15話 通話
スマートフォンに表示された【M&Aビジネスコンサルティング 緑岡雄二】の名前を食い入るように拓真がしばらく見つめ、着信の画面スライドをした。
「……もしもし、緑岡君か?」
少し遅れて、声が返ってきた。
『岸津マネージャ……無事でしたか?』
雑音が多い。
人の叫び声のようなものが、遠くで混じっている。
「ああ、今は……何とか生きてる。
お前はどこだ?」
『新宿駅です……構内にいます』
帝国製薬に向かう乗り換え駅だ。
「そうか、帝国製薬に向かう途中だったんだな、駅の中はどんな状況だ?」
『駅の中が……めちゃくちゃで……
暴れる化け物と、逃げる人で……いっぱいで……うう……』
電話口で、緑岡の息が荒くなる。
「落ち着け!
どうした? 呼吸が苦しそうだぞ?」
『す、すみません、何だか、頭がボーっとして、めまいが、苦し…』
「おい、大丈夫か?」
『だ、大丈夫、です。立ちくらみかも、あが…』
緑岡の声が震えている。
拓真は先の噛まれた女の手首の怪我を思い出した。
怪物と化した女の手首。
嫌な予感がした。
「…緑岡君、もしかして、あの化け物に噛まれたりはしていないか?」
一瞬の沈黙。
『か、噛まれました、ですが、この程度…大した怪我ではありません。
大丈夫です……』
拓真は、目を閉じた。
「……そうか」
それ以上、言葉が出てこなかった。
『マネージャ……
な、なんで黙るんですか?
何か、喋って下さいよ。
俺、大丈夫ですよね?』
拓真は何も返事が出来なかった。
『周り、化け物ばっかりです……
なんで……こんなことに……なったんでしょうか……
ああ、頭が痛い、喉が苦しい、か、身体中が熱くて痒い…』
「おい!
緑岡君!大丈夫か?
しっかりしろ!」
『……マネージャー、あ、足が、自分の足じゃないみたいだ。カユイ、カユイ……喉が、焼けるみたいに……ニク……肉……か、カユイ…』
「緑岡君!」
電話の向こうで、緑岡が奇声を上げた。
何かが倒れる音。
『トテモ、腹、減ッタ、肉…
カユイ、カユイ…』
「緑岡君! しっかりするんだ!」
返事はなかった。
通話は、つながったまま。
女の悲鳴らしきものが聞こえた。
「緑岡! 何してる! おい!!
緑岡!!!」
長く続いた女の断末魔の悲鳴、そして、もう緑岡の声も女の悲鳴も聞こえなくなった。
電話口の向こうは静かになった。
「……」
拓真は、ゆっくりとスマートフォンを下ろした。
「ねぇ、パパ、何があったの?」
琴美が尋ねる。
緑岡を現場に向かわせたのは自分の責任だ。
拓真には何も答えられなかった。




