実直な側近
――騎士団長息子、ダント・ドリューセン――
ダント・ドリューセンは憤っていた。
それは真の聖女であるエミリア・ドーパン男爵令嬢が、偽の聖女リイナ・パルテド公爵令嬢に虐げられているという噂を耳にしたからだ。
「許せない……なんと卑劣な」
ダイナル国騎士団長の息子であるダントは真っ直ぐな男だった。
曲がったことを嫌い、正々堂々と世を渡り歩いてきたとダント自身も自負していた。
父親である騎士団長を誇りに思い、己もこのダイナル国、そして王太子ヘラルドを守る盾になることを幼いころから目指していた。
真っ直ぐなこと、それはダントの長所でもあり、短所でもあった。
ダントは女性が苦手であった。
騎士団長の息子であるダントは、女性から声をかけられることが多かった。
しかし女というのは皮を被った生き物であると、幼い頃から父親に言い聞かされていた。ダントの父親が結婚前に女性関係で揉めた経験からそう言ったことではあるが、実直なダントはそれを正面から受け取っていた。
そんなダントが好意的に感じる数少ない女性の中の一人は、この国の聖女であり、王太子の婚約者でもあったリイナ・パルテド公爵令嬢であった。
美しく清廉で、王太子を支えるために努力を重ねていた少女という印象を持っていた。
しかしそれが、とんでもない悪女だと判明したのだ。
実家に金と権力に物を言わせて聖女の座を手に入れた悪しき女――ダントは心から落胆した。
好意が嫌悪に変わったため、ダントの感情は怒りで満ちていた。
公爵家の噂を聞いた時、リイナも家のしがらみによって苦労しているのだろうと思っていた。しかし、リイナ自身が卑劣な手を使ってくるのだとしたら話は別だ。
女というのは、ドレスで武装して戦うのだと、ダントの母親が語っていた。
女は力で物を言わす男性とは違い、言葉や罠を使って、苛烈に激しく人を貶めることができる人間だと言うことも。
これは、ダントの母親が婚姻前に夫の女性関係で揉めた経験によるものである。実際に体験したものではあるが、幾分か誇張も含まれていた。だがダントはそれを言葉のままに信じた。
しかし、エミリア・ドーパン男爵令嬢は、ダントの知っている女性とは違った。
気さくで、親しみやすく、何より聖女としての力があった。
聖女であることこそが、清廉潔白の証明であると、ダントは考えた。
「でも……リイナ様がされた証拠なんてないんですし……」
エミリアは泣きながら母の形見だという壊れたペンダントを握りしめる。
「いいんです。あたし……このペンダントが戻ってきてくれただけで……これは、たった一つの母の形見ですから……もうそれだけで……」
エミリアは貴族の駆け引きなどできないような純粋な娘であった。
「かわいそうにエミリア……母君の形見の代わりには成りえないとは思うが、私から新しいペンダントを贈らせてもらうよ……」
「そんな、いいんですヘラルド様!」
女は贈り物を贈ると喜ぶ生き物だというのに、エミリアは決して首を縦に振ろうとしない。
「いいんだ。贈らせてくれ。リイナは……私の婚約者なんだ。本当に申し訳ない……。せめて償いをさせてくれ」
「いいんです。ヘラルド様のせいではありません。リイナ様のお気持ちも、あたし、わかるんです……。ヘラルド様は、素敵な方ですもの……。きっとリイナ様も、お辛いんだと思います……。もう、これ以上皆様によくしてもらって、もっとリイナ様を怒らせてしまったら……あたし……」
「ヘラルド様、リイナ公爵令嬢に抗議された方がよろしいのではないですか?」
ダントは我慢がならず、ヘラルドに進言した。
「しかし……」
「ヘラルド様、私もこのままでは良くないと思います。我々でエミリアを守るのにも限界があります。公爵家の娘とはいえ、きちんと処罰をするべきです」
「そんな! どうかリイナ様を裁くなんて……リイナ様が可哀想です……」
宰相子息のルイが話す重い決断に、エミリアははらはらと涙を流し寛大な処置を望んだ。
そんな悲痛な表情で涙を流すエミリアを、ヘラルドがそっと抱きしめる。
「すまない……私の婚約者が、本当に……」
「ヘラルド様……」
エミリアも、そっとヘラルドの背に手を回した。
ルイはそんな二人を満足そうに、そしてあたたかい目で見守っていた。
昼下がりの学園の裏庭。側から見ると、まるで物語のような美しい光景だと思う。しかしダントはリイナ公爵令嬢へ、沸々とした怒りを覚えていた。女の嫉妬とは、かようにも醜いのかと。
その後、エミリアに対する嫌がらせは続いた。
エミリアが聖女だという噂とともに、エミリアが娼婦の娘という噂も広がったのだ。その噂の出どころはやはりリイナ公爵令嬢だという。
その後エミリアの教科書が破られたりと、彼女の私物が壊される事件が続いた。
どれもこれも、リイナ公爵令嬢がやったことに違いない。
何としてでも、リイナ公爵令嬢を貶めてやりたい。実直な青年であったダントは怒りの感情に身を任せ行動に移した。
リイナ公爵令嬢を嵌めるような策略をいくつか巡らせたのである。
曲がったことは嫌いであったが、己の心にある正義は貫かなければならないと、それはダントにとって正義の行動であった。
――そしてついに、決定的な事件が起きる。
「突き落とされた?」
エミリアが、階段から突き落とされたのだ。その報告を聞いたときにはダントは耳を疑った。
「ああ。妹のミシェルが逃げ去る銀髪の令嬢の姿を見たそうだ」
「なんということだ……それでエミリア嬢はどうなったのだ?」
「大丈夫だ。今は王太子が付き添っている。奇跡的に怪我も軽いそうだ」
ルイからそう聞かされても、ダントの心は憤ったままだ。
「ヘラルド様も、今回の件では相当堪えたらしい。少し前にも、エミリアが暴漢に襲われた事件もあっただろう。それもパルテド公爵の企てであることが証明された」
ダントは一瞬息を飲んだ。
エミリアを暴漢に襲わせたのは、ダントの策略の一つであった。
勿論未遂であり、襲った者たちも逃亡している。せいぜいリイナ公爵令嬢の悪い噂が広まればと思ったのだが、パルテド家が関わっていると証明されたのなら僥倖だ。
「ヘラルド様も、リイナ公爵令嬢との婚約を破棄する決断をくださったよ」
ついにそうなった。いや、むしろ遅すぎたといってもよい。
ダントは歓喜で戦慄いた。それと同時に冷酷に告げる。
「ただ婚約破棄をするだけでは駄目だ。あの女にはそれ相当の罰を与えないと」
そうでなければ、エミリアが哀れであるし、ダントの怒りもおさまらない。
「ああ。我がホードル家も全面協力させて頂くよ。今回の件はきちんと国王にも話を通し、偽の聖女を祀り上げたパルテド公爵を糾弾する」
脳筋ダント君がリイナに抱いていた感情は、淡い初恋でした。




