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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第三章~リングアウトの間奏曲~
32/112

第3話 絶対格差のキャットファイト

2021/04/13大規模修正&追加

「こんな所で、面白い事をしていますわね?」


 認識阻害の魔道具をかけなおした所で声が振ってきた。

 予想外の声に思わずお嬢様達が丘の上へと視線を向ける。


「シルヴィさん!?」


「はぁ!? なんでそんなんが居るんだよ!」


 視線の先には腕を組み、呆れた視線を送ってくるシルヴィ嬢。

 毎日見ていたような真っ黒なドレス――ではない。

 一度だけ、薄れた記憶の中見たことのある戦闘服。

 上半身のラインを際立たせ、一方で足の動きを読ませない袴という作り。

 厳重な謹慎処分を受けたはずなのに、何故こんなところに居るのだろう。

 東門からそれなりに離れた。

 当然王城からは相応の距離がある。


「わたくしが部屋の中でじっとしていると思いまして? ごきげんよう、エルエルさん。フォクシさんには名乗ったほうが良いかしら?」


「……治安維持の頭、『黒狼』の名前を知らない奴はこの王国にゃ居ねえだろうよ。」


「生かさず殺さず、便利に使われている気がしてなりませんわ。」


 徒手空拳、その身一つが武器となる。

 身軽であることは強みだ。

 一方で合戦となれば些か分が悪い。

 それゆえ騎士団の中で唯一直接的(・・・)な治安維持を行っているのが近接格闘部隊。

 ――ならばお嬢様の追手に出されたのだろうか。

 即時否定、城内で暴れまわった猛獣を解き放つような馬鹿はいない。


「じぃっとしているうちに、わたくしちょっとしたことを思い出しましたの。」


「なん、でしょう……?」


 シルヴィ嬢がとこちらを睥睨する目を細めた。

 雰囲気が変わる。

 初めて会った時の様な、値踏みし、見定め、射抜くような眼差し。

 あの時と違うのは口元や、体内魔力を隠す扇子を持っていないことだ。

 酷く獰猛な笑み、言葉の節々から溢れる黒い圧力が重い。

 無言でフォクシ嬢が視線の間に入り、納めたばかりの太刀に手をかけている。


「安心なさいな、別にあなた方を捕まえろとは言われてません。わたくし謹慎処分中ですわ。」


 謹慎中なのに外へ出ているなんて指摘した所で意味がない。

 じっとしていられないと宣言されたばかりだ。

 そもそも彼女がこういう性格をしているお陰で、王城内が緊張する。

 きっと今頃大騒ぎになっているはずだ、お転婆の経験者は身に覚えがある。

 時間稼ぎに回ってくれたシルヴィ嬢だが、今回の空気は不穏。


「……要件を早く言いな。オレらが急ぐこと、あんたも知ってるんだろ。」


「――わたくし、貴方に負けたままでしたよね、エルエルさん?」


 凶暴な笑みのまま、可愛らしく小首を傾げてみせる。

 こきり、とシルヴィ嬢の指が鳴った。

 柔らかい声色で、向けられたのは牙を剥いた言葉。

 ぞっと肌が粟立ち、フォクシ嬢が完全に臨戦態勢に入る。

 カイゼルは何時でもお嬢様を担いで駆け出す準備だ。


「負けっぱなしは性に合いませんの。撹乱の魔道具を切りなさいな。」


 リターンマッチをご所望のようだ。

 だが、あの時よりも固定魔法の出力は上がっている。

 あの時よりも早く、鋭く、合理的に動ける。

 シルヴィ嬢なら廃坑の一件から想像がつくはずだ。

 それでもこちらを見下ろす『黒狼』の瞳は揺らがない。


「えっと、シルヴィさ――。」


「切れ(・・)。」


 資材置き場に凶風が吹き下ろす。

 お嬢様の生存本能とシルヴィ嬢からの統率が一致する。

 最大規模で黄金の竜が生まれた。

 すぐ眼前に見える拳に対して、首を逸らすのが精一杯。

 がちん(・・・)、と顎の閉じる音が聞こえた気がした。

 認識阻害の魔道具が余波だけで飛ばされた。

 シルヴィ嬢が丘の上からお嬢様めがけて一直線に跳んだのだ。

 魔術撹乱の魔道具を切るぎりぎりの猶予しかない。

 当たっていれば首から上が無事だったかどうか疑わしい。

 今回も先手を取られた。


「よろしい。では始めましょうか? フォクシさん、貴方は見届人にでもなりなさいな。」


「お……う……。」


 太刀は既に鞘から抜かれた状態。

 反射速度はお嬢様を上回ったが、圧に飲み込まれている。


「ぎゅ、うう!」


 こちらに向けて楽しそうな笑みを向けるシルヴィ嬢。

 残念な事に合格してしまったらしい。

 駆け寄ろうとするカイゼルを手で制する、巻き込むわけにはいかない。

 暴走していた時のような不覚はとらない、護衛と意識する必要がない。

 今回は始めから竜を相手にする。

 拳を引いて後退、これで互いに踏み込み一つで射程圏内。


「本気ですか。」


「冗談だとでも?」


 ゆるりとシルヴィ嬢の体内魔力が形を変え始める。

 眼前には黄金の竜、矮小な人の身では敵わない。

 だからこそ本性をさらけ出す。


「近衛騎士団近接部隊筆頭、『黒狼』シルヴィ。」


 戦い前の名乗りは騎士の誉。

 揺らぐ黒い魔力が白い耳へ、髪へ、尾へと絡まる。

 人の形をしているのに、真っ黒な狼にしか見えない。

 四肢は地を付き、首へ立てる牙こそが最大の武器。


「……所属なし、エルエル。」


 重心は低く、だが大地には張り付かない。

 左足を引いて両手を握拳。

 この距離では手槍を使えない。

 体幹は真っ直ぐに、けれど急所を晒すような真似はしない。

 黄金の竜が黒い巨狼へと対峙する。

 お嬢様の名乗りに対して唇が弧を描き、伸びた牙が覗く。

 腕は白い毛皮で覆われ、爪は人よりも遥かに頑丈そうに変質している。

 随分と伸びた白い尻尾も含め、可視化できるほどに圧縮された黒い体内魔力が巡っている。

 魔力による肉体の変質、まるで聖獣化だ。

 確かに黒狼と呼ぶにふさわしい。


「貴方が竜なら、わたくしは狼。ついてこれなくなった時点で噛み殺しますわ?」


 親切にも開戦の合図を上げてくれた。

 気合に負けたお嬢様から一手を打つ。

 一歩踏み出し、一気に最高速度へ。

 牽制の右腕がシルヴィ嬢の頬を狙うが、髪の毛一本分で避けられる。


「ぐ……っ!」


 ――痛みが走り、苦悶の音が喉から絞り出される。

 伸ばした右腕の死角から、一気に三打。

 位置は的確に手首、肘、肩の付け根。

 まるで狼の口の中に手を入れてしまった錯覚。

 ならば本命の左腕。

 足から腰のひねりを加えて握拳から開放、掌底で面を打つ。


「ぁぎっ!?」


 先程とは比較にならない激痛に悲鳴が上がる。

 掌底は届きもしなかった。

 右足の膝に激痛が走り、体勢が崩れる。

 みし、と筋肉、骨、関節がまとめて嫌な音を立てた。

 何のことはない、横から踏み蹴りされただけだ。


「いけませんわね、悠長に二打だなんて。馬鹿にされているのかしら?」


 油断はしていないし、慢心もしていない。

 最初の挨拶の時点で甘い考えは捨てている。

 適切な体の癖を再現する虚像を纏い、魂の通りに動いているのに追いつけない。

 両手をつく、右腕に打たれたしびれが残っているが無理やり身をかがめる。

 頭上で風切り音、即時地面を押して横へと体を転がす受け身。

 先程までいた所にシルヴィ嬢の足が突き刺さる。

 狼が顎を閉じるような幻視。

 フォクシ嬢が信じられないものを見るような顔をしている、同感だ。

 頑丈なはずの地面に深い穴が空いたのだから。

 心構え一つでここまで変わる。

 護衛対象でなくなっただけでここまで追い詰められる。

 先手を取られたのが大きい、痛みを無視して再びの構え。

 握拳を解き、柔の手へ。

 ふう、と息を吐いて虚像を切り替える。

 金色の瞳がまっすぐ黒狼を貫いた。

 黒狼は喜々として視線を受け止める。


「――っ!」


 再びお嬢様から仕掛けた。

 左手をしならせ、下から振り上げる。

 外側へ避けた狼が好機と首筋を狙う。

 振り上げた勢いをそのままに体をひねり、次は右手が鞭になる。

 あまりの速度に黄金の髪が視界を遮るが、金の瞳は黒を見失わない。

 左足は右足を軸として円を描き、即時体をシルヴィ嬢へ向ける。

 どちらにも手応えはなかった。

 予感を感じ、左足へ軸を移して右足を上げる。


「――ちっ。」


 片足の破壊を狙った一撃をやり過ごされ、シルヴィ嬢が舌打ちする。

 直後浮かせた足をその位置に降下。

 ズン――、とわずか一歩で周囲が揺れる。

 踏み降ろしは避けられてたが、互いが既に触れる距離。

 こちらが本命だ、即時剛へと戻る。

 右手を振り抜いた姿勢のまま、肩がシルヴィ嬢の体へ触れる。

 衝撃が互いの髪をなびかせ、今度は黒狼が吹き飛んだ。

 踏ん張る大地を奪っただけだ、まだ終わらせない。

 しゅらりと靴の切っ先が地面を這う。

 右側面、左側面、正面。

 撹乱の円を描いて間合いを詰め、左の手のひらで顎への追撃。


「ふっ……!」


「……はっ!」


 追撃は、がぎん、と届く前に膝と肘で噛みちぎられかける。

 寸でのところで肘をたたみ、威力を消さずに打点の瞬間を肘へとずらす。

 上手く体を捩って逃げられが、発した勁はまだ止まらない。

 たたんだ腕を伸ばして太もも、鳩尾、顎へと駆け上る三連打。

 今行われているのは二体の獣による生存闘争だ。


「ふ――ふふ!」


「通ったのに!?」


 相当な衝撃が抜ける手応えがあった。

 それでもシルヴィ嬢は楽しそうに笑うだけ。

 着地した彼女はどの方向からでも飛びかかれる。

 だから視界は一点に絞らない、八方全てを漠然と目する。

 速い、開かれた顎が目の前に迫っていた。

 上から喉笛を噛みちぎる拳、まともに受けては顔を砕かれる。

 ぬるりと腕を絡め、槍で行うように外へ弾く。

 狼の体勢が崩れた。


「――う、ぁ……?」


 だが、次の瞬間にはお嬢様の頭が揺れて視界が真っ暗になる。

 くん、と細い首をさらけ出すように右側へ頭が飛ぶ。

 弾いたのではなかった、体勢が崩れたのではなかった。

 そう見せかけて飛び退いただけだ。


「もう少し場馴れしておかなければなりませんわね?」


 頭に突き刺さった牙はつま先。

 袴に隠れていたせいで気づけなかった。

 耐え難い衝撃に膝をついたところで視界が戻る。

 崩れきる前に身を捩り、顎へ飛んできた蹴り上げを避ける。

 そのまま右手を軸にシルヴィ嬢の横腹を狙った蹴り。

 挟み込まれるが想定内、両腕をついて螺旋を描く。


「ち……!」


 逆足が回転を乗せ、側頭部めがけて蹴り上る。

 掴まれたことを利用し、全身を乗せた意識を刈る一撃。

 蹴りを掴んでいた腕を守りに回されたが、既に勢いは乗っている。

 みぢりと互いの肉体が軋む音、手応えが甘い、致命打には足りない。


 ――この魔法だけでは足りない、届かない。


 お嬢様の肉体に蓄積したダメージは、最早無視できない。

 それでも負けたくない、宿った意志を奮い立たせる。

 黄金の竜はより最適化を行うために規模を収縮させる。

 圧縮化された黄金の竜が肉体の内部で暴れる。

 解析は済んだ、シルヴィ嬢の行っている技法の再現。

 なるほど、彼女は狼で、自分は竜だ。


「――ぁあああ!!」


 黄金の竜が消え、代わりに動きに沿って魔力の粒が舞う。

 まだうまく扱いきれていないが、こればかりは仕方がない。

 より早く、より鋭く、一打必倒へ至るために。

 一番慣れた動作は右腕からの突き。

 当たり前のように読まれて横に避けられる、それでいい。

 その位置に誘導したのだから。

 左の手は掌底で顎を狙うが払われた、それでいい。

 狙う場所をさらけ出すことに成功した。

 二打を以って再び距離はゼロになる。

 引いていた右手は腹部へ向ける。


 ――ズン。


 前足から地面へ衝撃が走り、放射状に地形へ罅が広がった。

 力が体を駆け上がる、竜の顎は開かれた。


「遅い。」


 だが、竜の息は吐かれなかった。

 口を開いた瞬間こそが好機、秒を下回る速度で対応される。 

 顎を揺らす一撃は見えなかった。

 視界と意識が暗転し、集めた力がほどけてゆく。


「ぁ――はッ。」


 そこに鳩尾へ追撃、掌底で打ち抜かれる。

 薄らいだ意識は痛みで引きずり戻された。

 止まらない。


「ひぎっ!?」


 激痛が走る、膝への追撃。

 散々痛めつけられた膝を踏み抜かれ、ついに体が崩れる。

 まだ、止まらない。


「――は、ぐ……っ!」


 腹部へ追撃、崩れた所で背中から叩きつけられて息が途切れる。

 止め、さらけ出してしまった細い喉に突き刺さる。


「おいこの馬鹿、やめろ!」


「――かひっ。」


 喉から嫌な息が漏れる。

 致命打の連続に視界が途切れた。

 金色に包まれた四肢がだらりと地面に力なく伸ばされる。

 動かない、喉元を食い破られる――。

 悪寒と同時に金属を叩きつける音が聞こえた。


「……あら、本気の統率を抜け出すだなんて案外やりますのね?」


「るせぇ、やりすぎだ! 何考えてんだこの阿呆!」


 籠もって聞こえるシルヴィ嬢とフォクシ嬢の声。

 集中が途切れれば、留めていた感触が一気に襲ってくる。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 見えない、耳が遠い、指先が動かない、声が出ない、息ができない。

 金に染まっていた瞳は色を失い、碧に戻りはじめている。

 思いあっての奇跡だ。

 自身の体内魔力で組み上げたものならなおのこと。

 意識が薄らげば魔法だって力を失う。

 全力を出して挑んだのに、シルヴィ嬢の声色には相当な余裕が残っている。


 ――ああ、全然届かなかった……。 


 全身から届く危険信号はそろそろ限界値。

 ふつ、とそこでお嬢様の意識が途絶えた。


 * * *


「久々にすっきりしましたわ!」


「エルエルがこのまま意識取り戻さなかったらどうするんだよ!?」


 ぼんやりと音が戻ってくる。

 ぱちりぱちりと火の爆ぜる音。

 少し湿った空気は水辺近く、草木の匂いが強い。

 手合わせした丘から随分移動したらしい。


「ぁ……?」


 寝かされていることに気がついた。

 地面ではなく、寝袋が敷いてもらってある。

 喉が痛い、鳩尾が痛い、両手足が痛い、お腹が痛い、背中がおかしい。

 痛みがあるということは、体の感覚があるということだ。

 黄金の魔力が現れるが随分薄い。

 意識を取り戻したことで、固定魔法が息を吹き返す。

 即座にフォクシ嬢が駆け寄った。

 回復用の術式が編まれた包帯が喉や手足に巻かれているようだ。

 お嬢様が魔力を吸い上げるせいで効果は半分程度。


「大丈夫か。いや無理に答えなくていい。そのまま安静にしてろ。」


「ほら、言ったでしょう? 『生かさず殺さず』が我が家の家訓。」


「止めに入った瞬間やりすぎたって顔してたのオレ忘れてねぇからな!」


「……これだから狐人は厄介ですわ。」


 負けた、悔しい。

 戻ってきた視界に広がるのは木々の梢と星空だ。

 手合わせが昼前だったので、随分長い間意識を失っていたらしい。


「きゅう……。」


 心配そうにカイゼルが覗き込んできた。

 纏っていた虚像体のお陰でこれでも幾分ダメージを抑え込んでいる。

 鼻面を擦り寄せてくるので撫でて安心させておく。

 走った激痛に眉を寄せる。

 腕に巻かれた包帯の下は腫れ上がっていそうだ。

 まだ体を起こすのは難しい。


「さて、エルエルさん。これで一勝一敗ですわね。」


「これ以上手ぇ出すのなら、命がけでも止める。」


 姉弟子の声が底冷えするほどに冷たい。

 随分と心配をかけてしまったようだ。

 任された護衛対象が、ここまで痛めつけられてしまえばそうなるか。

 シルヴィ嬢から肩をすくめるような気配がした。

 辛うじて碧瞳を向ければ、見慣れた黒いドレスに戻っている。

 黒狼も見当たらず、いつもの白い髪と白い耳。

 頭の横に認識阻害の魔道具が置かれていた。

 壊れなかったらしい、高いものなので助かった。


「この子ったら、生意気にもあれ以来わたくしに遠慮するのだもの。気の長いわたくしにも限界がありますわ?」


「言いたい、ことはありますけれど……、すみません。」


「よろしい。許して差し上げます。」


 身に覚えがないとは言えない。

 あの時、重症具合ではシルヴィ嬢のほうが上だった。

 その気持が負い目になっていなかったとは言えない。

 迷惑をかける生き方はしないと決めていたのだから。

 庇うように立ってくれたフォクシ嬢を挟んで会話を続ける。

 喉を突かれたせいで少し声が掠れている。


「……戻ってきたら、また手合わせしてください。」


「きちんと力を付けてきなさい。学友達と共に待っていてあげます。」


 結局シルヴィ嬢はそれを伝えたかったのだ。

 随分と痛い目に合わされたが、これがシルヴィ嬢が区切り。

 不器用この上ないが、逃げるだけで終わらないという気持ちを補強できた。

 残っているのは答え合わせ。


「……はいはい、どうせ解析したでしょうから教えておきますわ。あれは覚醒と呼ばれています。簡単に言えば肉体を残した一時的な聖獣化ですわ。」


 聞きたそうな視線を感じ取ってか、あるいは想定以上に痛めつけてしまった詫びか。

 シルヴィ嬢が説明してくれる。

 想像通り、姿が変わっていたのはそのためだ。


「貴方は自分を外へ広げたけれど、普通は内へ広げるものですわ。」


「なる、ほど。」


 魔力溜まりに長くいれば、存在が世界に取り込まれる。

 だがその魔力が自分自身のものであれば、存在の変質は起こらない。

 変わるとすれば一時的に各々の根源に寄るくらい。

 シルヴィ嬢ならば狼がそれに該当する。


「起動させるのは呪文と刻印の間。わたくしの場合家紋を意識することを魔力圧縮と結びつけています。」


 シルヴィ嬢がドレスの裾をたくし上げる。

 膝付近に三本の引っかき傷が見えた。

 入れ墨ではない、魔力がその形に半物質化して浮き上がっている。

 ドレス状態でも、袴姿でも見えない場所だ。


「……何で今、そんな話してるんだ。安静だつったろ、手紙にでも書いて送りやがれ。」


 一方フォクシ嬢は一刻も早くシルヴィ嬢を追い払いたいようだ。

 妹弟子で護衛対象が目の前で殺されかけたのだから解らなくもない。

 だが今のお嬢様にとっては必要な情報だ。


「だって、この子ったら最後の最後で覚醒しましたもの。戻り方(・・・)を知っておかねばならないでしょう?」


 勝ちたいと思ったからこそ、シルヴィ嬢の状態を解析した。

 そしてそれに沿って無理やり真似た。

 幸いにも竜という輪郭は出来上がっている。

 式と経路を空間ごと圧縮することで似たような真似ができた。

 とは言え完成させる時間は貰えなかった。

 今の所お嬢様の手足に別段変化があるわけではないし、尻尾が生えたわけでもない。


「では、背中の違和感は……」


 だが、肩甲骨あたりに違和感がある。

 寝そべったままなので、何かが挟まれているような感覚だ。

 恐らく、小さな翼が生えている。

 若干だが耳も付け根から硬質化している。

 どうやら竜の角にあたるらしい、初めて知った。


「原因は高圧縮した体内魔力。もう一度固定魔法を広げなさい。貴方の場合それで戻せます。刻印の形と位置を意識なさい、あとは練習することで素早く発動できますわ。」


 なるほど、そのために魔道具の出力を最大にしていなかったのか。

 目に見えるほうが意識がしやすい。

 魔法式の効果を変えることは制約と契約に従い行えない。

 だが圧縮拡大程度なら融通が効く。

 何せそれは実地訓練で行ったことの延長だ。

 あくまで密度の問題のため、世界から取り込む魔力の総量は変わらない。


「ふ……ぅ……。」


 体を動かすことはできなくとも、魔力を動かすことはできる。

 調子を確かめるように竜の大きさを広げる。

 背に生じていた違和感は魔力に吸われるように消えていった。

 魔力の動きを魂ではなく肉体へ記録。

 目に見える形で魔力を浮かばせて刻印(スイッチ)にする。

 なるほど呪文と刻印の間のような原理だ。

 ようやく背中と耳から違和感が消えて安心した。


「と、まあこの技の理論伝授が団長からのプレゼントだったのですけれど。」


 まさかのお父様。

 つまりシルヴィ嬢が自身の気持ちの区切りついでに伝えた、と。

 愛娘を痛めつけたとなれば彼女、帰った時大丈夫だろうか。

 体が動くようになったら早速口添えの連絡をしておこう。


「よおし今度こそ用は済んだな? もうすることはないな、さっさと帰れ帰れ。」


「せっかちですわねえ。」


 フォクシ嬢の全身から刺々しい白色の体内魔力が漏れている。

 だがシルヴィ嬢はまだ用があるらしい、深い青色の扇子を取り出した。

 長く身につけている扇子と違い、比較的質素なデザイン。

 その分細かい細工が刻まれている。

 黒い扇子と入れ替えるように配置すると、固定魔法が完全に妨害される。

 基本は最大妨害に設定されているようだ。

 まるで学生証や冒険者証のような体の一部感。

 似た術式の応用で、意識することで細かい調整が利くようになっている。

 これなら過負荷で魔道具の機能を落とさずにすむ。


「こちらは魔法団長からのお土産ですわ? 例の魔道具を解析して、出力やら式やらを弄ってより効果を高めたとか。……では、狐に切られる前に退散しましょうか。」


 すいと目を細めると、持ち上げた黒い扇子で口元を隠す。

 そうすれば柔らかそうな物腰の令嬢に見えなくもないので恐ろしい。

 魔力停止の魔道具をこの短期間で有用なものに変えるお母様の技術力も恐ろしい。

 解析の際に手伝ってもらったとは言え、数日で仕上げるとは。


「さっさと謹慎部屋にたたっこまれちまえ。」


 悠々と遠ざかっていくシルヴィ嬢。

 後ろ姿が見えなくなるまで警戒を続けていたフォクシ嬢。

 カリキュラムの変更をお願いした時といい、学園に入った時といい。

 何か行動を起こすと初日に様々な出来事が起こる。

 とりあえず全身の痛みを和らげるために、栄養を取って眠ってしまいたい。


「……パン粥しかねーけど、今はこれくらいのが良いだろ。後で体拭いてやるから大人しくしておけよ、絶対に安静だからな?」


「ありがとう、ございます。あ、でも体は自分で拭けますので。」


「無理すんなよ、熱っぽかったり辛かったりしたらすぐに言えよ? 追加の回復道具は何処だったか……。」


 初めて高熱で倒れた時、セラもこんな風に心配し続けていた記憶がある。

 うん、確かに親子だ。

 だからきっと二回目以降は素知らぬ顔をされるのだろう。


「フォクシさん。」


「しゃべんな、大人しくしてろ。すぐ痛み止めのほうも持ってきてやる。」


 ようやく目的のものを見つけたようで、此方に近づいてくる足音が聞こえる。

 お嬢様の中に生まれた感情は、口に出さなければ壊れてしまいそうだ。


「悔しいです。」


 吐き出すように声を漏らすと、目の前がどんどん滲んできた。

 痛みでも、怒りでもない悔しさの一色に心が染まる。

 我慢が効かなくなってしゃくりあげる。

 戦闘の本職相手に、一度修羅場をくぐり抜けた程度の小娘が叶うはずがない。

 解ってはいても感情が納得してくれない。

 心配そうに顔を寄せたままのカイゼルの頭を抱きしめる。

 残っている痛みも治療の怠さも忘れて、たてがみをぎゅうと掴む。


「……おう。」


 フォクシ嬢はそれ以上何も言わず、慣れた手付きで治療に回ってくれた。

 落ち着くまで何も言わず寄り添っていてくれる。

 声を上げて泣いたのはどれだけぶりだろう。


 ――私は、まだまだ弱い。


 虚像体に頼るだけでは足りない。

 覚醒という技術で大切なのは基本の肉体だった。

 この身体は筋肉がつき辛いが、柔軟性には富んでいる。

 焼き付いた癖を少しでも活かせるように記憶の中の知りうる限りを一から試そう。

 今度手合わせする時は、絶対に手加減(・・・)なんてさせるものか。



 そう決意した後の出来事。

 赤く腫れた眼を清めるついでに汗を拭く折のこと。

 強く意識はしていなかったが、浮かび上がった刻印を見つけてしまった。

 下腹部に、家紋を小さくしたような双翼の紋章。

 どう見ても異世界の知識にある、危ない感じのあれだった。

 頑張って試したが、固定魔法が邪魔をして刻印(スイッチ)の移動はできない。

 この世界にそういう概念が無いことが唯一の救いだ。

 ……魂の記憶(サブカルチャー)、やらかしてくれましたね!

キャットファイトを2パートに分け、ちょっとずつタイトルも変えています。

過去書いたものと随分変わってきたなあと思う次第。

次回閑話を1話はさみます。



キーボード変えてからBS押すつもりが度々PageUPを押してます。

お陰で毎回修正で手間取っています。

このポンコツ指め!




刻印位置と形?

ちょっとなにゆってるかわかりませんね!

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