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…………………………さて。そんなこんなの末に。
――事は、宗二郎が八本指をくわえて戦慄してしまう、現在に戻る。
地面に伸されていたのは、忍川留歌子であり。
――『ぎゃふん』と言い放ったのは、言わすと宣言した本人である。
留歌子を相手にした祈理は、ほとんど無傷の状態。
一言で表すのならば華麗。あまりにも華麗な試合運び。終わった後も倒れた留歌子を見つめながら、長い髪を手で梳き、余裕にしてクールな姿勢を崩さない態度。
息一つ切らさず。戦闘訓練にもかかわらず。立ち振る舞いに婉麗さを携えたまま。
――〝完全無欠〟石蕗祈理は冷たい瞳で、自分に楯突いた後輩を見下ろしていた。
「口で言っていたから、どれだけの実力があるのかと楽しみに思っていたのですが、存外に脆いですね。もうすこし骨があると期待していたのですけれども……まあ、複数回にわたって、私の攻撃を真っ向から受け止められたのは評価に値します。|それだけですが」
まだ祈理には蟠りでもあるのか、聞こえないはずの留歌子に対して、発言をしながらの冷たい眼差し。
体術を行わない……魔術による、圧倒的火力。留歌子の接近を許さず、攻防の魔術は彼女の刃を寄せ付けず、一方的な展開によって幕は閉じられた。
いくら訓練のシステムが無傷を保証しているとはいえ、心配になった宗二郎が留歌子の元へ行こうとすると、駆け足で祈理が迫っていた。
「どうでしたか東堂くん! 私の試合は?」
むふーっと得意げ。石蕗祈理は両腕を畳んではにかむ。
長い髪の毛はしっかりセットされている。……だが、彼女の左半分の前髪は、重力に逆らって横に跳ね上がっている。彼女が動くたび、尻尾振りのごとく。前髪がみょんみょん動いていた。あれはアンテナみたいなやつ、なのか? なんで勝手に動いてるんだ?
「外から見ていた人間が感想を述べると致しましては……その、圧倒的と言いますか。破壊的といいますか。…………かなりイジメっぽい、といいますか?」
――『二年生』対『一年生』
――『魔導科』対『普通科』
――『完全無欠』対『凡人無名』
――『女帝』対『ツインテール』
どう見たって、やる前から結果は見えていた。
「イジメではありません! アレは試合です。だれがどう見ても、正式な技術と技術のぶつかり合いですよ。それに以前、東堂くんに行った制裁とは違って、今回のは忍川さんから仕掛けてきたものです。私の望んでいた事ではないのですから」
先輩の言う通りだ。このたびの挑戦はルカ子が仕掛けたもの。俺がルカ子を焚き付けてしまった責任がある。そもそも〝完全無欠〟の先輩に挑戦すること事態が、間違いであったのだ。
「……………………………………おや? おやや?」
少しの間が二人の時間に差し込んだ。
宗二郎が首を傾げた方向へ。祈理もまた『どうしたのですか?』と言いたげに首を曲げた。
言葉に違和感をもっていた宗二郎は、遅れて答えに辿り着き、目を開く。
「あ、……あぁあああああッ! 石蕗先輩『制裁』って言った! まえ聞いたときは『訓練』っていってたのに! 犯行を認めましたね先輩! やっぱ俺をボコボコにしたのって私刑だったんじゃないですかぁ!」
「………………えぇ、っと。……か、過去は過ぎ去るものなのです。終わった事をグジグジ言わないで下さいね? 私はもう綺麗さっぱり忘れてしまっています。そんなことありましたっけ?」
「二年生のトンデモ暴君。ここに極まれりじゃないっすか」
「も、元々はアナタが私ソックリのお人形なんか作るから悪いんです。自業自得です」
「ぐ、ぅう」
そう言われちゃ立つ瀬が無いというもの。なーんも言い返せません。
「ルカ子、大丈夫なんですか?」
「ええ。もちろんです。倒れたあと、がっくり肩を落として、更衣室へ行くくらいの元気があるんですもの」
そうと聞いて胸をなで下ろす。凄まじい一撃を受けて動かないのだから、万が一にでも重傷であったら大事である。
「ルカ子の所いってもいいですかね?」
祈理は自分が勝利したことよりも、留歌子の無事を思っている宗二郎に、少し不満げ。
「私も彼女に用があります。正式な決闘ですから。これで気兼ねなく、東堂くんを魔導科に移籍することができますし」
つまり彼女の容態など、どうでもいいらしい。
また口喧嘩に発展したらどうしよう。
意気揚々と歩む祈理の後ろを憂懼する宗二郎。
その足取りは、明らかに重たかった。
二人が向かった先、ちょうど制服に着替え終わった留歌子と更衣室前で鉢合わせた。
「やっぱかなわなかったですね。さすが完全無欠と言われているだけあります。うんうん」
納得する留歌子に対して、祈理は当初の本題へと切り込む。
「では、東堂くんを魔導科に移籍するということで、よろしいですね?」
留歌子は自らのトレードマークである、長いツインテールを指先でいじりながら、ぶっきらぼうに頷く。
「はい。しかたないです。……っま、学科見学くらいは、ゆるしてあげます」
「――――はい?」
こちらの耳が聞き間違えたと思ったのか、祈理の大きな目が綺麗な円を作る。
「いやだなぁ。先輩。見学ですよ。け・ん・が・く。仮体験というやつです」
こちらの意見と相手の意見に生じている。明らかな食い違い。
丸くなっていた目は戸惑いつつも、どこか怒りを含み、祈理は首を振って否定。一歩前へ踏み込んだ。
「そ、そんなのは一言も――」
「あれぇ? 言ってませんでしたっけぇ? 体験でもなんでもやればって。まさか宗二郎の意志を差し置いて先輩は、アタシ達の試合一つで決めちゃうつもりだったんですかぁ? それこそ先輩の嫌いな『横暴』ってやつじゃあありませんぅ?」
わざとらしい言い方。あからさまに煽り立て、小憎たらしい笑み。
宗二郎はやっと試合前に留歌子が『もうアタシが勝った』という謎の言葉をようやく理解した。
――きっと、コイツは先輩が〝完全無欠〟という地位を嫌っていることに気がついて咄嗟に考えたのだろう。先輩は自分が指を振って他人が動くと思われているのを誰よりも不快と感じている。だからルカ子は、口で解決できないからわざと決闘を嗾けて、無理矢理にでも俺を魔導科に行かせないようにしたと。ルカ子にとっては試合の勝敗など、どうでも良かったのか。…………嫌味どころか。策士と言うよりも。
「我がフレンドながら、なんて薄汚いぃ……」
思わず宗二郎は両手で顔を覆い、面と向かって吐き出してしまった。
「フフゥン。どーするんです? アタシは〝完全無欠〟の石蕗先輩が言うことには逆らえません。だって先輩に逆らったら、きっと他の魔導科からの批判がすごいことになってしまうでしょう。試合にも負けてしまったことですし…………宗二郎だって、先輩の言うことだから『そうやれ』って言われたら従わざるを得ないでしょうしね。魔導科の上級生は自分の権力にモノを言わせて圧をかけてくるって、普通科一年生の間ではもっぱらの評判だし」
「………………そう、なんですか? 東堂くん」
「いやいや。俺はなんにも言ってませんし! たしかに普通科と魔導科は仲が悪いってのは、誰もが知っている事実ですけれども」
「でも、現状はそんな雰囲気出てますよぉ。石蕗先輩がムリに引きずり込んでいるって見えちゃいますよー」
完全にルカ子のペースに飲まれている。というか言葉のねちっこさがキツイ。自分に言われているわけではないのに、聞いてて痛い。
急にしゅんとなった祈理は、顔を伏せ――なにも言うこと無く更衣室へと入っていった。
試合に負けて勝負に勝ったとは、この事を言うのだろうが――精神攻撃な手段がずるい。
「おいおい。ルカ子。ちょっと言いすぎじゃねえか?」
「だって仕方ないじゃん。あの人、ムリにでも押し進めようとしてんだから。宗二郎は普通科に居るのが一番なんだって。アタシからも檜山先生に頼んでみるからさ」
確かに普通科に居られるのならば、願ったり叶ったりであるが。
もっとこう、どちらも平和に後味良く収まる方法は無かったのだろうか。
石蕗先輩だって……嫌がらせ目的で、俺を推薦してくれたのではない。
初めて手紙を受け取ったとき、本当に嬉しそうに話してくれた表情が思い出される。
「なあ、ルカ子」
「ん?」
「俺、もうちょっと考えてみても良いかなぁ? なぁんて……」
「はぁ? まさかアンタ本当に魔導科に行くって言い出すんじゃないでしょうね!? 先輩の気持ちに絆されてるんじゃないの!?」
留歌子の慌てる様子に、宗二郎は首を降って否定した。
「いや……これは先輩がどうとかじゃなくて、今までずっと一択しか無かった道が、いきなり二つになって選べるときた。……それは本当に幸運なことで、他の生徒には与えられないチャンスを、俺はいま握っちゃってるわけで」
「……………………」
「だから、残り時間は少ないだろうけど、もうちょっと考えてみようかなって。出来るか出来ないかは関係なく、俺がやりたいかそうでないか。判断してからでも遅くはないと、そう考えてるんだ」
「もし、その意志が、本当に誰かの為じゃなくて、宗二郎本人の意志だったら、アタシは止める気はないよ。でも考えるんだったら――しっかり、よく考えてね。周りの感情に流されたら、絶対に良いこと無いんだから」
――ルカ子の場合、俺が苦労しているところを隣で見ているから、このまま魔導科に進んでしまうのを本気で心配してくれている。体を張ってくれたのだから、俺も真面目に答えなくてはならないな。




