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<11>-4

 石蕗祈理が今度こそいなくなったのを見計らい、宗二郎は自ら立ち上がり、練習場を後にする。

 ――もう、身体を動かしたくない。最後の一撃で首に違和感がある。

 試合においてだって、一本も取れないのは当然。相手は噂に名高いとされる〝完全無欠〟勝つなど奇跡に等しい。まぐれでもあんな凄まじいのに勝てちゃうほど、現実は上手く出来ていない。そこまで俺の思考は、彼女の言うところの砂糖菓子で満たされてはいない。

 徹底的に打ち据えられた――特に言葉の暴力――のだが、それでも先輩とはいえ、女の子を脳天からぶん殴ろうとするのは、さすがに良心が痛んだ。


「あの魔術――すごかったな」


 宗二郎が一番印象に残っていたのは、地面から飛び出てきた光の剣。どれだけの魔力を消費するのかは知らないが、一瞬であんなもの作れるのが相手とは、今更ながら膝が笑いそうになる。


「――先輩の持ってる魔力量(キャパシティ)。ハンパじゃなかったな。完全無欠というより、モンスター級だ」


 祈理に立ち上がらせて貰おうとしたのには、もちろん訳がある。別に彼女の胸を凝視しようとしたわけではない。

 …………自分の能力を知られるのが恥ずかしかった。完全無欠の先輩には、絶対に判らない。魔力を扱えないことにどれだけ劣等感を持っているかなど。

 他人の魔力でしか、自分を出すことの出来ない。半人前ですらない、欠陥能力者。

 努力なんかじゃどうにもならない水準。労苦を重ねて周りと肩を揃えられるのならば、もう一度……あの〝無感覚〟であった時代から、必死に神経を取り戻すところか初めてもいい。

 彼女に触れた本命は……()()()()()()()()()()()()()()

 触れる事で、宗二郎は相手の魔力を吸い上げるだけではなく、相手がどれだけの容量を持っているのか大まかに知ることが出来た。今までの誰よりも、石蕗祈理の魔力容量は底が深かった。普通の人間がペットボトルだとすれば、彼女はバケツほども感じられた。

 あまりにも常人とは違う、基本能力の差に『すげえ』と口走ってしまったのだった。

 そして……自分の好奇心が止まらなくて、負けず嫌いが負けた腹いせに、彼女の魔力の一部を奪っていた。



 廊下は太い円柱が通路に沿って並び、出口まで続いている。宗二郎は道を逸れ、その内の一本に隠れた。――我慢できずに手の平を上にし、()()()()()()()()()()

 図形の記憶能力は人一倍。それだけが唯一の取り柄にして、自分が養成所にいられる最後の(とりで)。石蕗祈理が作り出した剣の術式は、精巧に真似できるはずだった。

 祈理から抜き取った魔力は、時間と共に身体から消失してしまう。出来るだけ多くを持った状態で、魔術を再現してみたかった。

 校内の指定された場所以外での魔術使用は原則として禁止されている。校則違反になろうとも構わない。自分の好奇心を満たす欲の方が、ルールを守るよりも(はる)かに(とうと)い。



 誰かを救えるだけの力が欲しい。魔力が欲しい。自分の――魔力()



 右手に魔力を集中させる。頭の中では一つの事しか考えていない。数分前に見た地面の術式。

 一部の術式を書き換える。展開した時の規模、剣の長さ。

 脳内で術式の変更ができたら、あとは地面に手を落とすだけ。

 触れた床は冷たく。彼はそのまま自分の頭の中のイメージを右手の平に押し込み、魔力が込められた手は術式と共に――床へと押し流れてゆく。

 書き換えられた術式が上手く作用してくれた。魔法陣として地面に光る大きさは、彼女が出したときよりも、ずっと小さい。

 宗二郎は身体に残っている祈理の魔力を全て、光っている円の外側に全て流し込んだ。

 すると、力を受け取った術式は、その効力を発動させ、魔法陣の中心からとても小さな光の剣…………いや、光の短剣めいたものが飛び出てきた。


「おぉ。すげえ……」


 宗二郎は秘密裏に、何度も刻印や魔術を展開させた来たのだが、ここまで形にすると綺麗なものは初めてだった。

 だが、作り出した光剣は(ゆが)んでいる。形を維持できないのか、展開したときから既に崩壊が始まっていた。おそらく術式そのものに、どこか欠陥があるのだろう。

 あまりにも綺麗だから指先で触ってみると、反射的に宗二郎は指を引っ込めた。

 痛みを感じ、指先を見ると血が浮いていた。自分の()(かつ)さに苦笑いする。

 魔力で煉り上げられた刃だ。そこらの真剣よりかは十分な切れ味があるのは当然だ。

 短剣は徐々にその効力が薄れてゆき、自ら刃こぼれを起こしはじめ、存在を保てなくなった刀身は一気に崩壊、光の粉となって消えた。


「この魔力量で、コレぽっちが限界が。効率はかなり悪いな。…………というか、あのデカイ剣を展開させた先輩のスペック、やばすぎでしょ」


 自分の好奇心が満たされ、一気に疲労感がぶり返す。


「――今日はゆっくり寝よう。この調子だとしばらく、粘土いじりは出来ないかもな。…………俺はこの一週間、無事にお勤めを果たせることができるのであろうかねぇ」



 柱の陰から廊下の中央へ出たとき。

 ふと視界の端で何やら変なモノを捉えた気がして、真横に首を回した。

 柱が並ぶ通路から外れた場所は、柱が並んでいるだけ。居るのも自分一人だけだ。


「…………ふむー。疲れすぎているのかなー」


 独り言をいって、ロッカールームの方へとつま先を向け、歩き出す()()り。



 ――そして、ものすごい素早さで回れ右をし、猛ダッシュ。柱の裏側へ……。



 相手は観念したのか、体育座りの姿勢で両膝に顔を埋めていた。


「………………なにそれ?」


 第一印象のままに、宗二郎は言う。

 顔を上げた体育座り女子は、制服姿に腰に刀を下げていた。

 なによりも首から上は(いちじる)しく奇妙。頭からすっぽり、紙袋を被ってる姿。

 紙袋の正面には乱暴に切り取られた穴が二つ。頭の左右から一つずつ。

 その内、左右の穴からは、ツインテールのような髪の(ふさ)が垂れ下がっていた――いや、()()()ではなかった。思いっきりツインテールである。紙袋はしわくちゃで、乱雑に切り取られた穴から、本人は工作が苦手なところが(うかが)える。


「おお。こんなツインテールみたことがない。立派なモノをお持ちで。さぞ名高いツインテーラーなんでしょうねぇ。……………………えーっと? つまりルカ子さん、ですよね?」


 紙袋女はしばらく黙っていたが、観念したように――見せかけて、往生際悪く否定してきた。


「い、いいえ…………行きずりの……つ、辻斬りチャンですよーぅ」


「ふむぅ。ダっサイ名前です。寒いです。聞いてるこっちが恥ずかしさで顔赤くなりそうです。ヒーこれまた。言ってる本人の、まーメンタル強靭な事ですこと。辻斬りチャン? なんじゃそりゃ。俺だったら恥ずかしくて心臓発作起こすわ」


「う、うっさいわーっ! 黙って聞いてりゃ()()()()()()言ってくれるじゃないのさー」


「好きたい放題…………顔は見えずとも、動揺の色が言葉に出てますよ。紙袋なんか被って、さては練習場に来たんだな?」


「気になってなってきたわけじゃないやい! ちゃんと真面目に取り組んでいるのかどうか、偶然通りがかったの近くだったから見に来ただけだいやい! でも扉開かなかったから座ってた。うだうだゆっちゃってると、あわや斬るよ!」


()()()()()、じゃね?」


 頭がぷるぷる動き、合わせて紙袋から出ている髪の毛もふるふるしていた。叶うのならば紙袋の中の表情を拝みたい。すごく面白そう。


「……もうちょっと(いじ)ってやりたいのだが、今日はムリ。疲れたから帰るわ」


「どういうこと? なんかされたの?」


 真剣な声に変わるが、やっぱ紙袋だとふざけているようにしか見えない。


「アレは、訓練という名のリンチだな。補習って名目だけど補習じゃなかったらしいし。ボコボコですよもう。見てこの体操着。ぼろくそ」


 冗談交じりで伝えると、急に留歌子は顔色を変えたと思う。紙袋で表情は見えずとも、今までにない殺気が視界用の穴から流れ出ていたからだ。


「…………なに、苛められたの宗二郎? ――アタシちょっといってくるよ。扉を開かないようにしていたのも、苛めるためだったんだよね?」


「理由は判らんけど……なに急に。ど、どちらへ?」


「あの石蕗とか言う女んとこ。完全無欠だか連帯責任だか知らないけど、アタシがお(きゅう)()えてきてあげるよ。一個上だからって関係ない。マジでブットバースッ。吉報を待てぃ!」


 本気で刀に手を添え向かおうとする、暴走紙袋女。

 必死に腰に腕を回し引き留め、残り少ない稀少な体力を使うことになった。


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