21.護衛役を教育しまして(2)
正式な護衛役となったオクシスが、丁寧な口調でダリア様の自室へやってきた。ちゃんとした書類はもう提出し終えたし、堅苦しい挨拶も特に必要ではない。なのでこれは、彼個人がしたくてしているものだ。
しかし……つらつらと流れるように形式ばった言葉を述べるオクシスの成長ぶりは、中々凄い。教えた側の贔屓目を抜きにしたって想像以上である。黙って聞くダリア様も喜びからだろう、心なしか目が潤んでいる。
内心で頷きながら、整えた身なりに相応しい振る舞いのオクシスを見つめる。自室に置かれたテーブル越しに向かい合う二人、しばらくして大分逞しくなった背中の主が言葉を切り、深く深く頭を下げた。
対面に座るダリア様から、頭を上げていいと許可をもらった彼はゆっくり身体を起こし、笑う。
「いやァ、何度やっても慣れねぇな」
「ふふっ!全然そう見えなかったわ」
「お嬢のお墨付きなら安心だ」
そう、オクシスは色々な意味で凄かった。
最初の頃、苦戦していたのが嘘のようなこの態度。途中から何やら開き直った彼は、スポンジが吸水する勢いであらゆるものを身につける一方で、自分なりに使い分ける術をも習得してしまったのだ。
ダリア様を守りたい。でも、そのダリア様はオクシスの選択に複雑な感情を抱いていた。あの日私が気づいた表情に、彼も気づいていたらしい。悩んで、悩んで、思いついたそう。使い分ければいいじゃん、と。
「今日はお祝いよ、オクシス」
「えぇ〜いらねぇよ別に」
「そんなこと言わないでほら!」
「ちょっ! わかったから押すなよお嬢」
幼い子供であり、何も知らないオクシスだから出来たこと。屋敷内限定で、護衛役ではなくただのオクシスとして、ダリア様へ接する──なんて。
私を含めた他の侍従にそんな選択は出来ない。現代の記憶が戻った私ですら、無理だ。屋敷内なら、ある程度外より軽いやり取りはするがそこまで。口を大きく開けて笑う令嬢らしからぬダリア様と、慌てて扉へ向かうオクシスはまるで友達みたいだ。本来なら咎めるべきなんだろう。
でもまぁ、屋敷の中だけならいいか。
オクシスの猫かぶりっぷりは、私達のみならずクロさんも褒めていた。随分、それらしくなりましたねと珍しく目を見開いたくらい、完成度が高い。
私の判断は甘いと言われればそうかもしれないけど、オクシスなら下手なことはしないと信じている。だって私も彼も、ダリア様が一等大事だから。そのダリア様の不利になる……すなわち今繰り広げている、友達の如くやり取りを、外の人間にバレる真似をする訳がなかった。
はやく、とジャケットはなくダークグレーのベストだけ着た背中を押すダリア様によって、自室を出ようとしている二人の名前を呼んだ。
「なぁに? ウェンディ」
「なんだよ」
二人仲良く止まった動きに笑いがこみあげる。
大丈夫、きっと幸せになれる筈だ。推しの飾らない笑みがこの先もくもりませんように。
「いいえ、何でもありません。そろそろ準備も出来てるでしょうし、行きましょうか」
「楽しみね! オクシス」
「絶対うるせぇよアイツら」
「好かれてる証拠ですよ」
「あっそ」
そっぽを向くオクシスの、赤く染まった耳は見なかったフリをしよう。とはいえ髪と目が白いのと同様に、色白の肌なのでよく目立つ。ダリア様も見えたのだろう、一度微笑んでから楽しそうに歩き出す。
明日は学園が休みの日だ。つまり、各自が時間に余裕をもてるのである。歩きながら嫌な顔をするオクシスには悪いが、侍従達に囲まれる未来しか見えない。
私に止める気は一切ないので、侍従達から存分に祝われ、もみくちゃにされると良い。
そういえば、原作とこの辺りは違うのだろうか。ダリア様の過去はあまり描かれていないし、出てきたオクシスの話し方は猫かぶりスタイルのみだったためよくわからない。まぁ推しが笑顔なら何でもいいか。
お祝いは私の予想通り。夕方を越え夜となり、ダリア様と二人大食堂を抜けたあとも続いたようだ。
いつもの時間にダリア様が寝たのを確認し、大食堂へおそるおそる立ち寄り、私は無言で閉めた。仮にも優秀な侍従達だ、朝までにはちゃんと片付けもしてくれる。
へべれけ状態の大人組とか、お酒をまだ飲めない筈のアンが、酔ったのを疑う勢いでオクシスに絡み付いていたとか。流石に物を破壊したり落としてはいなかったものの、テーブルの上に広がる惨状や、死んだ目のオクシスなんかも私は見ていない。ロメリアさんがオクシスにひたすら喋っていたなんて、知らないのだ。
「……ふぅ、大丈夫でしょう」
閉じる一瞬、白金の瞳がこちらを見ていた気もするが、気のせいだと思うことにした。
ちなみに早朝、見に行った大食堂はそれはもう綺麗だったし、全員それぞれの部屋へしっかり戻っていた。
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「大丈夫ですかオクシス」
「オレは大丈夫ですよ、ウェンディさん」
「……」
無事に護衛役となったものの、新たな問題に直面してしばらく。にっこり中性的な顔に浮かべた笑みは嘘じゃない、おそらく精神面も大丈夫だろう。
「ダリア様」
「大丈夫よ、心配しないで」
一番心配なのは、ダリア様だ。
今も笑顔を崩さないけれど、キツく拳を握りしめて強ばる声に思わず声をかけてしまった。
わかっていた。正式な護衛役を着任したオクシスが、表舞台に立てばどういう扱いをされるかなど理解していた。口調や所作が、お手本にしていいほど優秀であっても。その身体能力をいかして護衛役らしく動こうとも。たった一つ……「色無し」であるだけで、忌避される。
一応、ダリア様の護衛役という立場だとはっきり伝えてあるため、直接何かをされてはいない。
しかし向けられる数々の視線が物語っていた。むしろ遠目から刺さる悪意に満ちた視線と、遠回しに告げられるオクシスへの嫌悪は、より心の深い場所を抉る。
家の集まりに行けば、悲鳴を聞いた。
学園の送迎に付き添えば、怯える姿を見た。
その度にダリア様は口をつぐむ。
自分がどう思っていたって、周りの反応が当たり前だと知っている。ただの無知な令嬢ではない、知っている分、反論する言葉をもたなかった。事実、今のオクシスはダリア様が拾っただけの、家柄も実績もない子供にすぎず。いくら彼は優秀な護衛役だと返したところで、誰にも響かない。
だからオクシスは送迎に行かなくなった。クロさんに任せて、黙々と他の仕事をこなす。
「オレはどうとも思っちゃいない。でもオレが原因で、そんな顔するお嬢を見たくねェから」
苦しそうに、眉を下げるダリア様のまろい頬へ触れる。気にしなくていいと笑う彼は本当にどうでもいいらしい。まぁ皮肉というべきか、あの程度の反応は慣れていて、暴行されないだけマシなのかもしれない。
ダリア様の自室を、綺麗なお辞儀のあと立ち去ったオクシス。私は静かに閉まった扉をしばし見つめ、ついで推しの様子を横目で確認する。一体今何を思っているのだろう? 夏の暑さはすでになく、秋の乾いた空気が窓を叩く二人ぽっちの部屋で、俯くダリア様は何を。
あぁ……もう少ししたら二人の誕生日なのに。
この浮かない気分をどうすればいい。簡単には解決しそうもない問題を前に、ぐるぐる悩みが頭の中を巡る。とりあえず、これまでと変わらず護衛役として真面目に働いてもらうしか方法はないか。そう、考えていた。




