第4話 壊れたエキストラカリキュラム
2021/05/30大規模修正
相方が死ぬ、相方が殺される、相方が死ぬ、相方が殺される。
そんな未来は認めないし、そんな世界は認めない。
一打目は防がれたが、勢いまでは殺しきれていない。
吹き飛ぶ敵の身体を追いかけ、殺意を込めた足が振り下ろされる。
「僕は世界の意志を代弁しただけだ。」
堅硬な透明の壁が黄金を阻む。
返ってくる力を流しきれず、ぎぢ、と細い足の筋が軋んだ。
痛みは感じない、ならまだ動く。
身体を回し、障壁魔法の真上から逆足での一蹴。
流石に二度は防ぎきれずに砕けたが、その頃には既に距離を取られていた。
障壁を砕いた勢いで地面を蹴り、追いすがる。
手槍を突き出し、首を狙うが今度は下から短槍ですくい上げられる。
――筒のようなものが付属しているのを確認した瞬間、お嬢様は身をかがめた。
タン、と酷く軽くて乾いた音と共に側頭部を何かが掠めた。
衝撃で癖のない髪のが解け、ぱさりと広がった。
「火槍……!? ヴィオニカ連邦国の兵器じゃねえか!」
後ろでフォクシ嬢が何かを叫ぶが、そんな情報は要らない。
大事なのはお嬢様の目の前で、また相方が傷つけられたという事実。
今回は位置が位置だ、早くなかったことにしなければならない。
なかったことにするためには、この敵を殺さなければならない。
理屈なんて通っていないし論理なんてかなぐり捨てた。
荒れ狂う黄金の魔力による過負荷で周囲が帯電し始める。
ゼルド氏とフォクシ嬢が下がる気配がした。
「……これが天然の力。どうして魔王の味方ができるんだい。」
空虚な声は、まるでこちらを馬鹿にしているようだ。
許せない、許さない。
それ以上無駄な口をきけなくしてやる。
激情のせいで、何故相方を魔王だと断じたのか考えなかった。
「う、ああァァ!!」
金の髪をなびかせながら、黄金の竜が吠える。
顔面を狙った一打、透明な壁に阻まれる。
喉へ向けた一打、透明な壁を破壊する。
鳩尾に向けた一打、深くめり込むと同時に威力が突き抜ける。
「ぐ、ふ――っ。」
肺から空気が絞り出される音。
埋まった拳を捻り、更に威力を浸透させる。
なのに臓腑の破壊まで至らない。
世界がそれを認めない。
「あ――ぐっ!」
ぐわん、と頭が揺れた。
真横から短槍で薙ぎ払われたらしい。
下がることはしない、退くこともしない。
早くしないと相方が本当に死んでしまう。
早くこの現実を否定しなければ。
「嫌、いや、いや、やだ、やだぁ!」
揺らぐ視界を無視して大地を踏みしめる。
ごづっ、と陥没させるだけの力を握りしめ、ゼロ距離から放つ収束した竜の息。
キュン、と甲高い音と共に雷光を纏った光が放たれる。
タタン、と軽い音と共に放たれた透明の弾丸と衝突して収束が解かれる。
距離が近すぎて完全な無効化には至らない。
周囲の木々を薙ぎ払い、敵の胴を黄金が飲み込んだ。
「は、はは、は……! その力を向ける先が、違う、だろう。」
空っぽの声が嘲笑う。
足りない、殺意が足りない。
駄々っ子のような否定の言葉では力が足りない。
憎まなければ。
もっと憎まなければ、もっと怨嗟の声を上げなければ。
流れてくる赤いものを無視して、敵の顎を砕きに重いブーツが振り上げられる。
また障壁に阻まれるが、最初の時よりも弱くなっている。
砕くついでに蹴り上げた。
追いすがるように飛ぶ。
「ううぅあああ!!」
手槍がびゅおんと振り下ろされる。
飛んだ時に返ってきた力を腰から腕へ伝え、重さに乗せる。
びぎり、と罅の入る音がして浮かせた身体が大地へ叩きつけられる。
衝撃と勢いで土煙が上がり、視界が遮られた。
もう一回転、勢いを利用して手槍を投擲。
その後に続くように飛びかかる。
ひぃん、と甲高い風切り音を立て、生まれた衝撃波が土煙を払う。
当たらなかったが姿は捉えた、筒がこちらを向いていた。
タン、タン、タン、と軽く乾いた音が三度。
「ぎっ……あ!」
回避が間に合わない。
二の腕、太もも、角の順に弾かれた。
血しぶきが上がり、流石に痛覚が仕事をする。
幸いにも全て貫通したようだ。
速度を乗せたまま脚を払い、相手の腹部へ膝を落とす。
「ぐ……っ!」
捉えた。
もう逃さない、逃がすものか。
拳を握り込み、顔へ一打。
障壁魔法が発動するが、最早一撃だけで破壊できる。
首を捻りきるだけの力を込めたのに生きていた。
逆の手でもう一打、銃痕から鈍い痛みが走り、手の感覚が無くなった。
まだ生きている、最初の腕でもう一打。
「い゛づ……っ!」
傷ついた角へ拳が叩き込まれる。
ぱきんと白い角が折れた。
頭のすぐ横、一瞬目の前が真っ暗になるが退くつもりはない。
こんなことで意識を飛ばす暇があるのなら、少しでも早く殺さなければ。
感覚の無くなった腕を振り下ろすと、今度は払われた。
「僕たちは世界の道具だ、世界をあるべき姿に戻すための道具だ。君は欠陥品じゃないはずだろう。」
癇に障る。
空虚な声がいちいち相方を殺せと諭してくるのだ。
共に居られないのなら、ずっと一緒に居られないのならば世界なんて認めない。
「だま、……ッ!」
正論なんて聞きたくない。
顔を潰そうと腕を振り上げた所でまた角を殴り飛ばされた。
激痛のあまり悲鳴も苦悶の声を上げることもなく吹き飛ばされる。
ただ殴られただけなのに、まるで鈍器で殴られたような衝撃だ。
地に足がつかないため、踏ん張ることができない。
「――かひゅっ。」
背中から木に叩きつけられ、ようやく止まった。
みしりと骨が軋み、肺から空気が絞り出される。
苦しむ暇はない、相方は心臓を貫かれていた。
魔物でさえなければ、ゼルド氏が仮初めのものを作り上げて助ける事もできた。
膨大な停滞を前に、魔法に行使される魔力は全て世界の修繕に宛てられてしまう。
早く、早く、早く。
世界は白から赤に変わる。
首を逸らした所で弾丸が通り過ぎていった。
狙いが随分と的確だ、お嬢様以上にダメージを負っているはずなのに。
「――ッ、っ!!」
空気を取り込まないまま再度地を走る。
引き金が引かれる瞬間にステップを変えて軌道上から回避。
ただし、後ろを狙うものは感覚の無くなった腕ではたき落とす。
後ろには相方がいる、これ以上傷つけさせてなるものか。
そのまま肩から突っ込み、もう一度マウントを取った。
「ああ、羨ましい。それだけ綺麗な力があれば――。」
「黙れぇ!」
障壁はもう生まれない、右の拳で殴りつける。
悲鳴も苦悶の声も上がらない。
拳に粘つく液体が付着したが、もう一度。
赤い世界に赤い液体が飛び散る、もう一度。
左の腕は動かないから、もう一度。
息はまだある、随分頑丈だからもう一度。
「ふうっ、ふうっ、ふう……!」
「ストップ、エル。もう意識は飛んでるよ。あと、これは僕の感情だ。」
振り上げた腕が止められた。
今一番聞きたい声と共に、内側に生じていた憎しみが吸い上げられる。
すう、と意識が落ち着くとともに無茶をした反動に襲われる。
「ぃ、づっ……!」
ずぐん、と側頭部に激痛が走る。
左腕の二の腕から先は痛みのあまり力が入らない。
右足の太ももがぐっしょりと血で濡れている。
気を失いそうな痛みだが、そのせいで気を失えない。
「ゼルド、こいつの拘束を。殺しちゃ駄目だ、いい証拠になる。まったく意識の隙をついてくるなんて狐人みたいだね。」
「すぐに!」
「意識の隙なんてもんじゃねえよ、こいつは世界の隙間を抜いたんだ。ああくそ! ルゼイア、治療するからこの馬鹿の覚醒無理やり解け! お前経由で魔力撹乱も最大起動だ!」
音が戻ってくる。
以前のように早鐘を打つ心臓。
びり、と身体に痺れが走り、強制的に覚醒状態が解除された。
同時にお嬢様の固定魔法が停滞によって完全に封じ込められる。
相方によってバレッタ氏から引き剥がされた。
即座にフォクシ嬢が薬草と回復魔道具でお嬢様の治療を開始。
熱が上がってくること前提に額へ冷たいタオルが乗せられる。
「る、ぜ……?」
「エル、僕の本体は竜だ。あの程度の攻撃じゃかすり傷にしかならない。」
傷のついていない右耳へ、落ち着いた声が振る。
安心させるための嘘だ、ルゼイアの傷口はまだ塞がりきっていない。
彼はそれを知られるようなヘマをしなかった。
左耳へ重症用の再生魔道具が貼り付けられた。
黒いグローブの代わりに回復魔道具が巻きつけられる。
ニーソックスも乱暴に脱がされ、化膿止めと包帯が巻かれた。
膝から力が抜け、後ろから支えてもらわなければ立っていられない。
割れた側頭部の応急処置まで終えた所で、ゼルド氏が蔓と縄で縛り終える。
強力な魔力封印効果のものだ、恐らく対お嬢様用に持たされていたものだろう。
念の為に相方は、魔法に偽装した停滞で複数枚の遮断結界を張った。
「よか、た……。」
初めて暴走した時を超える無茶な動きをした、短時間で随分血を失った。
回復魔道具が効果を発揮し、お嬢様の全身を倦怠感が襲う。
ぐらぐらと世界が揺れだし、立っていられない。
抱きしめてくれる相方に体重全てを預けた。
痛みでも平気だったのに、安堵した途端視界がにじむ。
戻ってきた息が浅い。
ひゅう、ひゅうと途切れていた分を一気に取り戻そうと呼気に喘ぐ。
「こっちの台詞。」
体に痛みが走るほど強く抱きしめられた。
絆を通して痛いほど心配の念が叩きつけられる。
ああ、今度は自分が暴走したのか。
改めてお嬢様は現状を理解した。
「……ほんっと、二人して一直線だな。これで橋を超えてハイ終わりでやってけんのか?」
「耳が痛い。とはいえ、ずっとお世話になりっぱなしってわけにもいかないからね。」
相方がお嬢様を抱き上げる。
痛みと苦しさで動けないため仕方がない。
周囲を見てみれば木々はなぎ倒され、道はあちこち陥没してと大惨事だ。
ここで止まっている暇はない。
「まあ、そこも問題だけど、もっと問題なのは彼だよ。多少なりとも僕を傷つけた。」
今でこそお嬢様を安心させるため、落ち着いた様子だ。
当初は絆を通してお嬢様を暴走させるほど荒れ狂っていた。
局所的に膨大な停滞が生み出された中、彼だけ生き残っていた理由。
彼が墓荒らし達の仕込み準備の要なのだ。
非人道的な実験を行う国では身を守れないと、躊躇わせたかったのだろう。
このやり方は裏目に出る。
お嬢様達はフェイル州に乗り込んで州長を殴り飛ばす必要が出てきた。
「人工的に勇者を生み出すプロセスを踏むなんてね。 ただでさえあれは過ぎた玩具だっていうのに。」
「せか、いを、味方に、つけさせる、なんて。」
息の合間にお嬢様は解析結果を伝える。
過剰なほど黄金に包まれた空間にあってなお、彼は魔法を行使した。
身体強化、障壁作成、それに銃弾にも大いなる魔力を通した。
それはお嬢様と同じような理不尽がなければ実現できない。
つまり、世界によるバックアップが必要だ。
その力を得た者は、総じて世界の修繕を任される。
魔王に対して勇者と呼称される存在だ。
超常的な力を持つ兵士を量産できるのであれば、相当な力になる。
最もその代償は見てきた通り、村一つが殺し尽くされた。
こういったものは一度目から成功とはいかない。
一体どれほどの村を潰してきたのだろう。
「……だが、その価値はあるのだろうな。傷がもうほとんど癒えている。」
ゼルド氏が唸るように告げた。
意識は戻っていないが、あれだけ殴られ、打たれたのに外傷はほぼ塞がっている。
お嬢様には固定魔法のせいで回復が利かない。
だが本来、あれくらいの治癒能力があっても不思議ではない。
最前線に出て肉弾戦も強く、大規模魔法を行使し、傷の治りも早い。
ただ存在を書き換えるだけで、一騎当千の兵士が出来上がる。
「ああくそ、報告案件ふえてんじゃねえか! もう魔法貨物の在庫すくねぇんだぞ!」
フォクシ嬢が頭を抱えた。
魔法貨物の素体だってただではないのだ。
経費で日々落としているとは言え、節約できるところではしておきたい。
お嬢様と相方は、心に浮かんだ最大の懸念を口に出来なかった。
人工的に勇者が生み出された、滅茶苦茶な理屈だがそれは現実だ。
ならばそれに対する魔王は、一体どこに生まれたのだろう。
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