17.ダンスの練習1
彼は本番のようにミレイナに手を差し出した。差し出された手を見て、彼の成長を感じずにはいられない。
最近になってどこもかしこも子どもらしさがなくなっていた。前世で好きになったときと同じ姿だ。
だからだろうか、仕草一つ一つにドキドキしてしまう。
ミレイナはセドリックの手を取りながらも、彼の目を見ることができなかった。
曲が流れる。聞き覚えのある音楽に自然と身体が動いた。
「ミレイナはダンスのとき、どんな話をするんだ?」
「聞かれた質問に答えるくらいよ」
「今みたいに?」
「ええ」
元々ダンスがうまくない。あまり話に集中すると、相手に怪我をさせかねないからだ。
「この前の金の奴とも?」
「金の……ああ、フレソンさんね」
アンドリュー・フレソン。彼は綺麗な金髪だったからか、セドリックは彼を『金の奴』と呼ぶ。セドリックは記憶力がいいから、彼の名前を覚えていないわけではないと思うのだけれど。
(もしかして、フレソンさんが嫌いなのかしら?)
セドリックは社交界にデビューしていないとはいえ、第三皇子だ。侯爵家の跡取りだから面識くらいはあるのかもしれない。
「名前まで覚えてるなんて珍しいじゃん」
「そのくらい覚えているわ。わたくしだってもう大人なのよ」
紹介された人の名前と顔くらい一致する。前は前世の記憶が邪魔していたせいか、西洋人の顔はどれも同じに見えていたのだ。
最近ではようやく、特徴で覚えていられるようになった。
ステップを間違えそうになって、足がもたつく。
セドリックの手がミレイナの腰を支えてくれなければ、転んでいたかもしれない。
「ありがとう」
「これくらいなんともない」
「練習の必要なんてないじゃない」
「そんなことはない。王子には完璧が求められるんだ」
一曲で逃げようとしている王子の言葉とは思えない。ミレイナは肩を揺らして笑った。
社交デビューすればセドリックは忙しくなるだろう。彼は頭もよくて剣術にも優れている。原作でも彼は忙しくしていた。
物語自体はヒロインのシェリーの目線で話が進むので、どんな仕事を任されていたのか詳しくはわからないけれど。
きっと、ミレイナと会う時間は必然と減っていくだろう。ならば、この一ヶ月くらいはダンスの練習という名目で、推しを間近に楽しむのも悪くないと思った。
ついでにダンスも上達すれば、婚活もうまくいくのではないだろうか。
(思えば、殿下とダンスができるなんて役得よね?)
原作の中で、彼はシェリーの手しか取らない。他の令嬢に興味を示すこともなければ、愛想笑いもしなかった。
本来ならシェリーにしか見ることのできない光景を、堪能できるのだ。
ミレイナはセドリックを見上げてうっとりと頬を緩めた。これこそ、至福の時ではないか。
彼の顔に見とれていたせいか、またステップを間違えて彼の足を踏んだ。
「あっ! ごめんなさい」
「ミレイナはもう少しダンスに集中したほうがいいかもね」
セドリックは心の中でも覗けるのだろうか。恥ずかしさのせいか、運動したせいか頬が熱い。
一曲終わってホッと息を吐き出した。
「こんなにダンスが下手とは思わなかった」
「……だから言ったじゃない。下手だって」
ミレイナは小さく頬を膨らませた。確かにセドリックとダンスをしたのは初めてだ。実はセドリックから過去に何度かダンスの練習を頼まれたことがあった。しかし、推しに怪我をさせるわけにはいかないと、断り続けていたのだ。
そのときにミレイナが驚くくらいダンスの才能がないことは伝えてあった。
「嘘だと思ってた。断る口実なんだって」
「断るためなら、もっと上手な嘘を考えるわ」
オーケストラは二曲目の練習に入ったようだ。しかし、ミレイナは息が上がって、ダンスをするのは難しそうだった。
昨日、あまりよく眠れなかったせいかもしれない。足に力が入らない。
すると、セドリックがミレイナを抱き上げた。
「で、殿下っ!?」
「疲れてるんだろ? 休憩しよう」
「自分で歩けるわ!」
「嘘。足が笑ってる」
セドリックは不機嫌そうに真っ直ぐ前を向く。こうなると、ミレイナにできることは極力彼の迷惑にならないように、静かに身を任せることだけだった。
心臓の音がうるさい。いきなり運動をしたからだろうか。
いつもより駆け足な心臓はなかなか落ち着いてはくれなかった。