十四話 監督と稽古
今までに例を見ないほどに演劇部室はごった返していた。
質量的には五人だが俺と結花にはさらに二人多く見えているのだから余計だろう。
正直息苦しいし頭も痛い。まぁ頭痛の原因は人数などではなく局長とその横に座る白衣を着た先輩から出ている不穏な空気が原因なのだろう。
「改めて紹介しよう。仙道は知っているだろうがこいつは俺のクラスメートでオカルト心霊超状現象研究部の室長、菖蒲草蒔だ」
局長が声高に紹介すると菖蒲先輩は、
「菖蒲だ」
それだけ言った。局長とは違い口数は少なそうな印象だ。
「それで、局長さんに続いて室長さんな訳?」
確かに妙な肩書きはオカルト部では当たり前なのか今度は局長の次は室長が出てきた。
「そうだ。オカルト心霊超状現象研究部といってもな色々と専門は異なるからな。俺は幽霊や怪奇現象が専門だがこいつは違う」
顔に当たるのではないか思うほどの近距離で局長が菖蒲先輩の事を指差しながら言う。その指を煩わしそうにするわけでもなく話の続きを始める。
「私は未確認生物などが専門だ。その話をしてもいいならさせてもらうが…必要か?」
「今は大丈夫よ。今度時間のある時にお願いするわ」
菖蒲先輩の異様な雰囲気にも結花のペースはまったく崩れない、さすがだ。
「ふふっ…それで何を手伝えばいいのだ?近藤の話だと舞台装置を作るとか聞いたのだが」
どうやら話はすべて伝わっていないらしい。結花がダンボールに入った桜の造花を手に取る。
「この花びらが散るほどの風が出せる扇風機を作りたいの」
なんとも明確な説明だ。その説明をうけて菖蒲先輩は桜の木を手に持ってしげしげと見ている。そもそも工業科の生徒ならともかく普通科の高校生にそんな物が作れるのだろうか?そんな俺の考えを読み取ったのか局長が得意げな顔で言う。
「こいつは凄いぞー。機械いじりのスペシャリストだからな。宇宙人と交信したりする機械や小型のUFOを作ろうとすらしている。あと例のゲートを複製をしているのもこいつだ」
あのゲートを複製って…仕組みはわからないがその時点で天才なのではないだろうか?
「それはすごいわね」
結花も少し驚いた様子で相槌を打つ。
「まぁ、交信設備もUFOも未だに失敗作しかできてないけどな」
そう言いながら菖蒲先輩が桜の枝を机に置いた。
「どうですか?これを散らすほどの物って作れそうですか?」
「まぁできなくはないな。これはすべての花びらを散らすわけではないのだろ?」
「はい、おおよそですけど…。三割くらいです」
そう答えると菖蒲先輩は再び桜の花びらを手に持つ。
「そしたら散らす花びらの根元にハサミを入れておいてくれ。ハサミを入れた花びらだけ散る程度の風力にすれば散らす量も調整できるからな」
なるほど、確かにいくら強い扇風機が作れたところで一気に散ってしまったりすべての花びらが散ってしまっては意味が無い。その対応策まで一緒に出てくるところを見ると頭の回転が速い人なのだろう。
「という事は手伝ってくれるの?」
結花の問いかけに菖蒲先輩は頷くと俺以外のメンバーが小さく歓声を上げる。結花も少しだけホッとした顔をしている。
ではなぜ俺が素直に喜べないか。
「それで、その見返りはなんですか?」
その問いかけに菖蒲先輩は口元を小さく歪めた。どうやら笑ったようだ。
サンプル。結花たちが来る直前に聞こえた不穏な単語。
「君は幽霊が見えるらしいな。近藤の話だと他にも色々できるらしいがそれは近藤の勘違いだろう」
ご明察、先程の話の中では俺がノートを空に飛ばしたり風を吹かせたりできる話になっていた。
「未確認生物を研究するのと平行して特異体質の人間を研究するのも私のライフワークでな。今までは文献やネットなどの資料で持論を立てるくらいしかできていなかったが…」
話の方向はどんどんと悪い方に進んでいっている気がする。
「私がそんなつまらない研究しかしてこなかったのは、身の回りにそんな特異体質の人間もいなかったというのが一番の原因だ。…これ以上の説明が必要か?」
「わかったわ。今回の件が片付いたら真の研究をしてもいわ」
俺が何も言う前に結花がそう言い放った。俺の意見はまったくの無視だ。
「ふふっ、話が早いな」
菖蒲先輩が満足そうに結花を見る。
「いいわよね?」
ここでようやく俺に同意を求める結花。こんなマッドサイエンティストな男子高校生にサンプルとして扱われ得体の知れない実験をされるかもしれないのだ。「うん、いいよ。」なんて普通答えるわけが無い。だけどこの局面で断る勇気があったら俺はここにいないだろう。仮にいたとしても局長や菖蒲先輩とは決してここまで話す事態に陥ってはいないはずだ…。
「わかった…俺からもお願いします…」
そしてこんな事を言うことになってしまう。でもここで「断ります!帰れマッドサイエンティスト!」などと言える人はそうそういないのだろうな。
何よりこれは蛍のためだ。断じて局長の思いつきに翻弄されたり菖蒲先輩がしている研究の力になりたいわけではない。
周りを見渡すと俺の返答に局長と菖蒲先輩は満足そうな顔をし、蓮は「おお!男前だねぇ!」と声をあげている。肝心の蛍はと言うと俺のほうをちらちらと見ながら結花に、「あ、あの…大丈夫でしょうか?」と聞いている。心配してくれているのだろうか。
「大丈夫よ。いざとなったら私が…」
いざとなったら…結花が助けてくれるのだろうか?
「普段は使わないちょっと特別な人脈を使って上手に処理するわ」
結花の笑顔はとても曇りが無く可愛らしかったのできっと空耳だろう。あんな風に笑える子がそんな不穏な事を言うわけがない。それを聞いた蛍は意味が分らなかったらしく、首をかしげながらも笑顔の結花に笑い返していた。
「あの、真君」
小声で呼びかけられ、振り向くと美月さんが少し困惑した顔で俺の制服の裾を引っ張ってきた。
「もし、困ったことがありましたら相談に乗りますから。いつでも言ってくださいね」
口元に手を当ててこっそりとそう言う。シャンプーだろうか?美月さんが近づいたときに鼻先をいい匂いが掠めた。その仕草と言葉に加えての女の子らしい香りに顔が熱くなった。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれないなと思いながらも、
「ありがとう、大丈夫だよ」
そう言って笑うと美月さんも笑い返してくれた。心なしか彼女の顔も赤いように見えた。
「だからそこはもう少し声を抑えてほしいんですか…」
局長にそう言って一時中断する。
今回、局長には『アドリブ禁止令』を発令していた。というのも結花が以前に見た文化祭での演劇の二の舞にならないようにするためだ。
拒否されるかと思っていたが意外にも「わかった。まぁ簡単に読んでみたがなかなか面白いと思うしな、ワガママな監督に付き合うのも役者の宿命だな」と笑いながら了承してくれた。役者やら監督やらという言葉は無視するとして「なかなか面白い」という言葉は正直嬉しかった。
そんな事もありながら迎えた木曜日。セットも大部分が完成し、やっと台本を読みながらの本格的な稽古が始まった。『アドリブ禁止令』を出したため脚本に忠実にやってくれてはいるのだが、細かい部分でどうしてもイメージが合わないのでいったん止めると局長が口を開いた。
「イメージがいまひとつわからないぞ。監督、ちょっとやってみせてくれ」
「え?お、俺ですか?」
もちろん、と言いたげな顔で局長が頷く。てか監督って…。
入部時から脚本担当を希望していたし演者として出るつもりは無いんですが…そう言おうとし口を開くと別の声が聞こえてきた。
「今回は局長さんや美月に協力してもらっているけど、次回は真が舞台に立つ可能性も十分にあるしね。自分で脚本したんだし真も台詞の読みまわしぐらいできるわよね?」
またもや有無を言わせない結花の無茶振り、しかも今「美月」って呼び捨てにしていたな。いつのまに仲良くなったのだろうか?正直うらやましい。
「私も真さんの演技見てみたいです」
さらに追い討ちで美月さんからの応援メッセージが届きました。
「わかりました…。ここのシーンは」
そう言いながら台詞を読み上げる。初めは少しだけ照れくさかったが自分で何度も読み直した台詞だ。このキャラクターならここではこんな感じで言うだろう、ここで言いよどむだろう、といったイメージはできあがっていたのでそのイメージ通りに簡単に手振りをつけて声に出していく。
一区切りついたところで局長のほうを向く。
「なるほどな。わかったぞ!もう一回やってみるか」
そう言って立ち上がった。
少しでもイメージが伝わったのだろうか?自信は無かったが結花と美月を見ると頷いてくれているので上手くいったのかもしれない。
脚本を書いていた時には局長が来るなんて思ってもいなかったのでイメージしていたキャラクターと局長のギャップが大きくなってしまうのは仕方の無いことだ。もちろん本当の役者ならそのギャップも物にしてしまうのだろう。だが基本は素人の集まり、そこまでを期待するのは酷というものだろう。
人がいないため今回は脚本兼演出という立ち位置だが俺自身も素人同然だ、局長に演技指導するなんてできるわけがない。
そんな環境でもスムーズとは言えないなりになんとか進行できているのは、みんなが協力的にやってくれているからなのだろう。
結花は普段から舞台を見たり台本を読み解いているためか、イメージしていたキャラクターにだいぶ近い演技だった。というよりも俺の数倍の知識はあるので分らない事や迷ったときは大概は結花に助言を求めてしまう。
そして美月さん。初めて演劇をやると言っていたわりには落ち着いていて声もしっかりと出ていた。脚本のキャラクターとのギャップが小さかったからなのか、それともそういった才能を元から持っていたからなのか。正直、美月さんの演技も結花に劣らないくらいに見えてしまったくらいだ。
通しで立ち稽古が終わると結花が俺を見ながら口を開いた。
「思ったよりもいい感じじゃない?」
その言葉に頷いて同意を示すと局長が口を挟んできた。
「確かに!後は菖蒲のほうが仕上がれば問題なしだな、いやー楽勝だ!」
「そこまでのレベルじゃないわ。今日はもう一回通しでやって、明日からは実際に舞台を想定してやらないと」
局長の威勢は結花の言葉で一気にかき消された。
「それじゃあ少し休憩して再開しましょう」
結花が言うと各々が頷いた。すべてが順調に行っている、はずだった。
金曜日。本番までラストスパートとなり部室ではより本格的な稽古が始まっていた。
その日も局長のハイテンションと結花の鋭い切り替えし、時折俺が脚本のイメージに沿って演技をして美月さんはにこやかにしている。
なんだか昔から知り合いだったような和やかな雰囲気の中、稽古は進んでいた。
異変が起きたのは通し稽古が終わって休憩をしている最中だった。
「真…真ぉ…」
不気味な声が微かに聞こえてきた。局長も美月さんも結花もそれぞれ脚本を見ていて俺のほうは見ていない、となるとあいつだろうか?
声の主を首を振って探すと蓮の顔が部室のドアから生えていた。本人はできるだけ目立たないようにそうしているのだろうが俺と結花にしか見えていないのだからそんなにコソコソする必要はまったくない。ついでに言えば見える側の俺からするとその光景は見慣れた蓮とは言え、ホラー以外の何物でもなかった。
思わず体がビクッとしながらも蓮と目が合う。今度は右手がドアから生え、小さく手招きしている。その光景は完璧にホラーだ。
何か言いにくい事でもあるのだろうか?蓮の様子が気になり部室の外に出る。
「どうした?」
「そ、それがさ、蛍がね。なんか急に…」
「蛍がどうかしたのか?」
蓮のはっきりしない様子に嫌な予感がし、つい声が大きくなってしまう。
「いや、まだ…大丈夫…だと思う」
「何があったの?」
部室のドアが開くと同時に結花が口を開いた。
局長と美月さんも心配そうにこちらを見ている。どうやら先程の俺の声が聞こえてしまったらしい。
「結花さん…蛍がさ、昨日からどんどん元気が無くなって…今日のお昼くらいから目を瞑ったままそのまま動かなくてさ。こんな事、初めてで混乱しちゃって…」
蓮が今にも泣きそうな顔で言う。
「わかった、蛍はどこ?」
「きゅ、旧校舎の科学室!」
蛍と初めて会った場所だ。そんな事さえも嫌な予感に感じる。
「蓮、一緒に行きましょう」
「お、俺も一緒」「真は稽古の続きをしていて、二人とも行ったらできないでしょう?」
「でも蛍が…」「その蛍に見せるためにやるんでしょ?中途半端な状態じゃ見せられないわ、お願いね」
俺の言葉を遮って廊下を小走りで結花が走っていく。嫌な予感や言葉を一切顔に見せず、口にせず。
正直なことを言えば不安でしょうがなかったし一緒に行きたい気持ちもあった。でも結花の言葉に込められた意味はわかる。「蛍には絶対に舞台を見てもらう」
結花の気持ち、そして蛍の期待に応えるためにも今出来ることをやるしかない。自分で頬を軽く叩き気合入れた。
すっかり暗くなり稽古を終わりにする時間になった。局長や美月さんが帰り支度を始めたがまだ結花も蓮も戻ってこない。
「大丈夫ですか?私もお邪魔でなければ一緒に待っていますが」
「大丈夫だよ。最近はずっと遅かったし、明日も土曜日なのに来てもらわなきゃだから美月さんは早く帰って休んで」
そう笑顔で言うと美月さんは少し迷った様子ながらも頷いて、
「わかりました。それでは先に失礼します」
そう言って部室を出て行った。
美月さんの申し出は嬉しかったが甘えるわけにもいかない。でも大丈夫と言っておきながらも一人で色々と考えているとどうしても結花と蓮が帰ってこない事で嫌な考えしか浮かんでこない。
………。
一人ではないのだが…。
「帰らないんですか?」
しばらくの時間黙っていたが根負けし、局長に声をかける。
美月が帰った後も近くの席に局長は黙って座ったままだった。
「あぁ、監督を一人にしておくのもな。年長者として」
生徒間で年長者なんて言葉はあまり使う言葉ではないが妙にしっくり来ている。というか心配してくれているのだろうか?
「あの…もしかして心配してくれて…」
「心配だ、おおいに心配だ」
俺の言葉を遮り大仰に局長が言う。そして予想外の言葉に少なからず嬉しい。
「これで仮にその科学室の幽霊が消えてしまっては俺の輝かしいデビューが流れてしまうかもしれないしな。それにお前がエンエン泣いて「報告書書きたくないよー」なんて事態になったら骨折り損もいいところだ!」
なんとも憎らしい顔をしながら言ってくる。この人にまともな人間の考えや優しさを期待した俺がバカだった…
「ふざけないでください!蛍は絶対に大丈夫です!舞台もやります!報告書もきっちり書きます!」
思わず立ち上がってそう言うと局長はニヤリと笑い、次第に大きな声で笑い始める。
「ダッハハハ。それだけ元気が良ければ大丈夫そうだ。期待してるぞー監督」
そう言いながら部室を出て行こうとする局長の背中に、
「ちなみに俺は脚本担当であって監督ではないのでその監督ってのはやめてくださいね!」
なんだか局長や室長と同じカテゴリーに入れられたようで嫌だった。
「おー、わかったわかった」
こちらをまったく見ずに適当に相槌を打ちながら局長は帰っていった。
一人になって椅子に座りなおす。
「まったく…」
それにしてもどうやれば蛍に喜んでもらえる舞台に仕上がるだろうか?その後は局長を納得させるためにすごい報告書を書かないとだな…
気づいたときには先程までマイナスな事ばかり考えていたのは嘘のようだった。
…
……
………
断じて局長のおかげではない!絶対ない!
「待っていたのね。」
結花が戻ってきた頃にはもう夜の七時を過ぎていた。
「おかえり、大丈夫だった?」
俺の問いかけに結花は少し微笑み、
「大丈夫よ、蛍とも話せたし。詳しいことは帰りながら話しましょう」
すっかり暗くなった帰り道で結花と並んで歩く。
「多分、タイムリミットが近づいたのが原因だと思うわ」
結花が科学室に行くと蓮の言うとおり蛍は眠っていたらしいく、もう起きないのではないかと不安になる程の様子だったらしい。
「もともと呼吸をしないから普通に寝ている人みたいに胸が上下したりしないでしょ?それに透けている感じも前よりも強くなっていたから」
蓮と一緒に呼びかけたが始めは反応は無かったらしく、先程まで蓮と一緒にそばにいたという。
「そしたらね、まるで寝言を言うみたいに蛍が少し口を開いたの。もう少しだけ…って」
「もう少し…?」
「そう。多分、私や蓮がいたのには気づいてなかったみたいだし。別の人に言ったのね」
結花の言う別の人。それこそ俺たちの命を司っている神様みたいなものだろうか?
「でも日が暮れたら蛍は目を覚ましたし、少し元気は無いみたいだけど普通に動けていたわ」
「そっか、それを聞いて安心した」
家までもう少しあったので先程の局長とのやり取りを結花に話す。結花は意外そうな顔をしながらも、
「あの局長さんもそういう優しい一面もあるのね」
「そうか?俺には自分の事だけを考えた、いつもどおりの横暴な発言にしか聞こえなかったけど」
俺の顔を見ると結花は含み笑いをする。
「何?」
「私の周りの男の子は素直じゃないわね、蓮を見習いなさいよ」
そう言いながら結花が笑った。何もかも見通されているようで急に恥ずかしくなって来る。
それを悟られたくないため大股で歩き始めると結花が後ろから声をかけてくる。
「ちょっと待ってよ、監督」
「監督じゃない。どちらかと言ったら結花のほうが監督だろ」
「いいじゃない、監督って。私もこれからそう呼ぼうかしら」
「絶対嫌だ」
結花が小さく笑ったのが後ろから聞こえた。




