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 魔力が作れないが故に、魔導科に近い学習が出来るとは、欠片にも思っていなかった宗二郎。普通科の授業でも、魔力の扱いは手に余る状態なのだ。魔術を修得したいわけではなく、単に知識を蓄えられるだけで満足なのだが、そうも養成所のカリキュラムは都合の良いシステムではない。

 魔導科自体に興味はなく、魔術や術式だけにおいて関心をもっていた。

 予想だにしていなかった、自分にとって都合の良い環境が転がり込んでくれたことに、宗二郎は笑いをかみ殺す。


「ぬふ。………………なんか、うまいこと進み始めた気がするぞぅ」


「何が……()()()()()なんです?」


 檜山と別れて、そのまま宗二郎は祈理に仕事を任された場所まで帰ってくると。

 彼女は用事を終えていたらしく。険しい表情で、腕組み仁王立ち。

 口にせずともむき出しになっている『怒っていますよオーラ』

 本当の事を話すべきか否か、宗二郎はほんの少しだけ悩む。


「あ、せんぱ、い……いやあ。もうお仕事を終わったので、ちょっとトイレに行っていたんですよぉ。ほらこの通り。積み込みは終わりましたよ」


 後ろめたくも、また嘘をついた。

 檜山先生との約束は、もう施行されているのだから。


「――へえ。お手洗いに。…………一時間以上も? ひょっとして住んでるんですか?」


「あぁ。……そんなに。行ってたのね。俺。……てか住んでないですからぁ。もう冗談うまいんだからぁ……」


 便器に(ひざまず)き、長い長い(ざん)()をしていたら、そのくらいになっているかもしれない。残念なことに俺は便器崇拝者じゃない。


「誤魔化してばかりで、本当の事はぜんぜん言わない。……アナタには悩まされっぱなしです。どうしたらこの悩みはなくなるのでしょうか?」


「………………。先輩表情がすごく、こわいっす」


「だれがこんなに怖くさせていると思っているのですか?」


「ですよねぇ……」


 もう拒絶反応じみたものが起こっているのであろうか。

 会話を重ねれば重ねるほど、先輩との距離が離れていく気がする……。


「と、ところで……。まさかアナタ……私の事を追い回したりしていませんよ、ね?」


「――――はぁ?」


 (やぶ)から棒。彼女から放たれた言葉に、宗二郎は口を大きく開いて、片方だけ眉を上げる仕草。

 どこをどうやったら、先輩を追っかけ回したりする必要性があるのだろうか。


「最近――妙な視線を感じるのです。ちょうどアナタに罰を与え始めた頃から……七代――私のルームメイトも、就寝真際に何やら外に気配がするなんて言い出す始末」


「それ、俺がやったと?」


「アナタ以外に誰がいるのですか」


「いやいやいやいや。俺以外で考えて下さいよぉ!」


 刻印の不正は首を縦に振るが、石蕗祈理に対してストーキング行為をした憶えは断じてない。


「…………なんだか、アナタに関わったがばかりに、不運が訪れたような気がします」


「は、はは。もはや『犯罪者』を越えて『貧乏神』扱い。負の神にまでなってしまいましたか。お恥ずかしい限りです……あ、もしかして」


「ようやく心当たりがありましたか」


「だから俺基準で考えないで下さいよ。……この前、俺が造ったやつの事ですが――」


 慌てて祈理は手で宗二郎の言葉の先を止めた。

 昨晩、津拭七代と会話していた内容を、祈理は今更になって思い出す。

 普通に話していた自分に、後悔が押し寄せる。


「――いいえ! き、聞きたくないです。ああ恐ろしい。日頃から私の事をジロジロ盗み見ていたんですよね。新たな容疑が発覚です。最低ですよ。ほんとうに。時間を重ねるごとに、面と向かっている恐ろしさが大きくなってきています。いかにもフレンドリーな態度を取るのも、間合いの内側に入ってくるための話術なのですか!?」


「どゆことです?」


 宗二郎からすれば、なんで人形を造った事実に加えて『ジロジロ盗み見ている』などという、謂われのない罪までくっついているのか、理解できなかった。


「友達から聞いたのです。あの……い、いやらしいお人形を造るのには、観察期間が必要だって。…………最近のみならず。数日前から、気持ちの悪い視線を感じるとおもっていたら、やはりアナタだったのですね」


「観察? いや俺は()()()()を参考にしただけで……」


 仁王立ちだった片足の膝の力が、いきなりカクンと抜けて崩れ落ちそうになる祈理。すぐさま体制を取り戻す。心なしか腕が震えていた。


「と、とう……!? ふわぁあぁあああ!?」


 自然と口走った正直な回答が、とんでもない地雷を踏んづけて爆発させてしまった空気。宗二郎は心の中で焦り、どう弁解すれば良いのか本気で考えた。

 奇妙な悲鳴を抑え込もうと、口に手を当てて祈理は顔を青ざめさせる。


「ははは、犯罪です。まさかまさか二人目の……ストーカー。……それって犯罪になるって知っていますか!? 校則とか規定とかの話じゃありませんよ。もはや人間としての倫理が欠如してますよアナタはっ!」


 あっちにフラフラ。こっちにフラフラ。頭に血が行ってないのか、顔色が白い。

 すると彼女は手を挙げて、宗二郎に向けた。


「ハ、あははは。もう我慢できません。……私も……ちっちゃなプライドがあるんですよ。がんばって隠して。いっしょうけんめい頑張ってきたモノが大切なんです。アナタが私の日常を壊してしまうのなら、アナタを葬ってしまうのが一番かもしれませんね。ほんと」


「目が据わってる! 違う違う! 話聞いて! 盗撮っても俺んじゃないから!」


「そんなの信じられません。安心して下さい。ちょっと病院で一ヶ月ほど療養してもらうだけですから。()()()()()()()()()()()はしてあげます」


「魔術を人に向かって使うのは規則違反だって。学校で習わなかったですか!?」


「構いません。盗撮犯を葬れるのなら。私の正義が勝利します……」


「――そ、即答ぉ!? 横暴すぎるッ!」


「幸い、この場所は誰も見ていません。アナタは二十秒後、不運にも原因不明の大きな力によって足を撃ち抜かれ、ちょっと(つまず)いてしまいます。いえ――大きく吹き飛んでもらいます。そして、隣に見える材木置き場に突っ込み――どういうわけか積み重なっている材木が、上から降ってくる傷ましく悲しき事故が起こってしまいます」


「ぐ、具体的ィ。それって病院じゃ済まないんじゃないの!?」


「ですね。あとは私が引き起こす運命よりも、運が良いことを祈ってます」


 まったくこっちの言うことを聞いてくれない。とりつく島もない。


「俺が信じられないなら、じゃあ何を信じるってのさっ」


「アナタが私に対して害でしかないと言うことを信じてます! みんなみんな嘘ばっかり! アナタだって私が何も知らないのを良いことに、私と話しながら心の中でほくそ笑んでいたのでしょう!? もう騙されたりなんかしません。私は私が信じることだけ信じてますッ!」


「うわー。もうメチャクチャ。思ってたよりも感情的(ヒステリック)な暴君。…………先輩って人を信用した事ある?」


 宗二郎は祈理から遮られてしまう前に、間髪入れず次の言葉を放った。


「ほら、先輩って何でも出来るじゃん? それって人を頼りにしなくても、できちゃうから人を頼るって事をしてないわけで。結果的に……人を信用することをしなくなっちゃたのではないかと」


「何でもなんて出来ません。過大評価をしないで! 勝手に人の心にズカズカと。アナタに何が判るっていうんです!」


 平然と(げき)(りん)に触れてくる宗二郎。祈理はいよいよ本気で怒り出す。


「じゃあ……先輩は俺の何を知ってるんです?」


「知りたくないです。アナタのような犯罪者なんか」


「じゃあ。仮に犯罪者としましょう。それ以外の俺のこと、何か知ってます? ……先輩が知ってる事っつったら、せいぜい普通科の劣等者。どうしようもないポンコツ生徒。あとは俺から取り上げた学生証に書かれている事くらいでしょう?」


「…………………………」


「悪いことしたって思ってます。償えるんだったら何でもしたいですし、結果的に俺が使った刻印で先輩に迷惑かけちゃったのですから、誠意を見せたいと思ってます」


 冷静になってきたのか、はたまた上げている腕が疲れてきたのか。祈理もまた腕を降ろして黙り込む。


「――なんか、信用できません」


「そんなに?」


「はい……信じられないです」


 俯き加減で地面を見る祈理の表情には、どこか曇ったモノがあって。

 宗二郎は今までの言動から、ようやく違和感めいたモノを感じ、思い切って質問してみる。


「…………ねえ先輩。もしかしてと思うけど、信用って――俺だけじゃなく、他の人間の事も信用してないんじゃないの?」


「――――ッ!?」


 心を見透かされた人間が見せる、独特の驚く表情。

 宗二郎はようやく、彼女の根幹にある部分を見つけることが出来た。


「いや、なんかさ。先輩って一定の人間とはかなり距離を取ってるというか――いや別に、俺は追っかけ回してる訳じゃないから、仲いい人間を知らないんですけど。そういう人たちとは本当の自分をさらけ出せるというか……。試合をしてるときの先輩……ってすごく楽しそうにしてたから。なんとなく。いつも見せてる先輩は、本当の先輩じゃないのではないかなぁ、って思っちゃいまして」



 私の苦労も知らないで、何を勝手に言っているのだろうか。

 あまりにも好き放題に――だが言われたままが事実であるから、なおのこと腹立たしい。


「好き勝手に。生意気に。わかったような――口を利かないで。見透かしたつもりで、いい気にならないで。迷惑だから」


 いきなり突き放す行動に出た祈理に対し、宗二郎は深い溜息をつく。


「……………………そうですか。この強情っ張りめ」


「なっ!」


 軽口が暴言になり、祈理も反射的に顔色を変える。

 宗二郎もどこか吹っ切れた――いや、開き直った様子で小さく伸びをした。


「よーく判りましたよ。先輩とは住む次元が違いすぎるらしい。きっと背負ってるもんも期待されることも、俺にはまったく縁の無いことなんでしょうね。もともと発端は俺だから、なんとか和解しようかと思ってましたが、もうムリ。どうやっても考えは変わらないんでしょうね。どこまで行っても俺は先輩の悪者。……先輩には先輩の考え方があるんでしょう。わかりませんが理解したくもないです」


「アナタと言う人はっ――」


 祈理が怒り出そうとしたとき、宗二郎はまるで動じない。


「さっきも言いましたが、悪いことをしたって思ってます。…………残りの奉仕活動も精一杯務めさせて貰います。あとずっと言いそびれていたのですが、すいませんでした。先輩に迷惑をかけてしまったこと――それに関しては後悔しています。もう二度と先輩に迷惑をかけないようにします」


 どこか機械的な物言い。最初に出会った時とはまるで違う。

 祈理は、どちらが本当の東堂宗二郎なのか判らなかった。


「………………先輩にはきっと理解できないと思いますが、俺にだって譲れないものがある。一回死にかけた自分が、貰った命でやりたいこと。この願いは誰にも奪えやしない。何度捕まっても、俺はたぶん同じ事をし続けますよ。絶対……まあ、もう二度と先輩には関わらないような行動をするつもりですが」


 その宣言はつまり――この先も同じ事をくり返す。ただし石蕗祈理に関わる事は一切行わないという事において他ならない。

 過去に、ここまで言い詰められた事は無かった。

 自分の持つ理念とか信念とか――話してくれる人間は居なかった。


「俺がどうして外で刻印を使ってるのか、その理由を知らないでしょ? まあ最初(ハナ)から多くを持っている先輩じゃあ理解は難しいかもしれません。……金のためなんかじゃない。そんな単純じゃない。俺には俺のやり方で、強くなる方法を考えてるんだ。誰にも邪魔はさせない。たとえ〝完全無欠〟の先輩であっても。…………例外じゃない」



 ――――この程度で、諦めきれるか。この程度で折れる決意じゃ『救世主』に顔向けできないっつーの。

 流石の宗二郎も、こればかりは心の声を口にすることはなかった。

 唖然とする祈理を置いて、スタスタと歩き出し、その場を去るのであった。


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