22.推しに夢が出来まして
ここ最近、ダリア様は何か考え込んでいる。やはりオクシスへの気味悪がる声や、チクチクと刺さる悪意を耳にしたからだろうか? ある程度わかっていたこととはいえ、ハッキリと目にするのはまた別物に違いない。
学園での勉強を疎かにしている様子はなく、屋敷内でも変わらず勤勉で私達侍従に優しいお嬢様なのだが。ふ、とした瞬間に柔らかな笑みが消えていて。
誰かと話していない合間であるとか、部屋に迎えに行ったほんの一瞬であるとか。無表情……というほど冷たい色じゃないものの、表情豊かなダリア様にしては珍しい、ぼんやりしたどこか浮かないそれが心配で仕方ない。
又、上の空になる以外に、二階の書庫で何やら調べ物をしているダリア様。こっそり様子を伺った限りでは、いつもの勉強風景と少し違う。
授業の予習復習にしては随分と小難しい本を持ち出して読んでいた。気づかれないように私が覗けた範囲だと、この国の歴史や経済などのジャンルだった。……何故そんなに難しそうな本を真剣に読んでいるのだろう。
まだ初等部二年のダリア様は基本的な座学がメインであり、その中でも魔法について学んでいると聞く。魔法使いを育てることが目的の学園なのだから当然である。
まぁダリア様は伯爵家の長女な上、第三王子の許嫁という立場故に、国の歴史に興味をもつのは可笑しくないし今後必要にもなる。だが、学園で現段階において全く学ぶ範囲じゃない本を読む姿は、興味をもったからには見えなかった。
色々と気になったが、あまり近づいてバレる訳にもいかず。この日の私は来た時同様に、秋の冷たさを感じせない適温の、だだっ広い書庫をあとにした。黙々と書庫で一人本に囲まれるダリア様を残して。
しっかり、就寝時間に部屋へ戻ってきた推しは偉い。
そして、様子が違うダリア様を気にしているのは、私だけじゃなかった。侍従は勿論のこと、一番関係していそうなオクシスだって陰ながら気にかけており。
「……おい」
「はい? 何でしょうか」
「……どうかしたのか」
「え」
なんと、あのアンダール王子さえも声をかけるくらいだった。屋敷での一騒ぎからしばらく、開き直って嫌味ったらしい言葉を投げるばかりのアンダール王子が。王宮へ顔を出したダリア様に、そう問いかけたのだ。
苦虫を噛み潰したかのような、イヤでイヤでたまらないといった雰囲気ながら、それでも彼なりに言葉を選んで‘心配’の言葉をかけてくれた。
寄った眉間のシワと、鋭く冷たい眼光で、せっかくの言葉も温かみが薄れてしまうのが少し勿体無い。しかし、渋々であっても心配されるだけ関係が改善されてきた証拠だ。当のダリア様も、驚くあまり言葉を失っている。
私達が今いるのは秋の花々が咲き誇る温室。半年以上も通い詰めたこの場所は何度訪れても心が安らぐ。
そんな、アンダール王子と対面で話すのに必ず案内される彩り鮮やかな花と香りと、ガラスから降り注ぐ陽射しが美しき温室でダリア様はそっと口を開いた。
「アンダール様こそ大丈夫ですか?」
「は? 何が言いたい」
「いえ……私を心配するようなお言葉だったので」
「んなっ!」
先程までの、額縁に切り取りたいくらい神々しい光景はまやかしだったのか。温室の雰囲気にピッタリの、見目麗しい二人に、ゆったり流れる時間は大破してしまった。
あまりに素直な推し。つまるところ「自分を心配するなんてお前大丈夫?」と聞いたようなもの。
厳しい(正確には嫌そうだった)顔つきが、更に険しいものへと変わる。眉は吊り上がり、一瞬見開かれた目もすぐさまダリア様を睨み。羞恥か、怒りか、顔全体を赤く染めたアンダール王子はまるでだるまの如く。
小さくもれた「あっ」は、自分の発言が失礼にあたる、と感じたからだろう。斜め後ろにいる私の視界に、狼狽える可愛らしい推しがうつっている。
だるまと化したアンダール王子が、小刻みに震えて俯いたかと思えば次の瞬間勢いよくあがる顔。
「バーカバーカ! ッこのブス!」
「あの」
「お前なんて心配するものか! 調子にのるなよこの……バカ! いつもウザイくらい笑って話しかけてくるヤツが、静かすぎて気持ち悪かっただけだ」
「え、はい」
「フンッ、カン違いするなよブス!」
典型的ツンデレな台詞をこれでもか! と吐きだした彼は、語彙力を失ってブスとバカを連呼しているのに気づいていなさそうだ。徐々に赤みの引いた頬と違い、いまだ染まったままの耳を、見守るメイド達の目が生温かいことにも気づかず立ち上がる。
「今日もありがとうございました、また学園で」
「チッッ!!」
苛ついた様子もお構いなしに、いつも通り挨拶したダリア様へ返ってきたのは特大の舌打ちのみ。
けれど、会いにきた当初ならばまずこんな表情を見せることはなかったし、もっと冷たい言葉で追い払われていた。来る頻度が落ちたとはいえ、今も週に一回は王宮へ訪れ、どんなに嫌味を言われようが学園でも積極的に関わりにいくダリア様に諦めたようだ。
舌打ちと共に立ち去るアンダール王子の、早足に合わせて揺れる太陽色の髪を見つめて思う。
「(かなりまるくなったなぁツンデレ王子)」
「私達も帰りましょうウェンディ」
「はい、ダリア様」
見慣れた執事に従い、私達も立ち去った。
****
王宮でアンダール王子と相対した日から一週間程。
オクシスの誕生日と定めた11月20日の今日、それはもう盛大にお祝いした。ダリア様が学園から帰宅する前に準備を終え、帰宅後に皆でお祭り騒ぎ。
数ヶ月前、正式な護衛役になったあの日以来の騒ぎようだった。周りが何を言おうとも、私達はオクシスの生誕を派手に喜んで祝うと決めている。ダリア様が、アンに習って初めて刺繍したハンカチは宝物になるだろう。
その楽しい日の夜、今私はダリア様と部屋にいた。ドンチャン騒ぎに捕まらないよう、ダリア様を連れ出したところで話があるからと部屋へ呼ばれたのだ。
黒やグレーあたりが多く使われた落ち着いた色味の部屋。要所要所にきめ細やかなレースが散らばる中、いくつか覗かせる青色の物が微笑ましい。
私達は窓辺にある二人用のテーブルで向かい合う。
「一年、かぁ」
「そうですね」
オクシスと出会ってちょうど一年。
一年前の今日は、酷く雪が降り積もっていた。ダリア様の呟きについ私も思い馳せてしまう。記憶を思い出したばかりで混乱していたな、数日に及ぶあれこれは忘れたくても忘れられない濃密な思い出である。
あの日から今日までずっと変わらぬ優しさと強さを兼ね備えた推し……いや、成長を続ける推しが大好きだ。
窓に目をやっていたダリア様に見つめられておや、と思う。最近、調べ物をしながら考え込んでいた筈のダリア様の目が、強烈な光をもって私を射抜く。ギラギラ輝く瞳は、迷いなんてどこにも見当たらない。
「いろいろ調べてみたの。過去にいた色無しについてとか、この国の歴史とかいっぱい」
この一年で伸びた黒髪を軽く撫でつけ、ダリア様が優しい笑みを浮かべている。そうして、私を見上げる姿が──ブレた。どこかで見たような、愛らしい顔立ちの少女が重なってダリア様がよく見えなくなった。
「私ね、すごいまほう使いになりたいの、ううん……この国でいちばんすごいまほう使いになってみせるわ!」
【私ね、すごいまほう使いになりたいの、ううん……この国でいちばんすごいまほう使いになってみせるわ!】
初めて聞く話なのに、これを知っている?
「……旦那様と奥様ですか?」
声が、顔が、ブレて重なる視界が気持ち悪いのに無意識に開く口はそう聞いていた。
旦那様と奥様から常日頃上級魔法使いになれ、と言われているしやはり簡単に意識はかわらないか。でも、どうやら違ったらしい、目の前で重なる少女二人が横に首を振る。
「……はじめは、そうだったと思う、でももうちがうわ! 今はちゃんと私がまほう使いになりたいの」
【……はじめは、そうだったと思う、でももうちがうわ! 今はちゃんと私がまほう使いになりたいの】
ジジ、ノイズ混じりの世界がだんだん酷くなっていく。
知らない。ダリア様に重なる、少女は誰だ。
知らない。ダリア様と同じ声と黒い髪の毛。
「私はダリア様の素敵な夢応援しますよ」
また、口が勝手に答えていた。ちゃんと話を聞きたいのにノイズとブレる視界が邪魔をする。ただの体調不良ならば、目の前のダリア様がきっと気づく。なら……この現象は私の幻覚なのか? 朧気な意識で何とか前を向いた。
「! ほんとっ!? ありがとう!」
【! ほんとっ!? ありがとう!】
それから、急に口をまごつかせソワソワと落ち着きをなくしたダリア様と少女は、まろやかな頬をピンクに染めて笑う。くふくふと恥ずかしそうに、されど楽しそうにダリア様と少女が美しい黒髪を揺らして、笑うのだ。
【あのね、二人だけのヒミツにしてね? 私が、まほう使いになりたいって思った理由は─────】
「うんと強くなってこの国をかえるためなの。二度とオクシスがばかにされない、普通に笑っていきていける国にしてみせるわ! それに、私がいちばんすごいまほう使いなら、守るオクシスはもっとすごい人だもの!」
ああ……なんて優しい理由。
上の空だったのも、調べ物をしていたのもこのためか。国選魔法使い、又は王宮付き魔法使いとなって根本的な部分から変えるつもりなのだダリア様は。確かに、そんな優秀な魔法使いが右腕とする護衛役、ならば評価も変わる。「色無し」を理解し、国のことを調べ、自分が出来る最善に向けて走り出そうとしている。
アンダール王子との関係が改善されつつある今、その夢は難しいが、決して不可能ではない。
秘密ですね、わかりました。優しい夢を抱いたダリア様に、したかった返事を私は出来なかった。
「ッウェンディ!」
何故なら、テレビの電源を切るように、ブラックアウトしてしまったから。意識が落ちる寸前見えたのは、顔を悲痛に歪めた推しで。
「(笑っていてほしいのに、な)」
意識を失いかけて、倒れる時。私へ呼びかけるダリア様じゃない、妙な声を聞いた気がする。
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【俺からのサプライズプレゼントだ】
……。
【ンな顔しなくても。まぁいいや、コレ使う時に一番印象深い記憶を浮かべてみな】
記憶、ですか。
【そしたらイイことあるかもしれないなァ? うまくいけばその記憶がきっかけになるよ】
私の大切な記憶は──。




