<16>
――翌日、土曜の昼前。
普段は誰も歩いていない、関原養成所が管理する西新井橋。
平日から人気のない場所休日になっても変わらぬ光景が維持されているのであるが、今日は違った。歩道には生徒たちが疎らになって歩いていた。集団の向かう先は、荒川を越えた先にある関原と呼ばれていた土地だ。
「怒ってるよね? ぜったい、絶ぇっ対、先輩――怒ってるよねぇえエエ!?」
「なに〝完全無欠〟の女帝と喧嘩してんの? なに宗二郎、バカなの? 死ぬの?」
「……ハハ。死なんわ。………………いえ。死ぬかもしんないかもですっ。あの人平然と俺を事故に見せかけてペシャンコにしようとした人だから……あわわわわ」
昨日あった出来事を留歌子に話した宗二郎。
家に帰ってようやく冷静になった彼は、感情的になって祈理を怒らせた後悔の念に苛まれていた。二度と顔を会わさなければ、何ら問題は無いのだが――今日もまた祈理と顔を突き会わさなくてはならないと思うと、神経がガリガリ削られてゆく。
「あぁ。怖いわー。怖いわーぁあああ」
「うーっさいなぁもう。口に出しちゃったんだからもう戻せないし、怒ってるかどうかなんてアタシが知るわけないじゃん。先輩に直接聞けば良いじゃん。大見得切って偉そうな事を口走ったりするからだよ。後悔するくらいなら言うなってーの」
もう何度になるのか、宗二郎の後悔混じりの独白を聞いて、忍川留歌子はいい加減うんざりしていた。
昨日、石蕗祈理の目の前で何か色々とまくし立てらしいが、本人自体がどんなことを言ったのか憶えていない始末。きっと宗二郎は思った事をそのまま口にしたのだと思うが、なんか――。
「完全無欠。……つくづく、気にいらん」
留歌子は家を出て宗二郎と待ち合わせ場所で合流したときから不機嫌であった。
歩く姿にも力がこもっていて、いつも以上に長いツインテールが揺れる。
「なんでルカ子さんがふて腐れるわけ?」
「…………口喧嘩。アタシとそんなのしたこと一回もないじゃん」
「喧嘩がしたいとか、ルカ子さん気性が荒すぎやしません? ならず者の血が流れてるの?」
「女の子にならず者とか、あんたデリカシーなさ過ぎない!?」
「ほら……この時点で、口喧嘩じゃん」
「ちーがーいーまーすー。これは言葉と言葉のコミュニケーションだし。別に喧嘩しようと思って言ってる訳じゃないし! 言葉のキャッチボールだよっ」
「へえ。キャッチボール、ねえ。…………キャッチボールの相手は、鬼肩の時速百七十キロをキャッチボールさせるツインテール娘ですがね。喧嘩したいとか、したくないとか。どっちだよ」
「………………………………したく、ないけど」
「じゃあいいじゃん。いつもの、この感じで」
「――――いつもじゃ困るから、変えてんじゃん。同じじゃないようにがんばってんのに。どうせ宗二郎にはわかんないだろうけど」
「…………?」
長く一緒にいるが、未だに彼女が何を考えているのか判らない時がある。相手の思考を完璧に読み取ることが出来てしまっては、それこそ超能力者であるが、彼女の発言や行動が、ときおり大きく矛盾している事がある。
――まあ、彼女も人間だ。機械のように一貫性がないのは致し方ないこと。特に女子の心は色々とあるのだろう。俺だって悩み多き男子だ。常にあらゆるものは時と共に移ろいゆくもの。彼女もまた変化し続けているのだろう。……と、勝手にまとめて帰結してみる。
「喧嘩したんだったら、別に良いんじゃないの? 行かなくてもさ……ねえ。今からでも遅くないからさ。さぼって一緒に遊びに行っちゃわない?」
「朝からずっと俺の心をダークなサイドへ誑かしてきますねルカ子さん。……遊びたいのはモチロンだとも。けど、学校が与えた罰則だぞ? しらばっくれたらあとが怖いだろ。先輩と会うのも怖いが、これ以上事が荒立ってしまえば、更に苦しくなるのは俺だしさ」
「変なところはバカ真面目だよね。宗二郎って。……今日くらい休んでも良いと思うのだけどなぁ」
「お仕置き三日目で休むのも、どうかと思うがなぁ」
「そんで、今日はどこに集合なの?」
宗二郎は携帯端末を確認する。メールは朝来ていて、今日行う活動内容が簡潔に伝えられていた。
「このまま橋を渡った先に特別施設があるらしくて、俺は裏で荷物運びの雑用があるらしい」
「じゃあ、そこ行ったら宗二郎とはいったんお別れだね」
「…………あのぉ。ルカ子さん」
「ん。なに?」
「どうして今日、練習試合なんか見る気になったんだ?」
二年生が参加している訓練の初日は、全校生徒に公開される、魔導科限定の練習試合だ。
そこには、石蕗祈理も参加している。この時間帯に橋を渡っている人間は、練習試合を観戦するための学生たち。一年生か三年生かのどちらか。制服の真新しさと貫禄から、そのほとんどが一年生だろう。
「いちよー、アタシも『優良生徒』ですからぁ? 一個上の試合を参考にしてもおかしくは、ないんじゃない?」
「えー、ルカ子さん真面目ッスね」
「意外そうな顔すんなっ。こうみえてもアタシは堅実にやってるんだから」
橋を渡りきると、すぐ近くに崩れた高速道路がある。崩れた高速道路は分断された部分が綺麗に整備されていて、鉄骨が飛び出している様子はない。
……噂では、この高速道路は緊急時に使用されるらしく、歯抜けになっている状態にしているのは、道路を悪用する人間がいても自由に移動させない為にあり、有事の際には架橋戦車によって足場が作られるというらしいが、真偽は不明である。
橋を渡り、左右に挟まれた河川敷を越えると、その先は広い平地になっていた。
当時は民家などが密集している地帯であるが、今は大規模な地均しが成され、養成所の施設が点々と建てられている。
――中でも巨大な施設が、二人を迎えた。
デザインもシンプルで、飾り気のない最低限の作り。人を楽しませる為の外観はそこになく、合理的に作られた建造物。高さは五階建てほどであるが、横がとにかく広い。
「へー。近くで見るとでかいなぁ。ルカ子も見るのは初めてだろ?」
「………………え。うん。まあ。そうだね」
ぼんやりと首を上げて眺める留歌子。宗二郎は他の生徒たちが入っていく入り口に向かって歩き出そうとする。
「ねぇ宗二郎」
「ん?」
「ソッチは観戦者用の入り口なんじゃない? ほら、向こうに関係者用入り口あるから、宗二郎はそっちに行けば良いんじゃないかな?」
「……あ、ほんとだ。細かいとこ見てんなぁ。ルカ子」
「まあね」
「…………どうしたルカ子? 気分でも悪いのか?」
「え?」
「顔――青くね?」
留歌子は自分で頬を撫で、心配ないと笑顔を見せた。
「はは。ちょっと貧血かもね。だいじょうぶ……しばらくすれば治るからさ」
「ふうん。……じゃ、俺はお勤めを果たして参ります」
冗談交じりに宗二郎は敬礼をする。
留歌子もまた彼の悪ノリに応え、にぃっと白い歯を見せながら敬礼を返した。
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