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<20>-2

 泣き続ける祈理をどうにかして立たせ、宗二郎は慎重に機械室の分厚い扉を開ける。

 またしても薄暗い闇が、宗二郎たちの視界を包む。

 蛍光灯の明滅は通路を照らし、異形が居ないことを知らせてくれる。


「…………居ませんね。よし、先輩行きましょう」


 宗二郎を先頭として、二人は緊張感高まる暗闇を歩き出す。

 割れたガラスや、砕けた天井を踏んだときに鳴る音が、うるさく聞こえる。


「もう、誰も居ないんですか?」


「さあ……でも誰も居ないことを願ってますよ。仮に出てきたとしても異形を倒すだけなんですから」


「……まだ、そんな事をいってるんですか、アナタは」


 危機に晒されているというのに、妄言はたくさんだった。

 祈理は宗二郎が導く背中に不審しか見えない。

 道中、通路には激しく亀裂が走っている場所があった。来る時にはなかったもの。

 訓練場はもはや廃虚と見間違えるほどの損壊具合。いつ地面が崩れて、一階に落ちてもおかしくはない。


「…………くっそ、またどっかで動かずやってんのか? どこに居るのかまるで気配がねえ」


 周囲に神経を払っている宗二郎であるが、異形がどこに潜んでいるのか見当も付かない。

 とにかく、一階の出口に向かうため、階段に辿り着かなければならない。

 来た道を戻るが、宗二郎が来た時よりも部屋の壊れ方は激しく。異形が荒らしたであろうは明白である。

 後ろから祈理が黙って付いてくるのを確認しつつ、移動していると。



 ――視界の端。壊された部屋の一つに、()()はいた。

 ――物音立てず、通路から外れて隠れていたのだ。



「ぐッ、ちっきしょッ!?」


 背後の祈理を掴んで走り出す。

 異形が飛びかかり、両腕で潰そうと振り下ろす。

 爆風。宗二郎は吹き飛ばされ、手を掴んだはずの祈理の手が離れた。

 廊下に投げ出された宗二郎はすぐさま立ち上がった。


「先輩ッ!」


 後ろには巨大な穴が空いていた。異形の一撃に地面が耐えきれず崩落したのだ。異形の姿もない。恐る恐る穴を覗いてみると、一階と二階の間。

 崩れた建物の壁から飛び出したパイプにしがみついていた祈理。

 さらに下では、瓦礫を被った異形が大の字になって倒れていた。


「先輩! 飛べ!」


 身を乗り出して叫ぶ。祈理は全身傷だらけになり、恐怖で動けない。


「だめ……と、とべない」


「そんなこと言ってる場合かよ!」


 大の字になっていた異形は、閉じられた(まぶた)が開き、赤く光る両目が、眼前で宙で留まっている祈理を捉えた。

 ゆっくり異形は自分の身体を起こし、唸り声を出しながら、頭を振る。


「はやく! 飛んで!」


 祈理は宗二郎の手と、眼下にいる異形とを交互に見る。

 涙を流しながら、悲鳴も上がらない。


「先輩! こっちを見ろ!」


 手を伸ばす姿勢のまま、宗二郎は叫んだ。


「俺だけを見ろ。……大丈夫。必ず掴むから。絶対に……()()()()()()


 ――取りこぼしはしない。絶対に。ココで助けられなかったら、俺は生きてきた意味を失う。


「………………しんじてくれ」


 祈理に全ての判断を委ねる。

 異形の足が曲がる、飛びかかり腕が振られれば、今度こそ彼女は押しつぶされるであろう。

 一秒も待てない。宗二郎は最後の叫びを響かせる。




「さぁ。石蕗祈理ッツ! ……手を伸ばせぇえッ――()()()()()()()()()!」


「き――っああああああああっ!」




 その言葉に、全てを委ねた祈理は、叫びを上げながら魔力を込めて足下を強く蹴り上げた。

 反動でパイプが破裂し崩れる。後戻りは出来ない。

 高くジャンプし、その右手を伸ばす。


「とったっ!」


 一度しかないチャンスを掴んだ宗二郎は、力一杯に祈理を引き上げる。だが……。

 異形は逃すまいと、飛びかかる。手を伸ばせば祈理を掴める射程内にある。

 宗二郎は彼女を引き上げるよりも――。


「――――って、めぇ……」


 繋いだ手から、祈理から魔力を吸い出し、自らの力へと転換する。

 ――頭の中で動き出す。

 イメージは出来ている。試合のとき、祈理が放った気絶の決め手となった一撃。


()()()()()()()()()()()()()()()!」


 宗二郎が展開させた魔術は、練習試合で祈理が使用した魔術。

 手から放たれた炎の弾は真下で腕を伸ばす、異形の赤い目に当たり、爆炎と衝撃を伴う一撃を与えた。


「ギィイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!?」


 下でオレンジの炎を浴びる異形は視界を奪われ、伸ばした腕を戻す。地面に再度叩き付けられ、悲鳴を上げながら燃える頭を振り払おうと()()く。

 その間に宗二郎は祈理を両手で引き上げた。

 座ったまま動かない祈理と、宗二郎は地面に寝転び、呼吸を整える。


「あぶねぇ……か、かんいっぱつ。先輩……ナイスです」


 心臓が鳴り止まない。もう一生分動いた気がする。震えの止まらない手を見つめ。


「やっぱり、すげえ……どんだけ持てるんだよ先輩」


 最初に触れたときと同じ――普通の人間以上の許容量(キャパシティ)

 これだけあれば、いけるかもしれない。


「……先輩。戦って、くれませんか。……俺と、一緒に」


 戦意はこれぽっちも(そう)(しつ)していない。座ったままの祈理に問いかける。

 祈理は目の前で見た光景を、信じ難くも受け容れるしかなかった。

 彼は、現実を直視してモノを言っている。決して相手を風車として見ているわけではない。冷静をもって異形と戦うと、宣言しているのだ。

 微かに見え隠れする、可能性と言う名の――希望。


「私たちは……絶対に――勝てるんですか」


 涙で濡れた瞳で、祈理は寝転んだ宗二郎に希望を込めて問う。


「ああ。助ける。異形を倒して――俺も先輩も、全部救う。約束する」


「わかりました。東堂くん。……あなたを…………しんじます」


 涙を拭い、祈理は決心して頷いた。



 狭い場所だと、不利なのは人間側だ。

 少しでも広い場所を……。

 幸い、この練習場は模擬訓練を行う施設。故に開けた場所は一つしか無い。

 ――――施設の中央。地面には何もなく、周囲はぐるりと無人の観客席が囲む。

 宗二郎と祈理は、二人並んで。……じっと待つ。

 彼らの視線は、一階で破壊音がする方向。天井のない吹き抜けに轟く――死の音だった。

 爆発は通路からではなく、壁を壊して起こった。

 土煙の向こう側から現れる異形。

 焼き払ったと思っていた頭部は、半分が焼け(ただ)れ、(せき)(がん)の赤い瞳は、強い殺意をもって二人の人間を見つめる。


「ゴッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 (ほう)(こう)が大気を揺らす。…………いよいよ。戦いが始まる。生きるか死ぬかの本物の戦い。

 宗二郎は手を差し出し、祈理は彼の手を取り、ぎゅっと握った。

 自分に足りないものを補ってくれる彼女がいれば、異形に打ち勝てる根拠のない自信があった。

 ――やれる。ああそうさ。俺はやれる。このために生きてきたんだから。いま……この瞬間まで生きてきた生涯が試される時。

 迷いはない。迷うような生き方をしてこなかったから。

 恐れてはいない。隣に怖れを消してくれる人が居るのだから。

 戦える。戦える。勝てる……絶対に――。

 宗二郎は不適な笑みで、頭の中にある刻印のスイッチを入れる。



「さぁて――パーアライズ(戦闘開始)だ。こっから先は常識すっ飛ばして。俺の持ちうる、あらゆる手段を出し尽くし――テメエを打ち倒してやる」



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