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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第三章~リングアウトの間奏曲~
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第6話 閑話断絶拒否のクラスメイト

2021/04/18追加

 夜会で起きた出来事、翌朝には騎士科の寮に広まっていた。

 貴族科の共通講義が必須に含まれている関係上、相互の繋がりはそこそこ強い。

 参加者の中でもローズベルト家、グレイ家は上級貴族に列せられる。

 貴族へ向けての影響力は相当強い。

 一方ロベリア家は比較的庶民派だ。

 井戸端会議に少し仄めかせば爆発的に美味しい話題は広まってゆく。


「フォールンベルト家をを陥れようとしたとか――。」


「王室が一度出した決定を覆すことは簡単にはできない――。」


「それにしたって手段が手段だ、今回ばかりは――。」


「グリース卿はもう駄目だな――。」


「どこぞかの大手商会も手を貸していたんだろう――。」


「一体何を考えて魔災なんて――。」


「王は何をして――。」


「結局俺たちには関係のない世界――。」


「だが巻き込まれでもすれば――。」


 サロンから街中まで、爆発的に広がった炎を消すのは非常に難しい。

 そこかしこに火種が燻っている。

 耳を立てずとも飛び込んでくる話の大半は王室に対しての批判。

 続いて被害者、エルエル嬢へ向けての同情だ。

 ただし、それが全てではない。


「王城ので、フォールンベルト家の護衛の狼人が暴れて負傷者が――。」


「やっぱり何か後ろめたいことをしていたんじゃあ――。」


「あまりにも情報が揃いすぎていて不自然――。」


「そういえば侍女は狐人だったか、謀略が得意で――。」


「長いこと竜人が国を支配しているから――。」


「長寿種に任せていられない、代変わりは必要で――。」


「たかが学生の女が、どうやって魔災を解決――。」


「そもそも初心ぶって、何人かどわかしたものか――。」


 当然、批判や中傷めいた憶測も含まれる。

 それにしては種族に対する言及がやや強い。

 噂話にそれとなく流されているため、会話している者たちは気づかない。

 だが外から聞けば違和感を覚える。

 矛先をずらすには別の標的を用意すればいい。

 他人の不幸は実に甘い蜜だろう。 

 今の所壁の中だけで収まっているこの混沌が果たしてどれだけ留まるか。


「……来たよ、姐御。」


 そんなことはミリィ・レオルド嬢にとって関係のない話だ。

 敬愛する主人であるレオン嬢が随分と腑抜けたと内部の侍女から聞いた。

 確認のために顔を見るついでに、お嬢様たちに魔道具を渡す役を請け負った。

 入るのにも随分と苦労させられた、一体いくつの魔法錠をかけたのか。

 親鍵の術式を担当の侍女から借りておいて正解だ。

 それでも解錠の矢先に錠前が復活するお陰で朝までかかった。

 宝箱の中に入っていたのは真っ暗な部屋で膝を抱えた主人。

 何処を見るとも知れない顔でありえない、ありえないとつぶやき続ける姿。

 なるほど、これは腑抜けだ。

 勇猛果敢こそが獅人の在り方。

 ならばこれはミリィ嬢の知る主人ではない。

 昼間にも関わらず締め切った室内、金の瞳は瞬きもせずに主人だった者を観察する。


「言われた通り、おじょーさまは外に逃したよ。」


「どうして、ありえない……ありえない、どうして……。」


 随分と声はか細い。

 食事は無理やり摂らせているとか。

 なるほど、それでは覇気もなくなるというものだ。

 そのくせカーテンに手を伸ばそうとすると。


「――起きてるじゃん。」


 その手首を制されていた。

 猫人の気質は自由奔放。

 主人が嫌がろうとやると決めたことは音もなく遂行する。

 だがそれより早くレオン嬢は動いたのだ。

 それならまだ、彼女は壊れていない。

 一見すれば魔物によって精神を砕かれた廃人だ。

 だが何を怯えるのか、何を恐れるのか。

 たかだか一度砕かれた程度、膝をつくにはまだ早い。

 たし、と握った拳がレオン嬢の脇腹に添えられる。

 ぐりんと手首を捻って全身バネに床を全力で蹴る。


「必殺、みりぃぱーんち。」


 超至近距離ならば全ての衝撃を乗せられる。

 力の抜ける声とは裏腹に凶悪な威力の打撃がレオン嬢の体をぶち抜いた。


「がふっ。」


 そのままベッドを超えて思い切りクローゼットへ背中を叩きつける。

 瞬時に遮音と遮蔽の魔法を展開しているため、外部には音も衝撃も漏れない。

 ぐったりとずり落ちるレオン嬢の胸ぐらを容赦なく掴んで起こす。

 身長は負けるため、持ち上げても膝をついたままだ。

 逃げないのなら問題はない。


「腑抜け。」


 パン、と頬を叩く。

 手首のスナップをよく利かせ、腕全体をしならせたため威力は言わずもがな。

 拳を握ることも無く、振り抜いた腕は腰のひねりも乗せて逆方向へ。


「ざぁこ。」


 ごっ、と手の甲で頬を殴打する。

 少しの遠慮もない攻撃に洗練されたところは欠片もない。

 言うなれば手癖の悪い裏町の喧嘩だ。

 面白いほど簡単に主人だったものの顔が揺れる。

 だんだん腹が立ってきた。

 怒りの前兆、ミリィ嬢の髪が逆立ち始める。


「弱虫、ヘタレ、怯え性、ばーかばーか。」


 思い切り叩く、甲ではたく、叩く、はたく、叩く、はたく。

 頬が赤く腫れ上がり、口の中を怪我したのか唇の端から血が流れている。

 猫人であるミリィ嬢が自分で決めたことだ、一撃一撃に全く躊躇がない。


「もういい、沈んじゃえ。」


 言葉も浮かばなくなってきた。

 鼻面を砕いてしまおう。

 初めて拳を握り、顔面めがけて打つ。


「いっ……たいなあ!」


 ばぢん、と真横から飛んできた手のひらが手首を掴んだ。

 不機嫌から一転、にんまりとミリィ嬢の頬が釣り上がる。

 昔からそうだ、壊れてしまったら叩いて直す。

 直らなかったら叩き壊せ。

 そうやって自分達(・・・)は生きてきた。


「おはよう、腑抜け。」


「うっさい、泣き虫。」


 瞳は力を取り戻した。

 無理な栄養摂取だけで繋いできた体は意図して動かすのは少々難しい。

 それでも騎士科の模擬戦で散々鍛えた反射能力がある。

 素人の殴打くらいなら止められる。

 ガラも悪く口の中に広がる鉄錆の味を床に吐き、改めてレオン嬢が立ち上がる。


「元だよ、姐御。」


「じゃああたしも元、だ! ミリィありがとね、お陰で随分頭が冷えた!」


 冷えたと言う割には随分な怒気だ。

 苛立っていたミリィ嬢と同じように、レオン嬢の髪が逆立っている。

 なまりきった体の塩梅を試すために肩を回し、腕を伸ばす。

 暗闇を払うため、うざそうにカーテンを開け放つ。

 闇に慣れきってしまった目には刺すような光だが、世界は音で満ちている。


「それで、何があったの姐御。」


「友達に悪い虫がくっついた。状況教えて、空気が変。ああその前に手ぇ、治療しないとね。」


「あいあい。」


 喧嘩じみた拳の使い方をすれば使った方にもそのまま力が跳ね返る。

 部屋が明るくなれば、殴打し続けて赤黒く鬱血したミリィ嬢の拳も目にとまる。

 手のひら一つで敬愛する主人が直ったのなら安いものだ。

 治療用の魔道具が巻きつけられる間、ミリィ嬢は耳にした数々の話題を伝える。

 指示に従い、きちんとお嬢様達を外に逃がした件も。

 お嬢様達の陣営の者から聞いている今後の筋書きも。

 頭が痛くなるような内容もあるためか、レオン嬢の眉にどんどんシワが寄る。


「ええ、あの虫も想定内? え、じゃああたしが立ち直るのも想定内? なにそれ一周回って馬鹿なの?」


「そう言われたら、親馬鹿ですって伝えておけって。」


「腹立つなあ!?」


 全て手のひらの上。

 随分と舐めた真似をしてくれる。

 雁字搦めに縛られるのは自分たちだけにしてほしい。

 ミリィ嬢の治療を終えれば、ぱんと自分の拳を打つ。

 頬を叩いて気合を入れ直したかったが、ちょっとこれ以上は危ない。

 具体的には頬が砕ける。

 あれも想定内これも想定内だというのなら良いだろう。

 ここからは勝手に動かせてもらうまで。

 貴族ごっこは実に面倒だ。

 きっと内側で力を押さえつけ続けていたあのお嬢様だってそうだろう。

 お忍びのときの視線を追えば、狐人でなくてもすぐ解る。

 だから本気で仲良くなった。


「とりあえず、あの羽虫君には仕返ししないとね。」


 頬を釣り上げ牙をむき出しての笑みは、ドレス姿にひどく似合わない。

 だがそれを指摘してじゃれつかれてはたまらない。

 ミリィ嬢は口を結んでにやにやしたまま何も言わない。


「フォクシと言えばクリムゾンクレイの冒険者。ルートからヴィオニカ連邦目指すでしょー。親父とお袋はー?」


「もう向かってる。」


「あっはー、今回の偽名はジェイムズだっけ! あのロリショタ夫妻、娘ほったらかして何回目の新婚旅行かなー!」


 口にしたのは、セラへ情報を流した獅人の少年の名。

 グラウンド一味(・・)は裏稼業に身を置いている。

 一方でその存在は徹底的に秘してきた。

 裏稼業者でも知らぬと言うのに、宮廷魔法団長はよく見つけたものだ。

 生い立ちもあり、常識外の裏技や技術、情報を持っている。

 外見を偽るなどお手の物、レオンですら両親の本当の姿を見たことは一度もない。


「そう言われたら、弟と妹どっちが欲しいか聞いておけって。」


 こっちはこっちで娘の性格を把握してくれている。

 心に従った仕事は迅速かつ丁寧に、奇抜かつ面白く、遊び心は忘れるな。

 散々聞かされてきたこだわりだ。

 卒業分の単位は揃えきった。

 ならば最早この学園に用は――、いや、まだあった。


「弟って伝えといて!」


「あいあい。姐御どこかいくの?」


「心配かけた学友に詫びいれてくる。ロベリア家はまだ卒業処理終わらせてないよね?」


 気が合った友人はお嬢様だけではない。

 貴族らしからぬ自分を窘めたり締め上げたりしてくれた気の置けない仲間がいる。

 もう一人、気遣いで胃に穴を開けそうな友人はもう居ない。

 天寿を全うしてから向こうで指差して笑ってやる。


「今部屋の前で待ってる。」


「わあ、仕事が早くて素っ敵ー。」


 現在この部屋はミリィ嬢による遮音と遮蔽の魔法がかけられている。

 内部でのドタバタは外に漏れていない。

 レオン嬢が目覚めたことも気づいていないだろう。

 心を折ってくれた相手への復讐心は一先ず脇において深呼吸。

 内部の状況を隠す魔法を親鍵の術式で解除。

 久しぶりに自分を窘めてくれる友人の顔を見るために扉を開けた。


「ごめーんカリストさん、随分長いことねちゃ――ほぐう!?」


「この、大馬鹿――!!」


 カリスト嬢の顔を確認した瞬間、レオン嬢の鳩尾に鈍痛走る。

 吹っ飛んだところを追いかけくる。

 何かに激突する前に顔を掴んでソファの上へ荒々しく寝かされた。

 ぎぢっとソファが悲鳴を上げ、背中を打ち付けて一瞬息がつまる。

 最初の怒声を起点に即時魔法回路を方程式と並列作成。

 カカカッ、と小気味良い音を立てて氷柱がレオン嬢を縫い止めた。

 器用なもので、同時に回復用の魔法式まで組み上げている。

 速攻でミリィ嬢が遮音、遮蔽を再展開してくれたお陰で事なきを得た。

 この部屋は三階にある、外からの視線は届かない。

 それにしても最後に模擬戦で見た時より魔法の展開速度と精度が上がっている。

 レオン嬢が目を白黒させていると、カリスト嬢の視線がミリィ嬢へ張り付いた。


「ふしゃっ。」


 ぼわっとミリィ嬢の尻尾が逆立つ。

 学友は怒髪天を衝いていた。

 低く唸るような声がカリスト嬢の口から漏れる。


「任せろって言ってたわよね? 自分ならレオンさんを目覚めさせられるって。任せた結果がこれ?」


 そう言えばしこたま顔を殴打された後、ろくな治療をしていない。

 そんな友人の顔を見せられ、黙っているほどカリスト嬢は淑やかではない。

 先程決められた文言以外での魔法発動を見ている。

 最早彼女のどの言葉が魂に紐付いた魔法式を生み出すのか予想もつかない。

 わっしとレオン嬢の顔を掴んだ手から回復魔法の展開。

 内出血と口の中の傷がゆっくりと治療されていく。

 回復に力を持っていかれるため、酷いだるさが襲ってきた。


「姐御、頑丈、平気。」


 返事が片言になっている。

 きんと広がった瞳孔とせわしなく動く尻尾は最大級の警戒の証だ。


「……へえ?」


「ごめんなさい。」


 一睨みで猫人を屈服させた。

 普段から突っ込みの手に容赦はないが、今は額から角でも生えていても不思議ではない。

 それだけ心配をかけてしまったということだ、大変申し訳ない。

 けれど馬乗りになるのは流石にどうだろう。

 レオン嬢達と違ってカリスト嬢は正しい貴族だ。

 動きやすさ重視、男装を思わせるのがロベリア領の貴族服。

 対してレオン嬢は体のラインがはっきりと浮かぶ専用装束。

 仰向けのため大変主張が激しい。

 そんな二人がソファの上で体を近づけている。

 遠目から見れば危険な逢引中のように映らないだろうか。


「ごめんなひゃい。」


 馬鹿な事を考えていたら恐ろしい視線がレオン嬢にも降ってきた。

 これは決して逆らってはならない場面だと理解させられる。

 レオン嬢の体はひどく弱っているし、回復魔法のせいで体がだるい。

 ソファに縫い留められ顔を鷲掴みにされている今、逆らうことができない。


「それで、何があったのか言いなさい。まさか私を除け者にしないわよね、レオン?」


 じっくり頭に染み渡らせるような低い声を耳にして、ひっと喉が鳴った。

 勇猛果敢な心が悲鳴を上げた。

 獅人をして背筋にヤバい類の悪寒が這い上がる。

 急いで首を縦に振った、両手を上げて降伏の意。

 純人の怖い所はここにある。

 目立った特徴はないのに、他種の特性を無視する。

 ここまで怒りに突き抜けた学友は初めて見た。

 ミズール嬢の苛烈さとは真逆にして同質の刃。

 生殺与奪の権利はカリスト嬢の手の中だ。


「エルさんに悪い虫がくっついて、悪い虫に刺されました!」


「ルゼイア君ね。エルエルさんも悪い気はしてなかったと思うんだけれど。そもそもレオンさんは後押ししてたでしょう?」


「でも、あれ、魔物だった!」


「はぁ!?」


「あいだだだだ!」


 回復式が乱れて口の中でばちばちと暴走した。

 結局一からミリィ嬢に説明してもらう。

 立てられた筋書きに役割、宮廷魔法団長の想定していたいくつかのパターン。

 そのうちの一つが魔王を取り込んでしまえ、という随分とぶっ飛んだもの。

 甚大な被害を世界に及ぼす力は確かに無視できない。

 魔物は生者と世界へ尋常ならざる憎しみを抱いている、それと共に逃避行とは。

 そこで天才紙一重の狂人は、常人では実現不可能な手を打った。


「――だから、同等の相方として竜人の特性に組み込ませたんだって。」


 カイゼルと呼ばれる空帝竜。

 竜人と竜は互いに同等とされる。

 魔王であれ自然法則が生み出した存在の一つ。

 竜という器で閉じ込めてしまえば、様々な感情が相方を通じてぶつけられる。

 憎しみ以外の感情に曝された魔王の在り方は歪む。

 相方という絆によって世界から拒絶されない。

 かくして前例あらざる魔王が構築されたわけだ。

 魔王すら、愛娘に危険が迫った時の手札にしようという考え方がまずおかしい。


「よく発生した所で何とかできたわね……。」


「発生源の時点で近衛騎士団長さんが相方の祖龍と一緒になって封じたらしいよー。」


「馬鹿じゃないの、馬鹿なのね!」


 意見が一致した。

 生まれた時点で魔王の力量は魔災級。

 それを捕獲、封印できる能力がおかしい。

 と言うか相方が祖龍とは。

 フォールンベルト家現当主、今一体何歳なのだ。

 祖龍は全ての竜の始祖だ。

 その力を媒体に、魔王という停滞を魔法式で竜の形へ変質させたのだろう。

 むしろその奇跡のせいで魔王が生まれたのではなかろうか、考え方がちょっとおかしい。

 大体そんな爆発物を愛娘に与えるところがもう一段おかしい。

 よく出産と誕生の瞬間を一致させたものだ、更に二段おかしい。

 親馬鹿な二人が愛娘の格は魔王と並ぶと胸を張って答えそうな所でおかしさが振り切れる。


「そのこと、エルエルさんは……。」


「知ってたら、恥ずかしさで憤死すると思う。」


 学友たちは知っている。

 カイゼルに対して非常に過保護になったお嬢様の姿を。

 よく抱きついたり頬ずりしたり甘えたりしていた。

 一方ルゼイア相手には随分初心な反応をしていた。

 相方ということは、お嬢様の思考がある程度伝わっているということだ。

 ルゼイアの正体がカイゼルであるのなら、黙っているのは随分と意地が悪い。


「悪い虫ね。よし、手伝うわ。」


「ようし。ミリィ、手配お願い。ルートはおや……お父様達と同じで。」


「あいあい。」


 がし、とレオン嬢とカリスト嬢の手が握られた。

 共通の敵を前にして、無事仲直りは果たせたらしい。

本日PV200超え……

なん……だと……ありがとうございます!

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