番外編 . エルヴィラ視点
「お、女の子同士では子どもは出来ないんだよ!」
「…はあ?」
思わず淑女らしからぬ、声を上げてしまったわ。
目の前にいる婚約者候補がトールでよかったですわー。
わたくしが視線を向けただけで、
「ひぇっ、ごめんなさいっ!」
怒ってるわけでもないのに、謝り出すトール。
良かったとは思うけれど、わたくしの婚約者候補がこの男しかいなかったって本当?
わたくしは思わず大きな溜息を吐く。
「ごめんねごめんね!嫌いにならないで!」
「嘘つきは嫌いですわ」
「今の技術では同性同士での妊娠は不可能だから、僕は嘘つきじゃないよね?だから僕のこと愛してるってことだよね!?」
…どこをどう捻ったら、そんな理屈になるのかしら。
必死にしがみつこうとするトールを扇で叩きながら、側にいた侍女に声をかける。
「ねえ、同性同士でも子どもは作れるわよね」
侍女の動きがぴたりと止まる。
顔は青褪め、冷や汗が流れ落ちる。
硬直したまま動かない侍女を見て、わたくしは眉をひそめる。
居心地の悪さを覚えつつ、周囲を見渡す。
侍従も、護衛も、通りかかった庭師さえもわたくしと目が合うや否やすぐに視線を逸らす。
ある者は天井の装飾に急に興味を持ち、ある者は存在しない埃を払い始めた。
わたくしの心に一抹の不安がよぎる。
まさか、ね。
愛するもの同士であれば結婚できると、母様は話していたもの。
わたくしは泣きつくトールを振り払って、閨教育の講師だけでなく、医師も訪ねた。
閨教師と医師は、無言で分厚い医学書を差し出した。
三日間わたくしは寝食を惜しんで医学書を読み漁った。
難しい言葉の壁に何度もぶつかりながら、それでも食らいつくようにページをめくる。
トールが毎日のように花束を持って訪ねていたらしいけれど、医学書を読み漁るわたくしの眼中には入らなかった。
結論。
女同士では子どもは出来ない。
少なくとも、この世界の現在の技術では。
…だ、だとしたら養子をとればいいじゃない。
血の繋がった子どもに拘る必要もないわ。
愛さえあれば家族になれるはずだもの。
「というわけでわたくし、クラウディアと結婚しますわ!」
机に向かっていたお兄様が顔を上げゆっくりと眉を上げる。
その後、深い深いため息をついた。
「…まずな」
「なによ」
「女同士で結婚できる法律はない」
わたくしは声を張り上げた。
「じゃあ作ればいいじゃない!お兄様は次期国王でしょう!」
「国王一人で法を決めているわけではないのだが…」
「そんなのお兄様のやる気の問題ですわ!」
「精神論で何とかしようとするな…」
お兄様はこめかみを揉みながらもわたくしの剣幕に折れたのか、溜息混じりに「同性婚については審議にはあげておく」と言った。
「更に言うと」
「これ以上何かありますの?」
「ありまくりだ。そもそも既婚者と結婚は出来ない」
「離婚すればいいじゃない!」
「相手がお前を好きならな」
好きに決まってるわ。
わたくしの白馬の王子様は、いつだってわたくしがピンチになると駆けつけ、悪党どもをバッサバッサと成敗してくれたもの。
こころなしかわたくしと他者と接する時の優しさや甘さが違うし、わたくしの告白も受け止め、好きだと言ってくださった。
これは間違いない、両想いだわ。
そう思ったのに、わたくしは白馬の王子様の結婚式で号泣した。
純白のドレスに身を包んだクラウディアは、隣に立つ憎き恋敵の騎士団長を見上げて、それはもう幸せそうに微笑んでいたのだ。
嫌な顔だったり無表情だったり、いつもの困り顔だったら、どうにかできたのに、そんな、そんな顔で微笑まれたら、誰だって理解する。
ああ、あの方たちは愛し合ってるのだと。
何人もの号泣し失神する同志たちと、敗北感に打ちひしがれながら、お互い肩を抱き合う。
情けなくて悔しくて、涙が止まらなかった。
わたくしの初恋は、完膚なきまでに潰えた。
それでもクラウディアの幸せを願わずにはいられなかった。
翌朝、寝不足と泣き疲れて重たい瞼をこすりながら、中庭へ向かうとそこにはすでにトールが来ていた。
ベンチの端で小さくなり、膝の上に花束を乗せている。
「…来てたの」
「うん。だって、今日こそは会えるかなって。でも、みっともないね、花がしおれかけちゃって」
トールはぎこちなく笑う。
わたくしは無言で近づき、彼の隣に腰を下ろした。
そして、花束を受け取り、花の匂いを嗅ぐ。
萎れていたって、花は花。
優しい薄紅の色も、ほのかな香りも、ぐちゃぐちゃになったわたくしの心にそっと染み込んでいく。
「悪かったわ、蔑ろにして。花束もありがとう。前の花も私室に飾ってあるわ。…クラウディア、結婚式でとても幸せそうだったの」
「うん」
「わたくし、振られちゃったのね」
言葉にすると、堰を切ったように涙が溢れた。
みっともなくて情けなくて、それでも止められなかった。
トールは何も言わずただ隣にいてくれる。
幼いながらも、好きだったのだ。
大人の男達を圧倒できるほどの力もありながら、支えてあげたいと思える儚さもあって。
押しに弱いのに、変なところで頑固。
いつも困ったように眉を下げて笑うくせに、戦う時は誰よりも凛々しい顔をする。
そして、最初に出会った時の、わたくしの体のド真ん中を突き刺すような、ギラついた光。
全身を駆け巡った衝撃は、今でも消えてくれない。
「君が誰を好きでも僕は君のこと好きだよ」
その言葉に、わたくしは顔を上げた。
トールは相変わらず頼りなげな微笑みを浮かべていたけれど、その瞳だけは不思議なほどまっすぐで揺るぎがない。
わたくしは涙をぬぐい立ち上がる。
しおれた花束を胸に抱えてトールを見下ろした。
「…わたくしも、クラウディアの次ですけれど、あなたのこと、嫌いじゃないわ」
トールはぱちくりと瞬きをしてそれから花が綻ぶような笑顔を見せた。
「うん、知ってる。エルヴィラが、好きでもない男と婚約するわけないもんね」
「…婚約者『候補』よ」
「それに、君が誰を好きでも絶対に逃さないから」
「…ん?」
「ん?」
「今逃さないって言った?もー、追いかけっこじゃないんだから!逃さないって面白い表現するのねあはははは、は…?」




