側近の策略
――宰相息子、ルイ・ホードル公爵令息――
エミリアは聖女である。
初めて目の当たりにした癒しの力、王太子ヘラルドに使われたその力を見たとき、ルイの体は感動で震えた。
温かな光だった。一瞬で消え去った傷跡、そしてその力を目にしたときにルイは気づいたのだ。
今聖女と謳われているリイナ・パルデト公爵令嬢は偽物で、本物は彼女、エミリア・ドーパン男爵令嬢であると。
パルデト公爵家は、ルイのホードル公爵家と同じ四大公爵家の一つであった。
パルテド家は数代前に王女が降嫁しており、かなりの勢力と発言力を持ていた。
しかし、四大公爵家の中で最も力が強いといわれているのはホードル公爵家である。
それは代々男子が宰相の地位を承ることからも証明されている。
王家の片腕。王家の次に力があるホードル家、それがホードル家の名誉であり、ルイもそれを誇りに思っていた。
また己もこの国の時期宰相であると自負していた。
それが陰りをきたしたのがリイナ・パルテド公爵令嬢が聖女認定された時だった。
権力と金で買った聖女の座。パルテド公爵家が教会と手を組み、娘を聖女の座に押し上げ、多大なる権力を得たことになる。
忌々しいパルテド家、ホードル家が嫌悪した理由はそれだけではなかった。
ルイの妹である、ミシェル・ホードル公爵令嬢が、第一王子の婚約者の最有力候補者だったのだ。
ミシェル・ホードルは、未来の王妃になるためだけに産まれ、育てられてきた娘だった。
ヘラルドが第一王子として誕生した時、ホードル公爵夫人は息子であるルイを出産したばかりであった。
ホードル公爵家は、時期公爵当主となる長男のルイの誕生に沸きたったが、ホードル公爵は未来の王妃となる娘も欲しいと願った。
ホードル公爵は娘は第二夫人に産ませることを考えていたが、ホードル公爵夫人がそれを許さなかった。
娘を産んだとて、その娘が婚約者になるとは限らない。しかし第二夫人の娘が本当に王太子の婚約者になり、未来の王妃になることが、公爵夫人は許せなかった。
夫の第二夫人が己よりも立場が上になるなど、夫人の矜持が許さなかったのだ。
「必ず娘を産む」そう言い、夫人はその通りに娘を産んだ。
しかしルイを産んでから日も浅い状態で、無理な妊娠と出産を行った夫人は、産後の肥立ちが悪く、娘をその腕に抱くことなく儚くなってしまった。
そうして、王太子の婚約者になるためだけにミシェル・ホードルは誕生した。
ホードル家は夫人の遺言とも言える、王太子の婚約者の座にミシェルをつかせるため、ミシェルが物心つく前から厳しい教育を課した。
それは一つ年上の兄に劣らぬどころか、勝るような勢いであった。
それが、リイナ公爵令嬢が聖女と認定されたことで、全てが変わってしまった。
ヘラルドは王太子になり、婚約者の座は他の候補者を差し置いて、リイナ公爵令嬢で確定してしまった。
それはミシェルが七歳の時だった。
実母に抱かれることもなく、同年代の子供たちとは一線を画す教育を受け、教育係からは絶賛されるほどの努力を重ねてきたミシェルは、その知らせを聞いた時、どれほど胸を痛めただろうか。
ルイはそんな妹が哀れで、許せなかった。
「ミシェル、エミリアは真の聖女だ。私は王太子とリイナ公爵令嬢との婚約を破棄に持ち込みたいと思っている」
ある日、僕はミシェルにその計画を話した。
それは、リイナ公爵令嬢を廃し、エミリアを王妃にする計画だった。
勿論、平民上がりの男爵令嬢に王妃の責務は全うすることはできないだろう。
けれど、ミシェルが側室になり、エミリアの代わりに王妃の責務を行えばいい。
密やかに王妃教育を施されていた妹はそれを聞いて笑った。
ミシェルもまた、王妃になることに固執しているのだと、ヘラルドは知っていた。
愛を得られなくとも、王妃の座を代行することで、ミシェルの存在意義は満たされる。
我がホードル家のため、そしてこの国の未来のため、この国はあるべき本来の形に戻らなければいけないのだ。