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十三話 メインキャスト

「それにしても何でまた局長に頼んだの?あんな我の強い局長に演技なんか…」

先程は局長と美月がいたため言えなかったので帰り道で結花に抗議する。もともとは脚本が出来てから演者を集めるはずだったのだ。

俺の抗議に結花は謝るどころか表情も変えずに口を開く。

「思い出したの」

「な、何を?」

「一年の文化祭のときにね、局長さんのクラスが演劇をしていたの。ちょうど演劇部を作ろうとしていたタイミングだったからに見に行ったのよ」

宮坂高校の文化祭『宮高祭』は毎年十月に行っている。内容は各クラスが飲食店や展示などの出し物をしたり部活動の発表を行ったりする。

「その時の舞台ね、やっぱり慣れてない生徒ばかりだったから台詞もぎこちなかったし、照れがあるのよね。でもね他の生徒と違って局長さんは堂々としていたの。クラスの一角を舞台にした簡単なセットだったけど声も通っていたし立ち姿も舞台栄えしてたわ」

思い出すように喋る結花。確かにあの局長に照れとか緊張という言葉は似合わない。

「まぁ台詞もめちゃくちゃで舞台の雰囲気はぶち壊していたけどね」

それじゃ駄目じゃん。局長らしいと言えば聞こえはいいが演者としては致命的だろう。

「でも上手に使えれば役者としてはイケるかもよ。美月ちゃんは可愛いから舞台栄えするだろうしね」

そう言って結花が振り返り笑う。

「上手に使えれば…ね」

「そんな事より来週には脚本が完成するのよね、期待してるわ」

その言葉に思わず驚いてしまった。今まで何度となく結花には脚本を見てもらってきた。その度に辛辣に言われてきたが、期待していると言われた事はなかった。

驚いて何も言わないでいると結花は自宅のほうに足を向けて「じゃあ、またね。」と言った。

「う、うん…。じゃあまた来週。」

普段であればすぐに家に向かうのに、今日は結花の後姿を見送る。

明日は土曜だが学校で蓮と最後の仕上げだ。自分で頬を軽く叩いて気合を入れ自宅に足を向けた。結花の期待に答えるためにも。



長い。こんなにも長いものなのだろうかと思ってしまうほど長い。

自分の呼吸の音やつばを飲み込む音がやたら大きく聞こえる。

蓮も同じらしく黙ったままじっと結花を見ている

結花の手が最後のページを読み終え、机の上に紙の束を置いた。それは脚本を読み終わった事を示している。

結花が顔を上げる。蓮と顔を見合わせると頷いてきた。それに頷き返して口を開く。

「どう…だった?」

「修正しないといけない箇所は結構あるわね。ト書きが不足しているし、セットを作る都合も考えると情景描写も後で追加して。でも…」

「「でも…?」」

同じ事を蓮と言い結花の言葉の続きを待つ。

結花が笑顔になって口を開いた。

「良かったわよ。これでいきましょう」

その瞬間、言葉にならない歓声を蓮と一緒に上げていた。嬉しい、嬉しすぎる。

蓮はいつのまにか泣いている。

「よぉがったぁぁ。ぼぉんとおぉにぃ」

その顔があまりに情けなく見えたが俺も安心したせいか少しだけ目頭が熱くなる。

少しの間、脚本完成の達成感に浸っていたが、

「嬉しいのはわかるけどこれからが本番よ」

結花が笑顔で手を叩いて言う。

「真と蓮でさっき言った修正箇所を今日中に直して。私はセット作りの手配と必要な機材をリストアップするわ。蓮も涙拭いて時間は…」

「「有限!」」

結花のお決まりの台詞を蓮と一緒に横取りする。結花は笑いながら「じゃあお願いね」と言って部室を出て行った。

少しの間、俺と蓮は静かにしていたが嬉しさがまたこみ上げてきて、二人でまた歓声を上げる。

「真!」

蓮の声に振り返ると自分のノートを手のひらに乗せて、肩ほどの高さに上げている。

「ほら、真も手をあげて。」

意味を理解して同じ高さに手をあげる。

そのまま蓮のノートを叩くように、ノートを挟んで蓮とハイタッチをした。


翌日に脚本を局長や美月に配り、セット作りと舞台稽古も始まった。

「それじゃあ局長と美月さんは脚本を読みこんでおいてください。明後日から実際の稽古に入ります。平行してセット作りもしますのでよろしくお願いします」

「わかりました」

「わかった」

脚本が決まった事で必要な機材も具体的になり、慌ただしいながらもそれぞれテンションは高くなっていた。

不安要素だった局長もいざ始まると非常に協力的だったことには驚いた。特にセット作りなどの作業では手際よく製作していく。

今回のセットは予算の関係もあり桜の木の左半分だけを製作している。舞台の端からその半分を見せて一本まるまるあるように見せる考えだ。枝は百円均一のショップに置いているような造花を使うのだが結花が言うには「一本あたり七十円くらいで仕入れられた」らしい。百円ショップに卸している業者を探し出し直談判したと言っていた。部費だけでは足りないだろうし、仕入れのお金を立て替えたりする必要があると思って聞いたのだが「脚本や舞台の事を最優先して考えて」とだけ言って、詳しくは教えてくれなかった。

今はその桜の枝をまとめる作業だ。設計図は先週のうちに結花が描いていてくれた。百本以上の造花を支えるにはしっかり幹の部分まで作るのかと思ったが結花の設計図によると土台となる大きな枝のみ作って幹自体は簡単なハリボテで済ませる事になっている。桜の枝は土台の枝に取り付けて天井の照明用のバトンに吊るすらしい。会場として使う体育館の天井には卒業式などに看板を吊り下げている鉄のパイプが備えついているらしい。そんな物があるの結花に聞くまで俺は知らなかったが、確かに幹まで作りこむより時間的にも予算的にも効率的だ。

演劇部室には俺と局長、美月に加えて蓮と蛍もいる。セット作りの道具や材料で散らかった部室はまるで文化祭の準備ように賑やかな雰囲気だった。

「これが、さ、桜の木になるんですね…楽しみです…」

「舞台のほうも楽しみにしててよー!なんてたって俺と真の自信作なんだから!」

「はい…。すごい、楽しみです」

セット作りには参加できない蓮と蛍が上のほうに浮かびながら話していた。久しぶりに会った蛍の体が前にも増して透明になっていた事に正直ショックだった。

だけど今はやるしかない。蛍のオーバータイムのために、このまま時間切れで消えてしまうなんて事には絶対にさせない。

「お疲れ様」

今日は体育館の使用申請と機材の確認に行くと言っていた結花が部室に戻ってきた。

脚本がないと申請もできないため体育館は使うと決まっていたが日時は未決定だった。

「どうだった?」

俺がそう尋ねると他の皆も作業の手を止め結花に注目する。

「日程が決定したわ」

結花はそう言うと一枚の紙を手渡してきた。「利用許可書」と書かれた紙には日付が書かれていたのだがその日付を見て少し驚いてしまう。

「これって…今週の日曜日?」

その許可書に書かれていた日付は今週の日曜日だった。今日が火曜日なので五日後だ。

あくまで予測ではあったが舞台をやると決めた時に確認した『蛍に残されている時間』はおよそ二週間。それから一週間経っているので残りは単純計算で一週間、つまり舞台当日はギリギリのタイミングだという事だ。準備する事を考えれば時間があるに越したことはないし、正直助かったというのが本音だが日曜日だと来場者は少ないかもしれない。

「日曜日かーそうなると少し寂しいかなぁ。せっかくの晴れ舞台なんだけどなぁ」

同じ事を考えたのか蓮が少しだけ不満そうに声を上げた。

「確かに今回は初めての舞台だけどでも、目的はたくさんの人に見てもらう事じゃないわ。それにすでに一人、確実に見てくれる人は決定しているのよ。それなら日曜日でも真夜中でも関係わ」

結花が蓮を励ますように言って蛍のほうを見て微笑むと蛍がそれに笑顔で頷いた。

「結花すぁぁん。確かに!男、志仁木 蓮!結花さんのために粉骨砕身、全身全霊を持ってこの舞台、無事成功させてみせます!」

「私のためじゃなくて蛍のためにお願いね。」

「もちろんです!」

言った本人は粉にする骨も砕く身も全身も持っていない気がするが誰もツッコまないので無視していいのだろう。当の結花は蓮の事ちらりとも見ていなかったし。

「それじゃあ日程も決まりましたし日曜日に向けて頑張りましょう」

そう言うとみんなが頷いてくれた。

「よおおおし!やるぞぉお!」

「いいねぇ、なんかテンション上がってきた!」

局長と蓮が楽しそうに声を張り上げている。こういうのを見るとこの二人は似たもの同士だなぁと思ってしまう。初めは絡みづらい性格だったのにいざ仲間となると頼りになるようなところも似ている。特に局長はこの前の蓮や蛍の力について話したときも鋭い事を話していた。初めはちゃらんぽらんな性格かと思っていたが意外としっかりしているのかもしれない。

「そういえば局長は前の文化祭で演劇の出し物だったんですよね?」

見直したついでにその時の話を聞いてみたくなった。

「おお、そうだ!そうだ!」

俺の問いかけに何かを思い出したように鞄から何かを取り出す。俺たちが使っている肩掛けのバッグではなく皮製の手持ち鞄なのがなんだか局長に似合っている。

「読み直せば参考になるかと思ってな一応持ってきたんだ。ほれ」

そう言いながら鞄から出した物を俺に差し出した。

「まぁほとんど人が入らなかったけどな。ダッハハハハ。」

なんとも豪快な笑い方だ。ただの出演者だったとしても来場者がほとんど少なかった事をそこまで笑えるものなのか。手元の台本の表紙を見る。

『夕闇に奏でる狂想曲』

「あの…これは…どんなお話ですか?」

「俺にもよくわからないです」

タイトルからではジャンルがどんなものなのかまったくわからない。

中をめくると手書きで色々と書かれている。

「あの…なんでこんなに手書きで色々と書かれているんですか?」

「俺の台詞が少なかったからな、少し書き足してみたんだ」

少しというレベルではない気がするが…。表紙をもう一度見る。

「あの…なんで三年一組って書いてあるんですか?」

「そりゃ俺が三年一組だったからだ」

「あの…ちなみにこの学校って何年制でしたっけ?」

「三年制よ、特例で三年以上いる人もいるかもしれないけど」

結花が教えてくれたが、もちろん俺も知っていた。とある事情で同じ学年を二回繰り返すという制度は昔から高校にある。それを人は「留年」と呼ぶ。

「となると…局長は特例というわけですね」

「まぁな特別だな。特待生だ。ダッハハハ」

まったく意味が違う。初めて見たときに高校生に見えないと思ったが本当に高校生以上の年齢だったわけか。

「ちなみに俺はすでに飲酒も喫煙もできるぞ!」

「成人してるのかよ!」

脚本の加筆と複数回の留年…。やっぱり初めの印象のとおりちゃらんぽらんな性格のようだ。先程見直したというのは無しにしよう。



徐々に日が暮れてきて今日の作業も終わりかと思い始めた頃、結花に声をかけられた。

「やっぱり桜の花びらが散るシーンはあったほうが…がいいわよね」

桜の花が散る場面は脚本のところどころに書き込んでいた。時間が経過するにつれて桜の花びらが散るという意味があるので欠かせない演出と言える。

「うん、そこはやっぱり外せないかな。何か…問題でもあった?」

結花なら脚本を読んでくれればその事はわかるはずだ。それなのに敢えて聞いてくるということは何かあったのかもしれない。

俺の声に周りのみんなも手を止めて結花のほうを見る。

「実はね、学校と旧演劇部の備品を確認したのだけど桜吹雪を出せるほどの機械が無いのよね。かといってネットで探してみたけどそれだけ風力のあるものは簡単に手に入らないのよね…」

結花の言葉が終わると部室内に沈黙だけが残った。

今までの経験も無ければコネも無い。こんな状況をどうやって打破すべきか結花も俺もわからないのだ。経験者がいれば…。経験者?そう思って蓮のほうを見る。

「蓮、前に演劇やったときとか覚えてないか?それそこ風を起こせそうな機械とか」

「うーーん。どうだっただろう?でもあっちの部室にも無かったんだよねぇ…。あっ!」

蓮が何かを思い出したような声をあげる。

「いっその事、俺の風でブワーっとやっちゃう?やっちゃおうか?」

ニヤッと笑いながら腕をブンブン振る。

「それは確実に出せる保障はあるの?感情とかが起因しているんでしょ」

「えっと…それは…」

「気持ちは嬉しいけど舞台の演出なのに不安定なものを使うのは難しいわね」

そう言って結花が俺を見る。

「うん、確かに。いざというときに吹かなかったり風が弱すぎたり強すぎたりとかじゃ困るしね」

「そっか…」

蓮も自分の力の不安定さは自覚しているのか、少し残念そうな顔をしたが素直にそう言った。

「上から手作業で花びらを降らすのは駄目なんですか?」

「桜吹雪に見たてるなら本当は斜め上から降る感じが理想なんだけど…。見劣りするかもしれないけど、その方法しか出来ないかな」

美月が言ったとおり機械などを使わないで演出するなら古典的な方法になるのだろう。横殴りに降る桜なんてやるならやっぱり大掛かりな機械が必要になってくる事まで考えていなかった。

「うん、そうしよう。俺もイメージだけで書いていて演出方法まで考えていなかった。蛍も…それでもいいかな?」

いきなり話を振られて驚いたのか蛍はあたふたしながらも首を縦に振り、

「は、はい…。わ、私は大丈夫です」

その声を聞き周りを見回すと美月と蓮が頷いた。結花は…。

「局長さん?」

結花が先程からずっと黙ったままの局長に声をかける。そういえばやけに静かだ。

「ようは桜の花びらが斜め上から降るようにすればいいんだよな?」

「まぁ、そうですけど。何か心当たりあるんですか?」

「フハハハ!俺の人脈を甘く見てもらっては困る。そこらへんが得意なやつに心当たりがある。明日声を連れてきてやる!」

なんとも自信満々で言い放つ。本当に大丈夫なのだろうか?だけど…。

「わ、わかりました、お願いします。」

もし本当にどうにかできるなら局長に頼ることになったとしてもお願いしたい。それと引き換えにどれだけ局長に大きな顔で色々と言われようとも。

「神妙に待て!」

そう言うと局長は部室から出て行った。その捨て台詞を聞く限り嫌な予感しかしないのは俺だけだろうか。

「なんか変なの連れてきちゃいそうだねぇ」

「嫌な予感がするわね」

結花と蓮も同じ事を考えていたらしい。



水曜日。

部室に行くとすでに鍵が開いていた、結花がもう来ているのだろうか?そう思いドアを開ける。

「…すいません。間違えました」

ドアを閉めて頭の上にあるプレートを確認する。『演劇部』と書かれている。俺が入る部屋を間違えたのでないのなら、中にいる人間が間違っているのだろう。意を決しもう一度ドアを開ける。

「なんださっきから開けたり閉めたり」

「あの、局長。何で鍵が開いているんですか?」

この部室の鍵は結花と俺、あとは職員室にあるだけだった。

「もちろん俺がマスターキーを持っているからに決まっているだろう」

さも当たり前のように言う。何でこの人はそんなもの持っているんだ?そもそも学校のマスターキーを所持している生徒が存在していいのだろうか。言及しても仕方ないので次の質問に移る。

「じゃあ鍵の事はもう良いです。それで…そちらの方は…?」

さっき部屋を間違えたと思ったのはその人物が見えたからに他ならない。生徒なのか職員なのか部外者なのか?風貌だけ見れば明らかに部外者に見える。

「あぁ、そうだな。こいつは菖蒲草蒔、同じクラスでオカルト心霊超状現象研究部の部員でもある!」

あぁ…何だか一番望ましくない展開になっている気がする、黒ずんだ白衣と分厚いメガネ、いつか蓮が「マッドサイエンティストだ」と騒いでいた人物に他ならない。

黙っていても埒が明かないのでとりあえず自己紹介をする。

「あの…どうも…。演劇部の副部長で二年の羽鳥です」

「…」

何なんだ?俺の事を見たまま何も言わない。

「あの…」

「普通だな」

「はっ?」

「おい、近藤。本当にこいつが驚異的な霊能力を持っているのか?」

初めて聞く菖蒲という先輩の声はあまり熱のこもっていない声だった。っていうか局長の苗字か?今の近藤って…。

「ああ、こいつは凄いぞ、本物だ。幽霊と話すはノートを宙に浮かせるわ風を自由自在に吹かせるわでとても人間業には見えないぞ!」

確かに、最初の一つは事実だがそれ以外は俺の力でもないし仰るとおり人間業でもない。

「ほぉ、それはいいサンプルになりそうだ」

おかしい単語が聞こえた。

「そうだろ!だからお前も協力しろ!そうすれば研究し放題だ!」

「ちょっ、何の話を」

「その話。詳しく聞かせてもらえる?」

振り向くと結花と美月、蓮と蛍まで揃っていた。

「おい、羽鳥。例の二人もいるのか?」

結花と美月のほうを見ながら局長が聞いてきた。

「は、はい」

「おお!それなら役者が揃ったな」

局長は満足そうに笑った。


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