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ParALyze~蒼眼の魔導師~  作者: 刻冬零次
第1話

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<20>

 ――こんな事になるなんて。

 石蕗祈理は膝を抱え、助けが来るのを待っていた。

 どうして異形なんかが……ここは十八区のはず。異界でも魔力がまともにあるわけでもない。

 安全な場所だから養成所が作られたのではないのか?

 彼女の中には『戦う』という選択はなかった。

 自分では何もできない。期待をされ膨らんだだけの、中身がない風船にしかすぎない。

 虚飾――どんなに強く見せようとしても、いざとなると、化けの皮が剥がれる。

 異形の姿を初めて見た祈理。相手はこちらに気がついていなかったが、思い出すだけで恐怖の震えが止まらない。

 機械室の地面は冷たく、空気も澱(よど)んでいる。

 冷たくなった手に持っていた携帯端末。最後に言葉を交わした相手は東堂宗二郎。

 きっと――彼が助けを呼んでくれるはず。サイファーの人も初日の訓練に来るはずだった。

 はやく……助けに、来て欲しい。

 手から端末が落ちて、地面に転がる。

 よりにもよって、機械室は壁が分厚いらしく、電波が遮断された状態。

 逃げ込み、扉を閉めた瞬間、電波はなくなってしまった。

 異形の襲撃からどれほどの時間が経ったのだろうか。

 地面に落ちた端末を拾い上げて、時刻を調べる気力もない。

 自分から行動する気は無かった。扉を開けて異形が居るかどうかを確認するなど、絶対にしたくない。もし目の前にいたら、何もできないまま――殺されてしまうだろう。

 じっと、うずくまり。機械室に設置されている用途不明の機械の一つと擬態し続ける。

 すると――急に扉が開かれた。


「……ここ電気付いてるのか。…………せん、ぱい?」


 男の子の声。端末の向こう側から話していた声と同じ。


「とうどう……くん?」


 涙で目を赤く腫らした祈理は、一年生の後輩が幻のように見えた。


「いた。よかった、先輩無事だったんですねっ」


 安堵が声の抑揚に変わる。宗二郎を見る祈理の唇は震えていた。


「どうして、あなたがこ……ここに、いるんですか」


「そんなん、助けに来たからに決まってるじゃないですか」


「…………怪我、どこで」


 腕……制服が引き裂け、傷が出来ていた。

 顔も擦りむき、血が出ている。


「いや。ハハ。なんかジンジンすると思ってたんですよ。どおりで。…………さっき異形とバッタリ出くわして、逃げたときに怪我したんじゃないですかねぇ」


 祈理を見つけることに必死だった東堂宗二郎は、痛みさえも鈍くなるほどの精神状態だったらしい。

 彼女はおもむろにポケットからハンカチを取り出し、二つに裂く。


「コレで少しでも血が止まれば良いのですが」


「おお、献身的。俺のことキライじゃなかったんですか?」


「こんな時まで軽口。………………………………どうして助けに来てくれたんですか」


 きつい態度で接していた祈理は、宗二郎がナゼ行動を起こしたのか、疑問が膨らむばかりであった。

 結び終わったハンカチが、血によって染まる。

 じっと腕を見ながら、宗二郎は答えた。


「そらぁ、先輩が危ないってんだったら助けにいかなきゃなのは、当然っしょ」


「…………何で。どうしてあなたは笑っていられるんですか」


 涙ぐみ、青ざめた祈理は、高揚が抑えきれずに顔に出てしまっている宗二郎に向かって、恐怖を含んだ疑念を投げかけた。

 すると、彼は場違いな表情のまま、予想だにしない言葉を放つ。


「俺は戦えるんだ。先輩……俺といっしょに戦ってくれ」


 真剣な眼差しで、あまりにも非現実的な事を言う宗二郎。

 祈理は欠片ほどに理解できない。


「……なにを、いってるのですか」


「戦うんだよ。あの異形を、俺たちで倒すんだよ」


 頭でも打ってしまったのだろうか。自分の魔術すらどうすることも出来なかった彼が、異形と戦うなど。まるでセルバンテスの小説に出てくる主人公(ドンキホーテ)。理想と現実の区別が付いていない。異形を風車かなにかと勘違いしているのではないだろうか。

 祈理はいよいよ、宗二郎から狂気を感じ、自分がどうにかして逸(いつ)脱(だつ)した彼を現実に戻してやらねばならないと感じた。


「ふざけたことを言わないで下さい! あんなの無理。勝てません! サイファーの方が来るまで待たなきゃ。それが一番なんですよ」


 宗二郎は慌てふためく祈理の両肩を掴んだ。痛いくらいに掴んだ。


「そんなん、待てねえよ。…………いいか石蕗先輩。このままサイファーを待っていたら、死人が増える。俺達は訓練生だけども……異形と戦う訓練をしているはず。戦えない人間を助けなくちゃ、なんのための訓練生なんだよ」


「アナタだって、何もできっこない。頭がおかしくなってしまったんですか!? 私と立ち合ったって何もできなかったじゃないですかっ!」


「できっこないならッ! ………………できっこないならさ、出来ないなりに、足掻いてみせよう。俺だって死にたいわけじゃない。でも目の前で死ぬかもしれない人達が居るのに、黙って見て見ぬフリなんか……できっかよ。石蕗先輩。策はあるんだ。そのためには先輩の力が必要なんだよ。俺は狂ってない。頭も打ってない…………頼む。信じてくれ」


 その『信じてくれ』を祈理は信じていない。

 彼女が見てきた東堂宗二郎とは、異形と戦えるような人間では無かったからである。


「先輩は優秀な魔導師になるんだろ? だったらココでも優秀な先輩を見せてくれよ」


 ガタガタ震える祈理は膝をかかえて縮こまる。両足に埋めた顔を上げず、長い髪を左右に振った。



 ついに祈理は――自らが一年間守り通してきた、

 築き上げたプライドや、隠している内面を吐露し始めた。


「…………こ、怖いんです。私は、私は優秀なんかじゃない! いつもみんなの期待に答えようとして、必死になって取り繕(つくろ)っているだけにしかすぎないんです! 怖い。こわいのッ」


 涙を流しながら、訴える祈理に。宗二郎は祈理の両手を握った。緊張からか。お互いの温度は低く、祈理の方が宗二郎の温かさを感じた。


「戦えないんだったら、力を貸してくれ。アンタは『魔力』を。オレは『戦う魔術』をもっているんだから……大丈夫。俺が何とかする。俺が全てやるから。あんたは俺に力をくれるだけでいい」


「なんなんです。どうして! むり! 怖い……こわいよぉ。もう、いや……」


「先輩。お願いだ。先輩だけが……この状況に活路を開ける。嘘じゃない。本当だ」


 説得するのもつかの間、地面が微震する。

 異形が、こちらに近づいてきているのだと、本能で悟った。


「と、とにかくこの部屋から逃げるのが先決。……こんな場所でかち合ったら、本当に死んじゃいますから」



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