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<17>

 異形の出現。安全区域とされている十八区で異形が現れるなど聞いた事がない。

 安全……安全であるはずなのだ。誰もが信じて疑わない。

 異形が現れるのは旧首都の中心地『異界』で以外ありえない。授業でもそんな補足はこれっぽっちもあった例しがない。


「ば、ばかいうなよ。異形ってなんだよ。コレも授業の一つか?」


「今日は魔術の実戦訓練であって、異形を想定するなんて聞いてないぞ」


「でも、想定外のことが起こったとしての対処を……テストしてるんじゃ」


「何言ってんだ! アイツ頭から血を流してんじゃねえかよッ!」


「私たち普通科だし、観客として来てるんだから、テストなんてありえないでしょう!?」


 混乱し始める場の空気。

 宗二郎も耳にした言葉が空耳ではないと……ようやく感情が現実に追いついてきた。

 ただ、現実と疑いがお互いに取っ組み合った状態で、心の中がぐちゃぐちゃに混じり合い、絡まった状態にあった。


「異形……この場所に、いる?」


 冗談でも、その言葉には宗二郎を(せん)(りつ)させるだけの過去があった。

 ――――足が、震えがとまらない。

 鮮烈な体験が、自分の身に再度降りかかったような……。

 肩を揺さぶられ、何かを叫ばれている。(ぼう)(ぜん)として反応を示さない宗二郎。


「…………あの、あのとき。異形が」


「――――()()()()!」


 頬に強烈な一発。目の前に閃光が生まれ、宗二郎は自失していたのに気がつかないまま、肩を揺さぶる留歌子の真剣な顔があった。


「宗二郎しっかりして! いますぐ逃げよう! ここにいちゃだめだよ!」


「逃げる? どこへ?」


「ココじゃないどこか! は、橋に戻ろ? 向こう側に渡って訓練所まで避難すれば安全なはずだよ、きっと!」


「…………で、でも」


 頬の痛みに合わせて、思考がクリアになってきた。

 視線は、異形が現れたであろう方向を凝視する。

 逃げる生徒の流れはまだあって。その中に大声で、誘導する女生徒を見つけた。


「……先輩ッ!」


 名前を忘れていた宗二郎は、七代に呼びかけ、彼女は血相を変えて反応する。


「トードーっ。なにやってんのっ。さっさと逃げるンよ!」


「――――先輩、石蕗先輩はどこにっ?」


 一抹の不安が拭えない宗二郎は、安心できる確信が欲しかった。

 彼の不安を読み取った七代もまた――まさかといった表情で、自分の携帯端末を使って、祈理に電話をかけた。


「……………………………………祈理ちゃん!?」


 彼女が出たことで無事であると思いたい宗二郎は、半ば七代から奪い取る形で端末に耳を当てる。


「先輩! 無事なんですか!?」


「………………東堂、くん?」


「いま、どこに居るんですか!?」


「わかりません。いま、大きな機械があるところに入って……」


 予感は最悪の方向へ転がっていた。

 まだ、石蕗祈理が逃げ遅れている。

 宗二郎は、腹に鉛が詰まった気分になる。


「先輩。そこから動かないで下さいよ」


「聞こえる。…………ひ、人の叫び声が」


 周りの混乱する雑音に掻き消されそうなほど、か細い声。

 ガシャンと、電話の向こう側から大きな音。

 話しかけようとするも、通話が途切れる。

 再度、電話をかけてみるも、繋がる様子はない。


「どうしよう……どうしよう」


 パニックになりつつある七代は、過呼吸のような状態で肩を揺らす。


「宗二郎! 逃げなきゃダメだよ!」


「でも、ルカ子。先輩が向こうにいるんだ。――行かなきゃ」


「そんなのどうでもいいッ! 今は自分の命を守るべきなんだよ! 宗二郎が行ったって何もできないじゃんか! サイファーの人がいるはずだから、彼らに任せなきゃ!」


 必死になって留歌子は説得するも、宗二郎は既に自分が何をするべきか、決断していた。


「ルカ子……お前は先輩と一緒に助けを呼びに行ってくれ。俺は石蕗先輩を探しに行くから」


「ダメだよ宗二郎! 絶対ダメ! 私がいくから、宗二郎は待ってて!」


 目に涙を浮かべる留歌子に、できる限りの強がりで笑みを作って見せた。


「大丈夫だって。戦う気なんてこれぽっちも無いんだからさ。逃げ足だけは速い。異形を見たら全力で逃げるから」


 喋れなくなっている七代を留歌子に預け、宗二郎は深い深呼吸。

 彼女は目に溜まった涙を拭う。こうなってしまったら、東堂宗二郎は誰にも止められない。

 よく知っている、その背中に――留歌子は誓わせる。


「………………絶対に、しなないでよ?」


「ハハ。一回死にかけてんだ。もっかい同じ目に遭ってたまるかっての」


 振り返らず、宗二郎は走り出す。留歌子は拳を強く握ったまま、彼の小さくなって行く背中を、見守ることしか出来なかった。



 ――向かう先は機械がある部屋。おそらく一般の人間でも入れる、屋内の空調設備を回しているような所。

 道中、宗二郎は壁に固定されている地図を確認する。

 どうやら施設はサッカー競技場のような作りになっていて、三階からドーナツ型の観客席がぐるりと囲んで、中央は屋根のないフィールドがある。

 構造そのものは単純。一階と二階が観客席の真下にあって、控え室や会議室、駐車場なども施設の敷地内に全て収まるように設計されている。


「…………これか〝機械室〟」


 宗二郎の指が、二つの場所を指す。

 一階と二階の見取り図の中に、確かにあった機械室の文字。

 いま居る一階……そして二階。どちらにいるのか。

 逃げ遅れたのなら、二階に居る可能性が高い。彼女は叫び声が聞こえたと言っていた。きっと近くに異形が居るに違いない。

 可能性は二分の一。間違えればもう片方に向かえば良いが、できる限りタイムロスは避けたい。


「――直感を信じろ」


 考えている時間も惜しい。宗二郎は当たることを願い、二階へと駆け上がった。


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