番外編01-4.ブロマイド大作戦4
毎日のドレスはアンジーに任せっきりだ。ドレスの流行りなどはわからないけれど、推しに会うときの身なりはきちんとしていないといけない。
アンジーはミレイナの気持ちを汲んで、セドリックに会うのに相応しいドレスを選んでくれるのだ。
いつもの時間にミレイナはセドリックの元へと向かった。
相変わらず彼は本を読んでミレイナを待っていてくれている。ミレイナを待っているというよりは、本を読むついでにミレイナの相手を一時間してくれているのだろう。
「殿下、ごきげんよう」
ミレイナが礼儀正しく挨拶をすると、彼は本から視線を外す。つまらなさそうに「立ってないで座れば?」といつもどおりの返事が返ってきた。
そんな風につれないところがセドリックらしくて大好きだ。
出会った日から五年。彼は十五歳になって、子どもから少年へと成長した。これからもっと身長も伸びて男らしくなると思うと、一日だって目が離せない。
ミレイナはセドリックの顔がよく見える向いの席に座る。
テーブルにはミレイナのために用意されたスイーツが並ぶ。それを彼が食べているところはほとんど見たことがないので、ミレイナのための物なのだろう。
「ミレイナお嬢様、今日もごゆっくりなさってください」
「本日も一時間よろしくお願いしますね」
ミレイナが笑みを向けると、セドリックの従者が笑みを返す。
彼は執事のように器用だ。紅茶を入れてミレイナの前に置く。側に人を置きたがらないセドリックのために、従者はあらゆることをこなしているようだ。
「そういえば、最近肖像画を描かれたとか」
「まあ! 情報通ですのね」
「そんなことはありません。王都中の画家に声をかけたと耳にしまして」
「でも、一枚も残らなかったのよ」
ミレイナはため息をもらした。
一枚でも手に入れば、今日セドリックに肖像画を描かせてもらうことを打診することもできたのに。
「……見合いなんて必要ないだろ」
本を読んでいたはずのセドリックが、不機嫌そうな低い声で言った。
「見合い?」
(今、お見合いの話なんてしていたかしら?)
ミレイナは首を傾げる。
しかし、セドリックは不機嫌そうにしているだけで、突然「お見合い」の話を出した理由は教えてくれなかった。
理由を求めて従者に視線を移す。彼は、少し困ったように笑う。
「ほら、お見合いするときに肖像画を用意するではありませんか」
「そうなの?」
「え? 存じ上げませんか?」
「もしかして、それは……常識なのかしら?」
「常識といいますか、まあ、そうですね。肖像画を用意するのは何かの記念や見合いくらいですから」
「つまり……」
セドリックが本を閉じた音が響いた。
従者はぎこちなく頬を引きつらせる。
「わたくしがお見合いしようとしていると、噂に?」
従者はけっして答えない。しかし、セドリックの無言こそが肯定なのだろう。
ミレイナは目を何度もしばたたかせた。
(わたくしがお見合い? まだ早いわ)
まだセドリックは十五歳。原作の開始まで三年もある。そんなに早くに見合いをして婚約、結婚となればセドリックの側にはいられなくなるのだ。
ミレイナは慌てて頭を横に振った。
「ち、違うわ! お見合いだなんて!」
「……じゃあなんで、肖像画なんて用意しようと思ったんだ?」
セドリックのアメジストの瞳がミレイナを見つめた。
どことなく不機嫌そうで、それでいて不安そうな。美しい彼の瞳に映るミレイナの顔は狼狽していた。
「ええと……それは……」
(い、言えないわ……! 世界に一つだけの最高のブロマイドを作るためのお試しだなんて……)
画家を用意できていれば、勢いに任せて言えたかもしれない。しかし、残念ながらこの計画をセドリックにばらしても肝心の画家が見つかっていない。
ただ、ミレイナが恥ずかしい思いをするだけなのだ。
「秘密よ」
「なぜ? 画家を三人も呼んだんだろ?」
「それは……一番腕のいい画家を探していたからよ」
「どうして?」
セドリックがじりじりと近づいてくる。
(そんな綺麗な顔で見つめられたら心臓が持たないわ……!)
まだ幼さを残した顔ではあるけれど、原作に近づきつつある。
「その……。今を記録しようと思ったの」
「今?」
「ほら、年を取ると容貌も少しずつ変わっていくでしょう? だから今を記録してみようと思ったのよ」
正確にはミレイナ自身の今ではなく、セドリックの今を残したかったのだがそれはあえて言わないでおこうと思った。
「それだけのために三人も?」
「それは残るものだから、一番腕のいい画家に描いてもらいたいじゃない?」
自分の肖像画などはどんなものでも構わないが、求めていたのものは推しのブロマイドだ。セドリックの美しさをしっかりと表現できる画家がいいに決まっている。
「ふーん」
「本当にお見合いの予定はないのよ。だから、まだここに来ていいでしょう?」
まだ原作まで時間がある中で「もう来なくていい」と言われたら、ミレイナは絶望して寝込んでしまうかもしれない。
セドリックの手を握って必死さをアピールすると、彼は不機嫌そうに顔を背けた。
「そんなに、ここに来たいのか?」
「もちろんよ! わたくしにとって一番大切な時間だもの」
セドリックの成長を側で見守る。それがミレイナの喜びだった。
「……来るななんて言っていない」
不機嫌そうではあるが、はっきりとした口調でセドリックは言う。
ミレイナはホッと安堵の息を吐きだした。
「よかった……。『もう来るな』って言われたら、どうしようかと思ったわ」
ブロマイド一枚のためにセドリックとの残りの三年が脅かされるところだったのだ。
時間にして千九十五時間。その損失は大きい。
安堵するミレイナをよそに、セドリックは読みかけの本を開いた。
(ブロマイドがだめなら、毎日一時間をもっと大切にすべきよ。目を焼き付けていかなくちゃいけないわね)
帰って寝るまで余韻に浸れるように、目に刻み込むつもりだ。
ミレイナは本に視線を落とすセドリックをジッと見つめた。
(あと三年もすればもっと成長して、大人の仲間入りをするのね。……はあ、楽しみ)
ミレイナはうっとりとため息を吐き出す。
読書に真剣になる姿も麗しい。伏し目がちになったときの彼の横顔は国宝級だ。
そこからふと顔を上げた瞬間の破壊力は抜群だった。
アメジストの瞳に光が入り、吸い込まれるのではないかというほどの吸引力が生まれる。
(やっぱり本物が一番だわ)
ブロマイド一枚ではきっと満足できないだろう。
(そういえば、どうしてわたくしが画家を三人呼んだことを殿下は知っているのかしら?)
ミレイナは首を傾げた。
「……なに?」
「いいえ、なんでもないの」
ミレイナは頭を横に振った。
そう、そんなことは些細なことだ。
推しがすぐ側にいることがミレイナにとっての幸せなのだから。
いつもお読みいただきありがとうございます。
書きたい番外編がまだあるので、書けたらまた投稿してきたいと思います。




