんで、なんで魔物が……!」


 生じた魔物は小型のものだ。

 村人であっても成人ならば心を折られることはなかった。

 だが子供はそうはいかない。

 大人であろうとも今回は苦難を共に乗り越えてきた隣人の変貌だ。

 疲弊しきった村人達に耐えられるようなものではなかった。

 母の名を呟きながら少女の頭が潰される。

 父を正気に戻そうと揺さぶる少年の腹が割かれる。

 大声で泣きじゃくる赤子が踏み殺される。

 とは言え多少なりとも辺境で生きてきた者たち。

 自分たちに牙が向けられる前に魔法を行使して応戦する。

 狩人も参加することで数は減らしていけた。

 このまま村を放棄するしか無い。

 だが、地獄は終わらない。


「この魔道具魔力を止めているぞ! 下手に出るな! 変えられる!」


「領主の奴ら……、なにが、なにが……!」


 村人でしかない彼らが抜けるには、あまりにも断絶は広すぎた。

 戦うとしても相手は獣ばかり。

 魔物との戦闘もある程度想定されている領兵とは違うのだ。

 村を覆うように配置した魔道具のせいで抜け道が無くなっている。

 彼らは気付かなかったが、断絶は上空にまで及んでいる。

 完全に世界から隔離された空間内、魔物との戦いで魔法を扱えばどうなるか。

 内部にさらなる停滞が生み出される。

 こうなっては最早閉じこもって死を待つほかない。

 下手に期待を抱いてしまっただけに、裏切られた絶望は深い。


「結局……俺たちは何のために……。」


 村の最後の生き残りは、そう告げて自ら命を断った。

 これがベーラ領の名もなき村での一幕、実験失敗の一例だ。


 * * *


「早く、こっちへ!」


 この村は生き残りが多い。

 起動したのが早朝であったのが幸いした。

 青年は魔力に対して他の村人よりやや聡かった。

 それでも一人、また一人と魔物に殺され、魔物に成り果てる。

 今は村の中で一番断絶の薄い場所向けて、幼馴染の手を引いて走っていた。

 翌週には婚礼を挙げる相手で、お互いに想い合っている。

 だからお互いを逃がそうと、閉じこもらず一か八か逃げることを選んだ。

 元凶はあの領主だ、助けをよこすなんて望めない。


「わ、わたしを置いていけば貴方だけでも逃げれるわ、バレッタ!」


 女性は逃走途中、片足を傷つけられていた。

 そのため青年の足手まといにしかなっていない。

 自分自身へ向けられた不甲斐なさと苛立ち。

 赤髪の青年は困ったように笑って手を引っ張る。

 腕の中に収めるだけに留めた。

 ふわりとなびく金の髪は、相変わらずとても柔らかい。


「逃げるのなら一緒に、死ぬのだって一緒に。僕らを分かつものは何もない。」


「……なにそれ、一週間早くない?」


 彼女が動けないのならば抱えてでも走る。

 彼はこの村一番の狩人だ、獲物を担いで走るのには慣れている。

 そこまで苦労をかけさせない、と女性は強く手を握り返した。

 折れそうな心は、こうして恋人が補ってくれる。

 おかげで痛みを我慢し、歩調を速めることができた。


「だから、一週間を生き延びる。君も僕も死なない。」


 後ろからは顔なじみの農夫が迫っている。

 細く鋭く絞った魔力を打ち出し、頭を潰す。

 変質したとはいえ、知っているものを殺し直すのは心への負担が大きい。


「バレッタ!」


 ぐんと引っ張られ、目前に隣の家の少女が振ってくる。

 違う、停滞しているから魔物だ。

 いつもありがとうと花の冠を昨日くれたばかり。

 苦しげな表情で刃にした魔力で首を断つ。


「……叔父さん、ごめんなさい。」


 後ろでは女性が謝罪の言葉をつぶやく。

 飛びかかってくる魔物を魔力の塊で叩き飛ばした。

 青年からの告白の返事、返すための背中を押してくれた相手だった。

 小さな村では皆が皆のことを知っている。

 もうすぐ、もう少しで村から出られる。

 最後の障壁は世界からこの場を切り離す崖を飛び越えること。

 閉じこもった村人がどうなったのか、徘徊する魔物たちをどうするべきか。

 考えている余裕はない、自分たちは生き延びるのだ。


「どうして……。」


 その折、ぽつりと女性が声をあげる。

 いつもの快活とした声ではない。

 どす黒くて、足を取られるような纏わりつくもの。

 青年が固まった。


「スフェラ……?」


「どうしてわたし達がこんな目にあわなきゃいけないの? わたし達がなにをしたの? わたし達はあの領主の道具なの?」


「駄目だ、飲まれちゃ駄目だ!」


 青年は魔力を視覚として捕らえる。

 ぽつり、ぽつりと愛する女性の体に穴が空いていく様が見えてしまった。

 魔物化の兆候は唐突に起こりうる。

 だが今回は様子がおかしい。

 怨嗟に応じて周りから空白が引き寄せられる現象など聞いたことがない。


「どうして幸せになっちゃいけないの? どうしてお父さんもお母さんも、叔父さんも叔母さんも、生まれたばかりの隣の子も――。」


「もう少し、もう少しなんだ!」


 目から光が消えていく。

 内側の変質が始まっている。

 こうなったら止められないことは解っている。

 それでも青年は女性を揺さぶり、取り戻そうとする。

 この状態で断絶に触れようものなら、魔物化が一気に進んでしまう。

 思いや願いは奇跡の苗床、諦めなければきっとなんとかなる。


「ああ、憎い、憎いわ……、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……。」


 そう信じたいのに、世界が見せる現実は非情だった。

 小さな穴が繋がって大きな穴になる。

 大きな穴が繋がって、さらに大きな穴になる。

 自分たちが扱った奇跡の代償が吸い込まれていく。

 各所から生じる停滞が取り込まれる。

 急成長する停滞に、青年の中に一つの単語が浮かんだ。


 ――魔王(・・)


 彼はこんなに大きく、深い穴を見たことがない。

 だが、まだ彼女は変質しきっていない。

 もしかしたら、万に一つでも元に戻れるかもしれない。

 奇跡を願う青年の心は折れなかった。


「……スフェラ!」


 諦めずに名前を呼ぶと、びくん、と反応がある。

 ほんの少し目に光が戻る。

 信じれば、信じ抜けば奇跡は現実に成り代わる。


「僕たちは逃げるんだ、ここから逃げて、何処か遠くへ行って、そこで一緒に暮ら――。」


「バレッタ。」


 彼女が浮かべたのは、先程までの表情から一転して、とても透明な笑顔だった。

 快活な声は澄みきっていて、どこまでも届くほどに空虚だった。

 認めないと青年が頭を振る。

 聞き分けのない弟をあやすように、赤い髪へ指が沈む。

 青い瞳を見つめ返す碧の瞳は、自分の状態を把握していた。


「わ、たし、を……。」


「嫌だ……、嫌だ、できない! あと、あと少し、ほんの少しなんだ!」


 幼い頃から一緒に育ってきた。

 ずっと一緒に居ると誓った。

 だからその願いだけは聞き届けられない。

 女性の考えが解るように、青年の考えも知られている。


「まものに、なりたく、ない。あなたを、にくみたくない。」


 気を抜けば憎しみに全てを持っていかれる。

 最早彼女であった面影は印象的な金の髪しか残っていなかった。

 世界に大きな穴が開く。

 底冷えするような怨嗟が産声をあげる。


「あいして、くれて、ありがとう。」


「う……そだ……、スフェラ、スフェラ!」


 あと一歩だった。

 あと一歩を踏み出せば、前を向いて進めたのに。

 遅い、遅すぎる。

 どうして手遅れになってから奇跡(・・)を起こすのだ。

 自浄作用が間に合わないと世界が判断すれば、その化身を生み出す。


「いっしょうの、おねがい。わたしの、()。まだ少しだけわたしが、のこってい、る、あいだに。」


 彼女も解ったのだろう。

 笑みの形は崩れない。

 それが彼女にとっての矜持なのだと解ってしまう。


「ああ。憎い、憎いの。憎くて憎くて堪らないの。ねえ、バレッタ、早く、お願いもう止まらない――。」


 ――はやくころして。


 その言葉が人としての最後の言葉、青年は決断するしかなかった。

 ざしゅ、と強度を増した刃が目の前で最愛の娘の首を跳ばす。

 金の髪がはらりと落ちて、どす、と重い音を立てて体が崩れる。

 青年も、彼女の亡骸と共に膝をついていた。

 巨大な空白を埋めるよう、世界から透明な魔力が流れ込む。

 血溜まりが広がった。

 死に顔は笑みのままだった。

 世界によって青年は役割を押し付けられた。

 生まれた巨大な停滞、魔王を滅ぼす役目を。

 大きな流れは些事を気にかけない。

 最終的に世界の形が歪んで居なければそれでいい。


「僕は……、なんで……。」


 彼女の血を浴びた青年は、その赤に色彩を吸われたように白髪に染まっていた。

 ふらりとおぼつかない足取りで立ち上がり、断崖の外へと出て――。

 なにかに取り押さえられ、意識が途切れた。


 * * *


「やっと成功か……。どれくらい使った?」


「村五つといったところです。今回の村はおよそ六百名、他の村も似たりよったりの人口です。感情の落差を利用すると停滞発生の効率が違いますね。」


「実験場を提供してもらえて助かったな、流石に州内でこの数は潰せん。後は性能実験だが。」


「それですが、提供主から条件がつけられまして。腕利きの冒険者二名を誘い込むとか。」


「たった二名でどんなデータが取れるというのだ。……全く解っておらん。」


「六ツ葉相当らしいので多少はマシでしょう。あとその二名が連れている娘には手を出すな、と。性能を抑えた状態での試運転であればちょうどよいのでは?」


「ふむ、場所は?」


 煙が肌に纏わりつく、歯車の音がうるさい。

 腕に力が入らない、もうどうでもいい。

 酷く眠りたい気分だった。


「ベイル村……、ああ。この成功例が生まれたところです。移動しなくて良いのは助かります。」


 反射的に腕が上がりそうになったが、何かで縛られている。

 まだ感情を残していたことに青年は驚いた。

 意にした様子もなく、男たち二名は会話を続ける。


「では、薬物と暗示で縛り付けた後に適当な場所に再配置しよう。魔物どもに気付かれないよう遮蔽服を忘れるな。」


「この勇者が全部殺しておいてくれたら、もっと楽だったんですけどね。」


 腕に何かが刺さる。

 青年――バレッタ氏の意識は再び暗転する。

 次に気づいたときには、よく見知った幼馴染の部屋の中。

 偶然だろうが、随分と世界は嫌な演出をしてくれる。


「……ああ。」


 酷く透明で色を失った声が出た。

 するべきことは解っている。

 武器として、短槍型の火槍が渡されている。

 狩人でしかなかった青年でも、引き金を引くだけでいい。

 小さくて隠しやすいのはありがたい。


「ここで、待っていればいいのか、ここで……。」


 意識に刷り込まれたのは太刀使いの狐人と、竜人の少年を殺すこと。

 もう一人の少女には手を出さないこと。

 その時がくるまで意識を手放そう。

 最早考えることすら億劫だ。

 懇願されるまま、彼は魔王を殺してしまった。

 ――だからこそ許せなかった。

 魔王が勇者の手を取り、想い合うなんて光景は。

 研究者達が施した枷は、激情によって粉々に砕かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ