15.罰ゲーム1
セドリックは目を丸め、そして、嬉しそうに細めた。
「僕もずっと楽しみにしてたんだ」
彼はそのままミレイナの手に口づけた。指先に触れた唇の感触にミレイナは肩を跳ねさせる。
上目遣いで見られて、心臓も跳ね上がった。頬に熱が上がっていくのがわかる。長年の推しからそんな色っぽい目で見られてドキドキしないほうがおかしい。
原作だとツンの時期が長すぎて、デレを見られるのはもっと先だと思っていた。まさか間近で見られるとは思ってもみなかったのだ。
嬉しさと緊張で心臓が駆け足になった。
セドリックは原作よりも性格が丸くなっているように感じる。原作では兄弟とは疎遠だった。彼は頭がいいから同年代の貴族の子とは話が合わず友達もいないという設定だ。
彼は幼いころに人の関わり方を知らなかったため、ヒロインのシェリーを大いに振り回した。
設定と違う点はミレイナという友達が現在一人いるということだけだろうか。その程度で何か変わるかと聞かれたら変わらないような気もする。
「セドリックったら……! そ、そういうのは気安くしてはだめよ」
ミレイナだから勘違いしないで済むものの、他の女性にしたら結婚の二文字を頭に浮かべる人も出てくるのではないだろうか。
できればシェリーのライバルは少ないほうがいい。
「誰彼構わずするほど僕は軽率じゃない。ミレイナだからするんだ」
「わたくし相手にもだめよ。びっくりしてしまうもの」
「我慢しないって言っただろ?」
「そうだけど……」
今までのセドリックの反応とは違うから少し緊張もするし困惑もする。彼は彼なりに考えての行動なのだろう。
面倒な結婚をミレイナで妥協する計画であることは明白だ。そのために尽力しているのだろうが、それに振り回されるミレイナの身にもなってほしい。
セドリックが社交界にデビューすれば、シェリーとのラブロマンスもスタートするだろう。その時、セドリックにとってはミレイナにしたアピールの数々が黒歴史となるのだ。
(お姉さんとしてはそれを阻止してあげないと!)
シェリーとの仲が深まったときに、セドリックとミレイナがギクシャクするのも嫌だった。
「挨拶だと思って慣れて」
「と! とにかく、時と場合を考えなくてはだめよ? 外でこんなことしたら、セドリックがわたくしに気があると勘違いされてしまうわ」
「僕はミレイナに気があるから勘違いじゃないと思うけど。まあいいや。今はわかってもらえなくても。僕はそういうところも含めてミレイナのこと気に入っているわけだし」
セドリックの手が離れて、ミレイナはホッと息を吐いた。適正な距離は心の平穏を守るのには大切だ。
彼はいつものようにソファーに座ると本を開いた。けれど、思い出したように顔を上げる。
「そうだ、ミレイナ。明日からは時間を二時間あけておいて」
「二時間? なぜ?」
「社交デビューが一ヶ月後だから、ダンスの練習をしないと。もちろん先生なんだから、付き合ってくれるだろ?」
「ダンスは既に習得しているのでしょう?」
「十歳の時にね。八年前だから不安なんだ。予行練習に付き合ってよ」
セドリックがミレイナに向かって手を差し出す。男性が女性をダンスに誘うときの仕草に似ていた。
こういうのが様になってしまうから、少し憎たらしい。そして、やっぱりセドリックはかっこいい。
きっと、舞踏会でシェリーに手を差し伸べる姿は美しすぎて卒倒する人も出てくるのではないだろうか。
つい、うっとりと手を取りそうになって、ミレイナは慌てて手を止めた。
「わたくし、ダンスは下手よ? うまい人に頼んだほうがいいのではなくて?」
「その辺の令嬢がみんな上手ならそうするけど、そうじゃないだろ? ミレイナくらい下手なほうがちょうどいい」
「なんだか複雑な気分。昔よりは少しはうまくなったのよ?」
もう相手の脛は蹴らないと思う。
昔はよく兄の脛を蹴って青あざを作り、笑いのネタとして食卓に上がったものだ。ネタになっても仕方ないと思うほど、兄の脛は一時期ひどかったから仕方ない。
最近は時々足を踏んでしまうくらいまでには上達した。
体力は相変わらずないから二、三曲も踊ればヘトヘトになってしまうけれど。
「ふーん。だったら、失敗したら罰ゲームをしよう」
「罰ゲーム?」
「そう。罰ゲームがあったほうがお互い真剣になるだろ?」
「そうかもしれないわね」
「じゃあ、決まりだ。ミレイナが僕の脛を蹴ったら、罰ゲームでミレイナから僕にキスして」