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 こうやって、サイファーになるため、養成所の生活を続けている訳なのだが。

 ――俺が目指すべき〝誰かを救える人間〟とはなんなのだろうか?



 関原養成所。普通科校舎の四階。

 窓から見える青空。『歴史』の授業中。

 教師から放たれる過去の話は、宗二郎にとって中々に良い睡眠導入を(うなが)す呪文に等しかった。

 いま必要なのは、過去ではなく未来なわけで。ここからさほど離れていない土地で、異形の者たちが居るっていうのに『歴史』のお勉強とは。なんといいますか、危険に対する認識がおかしくなりそうだ。

 浮かぶ雲。(ほお)(づえ)をつきながら一点に見つめる。同じ物を凝視しているのに、思考に没頭していると――いつの間にか雲の形が変わっている。



「……あれ? おれ、何を考えてたんだっけ?」


 半開きになった口と半目。見事なまでにだらしない表情。更に欠伸(あくび)が襲いかかり、しまりの無さが増す。

 視線がゆらゆら、教室の中をぐるりと見渡す。

 一人、空席があった。留歌子の席だ。

 朝向かえに来た時から、体調を崩していた。原因は昨晩の夜風に、当たりすぎたのだろうと語っていた。この授業だけ欠席し、保健室に行っている。

 連日、元気と活発が取り柄ですと言わんばかりの振る舞いをしている忍川留歌子であるが、意外にも体調を悪くしやすい。頑丈に出来ていない様を見ると「あぁ、ルカ子も女の子なんだなぁ」と再認識してしまう。……たぶん、本人に言ったら殴られるかもしれない。

 緩やかに流れる授業の時間。三秒を費やし、自問を再開する。

 そうそう。誰かを救える人間になるって、具体的にはどんな物であるのか、だ。

 ――強くなろうとする自分の原点(ルーツ)

 関原で起こった『もう一つのパンドラクライシス』の事件。

 闇の中。痛みと冷たさ。死ぬ瞬間の『無』になってゆく感覚。

 ……俺を救ってくれた人間。触れてきた冷たい感触。相手の体温は無かったと記憶している。もしかすると、あの瞬間から俺の感覚は、失われ始めていたのかもしれない。

 誰でも当たり前のように持っている一つの〝命〟だけど……みんな自分の命について、真剣に向き合う機会は少ない。

 瀕死になって……。(しゅう)(えん)の瀬戸際に立たされて。ようやく気がつく命の重み。

 救われて、生き残って。少しずつであったが、俺の中で何かが芽生えていた。

 ゴミのように死にかけた俺でも、たった一人――あのとき助けてくれた『救世主』が複数なのか単体なのかは、まったく知らない――の手さえあれば、人の命が救えるのだと。

 あの手に俺は、運命を左右する絶対的な〝力〟を感じた。

 助かった後は、実に悲惨な毎日を過ごした。

 ――病院で目覚めた時、全身の感覚が失われてしまっていた。

 熱いのか冷たいのか、重力による自身の重みも感じない。

 ――追い打ちをかけて、左目も機能を失っていた。

 視界はゼロ。真っ暗。常に左半分が(とこ)(やみ)に包まれている状態。まるで、自分の意識をソックリそのまま、マネキンか蝋人形に詰め込まれたような。体は動かせて、肉体は確かに生命としての活動を続けているのに……感覚がなければまるで実感できない。

 リハビリが幸を奏したのかは定かでは無いが、今では全て元通りになった。

 神経に一時的な機能障害が起こっていたと医師は語っていたが、どうして回復したのかはまるでわからず、俺から言わせれば『奇跡』が起こったとしか言いようがなかった。

 襲いかかった悲劇が、人生観を大きく転向させ、命について考えたことも無かった俺が、徐々に〝誰かを助けられる人間〟……ようは、救世主と同じような人間になりたいと願い、(すう)(こう)していくのに時間は掛からなかった。



 今でも俺は、自分が倒れた場所に足を運んでは、感謝としての花を捧げ続けている。

 ――もしかしたら、もしかしたら、(あし)()く通っていれば、あの時の運命と同じく『救世主』にまた会えるかもしれないという淡い期待を込めて。

 事件現場に行くたびに、俺の思いは膨らむ。

 救世主が俺に触れながら『生きろ、お前が救え』と強く言った。

 死にかけた自分へ。確かに届いた言葉。

 何を救えば良いのか。いったい誰を救えば良いのか。

 いまでも答えは見つからない。

 …………だから俺は『救う』と決めた。

 誰を救えば良いのかわからないなら、手当たり次第、救ってみせるのだと誓った。

 助けられた時のように、今度は俺が誰かを助けられたら、と。

 固有刻印があると知らされた時は、またもや『運命』というものを感じずにはいられなかった。

 俺が内に潜ませていた成りたい自分の理想像(イメージ)

 固有刻印――異形と戦う為の武器。

 二つが混ざれば、自ずと道は開けたも同然であった。



 ただ、ある程度は覚悟していた俺の〝欠点〟が、こうも露骨に形となって俺の前に立ち塞がってくるなど。想定を優に越えてしまっていた。

 固有刻印を動かすには魔力が必要で。刻印を持っていれば誰でも魔力が使用できる。

 そんな確約されているといってもおかしくはないシステムで、俺は完全なる異端扱いだった。

 魔力が自分で作れない。刻印はあるのに、魔力が使えない。

 他人でもわかる。俺の欠陥は致命であると。刻印を所持しながら刻印が使えないという矛盾は、サイファーになる資格さえも危ういということだ。



 ――――それだけは、絶対にイヤだ。



 もしここで、俺が理想を挫折してしまえば、俺はなんの為に救われたのだ。

『お前が救え』という言葉を無視する気は無かった。たとえあの言葉が、俺を縛り続ける呪いであったとしても、俺はあの言葉に救われたのだ。体だけではなく、これから先を行き続けるための心を救われたのだ。

 無視することなんて出来ない。何もなかったことになんて、できるわけがない。

 楽に生きることは簡単だ。でも……俺自身が納得出来る生き方とは、決して楽に歩んだ道の先にある物ではない。これだけは絶対に断言できる。

 楽に生きれば、俺は間違いなく生きている意味を失う。

 この学校に、居続ける理由が無くなってしまう。


「…………物好きも、ココまで極まれば、なんて言うんかなぁ」


 他人事のように、宗二郎は自分の進むべき道が固められてゆくのを思いながら、苦笑する。

 窓の外。青空。目に見て思い描いているのは――決して綺麗な場景ではなかった。

 求めている理想に向かうため、身につける力とは。単純に言えば誰よりも『優れている』ということ。他の人間よりも劣っている能力で、誰かを救うなんて理想は(たわ)(ごと)であり、いつまで経っても辿り着くことが出来ない(しん)()(ろう)に同じだ。この学校において、魔力を使えぬ者が劣等者として扱われるのは、当然として定められている。基準にはまってしまったのなら、それらを脱するだけの、人一倍の努力と環境が必要だ。何もせずに力は身につかない。日々の中で積極的に(せん)()に身を投じなくては、俺が求めるものはきっと得られない。



 いつの間にか、授業は終了の時刻らしく。早々に切り上げられたのか、隣のクラスからどっと(けん)(そう)が放たれたが、宗二郎の耳には届いていない。

 歴史の授業、真っ只中であるこの教室も、終わりの時間が迫るにつれて、集中を切らした生徒たちが、何やらソワソワし出す。



 ――遠くで、飛行機が飛んでいた。本当に小さな点であった。

 距離的には『外界』の上空であろう。旅客機か軍用機か。

 薄雲の中にそれを見つけながらも。

 そういえばここ最近、雨が降ってないなと――とりとめも無いことを思う。

 宗二郎は朝からポケットの中に忍ばせ、ぐしゃぐしゃになった『第十八区関原養成所転科推薦状』に触れた。

 取り出したときに、ポロリともう一枚の小さな紙が落ちた。昨日貰った名刺だった。



 ――『内界情報部第十三課・亜生譲』



 肩書きにどんな意味と役割があるのかは知らない。興味なさそうに眺めながらも、宗二郎の頭は別の事を考えていた。

 話した内容を事細かに思い出すことはできないが、亜生はサイファーではなく、どこにでもいるような普通の大人。彼が語った内界で活動する理由は〝誰かを守る〟ため。

 固有刻印を持っていなくとも、正義のために行動する人だっている。強い信念をもって、いつかはこの土地を取り戻せると信じて戦い続けている人がいる。


「…………ほんと、なにやってんだろうなぁ。おれ」


 普通科か魔導科かを、思い悩んでいる自分がちっぽけに思えた。

 皺の出来た名刺を手で伸ばして、胸のポケットに入れ、宗二郎は書類を見つめた。





「……………………………………………………やってみっか。魔導科」





 ――ゆっくり。

 ――吐き出す息。

 ――選択した方向。

 ――きっと辛い道だ。

 ――不安や信念を胸に。

 ――青空を見つめたまま。

 ――ようやく決意を固める。

 ――自信は欠片ほどに無いが。

 ――瞳には強い光が宿っていた。

 ――あとは実直に進むだけである。

 ――どうにかしてものにしてみせる。

 ――遠い遥か昔。歴史を学ぶ授業の中。

 ――東堂宗二郎は、ほかの生徒とは違い。

 ――自分が歩む、()()()()()()を見ていた。



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