公爵令嬢①〜儀式〜
――リイナ・パルデト公爵令嬢――
王太子との婚約が決まった時のことをリイナはよく覚えていた。
パルデト公爵の三人目の子として産まれたリイナは、パルテド家では異質の存在であった。
聡明で明るく誰からも愛される長女、そして優秀で多彩な後継となる長男。
よく出来た姉兄に比べて、リイナはあまり優秀とは言えなかった。
いつでもぼうっと惚けていて、自然のままニコニコと微笑んでいるような少女だった。
兄や姉に比べたら物覚えも悪く、人見知りで大人しい。
恥ずかしがり屋で口数も少ない末娘に、公爵夫妻は厳しい教育を施すのを早々に諦めた。
「リイナは母に似て美しいからな。どこか良いところに降嫁させて穏やかに過ごすくらいでよいのではないかな」
「そうですわね。リイナは争いも競争も好みませんし……」
父も母も甘やかすだけリイナを甘やかした。
伸び伸び育てられたと言えば聞こえがいいが、言い換えれば期待をされていなかった。
「無理をしなくていいのだリイナ」
「あなたはそのままでいいのよ」
後継者になる息子も、政略に使う娘も既にいるのだ。しかも年が離れて産まれた末娘なのだからと、只管可愛がられていた。
しかしその環境が変わることになる。
それが六歳で受ける聖女認定の儀式の時だった。
この国では数十年に一度、聖女が誕生すると言われている。
そのため、貴族、平民問わず、全ての少女がその儀式を受けることが定められている。
聖女には様々な言い伝えがある。
聖女が誕生すればその統治は安泰。聖女はどんな病でも治すことができ、天候をも操る。
その力は人々の人智を超えた強大なものである、と。
だが、ダイナル王国ではしばらく聖女の誕生はなかった。若い者の中には、聖女は迷信であり先人が作り出した偶像だという者もいる。
しかしながら、先代の聖女を知る老人たちがまだ存命なゆえ、直接聖女の偉業の話を伝え聞いたものも多い。
聖女を祀る教会の勢力も偉大であるため、この国では今も根強い聖女信仰が盛んに行われていた。
そしてそんな聖女にリイナはなった。
儀式を終えたリイナは、百年ぶりの聖女として認定されたのだ。