第4話 閑話不完全絶招ビブラート
2021/04/15追加
星明かりのみとなった森の中をシルヴィ嬢は歩いていた。
お嬢様たちと分かれて少し。
最早毎度のことながら予想以上。
事前にフォクシ嬢との模擬戦を見た所、持って三手と思っていた。
それが随分と長引かされた。
おまけに反撃の一つ一つが重い。
戦闘装束の衝撃吸収がなければ何度防御をぶち抜かれていただろうか。
今回最初から使った手札はシルヴィ嬢の持つ切り札。
覚醒とは言ったが、その裏でもう一つ併用していた。
雄叫びすらも体内魔力に回して再統率する、群の長たる技だ。
過剰に圧縮、循環させ、一切の無駄なく全身に体内魔力を巡らせる。
どの感覚を以ってしても黒と認識させるところからついた二つ名が『黒狼』だ。
服の色などただの趣味にすぎない。
「全く……、楽しい職場ですわ。」
少しやりすぎたかもしれない。
お嬢様が最後に打とうとした一打。
あれは追い詰められたせいでお嬢様が必死に手繰り寄せた勝機だ。
届かなかったのは純粋にシルヴィ嬢との実戦経験の差。
だがそのせいで、生存本能が脅威を殺さねばならないと牙を剥いた。
一度追い込みにかかってしまうと、統率の能力が暴走を始める。
喉を食いちぎる前にフォクシ嬢が割り込んでくれて助かった。
「結局は宮廷魔術団長の筋書き通り。相変わらず気味が悪いほどあたりますわね。」
暴れた丘には目立つほどの痕跡を残してしまった。
急ぎ移動する一行に、当たり前のようについて行く。
当然フォクシ嬢とカイゼルから刺すような視線を向けられた。
全開の敵意も向けられたが、甘んじて受け入れる。
まだ伝えることがあるのだ、意識を取り戻すまで離れられなかった。
結局意識を取り戻すまで夜までかかる。
夜営場所に選んだ森の中まで同行することになってしまった。
随分と長い間針のむしろに座らされてしまったものだ。
ようやくその任務も終えて、シルヴィ嬢は王城へ向けて歩いている。
夜中の行軍などよくあること、狼人はある程度夜目も効く。
抜け出したのに捕まるために戻るというのは何とも滑稽。
「それにしても相変わらずの伸びしろ。流石団長の娘といったところかしら?」
森を抜ける。
木々の梢に隠されていた星空が頭上に広がった。
――途中までは予想以上に楽しめた。
圧に飲まれて打ち込んできたが、尋常ではない拳の速度。
おかげで打ち込む牙が滑り、関節を壊すには至らなかった。
膝を砕くつもりの踏みつけは何処かへ衝撃が逃される。
吹き飛ばすつもりの蹴りは避けられて、意趣返しの踵落としもよく察せたものだ。
まるで鞭のような腕の使い方は末端速度が目で追えなかった。
避けられたのは安全距離を大きめに見ておいたおかげだ。
素人の滅茶苦茶ではなく、真っ直ぐ通った理がある。
何せ攻撃の後、ぴたりとこちら向けて構え直したのだから。
華奢な外観から繰り出される技の殆どが知識にない動き。
外見から侮って受ければ、骨の芯まで衝撃が走る初見殺し。
知っているからこそ覚悟を決めて対応できた。
「……というか、何ですのあの体当たり?」
最初の驚愕は本格的な開戦後、肩が触れた瞬間だ。
周囲が揺れたと思ったら背中まで衝撃が抜けていった。
巨大なハンマーで殴打され、踏ん張ってしまえば骨が砕ける。
空中でも体勢を崩さなかったが、防御する箇所を決めかねる足運び。
どの位置からどの攻撃が来るのか、シルヴィ嬢が受け手に回らされた。
狙われたのは逃れにくい真正面。
まともに受けては危険、膝と肘で噛みちぎろうとした。
察して避けられ、今度は肘がくる。
勢いは見た所、伸ばされた腕と全く同じ。
我ながらあの体勢からよく身を捩れたものだ。
それでもお返しとばかりに着地の足、鳩尾、顎へと駆け上がる打撃。
三箇所に分かれたぶん打撃の威力が減るなどと甘い話はない。
全てが等分、的確に急所を狙ったそれらは必倒に至る。
つくづく準備と覚悟は大切だと思い知らされた。
それがなければ僅かに急所をずらすことすらできなかった。
だからこそ、そこでお嬢様に対する警戒度が跳ね上がった。
「わたくしもまだまだ、若いですわね……。」
ため息と共に頭を振る。
実際筆頭の中では若手なので今更だ。
飛ばされたふりをして、本気で意識を刈り取るための蹴り。
一つ目は確かに突き刺さり、確実に意識を刈った。
崩れた所で顎を蹴り上げて終わる、はずだった。
よくあの速度で意識を取り戻して避けたものだ。
結局致命打には至らず、お嬢様からの反撃。
蹴りを放った直後だ、流石に守り回るしかなかった。
横腹へ向けての一撃は受け止めたが、そのせいで頭へ踵が跳んできた。
全力で守らねばこちらがやられる、受けたくもない一撃を受け止める。
統率で動く間は良かったが、覚醒を解いた今はまともに指が動かない。
「人のことは言えませんが、あの子、相当な負けず嫌いですわ。」
歩く速度が徐々に緩慢になっている自覚がある。
もう少しで丘陵へたどり着く、街道まで出れば歩みは楽になる。
――意識を奪うために一気に攻めようとした。
負けることを良しとしないお嬢様は、見様見真似で覚醒を使う。
黄金の竜が人の姿を保った時点で覚醒の雛形は完成する。
理論を伝えるだけのつもりだったが、その瞬間に統率能力が暴走した。
「自覚はないのでしょうね、魔力圧縮なんて高等技術でしょうに。見ただけで再現、聞いただけで習得? 頭を疑われますわ?」
けれど魔法団長はこの場合も想定していた。
だから防御用の術式を編んだ胴を仕込まされた。
打たれる可能性が最も高いのは、致命打を狙いやすい胴体。
その防御があっても、打たせるつもりはなかった。
狼人の戦いは追い込み、最終的に首筋へ牙を立てることだ。
竜の放つ一撃など、まともに受けて良いものではない。
シルヴィ嬢はお嬢様のように魔力を食うような魔法は使わない。
職業柄怪我をすることは多く、生きていれば回復魔法で治療できる。
だが、絶命に至る一撃を受ければ回復のしようがない。
最後の一打はその域に達していた。
生き残るために、相手の息の根を止める必要に駆られる。
それが過剰に追撃を加えた理由だ。
あの場にはフォクシ嬢が居る。
シルヴィ嬢の統率能力が暴走したとすればその隙をついて彼女が止める。
そこまで解っていたのだろう、宮廷魔法団長は。
「……胴の術式、手を抜きましたわね、あの馬鹿親。」
なお、その想定の場合お嬢様は大変痛い目に合う。
ならばお前も痛い目に合え、ということだろう。
一打目は必殺を切り開く牽制。
二打目は必殺に導く牽制。
すべては最後に収束する。
丘陵までたどり着いたところからシルヴィ嬢の足が進んでいない。
ここまで離れれば我慢をしなくてもいいだろう。
「……げ、ほっ!」
膝をつくだけのつもりが肘までついて腹を抑える。
幸い回収した魔力撹乱のお古がある、風が音を届けることも無かろう。
抑え込んでいた咳を開放してやっとまともに呼吸が通る。
止めていた脂汗が吹き出し、ぜえぜえと空気を求めて背中が震える。
統率が完全に途切れた。
魔術団長の作った胴は、シルヴィ嬢がぎりぎり耐える程度には調整されていた。
何だあの三打目は。
竜の息をゼロ距離から撃たれた気分だ。
恐ろしいのは届いていないのにこの威力。
今の力量差なら、最終的に立っているのはシルヴィ嬢で間違いない。
だがあの一撃ばかりは、打たれる前に仕留めねばこちらがやられていた。
「全く、これ、だから、フォールンベルトの血筋は。ハルトさんが、毒づくのも、解りますわ。」
呼吸を何とか修めながら毒づいた。
お嬢様に努力がなかったとは言わない。
学園での二年間。
毎朝自主的に鍛錬を積んでいたことを知っている。
模擬戦で身体の動きを何度も確かめていた。
だからこそ、槍の扱いは騎士科の中でも際立っていた。
華奢な肉体は固定魔法に頼らねばならなかったが、悪いことではない。
弱点を如何に補うかは当人の工夫だ。
それにしたって成長速度は異常の域。
だがこのままでは頭打ちだ、竜人はどれだけ極めても半人前。
入学初日、発破をかけたというのにお嬢様に守られ続けているとは。
「ヴァント。ヴァント・サー・レーヴェ。」
思考を中断し、ため息をついて近づいてくる気配に声をかける。
言い渡された謹慎期間は終わっていないのだ。
ダメージを負ったなどと気づかれると時間稼ぎが無駄になる。
「どうせ貴方でしょう。さっさと来なさい、わたくしを運ぶことを許可します。」
「名前で呼んだと思ったら今度はそれか、シルヴィ・ロン・ウォルフ。」
これほど気配を誤魔化すことが下手な者は騎士団の中でもそう居ない。
丘の影から顔を出したのは獅人の男性。
彼らは夜の視界に関して狼人を超える。
二の腕に印された閉ざされた城門が家紋。
突撃を良しとするシルヴィ嬢にとっての天敵。
近衛騎士団重盾守備筆頭こと『巨壁』ヴァント。
相手が部隊長ならば、連れ戻すにも同等の力量が求められる。
流石に今回は革鎧程度だが、しっかり大きな盾を二枚背負っている。
突撃の一、二回ならこれで耐えてくるのが腹立たしい。
脱走したシルヴィ嬢を捕らえるために王都の貴族達が寄越した追手。
魔法団長による手回しなど、とうに終わっている。
「名前で呼んであげましたので、わたくしを運ぶことに関して貸し借りは無しね?」
「おい、俺の扱い適当すぎないか?」
同じ職場の腐れ縁、互いのことはそこそこ知っている。
ものすごく呆れた視線を向けられているが、今に始まったことではない。
シルヴィ嬢は地に伏せて居る事自体がそろそろ我慢ならない。
一方ヴァント氏は獅人の割に受け、耐えることが大変得意だ。
ある意味正反対の両者は、だから互いに苦手意識を持っている。
簡単に言えばとても仲が悪い。
「早くなさい『虚癖』。どうせ回復術具も預かってきているのでしょう。」
「『黒狼』、言い方。絶対変な意味をあてただろ。お前や団長に散々振り回されてるんだ、もう少し労え。」
それでも仕事だ、文句を言いながら肩に担ぎ上げる。
べしんとシルヴィ嬢の額に体力回復の魔道具を貼り付けた。
帰るころにもう一暴れして警戒度を上げさせなければならない。
そのためにも全快しておく必要があった。
「それを言うなら、わたくし団長二名にあのお嬢様とフォールンベルト家三名に振り回されていますわ?」
額からじんわりと燃やした分の魔力が戻り、体内の損傷が塞がってゆく。
治る過程が最も気怠い。
シルヴィ嬢はヴァント氏の肩の上でだらんと脱力した。
やり取りに男女のロマンスなど欠片も存在しない。
「……肩書ってえのは邪魔だなあ。」
「ところでこの盾も邪魔ですわね、捨てていきなさい。」
「阿呆、帰り際にぶっ壊すって筋書きだろうが。」
夜空の下、雑談まじりの遅い行軍。
互いの見立てでは回復は明け方までかかると一致する。
混乱を続ける王宮の中、王にはもう少し貴族たちの手綱を握ってもらいたい。
残念なことに、理想家な彼は墓荒らしの存在を信じない。
刹那の時を生きる純人は、それゆえ大局を見失うことが多い。
そのための多種構成なのに、理念は揺らぎはじめている。
つまらない職場へと、それでも二人は戻らざるをえない。
筆頭という肩書は、部下たちの命に責任を負うという意味なのだ。
お世話になった相手にもゼロ距離ドラゴンブレスをぶちかまそうとするお嬢様。(無自覚)




