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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第四章~ギミックだらけの遠征試合~
44/112

第1話 思春期からのリビルディング

2021/05/02大規模修正

 白亜の壁に包まれた砦街、クリムゾンクレイ。

 その周囲に広がるクリムゾンヴェールは混沌としている。

 無秩序に広がった建物、規則性なく立ち並ぶ宿や店。

 どの方向に向かっても店舗が並び、どの方向にも薄暗い路地裏が広がる。

 王都に伸びる大街道の他、各地へ伸びる道がこの場所で交差する。

 外周へ向かうに従い建物の密度はまばらになり、青々とした草原が広がっている。

 かつては後方の丘陵地とこの砦による挟撃が主だった王国の防衛手段。

 当然飛行船団対策の砲が壁の上には並んでいる。

 とは言えそこへ火薬や弾が込められなくなって久しい。

 最早手入れもされておらず錆びついていた。


「何とか無事に到着しましたね! ボクは宿を取って露店開設の算段をつけるために組合に顔を出してきます!」


 時刻としては夕刻に差し掛かる。

 青かった空は赤く染まり、白かった城壁は茜色に染まっていた。

 別れる場所はクリムゾンクレイの城門前。

 道中は色々とからかわれたが、基本的に学友として接してくれた。

 それすらも商いに繋げるためだろうが、随分気が楽だった。


「そんじゃ、完了証書も書いてもらったしオレらはクリムゾンクレイに入るとするかね。」


「ラッティさん、ありがとうございました。」


 フォクシ嬢はこの街までの護衛依頼だ。

 支部はクリムゾンクレイ内にしか無いため、完了処理はそちらで行う。

 お嬢様は認識阻害の魔道具を着用し、効果を最大へ。

 念の為フード付きのケープを被り、念入りに顔を隠す。


「割引券や優待券、配りすぎないように気をつけて。」


「あれはレオンさんの手癖が悪すぎるんです!」


 相方の言葉にふすふす鼻息を荒げて反論する。

 確かに気づけば毎回割引券を持っているレオン嬢だった。

 その度に渡した覚えはないと頭を抱えている。

 にもかかわらず、きちんと割引くのだから誠実だ。


「ですがエルエルさん、場合によってはきちんとお母様やセラさんに相談してくださいね。今回はボクが居たので何とかなりましたけど。」


「肝に銘じておきます。」


 珍しく諭された。

 今回は行商馬車に乗せてもらえたため、相当な速度で進んだ。

 もしも徒歩のままなら、問題が出ていた。

 道中倒れてしまうと、進行速度は一気に遅くなる。

 それでも手槍を杖代わりに歩くことはできただろう。

 だが、そんな無理をすれば姉弟子と相方に迷惑がかかる。

 そうなる前に変な遠慮をせず、連絡用魔道具を使うべきだった。

 固定魔法は魔力撹乱のお陰で抑えられている。

 ならば外部から魔道具で状態を楽にすることも可能なはずだ。

 実際、そういった道具は女性冒険者の必需品に挙げられる。


「では今度こそ! 是非ラディ商会クリムゾンクレイ支店もご贔屓に!」


 ぺこん、と一同へ頭を下げて別方向へ馬車を向けるラッティ氏。

 きっちり営業で締めるさまに笑みを零しつつ、しばし見送る。


「……うっし、それじゃあ入るか。久々の拠点だ、世話になってる宿にも顔出さねーとな。ほれ、行くぞ。」


 後ろ姿が見えなくなるより先にフォクシ嬢が二人に声をかける。

 夕暮れ時、夕食はまだ取っていない。

 宿はフォクシ嬢の取っている場所を間借りすればいい。

 入る時の検問は厄介だ。

 特に逃亡者の身分となったお嬢様ならばなおのこと。

 ――だからセラは、フォクシ嬢を選んだのだろう。


「おや、フォクシさんお帰りなさい。騎士団からの直接指名依頼とのことでしたけど、無事で何よりです。」


 地元ゆえに声を掛けてくる衛兵とは顔見知り。

 兎人の男性のため、何かあれば無音で連絡を取れる。

 フォクシ嬢は物怖じもせず、はん、と軽く鼻を慣らして胸を張った。


「お袋がオレの顔を見たかったんだと。あとはちょいとした野暮用の押し付けだな。」


「随分と珍しい……そちらの二名が関わっているお話で?」


 レフス帝国とフェルベラント王国の衣装をラフに着崩した折衷装束の少年。

 その影には槍を肩に掛け、フードを被った、フリルとレースで飾られた少女。

 フォクシ嬢はソロの冒険者だ、誰かを連れ立って来るのは珍しい。


「お袋の弟子。稽古の一環さ。武者修行に連れてけだと。駆け出しの一ツ葉冒険者だが、案外やるぜ?」


「ふむ、ふむ……。」


 衛兵の視線が二人に結ばれる。

 立ち方は二人共似たような重心位置。

 整った体幹で自然体、そのくせ即座に動くための遊びがある。

 その振る舞いはまさしくフォクシ嬢と同じ系譜のものだ。

 少なくともこの衛兵は、それを見抜ける力量を有している。


「――ようこそ、クリムゾンクレイへ。良き鍛錬と良き経験を積んでいってください。」


 笑顔で告げられ、ろくな確認や審査も無く街の中へ入れた。

 通り際に軽く会釈だけしておいた。

 素顔すら晒さないお嬢様を追求しなかったのは訳あり(・・・)と察したため。

 不問としたのはフォクシ嬢が今までこの街で功績を積んできたお陰だ。

 だからこそ作られた背景を受け入れてくれた。


「……フォクシさん、信頼されてるんですね。」


「ああ。あと結構アイツに口説かれてっからな。」


「けほっ。」


 恩を売る、という打算的なところもあったらしい。

 肝心のフォクシ嬢になびく素振りがないので、彼の恋路は実りそうにない。

 それでも良いのだろう、一種の自己満足だ。

 だから相方から時々送られる意識は気づかない振りをしておく。

 身体の辛さは収まっているが、心の準備はとても大切だ。


「とりあえず、適当に夕食露店で買ってまずは拠点に戻るか。」


 砦街の中は随分と広い。

 防衛施設ではあるが、同時に各種生産が行える拠点でもあったらしい。

 遠くの方で金属を打つ音も聞こえてくるし、酒場の賑わいも飛び込んでくる。

 道は踏み固められた土だが、凹凸が無くて非常に歩きやすい。


「そういえば、フォクシさんの拠点ってどんな宿なんだろう。」


「あ?……あー、そうか。世話にはなってるな、宿には。」


 一つの砦としては十分すぎる広さを誇るが、其処に様々な施設が密集している。

 歩き回るにはさほど時間がかからない。

 だからこそ外部にクリムゾンヴェールという都市が外付けされた。

 夕食用の串焼きと、翌日用のパンを購入したフォクシ嬢の返事は曖昧だった。

 冒険者ギルドの看板を通り過ぎて少し歩いたところに立ち並ぶ一軒家。

 木とレンガで組まれたごく普通の二階建て一般家屋のようだ。

 そこで姉弟子が歩みを止める。

 近くに数件宿こそあるが、この建物には宿屋の看板が見当たらない。

 そもそも人気がなさすぎる。


「この時間ならまだ居るだろ。後はオレが整えとくから、宿に戻っていいぜー!」


 その一軒家向けてフォクシ嬢が声をかけた。

 トタパタと軽い足音の後、入り口が開かれる。


「お帰りなさいフォクシさん! あと残っているのは予備のシーツの虫干しだけですので、明日行っておいてくださいね!」


 飛び出してきたのはエプロンを身につけた純人の少女だった。

 後ろに控えているお嬢様達を軽く見た後、追加の報告。


「客室のほうも使えるようにしておきました、こんなこともあろうかと!」


「お袋の真似すんな。宿場町(クリムゾングリーズ)から連れてくって魔法貨物で送ったろ。また遠出する時は管理頼んだぜ。」


「はーい。」


 懐から取り出された金貨数枚を受け取り、少女は向かい側の宿へ戻っていった。

 確かに、クリムゾンクレイはフォクシ嬢の拠点だと聞いていた。


「……家、なんですね。」


「そりゃ、ここ中心に動いてるからな。お袋のお下がりってぇのが気に食わねえが。」


 パーティーハウスを構える冒険者は少ない。

 何せ世界各地を飛び回るからだ。

 メンバーが多ければ数名が家の管理に残れる。

 入れ替わりで仕事を受けたりすることも可能だ。

 だが、ソロで家を持つとなると話が違う。

 まず管理する者を雇わなければならない。

 誰も居ない家はすぐに劣化し、住めなくなるからだ。

 次に、不幸があった場合。

 その知らせが届くまで管理を請け負う人物は無駄な働きになる。

 それまでにかかった金銭は土地の売却価格から補填される。

 だが、先程のように宿の仕事と兼業する者が多い。

 兼業ともなればどちらかの仕事に負担がかかる。

 『万能』、セラの異常さがこんなところでも垣間見えた。


「とりあえず入って右手がキッチン兼リビング、左手が風呂、奥が倉庫だ。オレの部屋は右手奥。二階の客室はいくつかあるから、好きな部屋使っといてくれ。あーやっと休める!」


 先導されるままに入れば置いてあるものが少ないため、内部は広い。

 きちんと維持してもらっている、埃も落ちていない。

 二人の腕は知っていても、フォクシ嬢には護衛という仕事がある。

 ここから更にヴィオニカ連邦まで向かわねばならない。

 まずは情報の再収集と準備が必要だ。

 何よりお嬢様の冒険者証。

 名前が貴族時代、エルエル・シル・フォールンベルトのままなのだ。

 これを少々弄らねばならない。

 フォクシ嬢から離れて移動する際、身分証明書の提示を求められると危険だ。

 後は魔法貨物(シェイプレター)の素体の追加購入に食料の買い込みに雑品の補充。


「とりあえず三、四日は動かず休みいれておくぜ。」


 やることは山積みだが、休憩を入れるならばこのタイミング。

 斥候を出すにしても、まずは方向を探るところから。

 判明したところで追手の再編成で更に時間がかかる。

 国内ではいずれ突き止められる。

 一気に進むだけの体力を養う必要だ。

 幸いにも、ここはヴィオニカ連邦国との緩衝地帯。

 友好国とはいえそんな所で露骨に領兵は動せない。

 最終的には傭兵を雇うのだろうが、王室が魔災を起こそうとした事も広めてある。

 貴族が兵のために金を動かしすぎれば不審がられる。


「風呂は適当に順番決めてくれりゃいいぜ。今日に合わせて準備してもらってある。扉前に自分らの武器でもかけときゃわかるだろ。」


 なにはともあれまず食事だ。

 リビングのほうで串焼きを摘むことにする。

 こちらにも置いてあるものは必要最低限。

 物が多ければ管理を頼むのも大変だからだろう。


「フォクシさんが最初の方が良いと思うのですけれど、家主ですし。」


「オレは最後でいいよ、だらだら情報のまとめ直しやら装備の点検してっから。」


「僕も、荷物の確認をしておくよ。」


 一番風呂の権利がお嬢様に回ってきた。

 一人でのんびりというのは願ってもない。

 間違っても相方時代のように一緒にと言い出さない。

 相方はもう弟ではなく異性なのだから。


「じゃあ、お先に失礼します。後ほど部屋もお借りしますね。」


「おう。覗かせねーから安心して入っとけ。あと流石に同部屋は止めてくれな。」


「まだ十三ですから!」


 貴族の結婚適齢年齢は十五ほど。

 それを思えばお付き合い年齢には達しているのだが、今はまだ考えない。 

 けれど避けて通るわけにもいくまい。

 ――その日は早々に寝支度を整えて各々が就寝。

 随分とベッドの質は非常に良い、久々にふかふかに包まれる。

 抱きつけるものが無いので少し物足りなかった。


 * * *


 翌朝早々に鍛錬を終え、湯船を借りてさっぱりした。

 矢張り移動中にもなんとかして浸かれないものだろうか。

 お母様に相談すれば、と思いはしたがそれより先に必要なのは月一の対策だろう。

 そんな連絡は魔法貨物(シェイプレター)で事足りる。

 冒険者証の処理も含めてフォクシ嬢と共にギルドへ向かう。

 ケープ付きのフードを着用、認識阻害も最大出力。


「この辺だと、四ツ葉が基本だ。おまけにかなり荒っぽいからな。何かあってもルゼイアは殺気立つな、流石に気づかれる。」


 ギルドに入る前に姉弟子から注意が入る。

 初めてのギルド訪問でちょっとした騒ぎを起こしてしまったためだ。

 拠点ギルドではあるが、それはあくまでフォクシ嬢にとって。

 駆け出し冒険者の二人はフォローされてもよそ者に違いない。

 扉を押すと同時に、予想通りに大きな音。


「お、フォクシじゃねえか。相っ変わらず無駄に姿勢がいいな。」


「何だ王都に呼びつけられたって聞いたが、今回の仕事は駆け落ちの手伝いかよ。」


「下世話な依頼だなぁ、そんなもん当人たちに任しゃいいだろうに。」


 入って早速声がかかる。

 お嬢様に対するからかいではない。

 騎士団からの指名依頼を受けて遠出していたフォクシ嬢に向けてだ。

 当たり前のようにこちらを値踏みする視線が多く突き刺さる。

 朝方ではあるが、王都から離れるほど仕事の種類は多くなる。

 そうなれば依頼を求める冒険者も多く集い、仕事の争奪戦が勃発する。

 即日終了の仕事など半刻で消え去ることも多い。


「妹弟子と弟弟子の面倒を押し付けられただけだ、あんま絡むなよ?」


「へぇ……? 細っこい方は槍持ちってこた素人だな。」


「野郎の方は武器もってねぇな、今から買いに行くのか?」


 絡むなと言われれば絡みたくなるのが心情。

 途端に意識がお嬢様とその相方へ向く。

 ついでとばかりに近づいて様子を見に来るものまで居る。

 まるで珍獣にでもなった気分だ。


「妹弟子ってこた、『万能』のだろ。こんなに細っこいのが? ……いや、姿勢だけ見りゃフォクシみてーに整ってるけどさ。」


「男を誘う技でも教えてもらってたのかい。ちっこいのに姿勢だけじゃなく体つきも良いじゃねぇか。可愛く着飾ってよ、貴族のお嬢様と言われても違和感ねえぜ。」


 セラの『万能』を曲解し過ぎではなかろうか。

 無遠慮な視線がお嬢様の足から胸を舐めつける。

 比べる対象が悪いだけで体つきは充分女性的、そういう視線にもなる。

 フードで顔を隠しているため、認識阻害の魔道具以前に覗けない。

 服装だけみればレースにフリルにと荒事の邪魔になるような装飾付き。

 鞄の類はフォクシ嬢の拠点に置いてきたが、最低限の小物入れと武器は持ってきた。


「……確かに、前のところより随分人は多いね。」


 思わず相方が視線を遮るように立ち位置を変える。

 彼の場合剣の柄だけな上、着物に隠れて携帯していないように見える。

 お嬢様と入れ替わり、ラフに着崩したシャツから引き締まった体が覗く。

 余談だが、きちんと留めてくれと頼み込んだが、暑いから嫌だと断られた。

 流石に以前の一件がある、今回はお嬢様も相方もそれ以上の相手はしない。


「こっちは素手でもやってけそうだ、竜人か? にしては相方がいねぇな。はぐれか。……フォクシみてーにぴしっとした姿勢してんなあ。」


「よく見りゃ可愛い坊やじゃないか。寂しかったらお姉さんが相手したげるよ。あら、随分髪に気を使ってるんだね?」


「ああもう、散れ散れ! オレらはアンカー打ちに来たんだよ! あと姿勢姿勢ってそんな気に入らねーのかてめえら!」


 そのせいで注意が相方へ向かった。

 流石に進めなくなり、フォクシ嬢が怒鳴りつける。

 怒気だけでなく軽い圧も放ったため、仕方なしに各々が依頼張り出しに戻るが――。


「ギルドに顔出すのならフードくらいは取っておくんだな、嬢ちゃん。」


「あっ。」


 敵意も害意もない上に、人の流れに紛れてだったので油断した。

 相方に向けた言葉があったのでつい意識を取られたのもある。

 大柄な獅人の冒険者にフードを払われ、収めていた金髪が溢れる。

 結っておいたお陰で長い髪が垂れることはなかった。

 隠れていた白肌と長い耳が曝される。

 高めの甘く澄んだ声は、わずか一音でもよく響く。


「こっ……ちも、はぐれ……か?」


 からかい言葉が若干途切れた瞬間を見計らい、急いで被り直す。

 認識阻害の効果は最大にしてあるが、この場へ落とすには眩すぎた。

 恐ろしいほど静まった後、視線がフォクシ嬢へ向く。

 説明しろ、と物語っている。

 当然できるわけもない。


「よーし、そんじゃあこれ、道中受けた依頼の完了証書な。改めてアンカー頼まあ。夕方には確認に来るが……コイツら、連れてこないほうが良さそうだな。」


「いえ、女の子の方は是非連れてきてください!」


 担当受付は(くじゃく)人の青年だ。

 目を輝かせる様子を見て、フォクシ嬢が呆れた顔になった。

 恋多き種族で非常に浮気性。

 そのくせ人当たりが良いので対人の席に着くことがある。

 とは言えあまり見かけない、何せ一夜の恋でいざこざを起こして大事になる。

 お嬢様はその特性に見事引っかかったらしい。

 認識阻害はつけているというのに、本場ギルドの受付は随分と耐性が高い。


「お前みたいな浮気性に大事な妹弟子見せられっか。ああ、ただちょいと名前の変更だけ頼む。」


 軽くいなして、フォクシ嬢と一緒に冒険者証を差し出させる。

 同じように相方の冒険者証もアンカーのために提出。

 変更箇所を軽くチェックした後、受付男性がつぶやいた。


「了解しました。……ちっ、既婚ですか。いえ、ですがそれはそれで燃える。」


 無駄な世間話をしながら、仕事自体はきちんと行うらしい。

 まずはフォクシ嬢とルゼイアのアンカー処理。

 続いてお嬢様の冒険者証の名義変更だ。

 これについては事前にフォクシ嬢によって行われている。

 下手に本名を見せるわけにはいかないからだ。


「き、既婚って……!」


「燃えるな。あとお前は少し喋んな。」


 変更申請を受付で行い、各種機能の再同期を図って完了。

 そのために持ち主であるお嬢様がこの場にいる必要があった。

 エルエルからエルシィへ、フォールンベルトはファウルへ。

 ミドルネームを短縮し、相方の偽名を流用しただけだがこれだけで充分。

 だがその名だけ見れば籍を入れたので名前を変えました、と映る。

 引き続きお嬢様のアンカー処理も行って冒険者証が返された。

 その際手を握られかけるがこちらは上手く回避する。

 一方二度目の声でギルド内は騒然を取り戻す。


「やっぱ駆け落ちじゃねーか!」


「あの成りで。妹弟子って、やっぱそういう技仕込まれたやつか。俺も一晩頼みてえわ。」


「待てよ、既婚での名義変更だろ? 見た所ちょい早いが……。」


「そんなもん先に既成事実作っといたんだろ。」


「どっちから誘ったのか賭けねえか? 野郎のほうも……ほれ、良い体つきだぜ?」


「あの年で一人に縛られる必要は……ないわよねぇ?」


「夜の方も逞しいのかしら、あの坊や。やだ本気になりそう。」


「いい具合に割れそうだな、だがどうやって確認するよ。」


「手前ら少しは静かにしろ、寄ってくんな! 依頼張り出しのほう気にしやがれ!」


 皆が思い思いの憶測と好奇心と好色の目をお嬢様、相方双方に向ける。

 背筋が寒くなるほどではないが、気持ちのいいものではない。

 早速フォクシ嬢が怒鳴り散らし、囃し立てられ更に騒がしくなる。


『――ねえ、エル。』


 そんな中とても低く澄んだ声が絆を通して届いた。

 即時相方の腕を掴んで制する。

 そのせいで見せつけてくれるだの野次飛ぶ。


『全員、停滞()めていい?』


 相方が本気の意志で魔王の力を行使しかけていた。

 本能を折る冷たさをここまで取り繕えるのも凄い。

 言いつけられたとおり表面上は殺気など微塵も漏れていない。

 困ったような笑みを浮かべているだけだ。

 お嬢様に対する好色が腹に据えかねたようだ。


『駄目。我慢してください。』


 しかしそれを言うならば、相方だって色を含んだ視線が向けられている。

 だからあれほど、きちんと前を留めてと言ったのだ。

 お嬢様の魂が持っている記憶にある着方は、刺さる人にはとことん刺さる。

 二人は同格、竜人姿の相方は非常に端整な顔立ちをしている。

 停滞の力をうまく使い、認識阻害をしているお陰で目立たないだけだ。

 それでもお嬢様の認識阻害が無視されるように、能力がある者には見破られる。


「……。」


「あら、怖い怖い。からかいが過ぎたかしらねえ?」


 現に女性冒険者の数名から向けられているのは割と本気の視線。

 お嬢様は無自覚ながら、魔王に向けられるその視線を牽制していた。

 なるほど確かに二人は同格で、割と同質な部分があるらしい。


「恒常依頼の薬草納品これな! そんじゃ野暮用終わり……道開けろつってんだろ!」


 手早く一支部一依頼までこなして用事は完了。

 まるでボディガードのように鞘に収めた太刀で群がる冒険者仲間を牽制。

 いや、実際護衛の仕事なのだが。

 荒っぽさは増していたが、まだ腕試しを挑むものは居なかった。

 近くでフォクシ嬢が兄弟弟子をほのめかしたお陰だ。

 姉弟子の居ない時にギルドに入る際は、気をつけねばならない。

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