ご覧あれ
「———さん……蓮司さん起きて」
蓮司はゆっくり目を開ける。
寝癖で巻き毛がぐちゃぐちゃになった奏夜がニコニコとした顔で顔を覗き込んでいた。
「ああ、俺寝てたのか」
「ちよ、ちよ……って呼んでましたよ」
蓮司は上体を慌てて起こすと、
顔を赤くして口を押さえる。
変な体勢で寝ていたせいで身体中が痛い。
「奥さんのこと大好きなんですね」
奏夜は腹を抱えて笑っていた。
あたりはすっかり明るくなっている。
「体は大丈夫か」
「僕は全然大丈夫です。鳩尾に一発くらっちゃいましたけど」
「怪盗か!!」
「そうだけど、そんなことは全然良くて!」
良い訳あるか!と蓮司がいう前に、
面前にノートが一冊突き出された。
「ねえねえ聞いて!
僕、怪盗からノートを一冊守ったんです!!
五冊のうちの一冊だけど……」
「そのノートが【私事】だったのか」
「うん、机に怪盗のノートだけ五冊入ってる引き出しがあったんだ」
「……ああ」
ノートの端は何度も開かれクタクタになっている。
蓮司はノートの表紙を親指でそっと撫でた。
一つ謎が解決したところで、夜に感じた他の謎がふつふつと湧き上がる。
奏夜に次々と質問を浴びせると、
彼は得意げに事件のことを語り始めた。
蓮司と書斎の扉越しに話した時には女中が偽物だった事、そして怪盗と直接対面した事。
「何故学生服を着てるんだ?」
「昨日自分の部屋で着替えたんです。
僕、やっぱり学ラン好きじゃないな。
まだ線香の匂いが染み付いてる気がして。
いつものえんじの服がいいよ」
奏夜はヘラヘラ笑ってそう答える。
「深夜に俺が話したおちびは偽物だった事は分かったが、その間ずっと自分の部屋にいたのか?
じゃああの玄関メモは?ノートはどうした?
大体、なぜ書斎で寝てたんだ?」
蓮司は寝起きと疲れでぼんやりとした頭に次々と湧く疑問に混乱し、後頭部をワシワシと掻いた。
奏夜はそんな蓮司の様子を見てニヤリと笑う。
そして待ってましたとばかりに目を輝かせ、
鼻をフフンと鳴らして口を開いた。
「事件当日、ばあやに変装した怪盗が僕に催眠剤入りの食事を出してそれを食べたのは話したよね。それで寝てる間に僕は自分の寝室に担ぎ込まれて縄で縛られたみたいです」
「ノート四冊は手に抱えて、このノートはズボンと下履きの間に挟んで上着の中に背中側に入れていたんだけど、気づかれなかったみたいで」
奏夜は手に持っていたノートを前に突き出す。
「その後だよ。
あの騒ぎの中どうやって部屋から抜けたんだ」
「なんとか怪盗を出し抜いて爪痕を残してやろうと思って、とりあえず外の状況を部屋の窓から見ていたら、昔家でかくれんぼをした時に父さんが教えてくれた見つからない場所のことを思い出して。ここに何かあるかもって思ったんだ」
「部屋で助けを呼べば万事解決だったのに」
「その時はとにかく出し抜きたい、怪盗に会いたいって気持ちの方がずっと上だったんです」
「それでね、こっそり行動するには黒い服だな、って思って。でも僕黒い服って制服しか持ってなかったから」
「それで学生服か。
いやいや、なんて危険な真似を……!」
蓮司は自らの手で顔を覆った。
「細かいことはいいでしょ。それより聞いてよ」
「細かくねえよ! 一番大切なことだろうが!」
「いいから! ねえ一旦、一旦聞いて!」
蓮司の怒声を受け、奏夜は足をその場で少し踏み鳴らしたあと、やはり興奮したように続けた。
「どうやって部屋から出ようか考えてたら外からガラスの割れる音がして。
二階担当の刑事さんがそっちに行ったから、その隙にこっそり抜け出して一階に降りたの」
「その時一階の電気が切れて、ランプがついて、蓮司さんがニセモノの僕に気を取られてる内に玄関にメモを貼って、二人が書斎に入った時に暖炉から煙突を登って屋根の上に登ったんだ」
「いやいや、あんなに警備が居たんだ。
普通気づくだろ」
「僕も万事上手くいき過ぎだろって思ったけど、その時ちょうど偽物の怪盗が『間抜けな皆様』って下の警察を煽って飛び立って行く時だったから全然気づかれなかったよ」
「そして、屋根から例のかくれんぼで見つからない死角を見たら、案の定カイトがあったから持ってたペンで適当にブスブス穴を開けてやったんだ。
その後警備の人が解散するまで暖炉で待機して」
「あとは僕と怪盗のかっこいい対決!」
奏夜は勝ち誇った顔でもう一度怪盗との対峙を語らんとしていた。
蓮司は下を向いて大きなため息をつく。
「……なんて危険なことをしたんだ!
危ないことはするなって、忘れたのか?!」
「だって、ノートの最後の最期まで【次は何をするのか】って書いてあって。次に何が起きるのか知りたい、知らなきゃ!って思ったら、僕にも出来る気がして———」
奏夜は、話せば話すほど蓮司がつらそうな表情をする事に気づき、慌てて喋るのを止めると口をノートで隠した。
蓮司は奏夜に向けて大きな手を伸ばすと彼の額を中指で小突く。
奏夜の額が赤くなる。
「真白にな、最期、奏夜を頼むと言われたんだ。俺はこれ以上、これ以上なにも……」
「……ごめんなさい。でも僕は僕です。
間違ったことしたと思ってないよ。
このまま何も知らないで何もしないでいるなら、
僕は……」
奏夜はポツリと言うと、
赤くなった額を隠すようにノートで顔を覆った。
「……俺にも俺なりの思いがあるよ。
警察として市民の安全を守りたい。
それ以上に親友との約束も果たしたい。
だからおちびが無茶なことをするのに怒ったり悲しくなったりするのは間違っていないだろ」
「……はい」
「……ノート、俺にも見せてよ」
奏夜は顔を覆っていたノートを蓮司に渡した。
蓮司はノートを受けとると、一頁、一頁、
友人が残した文字を懐かしむように指でなぞりながら大切に読んだ。
———やがて、最後の頁が訪れると、
ある一点で手を止めて訝しむ顔に変わる。
「なあ奏夜、ノートの最後は
【次は何をするのか】だよな」
「え、そうですけど」
蓮司の行動を不思議に思った奏夜は、
蓮司と頭を並べてノートを覗き込んだ。
「これは……」
二人の目に映ったものは
【次は何をするのか】
の下に青いインクで並んで書かれた
【ご覧あれ】
という、予告状とおそろいの文字だった。
その一文は、
奏夜の決意に宛てて書かれた挨拶のようでもあり、
蓮司を含めた警察どもに宛てて書かれた挑戦状のようでもあり、
鴉間真白に宛てて書かれた、はなむけの言葉のようでもあった。
二人は顔を見合わせる。
鴉間邸には朝の光が差し込み、
青いインクが静かに光っていた。
—了—




