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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第三章~リングアウトの間奏曲~
36/112

第7話 絶品仕込のディスタンス

2021/04/20大規模修正

 駆け出しの冒険者は巨大な背負鞄を使うものだ。

 最低限の着替えからサバイバルのための各種道具や予備武器。

 水筒など何本も下げておくし、携帯食だって必要だ。

 討伐依頼であれば、討伐証として獲物を解体する必要がある。

 採取依頼を受ければ採取物を入れて運ぶための箱か袋だって追加で必要だ。

 護衛依頼に至っては依頼者に不快な思いをさせないよう清潔感が求められる。

 そんな不遇の時代は刻印魔法、魔道具の普及によって随分と軽減された。

 形状を変える万能サバイバルツール。

 浄水魔法の付与された魔道具。

 採取物を腐らせにくい保冷効果の魔道具。

 清潔感を保つための術式が編み込まれたタオル。

 すべて体内魔力で賄えるほど小型化されている。


「そんなわけで随分荷物が少なくて済んでんだよ、ヴィオニカ連邦国のお陰でな。」


 朝食時、いつものように鍛錬を終え、体を拭いて着替え終わったお嬢様。

 現在は焚き火前でフォクシ嬢の講義を受けている。

 講義内容は冒険者の歴史と心得、魔道具のもたらした恩恵と何が必要かの説明だ。

 焚き火に関しても火種は魔法で何とかなる。

 だが維持するための薪が常に手に入るわけではない。

 初日に森へ立ち寄って手に入れたが、代用となる魔道具だって存在する。


「ただ、言うまでもねぇが少し高い。オレくらいになりゃそこそこ数は揃えられるが、駆け出しには無理だ。」


「希少金属を、えっと、多く使ったりします、からね……。」


「おまけに技術料も含まれるからね、そりゃあ値段も張る。」


 当たり前のようにルゼイアが隣に座って同じく講義を受けている。

 相変わらずの王国と帝国の折衷装束が妙に様になっていて近づいて欲しくない。

 ラフな事も相まって肌がちら見する。

 夏場ともなれば気温も上がる、仕方ないにしても心臓に悪い。

 学園内で一番強く印象に残っているカイゼル誘拐事件。

 その流れから唇を奪われたことまで引っ張り出される。

 あの時はきっちりした学生服だったが、今の服装で――これ以上は考えない。

 学園に居た頃は日々のルーティンがあったためさほど意識しなかった。

 だが、考える時間が増えた今となっては話は別だ。


「……とりあえず彼氏はもうちっと彼女から離れてやれ。空気が甘酸っぱくて続きが話せねぇ。」


「そういう関係じゃありませんから!」


 必至に訴えるお嬢様であるが、向けられる視線は呆れのものだ。

 あえて深く追求してこないのはせめてもの優しさだろうか。

 単に馬に蹴られたくないと考えているだけかもしれない。


「これくらいでいいかな? フォクシさん、続きをお願いするよ。」


「おう。値段の話はしたな。」


 お嬢様の弁明は放置する二名。

 適度に距離を取ってもらえたため、ほんの少し落ち着いた。

 朝の鍛錬のときには出来ていたのだ、平常心を取り戻すために呼吸を変える。

 すぅ、はぁ。

 毎度この調子では進めない、心の区切りは早めにつけておきたい。


「最優先で揃えるとすりゃ、保冷箱だな。解体した部位といい、採取物といい、腐られちゃたまったもんじゃねえ。」


 こいつな、とフォクシ嬢が自分の鞄から引き寄せたのは長方形の箱。

 彼女の鞄下に据え付けられている引き出しだ。

 持ち運びの鞄は、列挙された必要な道具数に対して非常に小さい。

 相当数の必要道具を魔道具へ買い替えたようだ。

 かちんとロックを外して引き出すと、ほんの少し冷気が外へ溢れだす。

 夏の日差しには恋しくなるが、この程度でどうにかなるほど自然界は優しくない。

 取り出したのは、卵を三つ。

 焚き火の上には小さめのフライパンが乗せられている。

 こっちは魔道具でもなんでもない。

 器用に片手で割って落とせば、ジュウ、と焼ける音がする。


「こんなふうに、ちょっとした食材の保存にも効くからな。オレは速攻買った。次に大事になるのは、エルエルが持ってる衛生用のタオルだな。」


「ええと……、護衛のお仕事のためでしょうか。」


「それもあるが、大事なのは消毒作用だ。下手に怪我をしたときにゃ、そいつで止血しとけば膿むのをある程度防げる。最初の処置は大事だかんな」


「ああ、あの時はエル、回復魔法効かなくて苦しそうだったからね……。」


 シルヴィ嬢にふくらはぎへ穴を開けられたときのことだろう。

 あれは辛かった。

 熱は上がってくるわ、寒気は止まらないわ。

 痛みで眠れないわ、頭がぼうっとするわ……。


「腕のいい薬師が務めててよかったじゃねーか。つーかこの前思いっきりのされてたけど、よく外傷なかったな?」


「……手加減されてたんです。」


 ぷく、と不服げに頬が膨らんだ。

 散々こちらを威圧して煽っておいて、本気の本気は出していなかった。

 あの時のシルヴィ嬢の目的は、止めをさせるぎりぎりまで追い詰めること。

 正式な騎士は何度手を合わせてもその度に底がみえなくなる。

 実際は最後、お嬢様が覚醒したことで随分余裕を失わせたのだが。

 その時には気づく余裕がなかった。


「オレもお袋にゃいつか仕返ししねーと……。」


 それで出立前の出来事を思い出したのか。

 フォクシ嬢の目がすうっと細められる。

 卵が焦げる前に香辛料を振りかけ、蓋をして火から外す事は忘れない。


「他には洗濯箱、携帯寝袋も随分質が良くなったな、薄手でも温度調整が利くのが出てきてる。虫よけもありがてぇな。」


 目玉焼きは蒸らし作業中。

 その間にルゼイアがパンを切って準備してくれている。

 柄だけの魔道具は、応用次第で刃の大きさを変えられるらしい。

 便利そうではあるのだが、見た目はとてもシュールだ。

 なお、お嬢様は手元でレタスをちぎるだけ。

 実際に料理をしたことがないとは言ったけれど。

 魂のほうは自炊経験だってある、やってできないはずがない。

 ……多分。


「明かりに関しても、時間制御の利く魔力型ランタンとまぁ、燃料持ち歩かなくて良くなったのがでかい。」


 駆け出し時は巨大な背負鞄が必要だが、腕が上がれば荷物は小さくなっていく。

 細かい消耗品や食品は町に寄った際に都度仕入れればいい。

 さて、それを鑑みて今や新米冒険者となったお嬢様の荷物を確認してみよう。

 持ち運ぶのは、大きめの革張り鞄一つである。

 開ければ内部は展開式の三段構造。

 一番下は洗濯スペースと衛生用タオル、下着類、他歯ブラシなどの衛生用品。

 二段目に収まっているのは大きめの衛生タオルと着替え各種で一杯だ。

 三段目は先程話に上がった寝袋と、小さめの保冷スペース、ランタン。

 側面にはお母様直通の携帯用連絡魔道具や取り外し可能な小物入れ。


「……ちょっと過保護すぎねえ?」


「私も説明をしていただいて……そう思っていたところです。」


 高そうな魔道具が目いっぱい詰め込まれている。

 鞄を含め、半分以上がお母様お手製だ。

 相変わらず子煩悩、お陰で随分助かっていることは否めない。

 荷造り手伝いをしたセラもセラだ。

 必要だから、の一点張りで便利道具はほとんど詰め込まれた。

 服だってフリルとレースが無いものは選ばれていない。

 結構な額のお小遣いも持ってきているのだが。


「……つまり、目下荷物が必要なのが。」


 フォクシ嬢の視線がこの場で唯一の男子に向く。

 身一つ、荷物を背負っていないのがルゼイアだ。

 よくこれでついてくると言えたものだ、と視線が物語っている。


「あー……。慌てて出てきたものだからね、必要最低限なものだけで走ってきたから。」


「最低限も満たしてねぇぞ。」


「手厳しい。」


 フォクシ嬢の呆れ果てた突っ込みに対しても笑顔で応える。

 ルゼイアが持ってきたのは、財布と学生証から写し取った一ツ葉の冒険者証だけ。

 青い縁取りに黒い背景、黒銀の文字で名前や年齢が浮かんでいる。

 責めた所で事態は変わらないし、荷物が振ってくるわけでもない。


「ほれ、パンとレタスよこせ。とりあえず朝食にしようぜ。」


 ルゼイアからパンを、お嬢様からちぎった野菜を受け取る。

 手早く表面を炙ってレタス、目玉焼きを乗せる。

 各々に配ってから朝食開始。

 明日には最寄りの宿場町まで到着したいそうだ。

 シルヴィ嬢と学園に残った学友達による時間稼ぎもそろそろ限界。

 必要なものをしっかりと買い揃えて当分は夜営生活。

 寝袋すらないルゼイアは地面で寝る事になってしまう。


「……今朝みてーに妹弟子が抱き枕にしなけりゃな。」


「げほっ、げほっ! 折角忘れてたのになんで蒸し返すんですか!」


「朝一番に悲鳴上げて叩き起こされた仕返しだ。」


「……エル、僕の髪撫でた時の手になってる。」


 二人から突っ込みを入れられた。

 夜番を交代してもらってから朝までぐっすり眠っていたお嬢様。

 鍛錬のために早朝に目を覚まして違和感を感じた。

 視線を下ろせば銀色のふかふかした頭を胸元で抱きしめていた。

 本来なら最後にフォクシ嬢を起こして夜番を変わるはずだ。

 その前にお嬢様に捕まって抱き枕にされ、身動きが取れなくなったらしい。

 大変撫で心地が良かったので堪能している間に意識が覚醒。

 思わず羞恥の声を上げてフォクシ嬢が最大警戒状態で飛び起きた。

 状況把握して頭に拳骨を落とされた。

 起こしてくれれば良かったのに、とても幸せそうな寝息を聞いて諦めたらしい。

 その後しばらく心臓が壊れそうなほど働いていた。

 折角朝の鍛錬で落ち着かせたのに。


「そ、それは謝りますけど! そもそも身一つで来たルゼイアが悪いです、何方ですか無責任についてくるよう頼んだのは!」


「ああ、スフォルさんとくそじ……んん、リンドさん。」


 どす黒い感情が垣間見えた気がして視線を向ける。

 表情に変わりはない、咳払いして誤魔化された。

 なるほど、お父様とたまに屋敷にやってきた気さくなリンド叔父様か。


「ああ、あの騎士団長ならなあ……。」


「お父様も叔父様も、考えずに任せることが多いですから……。」


 フォクシ嬢は手で顔を多い、天を仰ぐ。

 お嬢様は目を強く瞑り、目元をぐりぐりしている。

 よく言えば自由奔放、悪く言えば無責任。

 リンド氏に関してはお父様の相方が人サイズに变化したものだ。

 そもそもの尺度が人と違う。


「一応、鍛えてもらったからその恩返しもかねてるんだけどね。」


 ルゼイアから一応程度のフォローが入る。

 お陰で学生にしては異常な腕前の理由が判明した。

 初めて会った時にお父様と同じような雰囲気を感じたのもそのあたりからだろう。

 思考を止めて、それ以上思い出さないことにする。


「よし、それならお袋に彼氏……ルゼイアの荷物分、追加請求しとくわ。」


 きゅうっとつり上がったお嬢様の視線を受けて言い直した。

 絶対に、絶対にルゼイアとは男女の関係ではない。

 ちょっと気が抜けなかったり、気が抜けたりする学友だ。


「そんじゃ、今日もできるだけ進んでくぜ。そろそろ丘陵地帯も抜けるから、周りに気をつけろよ。運が悪いと魔獣と出くわすからな。」


 パン一切れ、食べ終わるのは早い。

 なおお嬢様だけ最後急ぎ目に飲み込む。

 むせたせいでちょっと遅れたのだ。

 焚き火跡を隠し、出発にあたり鞄を手に取ろうとする。

 先んじてルゼイアに持っていかれた、確かに彼は手ぶらだが。

 あの中には昨夜着ていた服や体を清めたタオルや下着類が入っている。

 妙なそわそわを深呼吸して落ち着かせ、手槍だけ肩にかけてフォクシ嬢に続く。


「そうそう。よっぽど荷物が増えてきたり、仲間が多いところは早馬を手に入れたりするな。」


「……ヴィオニカ連邦国の飛空船を改良した、一人乗り用のものですよね?」


 車輪の代わりに浮遊岩と魔法回路、蒸気機関を用いた地形に左右されない乗り物だ。

 名前の示す通り相当な速度が出せる上に、オプションパーツで座席の外付け対応。

 いくつか増設できるため、それぞれ仲間を乗せたり、荷物を乗せたりできる。

 当たり前だが王国と連邦国の技術を詰め込んだものなので高価なものだ。

 所持できるのは一流冒険者や一部の貴族、それに遠くのものを扱う大手商会あたり。

 一方免許自体は比較的簡単に取ることができる。

 各商会が所属する者たちに運転させるためだ。

 お嬢様も学園で仮免許を取っている。


「おう、お袋の時代には冒険者までは回ってこなかった、オレもいつか買うつもりだぜ。」


 頭数の多いところならば、恒常的に依頼をこなしてコツコツ溜めていくことができる。

 フォクシ嬢ならば受けられる依頼は多い上に報酬総取りだ。

 手に入れることができれば活動範囲が更に広がり、採取依頼も多くこなせる。

 出費に見合うだけの収入が得られる可能性がある。


「確かに、自分好みに改良できるというのはわくわくしますね!」


 そわそわを無視するためにもわくわくで上書きしておく。

 自分専用、というのは何というか心躍る単語である。

 今の所増設できるのは座席だけだが、いずれ別の拡張方向が模索されるだろう。

 なお、最初から複数名が乗ることができる早馬も存在する。

 だがそちらは主に小型旅客機として設計されている。

 これに至っては免許の習得も難しく、国から発効されるためお嬢様には危険すぎる。


「竜に乗れる竜人から賛同貰えたのは初めてだな。さっすが妹弟子、わかってるじゃねーか。」


「……ふぅん、そういうものなんだね。」


 上機嫌なフォクシ嬢に対して、珍しくルゼイアの声が少し不機嫌そうだ。

 こういう話には興味がないのかもしれない。

 話題の舵取りは中々難しい。


「そ、ういえばフォクシさん、私も食事の手伝いくらいはさせてもらいたいのですけど……。」


「包丁を握ったことは?」


「な、ないです。」


 少なくともこの体では。

 なので体術と同じように上手くいかない可能性は高い。

 香辛料や調味料、この国では簡単に手に入るがそこまで安いわけでもない。

 だが、この先もずっとフォクシ嬢に朝晩作ってもらうというのも気が引ける。

 ただでさえ食材を出してもらっているのだ、野菜むしり以外の役に立ちたい。


「……はぁ。夜営地早めに見つけて監督するか。下手に押さえつけたら手がつけられねえってお袋も言ってたし……。」


「セラ、娘さんにまで何を吹き込んだのですか……。」


「違うのか?」


「実際に無茶すること多いよね?」


 猜疑的な赤い瞳と、困ったような青い瞳が集まった。


「ち……がいません。」


 二人がかりなんてずるい。

 身に覚えが有りすぎるため、拗ねることしか出来なかった。


 * * *


 街道の往来は比較的多い。

 正直に街道を歩いていれば護衛を連れた行商人に見つかってしまうほどだ。

 少し道から離れた場所を移動しているとは言え、騎士団が定期的に見回りをしている。

 そんな街道近くに現れるような魔獣は、行商人の護衛か騎士団によって速やかに掃討される。

 つまり、本日も何事もなく夜営地が見つかった。

 浅間通り、早めの休憩だ。

 とは言えここから出れば草原地帯に入る。

 薄暗くなってきた今、丘から顔を出せば遠くに人工的な明かりが見える。

 明日は早い時間にその宿場町まで向かうのが目的だ。


「……よしっ。」


 お嬢様、腕まくり。

 金髪は後ろの方できゅっと括り、タオルで前髪も抑えている。

 流石に前掛けはないので、機会があったら購入しよう。

 何かあっては行けないとすぐ後ろではフォクシ嬢とルゼイアが監視している。

 この際背中に刺さる視線は無視するとして。


「えっと、とりあえず……切るところから始めますね。」


 目の前に用意してもらったのは、人参、じゃがいも、玉ねぎ。

 このあたりはそこそこ保存が利くので持ち歩いているらしい。

 鳥肉を要求してみたところ途中で狩ってくれた。

 流石ソロの冒険者、投げナイフの命中精度もすごい。

 おまけで血抜き、解体までしてもらえた。

 非常に手際が良い、機会をみて教えてもらおう。

 乳製品ではバターと牛乳を使用する。

 保冷箱があるが、そろそろ消費したい所だったらしいので目をつけた。

 あとは小麦粉、料理以外にも色々応用が利くそうだ。

 香辛料は塩と胡椒だけでいい。

 フォクシ嬢の包丁を借りて、人参から。

 手入れされているからかすっと皮へ刃が入ってくれる。

 後ろで息を飲む気配がした。

 ちょっと唇を尖らせそうになりながら、回すようにして皮を剥く。

 じゃがいもも皮を剥き、人参と共に一口サイズへ。

 玉ねぎは簡単にみじん切り、鳥肉は味が予想できないが根菜類と同じサイズに。

 幸いにも料理のほうに変な癖はついていなかった。


「……あれ初めてなんだよな。」


「少なくとも僕はエルが料理しているところを見たことは……。」


「あ、でも昔厨房に入り込んでは調理人達を脅かしていたって。」


 セラによるお嬢様情報は一体どれだけ漏れてしまったのか。

 きゅうーと眼尻が上がるが、玉ねぎのせいで目が痛い。

 ぱしぱし瞬きして何とか切り終える。


「フォクシさん、深い方のフライパンを貸して下さい。」


「いいか、火には近づきすぎるなよ。すげえ熱いんだからな。」


「僕はちょっと水用意してくるよ。近くに川があっただろう? やけどしてからじゃあ遅い。」


「……心配しすぎです。」


 監督役二名からの野次が酷い。

 きちんと包丁は扱えたというのに、今度は火の扱いに警戒される。

 これは見返さなければお嬢様が納得しない。


「えい。」


 まずはバターを投入。

 火からフライパンを離して軽く溶かした所で、カットした野菜、肉を炒め始める。

 焦がさぬよう包丁からお玉に持ち替えた。

 火があらかた通った所で全体に小麦粉をまぶす。


「……ほんとに食えるんだよな。」


 フォクシ嬢にドン引きされた。

 出来上がるものの想像がつかなかったのかもしれない。

 説明したいがお嬢様とて初挑戦、よそ見している余裕はない。

 満遍なく小麦粉がついた所で、牛乳を足してとろみを調整。

 ふつふつしてきた所で牛乳とバターの甘い香りが広がり始めた。


「……何だか甘い匂いがしてきた。」


 ルゼイアが丁度水を持って帰ってきた、目にものを見せねばならない。

 バケツなんてどこから、と思ったら端っこに剣の柄がついていた。

 形も自由自在らしい、とても便利そうな魔道具だ。

 でもその水は洗い物に使います。

 塩と胡椒で味を整え、念の為少し掬って手の甲へ。

 はしたないが舐めて味見。


「んー……。」


 恐らくこんな塩梅だろう。

 丁度日も落ちきったところ、気温は徐々に下がっていく。

 作ったのはホワイトシチュー。

 揃えてもらった素材ではこれが一番驚かせそうだった。

 この世界に並ぶのはスープの類が多い。

 煮込み料理が無いわけではないが、主食になるスープ類は見たことがない。

 貴族だからかと思っていたが、二人の反応を見るにそうでもないらしい。


「はい、出来上がりました。深皿とスプーンでどうぞ。明日の朝にソースの方も使えますから。」


 まだ少し疑いの込められた視線が刺さるが、物怖じせずに受け止める。

 勧めた通りに深皿とスプーンは出したものの、二人共寄ってこない。

 互いに牽制することしばし。


「それじゃあ僕から食べるよ。」


 毒味係を買って出るルゼイア。

 とろみのある白い液体に埋もれた野菜と鳥肉。

 そんなに疑うのなら是非沢山食べてもらおう、大盛りによそう。

 ついでに自分の分も深皿に入れておく。

 匂いでお腹を刺激されたので大盛りだ。

 こうなればフォクシ嬢も皿を差し出さざるをえない。


「あ、熱いので気をつけてくださいね。」


 全員に行き渡った所で食事開始、お嬢様とルゼイアはほぼ同時。

 舌を火傷しないように少量ずつ口に運ぶ。

 程よい甘さと胡椒の風味が野菜と肉に溶け込んでいる。

 初めてにしては上出来ではなかろうか。


「……美味しい。」


「本気か、牛乳をどろどろに煮込んだだけじゃねーのか!?」


 ふふん、どうですかと自慢気に胸を張る様子を見てフォクシ嬢も恐る恐る一口。

 くわと目を見開いたかと思えば、びいんと耳先と尻尾が逆立った。


はふ(あつ)い!」


「熱いって言ったじゃないですか、ルゼイア、水を!」


 即座にコップに水が汲み上げられる。

 しっかりとろみをつけたソースはくっつくと大変だ。

 牛乳のようにするりと流れていかない。

 何とか舌の火傷を回避したフォクシ嬢、うぐぐぐ、と葛藤している。

 とりあえず姉弟子が予想以上に猫舌だということが解った。


「……なあ、どう思う? 何が出てくるか予想つかなかったんだが。」


「初心者、っていう手付きでもなかったし、僕は任せてもいいと思う。でもいつの間に練習したんだろう。」


 聞こえるように二人で相談をしないで欲しい。

 ルゼイアの方は最早躊躇いもなくぱくぱく食べ進めている。

 むぐむぐと口の中でホクホクのじゃがいもを潰しながら不貞腐れる。

 だが美味しかったらしいので怒るに怒れない。

 次のひとすくいは人参でも。


「……わかった、まだしばらく様子見しながらだが、妹弟子に朝夕の料理番任せるか。」


「はふっ!」


 気を抜いた瞬間に仕事を割り振ってもらえた。

 嬉しいのだが思い切り舌にソースが張り付いて悲鳴が上がる。

 即座に水を差し出されたので事なきを得た。

 ……とろみのある料理は、しばらく封印しよう。

 でも翌日は、残ったソースをパンに乗せてチーズとともに焼いたもの。

 大変好評だった。





とりあえず、料理文化についてはなんかそんな感じで……。

(ふわっとしている)

夏場にシチューですが、カレーだとスパイスが大変そうでしたので!

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