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「ところで話は変わるが――車の燃料には何を使う?」
「へ……? ガソリン、ですか?」
答えは合っている。予期せぬ質問内容に、宗二郎は引っかけ問題ではないかと勘繰って、どこか遠回し気味に返していた。
「そう。だがガソリンにも種類がある。指定された燃料を誤ると。最悪のケース、車は故障してしまう。ガソリンエンジンは適合する燃料の使用が必要になる」
宗二郎はつまり何が言いたいのか、理解していない。話の腰を折ってしまわぬよう、次の話を忍耐強く待った。
「魔導師にもエンジンと燃料の関係が当てはまる。魔力を扱える固有刻印。そして燃料となる魔力。……魔力は異界の中心地。異形が現れている次元の扉から流入している。この魔力は『原油』と似たようなものだと考えて良い。燃料になる前の純粋な力の源。大気中に存在していて、物質とは違い不明瞭な『第二世界要素』だ」
「第二世界?」
――あぁ。話が飛びすぎてしまったなと。檜山は眼鏡を指であげながら話を戻す。
「魔術における。一つの世界定義。主に次元の向こう側。魔術を扱える『異形の者たち』が定めている、世界の壁みたいなものだ。簡単に説明すると『第一世界』は〝物質や生物〟無機物と有機物。……『第二世界』がそれらを取り払った〝魔力や魂〟目には見えない概念。存在不確かなエネルギー。……そしてそれら収まりきらない万物の根元とされるのが『第三世界』……つまり、魔術というのはこの世に存在している物質界とは違う、別の要素で構成されている目には見えない第二世界要素。……こんなことは授業でも習うものではないから、雑学程度に留めておけばいいさ。まず授業では教えていない」
…………もしかしたら、いま自分は、とてもすごい話を聞いているのではないだろうか?
他の生徒も知らない知識を得られている宗二郎の心は、強い満足感でいっぱいになる。
第一世界。第二世界。第三世界。なんども頭の中で反芻し留めることに努めた。
「話を戻すが、第二世界要素……『魔力』は、人間の認識ではかなり曖昧な定義づけをされているが……明確になっていることは、魔力を一度肉体の中で、自らのものとして変換させると、別の燃料として生まれ変わる。生まれ変わったエネルギーは、変換した本人でしか使うことが出来ない。……この事を踏まえれば、君が他者からエネルギーを受け取り、使用できる能力というのが、いかに現在の魔力定義から脱線しているか、よく解るはずだ」
「エンジン……燃料……じゃあ、他人の燃料――魔力を別の人間に流すとどうなるんですか」
「一度、転換された魔力は、自分の意のままに操作することが可能だ。魔力の流れをコントロールして、魔術兵器と同調させるのが最たる例だ。この魔力制御を使って、他者の体内に魔力を流し込むことを〝魔力干渉〟と呼んでいる」
「干渉……魔力干渉」
「これは魔導師の初歩として教えられているが、魔力干渉を行うと、対象の人体に悪影響を及ぼすことが出来る。一度変換されている魔力は、他者からしたら適合しない燃料だ。そんなものを体内に入れれば、人体は故障する」
「じゃあ……なんで俺のは、他人の魔力を受け取っても、おかしくはならないんです?」
「それが俺が言うところの、異常な能力なんだよ。君はどういうわけか、自分で魔力が自己生成できない代わりに、どんな魔力にも適合できる汎用性を持っている。他人と同じ能力を持っていない欠点はあるが、逆に他人には出来ない長所がある。くわえて君の場合……他の連中が齷齪して脳内に刻みつける、短絡魔術の自己暗示を必要としないという、とんでもないアドバンテージを持っている」
短所ばかり目に入ってしまい、ただただ劣等感でしか無いと思っている自分を、払拭してくれる気分がした。檜山の言われたとおり術式の再現については、自分でも強みと思っていた。
「そもそも、君が目指すべき魔導の道は、その特殊性が故に……他の人間とは別の方向に向かっている。通常に沿った授業内容が出来ないで当然。そもそも君は垣根が違うのだからな」
「じゃあ、俺は強くなれますか……誰かを助けられる人間になれますか」
ずっと見せなかった、強く切望する瞳。
どうして魔術を教わりたいのか、檜山は片鱗が見えた気がした。
「随分とこだわりがあるようだが。……強くなって、どうするつもりだ?」
「それは――単純に人を助けられる強さを持ちたいだけです」
「薄ぼんやりとした理想だな」
その言葉で、宗二郎は初めて檜山に敵意の籠もった視線を作った。
「サイファーになって異形を倒す。それが……強いってことだと思います。だけど、強くなるためには魔力が必要で、魔術も使えなけりゃいけない。俺の固有刻印は――魔術に特化していると、考えてます」
無意識に、宗二郎は左目の下にある傷痕に触れた。
「…………………………」
檜山は……宗二郎を何も知らないわけではない。独自に養成所が保管している生徒の個人情報を観覧していた。
パンドラクライシスから、養成所に来るまでの経緯。だいたいの生徒は刻印の覚醒、そしてブラックボックスの保護。一時的な施設生活から、そのまま用意された学校へと入学させられる。
…………東堂宗二郎の場合は、少々特殊だった。
彼は施設に居らず。何年も病院内での治療生活を送っていた。
重傷を負って保護されたのは関原。この養成所から目と鼻の先にある河川敷であった。
治療記録までは記録されていなかったが、保護された時期と病院生活を逆算すれば、自ずと彼が『もう一つのパンドラクライシス』で出現した異形が作りあげた地獄の渦中にいたと推測できる。
それらを事前に知っていたからこそ。
東堂宗二郎と初めて会話をしたとき、檜山はそれとなく質問したのだ。
『キミは他の人間とは違って、なにか別の――特別な体験をしたことはないか?』と。
知っていた。全てではないが、彼が何かを得て……あるいは失うきっかけがあった。
それがパンドライシスと符合する。
だが東堂宗二郎は『特にない』と否定した。
――――嘘だ。その嘘が悪意のある嘘なのか、あるいは過去の悲惨さから、話したくないと拒絶したのか。あの時の檜山には判断できなかった。
今でも、檜山は宗二郎が抱えている胸の内に、読み取れない部分がある。
「強くなれるかどうかは俺も確約できない。……しかし、やってみる価値はある」
腕時計を見ながら、長く話してしまったことに驚いて見せた。
「まずは……基礎的な事から始めるとしよう」
魔術は魔力を使い、魔力を使うには精神力や体力が必要になる。
結局の基盤は、体力作りから始まる。
半強制的に入学させられ、漠然とした目標を背負わされる数多の生徒とは違って、彼は良い体が出来上がっていた。自主的に積み重ねてきたのだろう。我流で形成された体つきには、少しばかりバランスの悪さが窺えるが、十分実戦に耐えられるだろう。
訓練することに集中し始めたのか、来た時よりも東堂宗二郎の表情に色が戻っていた。
檜山は眼鏡の奥から鋭い視線を浴びせていた。
東堂宗二郎がどんな思いで、この個人修錬に望んでいるのかは知らないが、
……彼はきっと〝偶然手に入れた貴重なチャンス〟だと。そう思っていることだろう。
本来ならば――普通科の生徒に魔術を教授する事などしない。
彼と――自分を繋いだ、偶然から生まれた接点。
都合の良い幸運など――ありふれたものなんかでは決してない。
檜山がなぜ、東堂宗二郎に魔術を教えることになったのか。
そこには偶然など一欠片も間に挟めない。そうなるべき必然性をもっていた。
檜山の真意は別にあった。普通科の東堂宗二郎をわざわざ、魔導科に移行させる意味。
少年のためではなく――自分のため。




