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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第四章~ギミックだらけの遠征試合~
55/112

第12話 護衛サポーティング

2021/05/16大規模修正

 翌朝。

 目覚めたお嬢様の視界は硬い胸板に占領されていた。

 部屋の中にも換気と冷気供給のために管が通されている。

 おかげで密着していても寝苦しさがない。


「ふあっ?」


 可愛らしい欠伸の声が悲鳴に変わりそうになった。

 心臓が飛び出るかと思ったが何とか抑えることに成功する。

 夢見心地のまま本当に眠ってしまった、自業自得だ。

 いつもは離れた場所に寝袋を敷いているので、うっかり寝落ちることはない。

 窓が無いため外の時間はわからないが、眼鏡の魔道具を起動すれば時刻はわかる。

 日が変わってから三刻ほど、およそ六時。

 随分と疲れがたまっていたらしい、いつもより一時間は遅い。


「むぐっ。」


 それは相方も同じらしい。

 寝息を立てながらお嬢様を抱きしめてきた。

 これは、大変不味い。

 平時お嬢様は、身分剥奪されたとは言えお嬢様なのだ。

 ろくに見慣れていない異性の身体。

 おまけにその持ち主が想い人だ。

 身体を離そうにもしっかり身体を固定されている。

 かつてお嬢様が相方にしていたのと同じように。

 これだけ強く抱きしめられると、異性を強く意識する。


「ふぐっ!?」


 そこまで考えが至った途端、羞恥心が振り切れた。

 ほぼゼロ距離からでも打てる技はある。

 大地を踏みしめているわけでもないため、威力はお察しだ。

 それでも相方を叩き起こすことには成功した。


「おっ、おはようございます、ルゼイア。」


 誤魔化すように朝の挨拶をしながら上半身を起こして服を整える。

 ついでに結わえていない長い金髪も手櫛で整えた。

 まだ鼻孔に彼の香りが残っているし、体に熱が残っている。

 ばくばく悲鳴を上げている心臓を落ち着かせるように胸へ手を当てた。

 深呼吸、早くこの心音を静めなければ。


「……いやお前、起こし方。」


 とっくに起床していた姉弟子の声が背中から聞こえる。

 寸勁を打ち込んだ位置は、丁度相方のみぞおち位置。

 抑えてぷるぷるしていた。

 これは返事が返ってこないわけだ。

 お嬢様では回復できないので、急ぎフォクシ嬢が回復魔法を使ってくれた。

 存在が相方寄りでよかった、普通に魔法は効果を及ぼすようだ。


 * * * 


 わずか一泊程度の滞在日だが、物資と水分の補給ができたことは幸いだ。

 特に水分は長期移動の命綱、気温と湿度が高ければ命に直結する。

 お忍び場なだけあり、レオン嬢とカリスト嬢に挨拶はできなかったが仕方ない。

 本日も空は青々として雲ひとつ無い、暑くなりそうだ。


「……動き始めた初日、になんのかねえ。」


 現実逃避はこれくらいにしよう。

 お嬢様達の前には、最初に遭遇した斥候の一名が待ち構えていた。

 軽い口調だが、既にフォクシ嬢は臨戦態勢。

 目を細めて太刀へ手を添えている。

 相方も同じくいつでも応戦可能、着物袖の下では魔道具を握っている。

 立っているのは二枚盾と剣を持っていた慎重派の男だ。

 黒髪に黒目は、異世界でよく見ていた色彩なので印象に残っていた。

 相変わらずの板金鎧は相当に蒸すだろうに。

 以前との違いは、単独であること、馬を連れていないこと。

 ――なにより、身につけているサークレットが壊れていること。

 それが引っかかり、お嬢様だけ戦士のスイッチを入れていない。


「私は既に伝えるべきことは伝えました。」


 二人に先手を取らせぬようお嬢様が口を挟む。

 戦闘態勢を取っていないとは言え油断はしていない。

 肩に掛けた手槍は蹴り上げれば即座に石突きで打てる。


「まずは非礼を詫びさせて頂きたい。仲間の物言いを止められず、三方には酷く不快にさせてしまった。」


 綺麗に膝をついた。

 傭兵の作法として、依頼主に一時的な忠誠を誓う姿勢だったか。

 改めて声を聞く余裕があると、外見に比べて声が渋いことが解る。

 この展開は想定していたが、まだ罠ではないと言い切れない。


「へえ、そのお仲間二人はどうしたんだい、捕虜狩りの穏健派。」


 フォクシ嬢の言葉が太刀代わりに斬りかかる。

 力量の差はあの日既に見せている。

 たった一人でこの三人を相手取ることはできないだろう。

 周囲の音を探ったが、どうもこの男一人だけのようだ。


「依頼主に隠された。俺も死んだと思われている。」


「実にあいつららしいね、どうせ報酬を支払うつもりもなかったんだろうし。」


 相方も辛辣だ。

 何せ大切なお嬢様へ不躾な視線を向けた奴らだ。

 同情する気など一片もないらしい。

 気になるのはどうやって墓荒らし(グレイヴン)の目を欺いたのか。

 どうやって居場所を知ったのか。


「何が目的ですか。今更私を連れて行くと仰らないでくださいね。今度は手加減いたしません。」


「罪滅ぼしを。既に死んだことになっている命だ、盾にでもして貰いたい。」


 不審げな視線がお嬢様含め三人から注がれる。

 当たり前だろう。

 いくら依頼主に裏切られたからとは言え、それでこちらに命を預ける理由がない。


「死んだことになってる、つったな。じゃあなんでお前生きてるんだ。」


 当然浮かぶ姉弟子の疑問に、男は板金鎧を脱ぎ始めた。

 相方がお嬢様の前に出て視界を隠す。

 フォクシ嬢はほんの少し腰を沈めた。

 お嬢様からは姿が見えないが、姉弟子が少し息を呑んだ。


『心臓の辺りに大穴が空いた形跡がある。血がこびりついてるから最近のものなのに、完全に塞がってる。』


 相方が状況を説明してくれる。

 回復魔法や回復魔道具が効果を及ぼすのは、生きている対象のみ。

 心臓を破壊された場合、どれほど効率化された魔法であれ復活する間に絶命する。

 大穴が開けられたとなれば生きていられるはずがない。


「なん、なんだお前。」


「元傭兵、解放奴隷のゼルド。此度の依頼主には伝えて居ないが、故あって死ににくい。」


「死ににくい、でまとめられる傷じゃねぇぞ!?」


 姉弟子の常識的な指摘に対し、非常識は思考を組み立てる。

 戦った際、彼は蔓を用いていた。

 そこへ体内魔力を通すことで、自在に動かしていたのだ。

 強度はそれほどでもないが、心臓代わり(・・・・・)にはなる。


「あの蔓で仮初の心臓と血管を作り、現在は復元中というところでしょうか。」


「流石聡明と噂されているフォールンベルト家のご令嬢。」


 お嬢様や相方も大概おかしい。

 だが、このゼルド氏は別の意味で異常だ。

 常人ができるようなことではない。

 実現するためには人体に対する理解と、死に面して冷静な操作の必要があった。

 フォクシ嬢は久しぶりに顔を覆って空を見上げている。


「解放奴隷ってことは、身請けをしたのが依頼主なのかな。ああ、服は着ておいて。エルの目を汚したくない。」


「いかにも。墓荒らし(グレイヴン)というらしいな。彼らにエルエル嬢の身柄拘束を依頼された。」


 流石に相方の体つき以外では早々動揺しない自信がある。

 初遭遇のときも先程見たときも、相変わらず汚れが酷い。

 ベーラ領を通ってきたというのならなおのこと汚れと臭いは想像したくない。

 丁度ロウエルの前だ、追加で水を購入して多少はさっぱりしてもらおう。

 衣擦れの音と共に内着を身に着けた所で姉弟子が声をかける。


「サークレットを壊したのは、こちらに対する誠意みたいなものかな?」


 お嬢様の視界を遮る間、相方が質疑を重ねる。

 停滞の力を障壁にするあの魔道具は、お嬢様の固定魔法への対抗手段。

 あれが起動していれば、限られた空間内ではあるが魔法が行使できる。

 その手段を放棄したことを隠していない。


「無論。こちらに害意が無いことの証左になると判断した。」


「ついてくるってのなら、最低限くそ目立つ鎧は捨てろ。」


「元より。忘れられている恐れがあったため着込んできた荷物だ。」


 ようやく相方が退いてくれた。

 伸びっぱなしの髪に髭、王国産のシャツとズボンに革靴。

 ハーネスは背中に盾を掛けるためのものだろうか。

 随分と軽装になった癖にガントレットだけは身につけている。


「変な動きをしたら、即座に首を撥ねる。死に難くても即死すりゃ意味はねぇだろ。……で、誰からオレらがここに向かうと聞いた。」


「道中で遭遇した騎士二人からだ。依頼主の関係者ゆえ、罪滅ぼしの前に隠されると覚悟した。だが彼らからエルエル嬢を取り巻く真相を聞き、機会を貰えた。」


「カールさんにフューストさん、一体何を思って……。」


「貸しを押し付けてきた感じがするね。カールはエルのこと気にしてたし。」


 お嬢様の中に該当者二名が浮かぶ。

 墓荒らしの中で、この方向に向かったことを知っているのは彼らだけだ。

 彼らは貴族科の出身でもある。

 会話を通じて相手に何が足りないか、何を望むか探ることに長けている。

 わずか三名、できることは限られる。

 逃亡となれば広げられる手はもう少し多いほうが良い。

 姉弟子の様子を見るに、ゼルド氏の言葉に嘘偽りが無いことは確かのようだ。


「私からも質問があります、ゼルドさん。貴方は何故奴隷になったのですか?」


 最初は捕虜狩りをしているからだと思った。

 だが初遭遇次の消極的な所や、今回の発言からどうもその印象が湧いてこない。

 その質問に対して、ゼルド氏は困ったように眉尻を下げてこう答えた。


「それが、俺にもよく解っていない。」


「どういうことかな? まさか、記憶喪失だなんて言わないよね。」


 身の上話になる。

 ゼルド氏は四ツ葉冒険者から傭兵に転職したらしい。

 荒事専門の冒険者にはよくあることだ。

 傭兵団に所属することもなく、一人で細々とした仕事をしていた。

 村落に現れる山賊を退治する作戦に参加した折のことだ。

 想定以上の規模であったため、苦戦しているうちに意識が朦朧としてきた。

 気づいたときには村はほぼ壊滅、山賊も二名を残して全滅していた。

 そこへ騎士団が到着し、双方捉えられた。

 数少ない生き残りの村人からゼルド氏が他の傭兵に手をかけていたことが判明。

 山賊の一味との疑いが掛けられ、共に奴隷落ちした。

 どうもその山賊達は捕虜狩りの傭兵崩れだったらしい。

 この度王室からの恩赦として武装の一式と依頼を与えられ、罪を贖う機会を得た。

 ところが蓋を開けてみれば、することは婦女子の誘拐だ。

 行っていた事は罪の上塗りに過ぎなかった。

 結局彼は罪の贖いどころを探しているのだ。

 姉弟子の目が胡散臭いものを見る目に変わる。


「前言撤回だ、そんな危険人物を連れて行けるか。」


「念の為、両腕がまともに使えぬようこのガントレットで封印を施された。」


 だから扱うものが盾なのか。

 指の可動域が制限されれば細やかな操作が不可能になる。

 重しをかけられた腕でいちいちそんな事をしていては早々にバテる。


「……そのガントレットも魔道具です。今の所手綱の先が無いようですが。」


「そうだったのか。」


 術式の解析を即時行うお嬢様。

 体内魔力の方向指定の阻害が行われている。

 また、ガントレットからは魔力の紐が伸びていた。

 以前襲ってきた魔獣使いの使う手綱の様なものだ。

 着用者が気付かぬよう認識阻害がかけられている。

 ただし現在、その持ち手が存在していない。

 あの時魔獣は暴走したことを考えれば、放置しておく方が危うい。

 お嬢様は固定魔法が邪魔をして手綱を握れない、相方は停滞行使が基本。

 と、視線を姉弟子に送ればそれはそれは面倒そうに頭をがりがり掻いていた。

 察してくれたらしい。


「……っとに厄介事が増えてくな!」


 そうは言えども面倒見がいい。

 『万能』は数多の縁を有するからこそ『万能』足りえる。

 こちらも似たもの母娘らしい、引ったくるように魔力の手綱を紐付けた。

 封印は安定し、魔力の主導権の大半が姉弟子へ移る。


「この中でお前が一番弱ぇことは忘れんな。」


「忘れられようもない。」


「大丈夫です、フォクシさん。」


 久しぶりに柔らかな微笑みを浮かべたお嬢様が会話に入り込む。

 一体何をもって大丈夫というのか。

 そんな姉弟子の視線を受けたお嬢様は拳を握る。

 元とはいえ追手であり、墓荒らしと関係性があった者だ。

 二度目は赦さない、微笑んだまま置かれたままの板金鎧の方を打ち抜く。

 絞りに絞った黄金の針が、距離を無視して鎧を粉々に砕いた。

 ぱあんと爆ぜる音が響き渡る。


「その時は私が手を下します。」


 厄介事を抱え込ませているのはお嬢様だ。

 ならばそろそろ、その責任を負い始めなければならない。

 笑顔のまま覚悟は決めた。

 竜の息(ドラゴンブレス)の超小規模版、物理方面に作用した場合の最低威力。


「よ、よろしくお願いする。」


「……そうか、首以前に全身消し飛んだらどうしようもねーよな。」


 脅しはしたが、お嬢様は上機嫌だ。

 宿題の鍵を見つけられた。

 ゼルド氏のガントレットは他の誰か(・・・・)に操作権を譲渡する特殊な魔道具。

 あの壊れたサークレットもヒントになった。

 世界から寸断された空間だというのに、その内部は問題なく魔力がめぐる。

 つまり、奇跡の行使が可能だったのだ。

 彼らは物質化を経て魔法の消滅を防いだ。

 だが、同質のものならばどうだろう。


「ああ、フォクシさん、とりあえずゼルドの臭いを何とかしてきて。エルは僕が見ておくから。」


「あ? ……あー、あの顔はしばらく動かねーな。そんじゃゼルド、ついてこい。」


 お嬢様自身の体内魔力は既に固定されて使えない。

 ならば大いなる魔力が変換される前に、別の入口から吸い上げればいい。

 お嬢様の体内魔力に組み込まれる際、魔力はそれに応じた変質を行う。

 自身が手綱を握ることで、操作権を手放さない。

 変質した魔力を閉鎖空間へ閉じ込め、それを用いて回路を作る。

 言わば世界の外に作るもう一人の自分だ。

 相方が空帝竜と別れるのと似た理論。

 意識の切り替えや並列処理はお嬢様が無意識で行っている。


「……これなら。ふふ、組み上げられそうです!」


 自身の中で、別途自身を使った魔法。

 全てを体内魔力で補えば固定魔法を使っていても、文言魔法の真似事はできる。

 外付けであるため、その魔道具(・・・)はお嬢様であってお嬢様ではない。

 世界との契約と制約には背いたことにならない。

 覚醒の程度をいじれば過剰魔力が生じる。

 それを吸引させて封じてもいい。

 思考に没頭したお嬢様に周りの声は届かなかった。

 楽しげな笑みは、認識阻害があっても随分な破壊力になる。

 ただ碧の瞳は、お母様の底知れない雰囲気に非常に似ていた。

 一朝一夕で解答を導けるほど化け物ではないと思っていたが、血は争えない。


「ってまだ何か考え込んでんのか、妹弟子。」


「こうなったエルは話を聞かないからね、僕が引っ張っていくよ。」


「そうだな、そんじゃゼルド、お前は最前列だ。せいぜい肉壁になりやがれ。あと元冒険者なら今後衛生面に気をつけろ。」


「ここまで水場が無くてな。ところで大型の保冷箱を持ってきているのだが――。」


「はぁ!? くそ、道理であんな姿でここまで来れたわけだ。お前荷物持ち兼任、死んでも守れ!」


 ハーネスは保冷箱を固定するためのものだった。

 大型ともなれば非常に高級品だ。

 具体的にはフォクシ嬢でも手が出せない。

 その左右に盾が掛けられている。

 思考に没頭するお嬢様には触れぬが吉。

 相方に手を引かれながら再び地獄の行軍の再開だ。

 とは言え、ゼルド氏の大型保冷箱のお陰で道中は随分楽になった。

ゼルド氏の立ち位置と行動基準が大分変わりました。

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