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行く道が定まった宗二郎は、檜山の教員室まで行き、自分の意志を伝えた。
「そうか。ようやく重い腰を上げたわけだな」
魔導科に移籍すると決心した東堂宗二郎を前に、檜山はいつもどおり。特に嬉しそうな様子もなく、皺だらけの推薦状を伸ばしながら、事務的な返事だけに留まった。
「選択は時として、自らの人生に、大きな転機をもたらす」
「俺の選択は、正しかったと、信じたいです」
「信じる必要など無い。……選んだことが間違いで無かったと、実力をもって証明してみせろ。後悔する人間の多くは、出来なかった事に嘆くのではなく、してこなかった事に嘆くのだ。これから進む君の未来は、瞬く間に過去となる。過去に悔やむ事だけはするなよ」
「先生は悔やんだこと。あります?」
本人は何気ない質問であったのであろうが、檜山からすれば働いた人間心理の『後悔したこと』が、即ち殺人の罪によって捕らわれるはずであった磯良修を、本部から逃がしたきっかけと直結した。
――もしも、未然に殺人を食い止めることが出来ていたなら。仲間を助けられていたら。
「あーっと、せんせい? 大丈夫っすか?」
「………………ああ。質問に対してだが。答えはイエスだ。何事も後悔しないような、完璧な人生など築けるはずはない。俺も常に後悔し続けているさ。…………きっと、これからも、気がつけなかったことに、後悔し続けるだろう」
「――――?」
皮肉交じりに笑う檜山に力はなく。
「手続きに関しては、こちらから手配させよう。携帯端末で通知が来るはずだ。新しい制服もろもろの受け取りは、迅速に済ませておけよ」
「そっか……制服」
宗二郎は自分の肩にある『逆三角形』のワッペンを見た。
「この形とも、お別れかぁ。短い間でしたけど」
ワッペンの形状は変わろうとも、中身の東堂宗二郎は変わりはしない。
環境が変わるだけ。どんなに壁が高くなろうと、俺は気合い入れて乗り越える決意が表れる。
「あと、訓練の事だが」
「今日ですか!?」
――『訓練』という言葉に速い反応を示す宗二郎。檜山は心の中で『パブロフの犬』を想起した。凄まじく食いつきが早い。
「数日はムリかもしれない。……仕事が忙しくてな。教員の」
またもや檜山に、妙な心理作用が働いたのか。言葉の最後に付け足して、言い訳じみた補足を付け加えた。
萎れる宗二郎に対して、檜山は特にかける言葉はなく。用が無いとわかると、さっさと彼を帰宅させた。
一人残った檜山は椅子に深く座り込み。
今日だけで何度目になるかわからない目頭を押さえる動作。
久方ぶりの魔術戦は、彼の体に著しい疲弊を与えていた。命のやり取りということもあって、精神的にも負荷がかかっていた。
負傷した脇腹を押さえながら、檜山は隠していた自前のノートパソコンを開き、昨晩記録に収めた写真を一通り見る。
「…………やはり、地面に彫られていたのは、転移魔術じゃない。莫大な基礎魔力が必要になる大型術式。『物質転送』『範囲指定』……なんだこの『範囲』は?」
檜山は自分が知っている『範囲』の術式と似かよった紋様の断片を分析しながら、砕かれた全体像を頭の中で想像する。通常術式を有効とさせる範囲は対象を目標とするため、正確さを持たせて絞り込まれるものである。だがこの範囲は漠然としすぎていた。
全体像が掴めなくとも、ほんの少量の情報があるだけで、何をしようとしていたのか想像を膨らませることが出来る。
円形の術式は、図形によって公式がまるで違う。描かれている図形一つにしても、各部分によって術式の意味が変わってくる事もある。
例えば檜山が読み取った『物質転送』この転送も、単なる転送ではななく、生命を飛ばすことを前提とした、術式であった。
「問題は……事件が起こった施設内のどこにも、術式が無かったという点だ」
本来なら、転移魔術はトンネルと同じで、基本的に片方の穴だけでは移動が出来ず、出口にも穴を開けておく必要がある。術式の複雑さから、普通の魔導師では短絡魔術を使用する事はできない。仮に……万が一、術式を書き込まず転移を可能とさせる魔導師――例えば東堂宗二郎のような特異者――がいたとして。現場から地下室までの距離は数百メートルはある。転移させるに必要となる正確な座標が必要になる。転移はどこにでも行ける万能な魔術ではない。繊細にして精密な計算の元に、対象を送り込む術なのだ。
「地下室の術式のみ、単独で異形を転移させたとなると。……やはり、この魔術は転送とは違う。目的の場所へ飛ばしたのではなく……目標となる人間がいた?」
そうなってくると、辻褄が合う。最初から、広範囲にわたって術式発動を企てていたのなら、本人達もどこに異形が飛ばされるのか想定されていなかったはずだ。
――――だから……異形が選ばれたのだ。
単純に送り込まれた先で『騒ぎ』になって欲しかったから。自分達が飛ばすものが、物言わぬ石像だったら、どこに飛んだかを探すのは難しいはずだ。一番の騒ぎとなるであろうのろしが異形だとしたのなら。
「――目標が人間であったなら、生死は問わなかったのか? 二体も送り込んだのだ。騒ぎだけなら一体で十分なはず。……あるいは殺す目的で送り込んだ?」
そして、現場にいた自分すら知らなかった――もう一体の異形を処理した謎の人物。




