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泣き続ける祈理をどうにかして立たせ、宗二郎は慎重に機械室の分厚い扉を開ける。
またしても薄暗い闇が、宗二郎たちの視界を包む。
蛍光灯の明滅は通路を照らし、異形が居ないことを知らせてくれる。
「…………居ませんね。よし、先輩行きましょう」
宗二郎を先頭として、二人は緊張感高まる暗闇を歩き出す。
割れたガラスや、砕けた天井を踏んだときに鳴る音が、うるさく聞こえる。
「もう、誰も居ないんですか?」
「さあ……でも誰も居ないことを願ってますよ。仮に出てきたとしても異形を倒すだけなんですから」
「……まだ、そんな事をいってるんですか、アナタは」
危機に晒されているというのに、妄言はたくさんだった。
祈理は宗二郎が導く背中に不審しか見えない。
道中、通路には激しく亀裂が走っている場所があった。来る時にはなかったもの。
訓練場はもはや廃虚と見間違えるほどの損壊具合。いつ地面が崩れて、一階に落ちてもおかしくはない。
「…………くっそ、またどっかで動かずやってんのか? どこに居るのかまるで気配がねえ」
周囲に神経を払っている宗二郎であるが、異形がどこに潜んでいるのか見当も付かない。
とにかく、一階の出口に向かうため、階段に辿り着かなければならない。
来た道を戻るが、宗二郎が来た時よりも部屋の壊れ方は激しく。異形が荒らしたであろうは明白である。
後ろから祈理が黙って付いてくるのを確認しつつ、移動していると。
――視界の端。壊された部屋の一つに、ヤツはいた。
――物音立てず、通路から外れて隠れていたのだ。
「ぐッ、ちっきしょッ!?」
背後の祈理を掴んで走り出す。
異形が飛びかかり、両腕で潰そうと振り下ろす。
爆風。宗二郎は吹き飛ばされ、手を掴んだはずの祈理の手が離れた。
廊下に投げ出された宗二郎はすぐさま立ち上がった。
「先輩ッ!」
後ろには巨大な穴が空いていた。異形の一撃に地面が耐えきれず崩落したのだ。異形の姿もない。恐る恐る穴を覗いてみると、一階と二階の間。
崩れた建物の壁から飛び出したパイプにしがみついていた祈理。
さらに下では、瓦礫を被った異形が大の字になって倒れていた。
「先輩! 飛べ!」
身を乗り出して叫ぶ。祈理は全身傷だらけになり、恐怖で動けない。
「だめ……と、とべない」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
大の字になっていた異形は、閉じられた瞼が開き、赤く光る両目が、眼前で宙で留まっている祈理を捉えた。
ゆっくり異形は自分の身体を起こし、唸り声を出しながら、頭を振る。
「はやく! 飛んで!」
祈理は宗二郎の手と、眼下にいる異形とを交互に見る。
涙を流しながら、悲鳴も上がらない。
「先輩! こっちを見ろ!」
手を伸ばす姿勢のまま、宗二郎は叫んだ。
「俺だけを見ろ。……大丈夫。必ず掴むから。絶対に……救ってみせる」
――取りこぼしはしない。絶対に。ココで助けられなかったら、俺は生きてきた意味を失う。
「………………しんじてくれ」
祈理に全ての判断を委ねる。
異形の足が曲がる、飛びかかり腕が振られれば、今度こそ彼女は押しつぶされるであろう。
一秒も待てない。宗二郎は最後の叫びを響かせる。
「さぁ。石蕗祈理ッツ! ……手を伸ばせぇえッ――俺を信じろおおおッ!」
「き――っああああああああっ!」
その言葉に、全てを委ねた祈理は、叫びを上げながら魔力を込めて足下を強く蹴り上げた。
反動でパイプが破裂し崩れる。後戻りは出来ない。
高くジャンプし、その右手を伸ばす。
「とったっ!」
一度しかないチャンスを掴んだ宗二郎は、力一杯に祈理を引き上げる。だが……。
異形は逃すまいと、飛びかかる。手を伸ばせば祈理を掴める射程内にある。
宗二郎は彼女を引き上げるよりも――。
「――――って、めぇ……」
繋いだ手から、祈理から魔力を吸い出し、自らの力へと転換する。
――頭の中で動き出す。
イメージは出来ている。試合のとき、祈理が放った気絶の決め手となった一撃。
「引っ込んでろぉおおおおおおおッ!」
宗二郎が展開させた魔術は、練習試合で祈理が使用した魔術。
手から放たれた炎の弾は真下で腕を伸ばす、異形の赤い目に当たり、爆炎と衝撃を伴う一撃を与えた。
「ギィイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!?」
下でオレンジの炎を浴びる異形は視界を奪われ、伸ばした腕を戻す。地面に再度叩き付けられ、悲鳴を上げながら燃える頭を振り払おうと藻掻く。
その間に宗二郎は祈理を両手で引き上げた。
座ったまま動かない祈理と、宗二郎は地面に寝転び、呼吸を整える。
「あぶねぇ……か、かんいっぱつ。先輩……ナイスです」
心臓が鳴り止まない。もう一生分動いた気がする。震えの止まらない手を見つめ。
「やっぱり、すげえ……どんだけ持てるんだよ先輩」
最初に触れたときと同じ――普通の人間以上の許容量。
これだけあれば、いけるかもしれない。
「……先輩。戦って、くれませんか。……俺と、一緒に」
戦意はこれぽっちも喪失していない。座ったままの祈理に問いかける。
祈理は目の前で見た光景を、信じ難くも受け容れるしかなかった。
彼は、現実を直視してモノを言っている。決して相手を風車として見ているわけではない。冷静をもって異形と戦うと、宣言しているのだ。
微かに見え隠れする、可能性と言う名の――希望。
「私たちは……絶対に――勝てるんですか」
涙で濡れた瞳で、祈理は寝転んだ宗二郎に希望を込めて問う。
「ああ。助ける。異形を倒して――俺も先輩も、全部救う。約束する」
「わかりました。東堂くん。……あなたを…………しんじます」
涙を拭い、祈理は決心して頷いた。
狭い場所だと、不利なのは人間側だ。
少しでも広い場所を……。
幸い、この練習場は模擬訓練を行う施設。故に開けた場所は一つしか無い。
――――施設の中央。地面には何もなく、周囲はぐるりと無人の観客席が囲む。
宗二郎と祈理は、二人並んで。……じっと待つ。
彼らの視線は、一階で破壊音がする方向。天井のない吹き抜けに轟く――死の音だった。
爆発は通路からではなく、壁を壊して起こった。
土煙の向こう側から現れる異形。
焼き払ったと思っていた頭部は、半分が焼け爛れ、隻眼の赤い瞳は、強い殺意をもって二人の人間を見つめる。
「ゴッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
咆吼が大気を揺らす。…………いよいよ。戦いが始まる。生きるか死ぬかの本物の戦い。
宗二郎は手を差し出し、祈理は彼の手を取り、ぎゅっと握った。
自分に足りないものを補ってくれる彼女がいれば、異形に打ち勝てる根拠のない自信があった。
――やれる。ああそうさ。俺はやれる。このために生きてきたんだから。いま……この瞬間まで生きてきた生涯が試される時。
迷いはない。迷うような生き方をしてこなかったから。
恐れてはいない。隣に怖れを消してくれる人が居るのだから。
戦える。戦える。勝てる……絶対に――。
宗二郎は不適な笑みで、頭の中にある刻印のスイッチを入れる。
「さぁて――パーアライズだ。こっから先は常識すっ飛ばして。俺の持ちうる、あらゆる手段を出し尽くし――テメエを打ち倒してやる」




