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<10>-2

 ――約束は簡単に取り付けられた。

 いつも使用している工場跡。地面に転がっている金属部品や、使用用途不明の道具は見慣れているはずだ。しかし今日は、いつもと違う不気味さを放っている。

 東堂宗二郎は目をせわしなく動かし。きっとどこかにいるであろう〝先輩〟とやらを見つけるので必死だ。


「さあて。どんな()()()()()()がでてくるのかなぁ」


 冗談で言葉にしてみるが、やはり緊張感は拭えない。

 待ち合わせをしたのは良いが、どこに潜んでいるのかもわからない。

 コレが可愛い子チャンだったらどんなに良いことか。


「…………………………まてよ。そういや〝怖い先輩〟って言ってたけども、怖い男子先輩なんて一言も言ってないな…………こりゃぁチャンスがあるんじゃねえええ!? どうせ怖いなら『カワ怖い子チャン』求むッ!」


 心なしか、期待をしたらすごく緊張感がなくなった。むしろちょっぴり会いたくなったりもしちゃったり。

 敷地の奥に進んで、建物を曲がった先の通路に、その人物は仁王立ちで立っていた。地面には無造作に、彼の私物であろうカバンが置いてある。


「東堂ってのはお前か?」


「………………………………」


 相手の男子生徒は()()()()といった顔立ち。

 何か気に入らないことがあったら、言葉よりも先に拳が前に出てきちゃいそうな。

 ――はいー。怖い子チャン確定ですぅ。アハァ。終わった。俺の人生終わったですわ。もうなに『いまからお前を泣くまで殴る。まあ泣いても気が済むまで殴るけどな』みたいな雰囲気。殴られる前から、もう泣きそうです。

 しかも、その肩には〝円形〟をベースにしたワッペン。

 ……………………よりにもよって、相手は魔導科であった。


「ごっくん。ごごご、ごっくんくん――です」


 幾ら癖とは言え、緊張していては意識せざるを得ない。

 何度も空気を飲み込む事で、宗二郎は声を腹に収めた。

 頭一個ぶん背が高い。いきなりぶん殴られても大丈夫なように、宗二郎は適度な距離を保ちつつ身構えた。


「それでーぇ………………俺に何か用っすか?」


 (こわ)(もて)の先輩は急にポケットに手を突っ込んだ。


「やっぱ来たかぁ、このチンピラ! 先に言い当ててやる! さては、ナイフだな!?」


「っなわけあるか!」


 取り出す前に宗二郎が叫ぶ。

 男子生徒はほとんど条件反射で宗二郎の言葉にツッコミをいれていた。


「お前は何でも形に出来るって聞いててよ。コレを作って欲しいんだよ」


 先輩が取り出したは、ナイフでも包丁でもなく――一枚の写真。そこに写っているのは、宗二郎でも可愛いと思えるような女生徒が写っていた。


「……あー。この人しってる、あれだ。……例の、あの人ぉ」


 知っていると言って、答えをすぐに言わないのは、二つに分かれる。

 ――知っていて本当に思い出せないのか。

 ――あるいは何も知らないのに誤魔化している、のどちらか。

 宗二郎は前者のほう。相手の機嫌を損ねては危険と判断したが故に飛び出した嘘だった。

 人を憶えるのが苦手な彼は、朝見たはずの女生徒を思い出す努力をする。


「お前、(つわ)(ぶき)さん知らないとか、本当に養成所の生徒か? どっかのスパイなんじゃね?」


「あ、それルカ子にもいわれしました」


 先輩は留歌子が誰だか知らない。黙って首を(かし)げ『コイツ大丈夫か?』といった顔をする。

 まだ少しだけしか話していないものの、どこか空気が(ゆる)い。

 どうやら先輩は自分に敵意を持っているのではなく――何らかしらかの害を与えようと思って来たわけではないようだ。


「それで……本当にコレを、作って欲しいと? この写真の人の()()()()()()を作ってほしい、んです?」


「あぁ。本当にできんのか?」


「その前に、後輩から奪ったヤツを返してほしいんですけどぉ」


 宗二郎にとっては、コレが本命だった。〝カピバラくん〟に売ったものを取り返す。

 留歌子が戦力に居ないとなると事は厄介。俺の腕っぷしは自慢できるほど強くはないのだから。

 ――それでも、取り替えさねばならない意地がある。

 相手を前に、萎縮していた自分だったが、正義感が再燃し、先輩に対して戦う覚悟を決める。


「あー。その話なんだがな。一個上の人間がいきなり呼びつけたら、絶対にお前は現れないだろうってソイツが言うもんだから、一芝居打って誘い出しますなんて言ってくれたんだ。……お前の友達、イイ奴だな」


「カピバラが?」


「カピバラ? …………あぁ、なるほど確かに。……つかお前。友達に対して、地味に酷い人間だな。マジで」


「つまりモノは持ってないんですね?」


「取り上げてもいねえよ。お前を探している課程で、偶然会っただけだ」



 ――ってーと、俺は一杯食わされたどころか、この悩みに悩んだ時間と苦悩のぶんだけ、要らぬストレスを、たらふく食わされ続けたってことですかぁ? …………は、ハハ。あのカピバラ野郎め。忘れた頃に待ち伏せて……不意打ちでぶん殴る。側頭部をグーで、だっ!



「でぃぎりりっ」


 怒りで歯ぎしりする宗二郎に、ちょっとした狂気が湧き出ていて、先輩は思わず後ずさる。

 自分の意気込みが無駄に終わった東堂は脱力し、石蕗祈理の写真を見る。

 確かに可愛い? 綺麗系? ……まあどれにしても、顔を見る限り人気がありそうだ。どうして前髪が片方だけ跳ねているのかは気になるところではあるが、きっとオシャレでやっているのだろう。そうに違いない。


「…………で先輩。これさ、本人に許可取ったの?」


「取れるわけないじゃねえかよ。あの女帝にこんなこと聞けるわけない」


「いやいやいや、それってけっこうマズいんじゃないですかねぇ」


 作るのは作れるが。無断でやるのは、倫理的な問題が出てくるわけで。

 ――いま思えば、過去に作ったのはどれも二次元の造形ばかりで、実際に存在する人間を模して作ったことがない。個人趣味で現実にある美術品を刻印で複製した程度。

 誰かに頼まれて、実物の人間を作り出すなど、需要もないだろうし。何よりも本人が許可するかしないかが問題になると思う。

 宗二郎が何気なくやっていた小遣い稼ぎは、今日やろうとしていることで、やっちゃいけない一線を越えてしまうのではないだろうかと、危ぶみはじめていた。

 そんな宗二郎の心境など知らずに、先輩は地面に置いてあるカバンをがさごそ。何やら差し出してきた。差し出されたものだから反射的に手に取る。それは縦三十センチ、横二十センチほどの薄い本。いわゆる写真集というやつ。


「――――ほう。先輩、よくこんなん持ってますね」


 宗二郎が驚いたのは、このご時世で、新品同様の出版物を持っているということ。

 内界の中に本が運び込まれるのはごく僅か。外界の情報をなるべく取り入れられないように、情報誌関連の雑誌は完全に禁止されていると聞く。その他の本もそのほとんどが内界にあるモノで流通させているだけ。もう本屋はほとんど存在していない。いまじゃ何区に該当するのかは解らないが〝本の街〟なんて呼ばれていた『(かん)()』に行けばまだ本は置いてあるのかもしれないが、一度も行った事のない――ましてや本について、宗二郎詳しくは知らなかった。

 この手に収まっているというのに、閉じたままにしているのはあまりにも忍びなく。自然な流れで宗二郎は中を拝見する。水着の女の子が笑顔で写っているものであるが、学生の宗二郎には十分刺激的。


「そのだな。首から下を、すげ替えて作って欲しいんだよ。わかるだろ?」


「…………………………」


「おいッ!」


「ん? あぁ。ごめんなさい。思わず見入ってました。んで、なんです?」


 今度はよそ見しないよう、先輩は用件を伝える。

 宗二郎はますます面倒な話に顔を(しか)めた。

 先輩はページをめくりながら、コレにして欲しいと指摘する。

 可愛い水着で、胸を寄せて強調している一枚。ふと思ったがポーズは違えど、どれも同じ表情に見えてしまったのは俺だけなのだろうか? どうも人の顔はどれも同じに見えて仕方ない。

 人の趣向は様々なものがあって、男は男の数だけ性的趣向は違うものだ。残念ながら俺と先輩は相容れないらしく、首から下をすげ替えるなどという事に関して、理解と同調はできない。俺から言わせれば少し……いや、けっこう悪趣味だと思う。


「うわーすげえ。こっちの方が過激じゃないですか?」


 別のページをめくって差し出す宗二郎に、先輩は嫌な顔をして突き返す。


「バッカ野郎。流石にそこまでのヤツを作ってくれとは言えねえよ。タダでさえ背徳感凄まじいってのに」



 ――なんだそりゃ。隠れて作らせようとしてんのに、理由がヘタレだな。



「……いでッ!?」


「普通科が偉そうに吹いてんじゃねぇよ。で、やるのかやらねえのか? もしこのこと他の人間に言ったら、お前を血祭りにすっからな」


「………………」


 殴られた頭をさすりながら、宗二郎は唇を(とが)らせた。

 今更ながらに、穏やかな話じゃなくなってきた。

 もし断ったらどうなるのだろうか。身の危険を感じる。


「でもなぁ。これって情報がマジで少ないんですよ。ツワブッキぃ――先輩、でしたっけ? どこぞの未来道具ならまだしも、俺は何でもかんでも平面から立体に出来る能力があるわけじゃあないんですよ。顔にしても後ろがどうなっているかなんてのは判らないわけですから。…………んで、あるからして。最低でも四方向から撮った写真とかなけりゃ――」


 最後まで喋り終わる前に、先輩は更にポケットから宗二郎の手に束を渡した。その重さと厚さが物量を物語っており、すべて写真であった。


「…………………………まじか」


 写真はどれも石蕗祈理が写っていた。そしてそのどれもがカメラへ視線を向けていない。


「撮った、というより()()()的な?」


 冗談をかまし、苦笑いして見せるも、内心焦りを感じた。この人は、怖いだけではなく色々な意味で危ない。これでは完全にストーキングである。


「で、やれんのか? やれないのか?」


「…………んー。あとは予算的なものがあるんですよねぇ。素材もタダではないし、同期に作ってあげるときも結構かかちゃうんですよ」


 もう断った方がいいと決めていた宗二郎。首はヤバイ領域に突っ込んでいる。

 いつも支払っている料金は三人から集めても、そこまで値段は掛からない。だが先輩に説明するときは合計金額の二倍を提示した。


「いいだろう。三倍払う」


「――はぁ?」


「三倍だよ。これで文句ねぇだろ?」



 料金の多さにも肝を冷やしたが、先輩の鬼気迫る表情に、

 宗二郎は人間が持つ執念の恐ろしさを憶えるのだった。

 こうなったら方向性が間違ってでも退けない、男の根性(プライド)というべきか。

 何が何でも貫き通そうという姿勢には()()と共に感服する。



「そ、そうだ。魔力! そこらのヘボ魔力なんかじゃ、作れないんですよぉ。は、ハハハ。単純に量が必要なんです。だって同期三人でようやく一体作るくらいの……」


 先輩は自慢げに、肩のワッペンを見せつける。

 ――赤の二重円環。中身は十字の入った菱形。

 この意味するところの階級がなんであるのかは判らないが、自慢するだけすごいのだろう。

 そして、真近くで見ることがなかったから初めて知ったのだが、二重円環の内側は四方が途切れていて、正確には〝円〟じゃないらしい。逆三角形より格好いい。ずるい。


「オレが魔導科だっての、忘れてねえか? こう見えても二年の中でも、割と上のとこ居るんだよ」


「ですよねぇ……」


 ――おわった。コレは作らないと、俺がどうにかされてしまうかもしれません。

 観念した宗二郎は、念入りに水着の写真集を食い入るように眺める。

 後ろ姿と正面の写真。二枚を使い、頭の中で記憶し、平面の写真を頭の中で立体化させる。

 恐らく作れる。衣服の面積が少なければ、それだけ削る工程は少なくて済む。

 先輩がなにやら急かしてきているが、その声すら宗二郎の耳には届いていなかった。無視をされたと思って声を荒げようとするが――宗二郎から放たれている尋常じゃない集中力に、口を(つぐ)まざるを得なかった。

 今度は、石蕗祈理の写真。首から上。目鼻立ち。髪型。外見だけではなく、皮膚の下にある筋肉や骨格までできうる限り、脳内で構築しイメージを強固なものとしてゆく。一回見ているので曖昧ながらも情報の一つとして取り入れ、形成してゆく。

 近くのドラム缶に、いつも持ち歩いている樹脂の塊を乗せ、準備を整える。


「…………オーケー。手、貸して」


 機械的に手を伸ばす。いきなり別人のようになった宗二郎に、先輩は息を飲んで掴んだ。


「絶対に、途切れさせないでくれよ」



 その言葉を最後に、彼はドラム缶の上に置いてある樹脂に向かい、宗二郎は刻印を展開した。

 ――()()()ッと頭の中で音がする。強い音は耳鳴りを引き起こすものの、もう慣れていた。

 集中は極限の域に達する。脳内は全て一つの作業と数百の工程を思い浮かべる。

 この身は機械である。機構である。働く動作に意志などは必要ない。

 ただ――起動し、機械的な動作のもと、零から結にまで至る内容を、正確に忠実に再現する。

 まずは頭上からはじめる。足から始めると、自重に堪えかねて折れてしまうかもしれないからだ。三百六十度、あらゆる角度から削りを入れる。繊細なイメージが、物理の造形へとカタチを移していく。

 初めて味わう、魔力を一方的に吸い取られている感覚に、先輩の顔が強く歪んだ。

 形を――精密に。経験からくる合理に基づいて制作を進める。

 短時間であるが、二人は実に長い時間を過ごしていた感覚に襲われていた。

 製造が終わり、先輩はできあがりに魔力を失った疲れが吹き飛び、息を飲む。


「あぁー。ほんっとに、なーにやってんだろ、俺ぇ。……もう帰りたい」


 対して両目を覆い、不満を言う宗二郎。できあがりは完璧。写真集にあった水着の女性の首がすげかわっただけで、印象はガラリと変わり、完全に石蕗祈理となっていた。

 話した事もない同じ学校の先輩を、こういう形で再現してしまって良かったのだろうか。

 きっと本人でさえ、こんな格好した事はないだろう。背徳感が凄まじかった。



「………………なるほど。こんな所で不正に固有刻印を使用しているのですね」



 声の響きに、冷たさがあった。冷たさどころの騒ぎではない。気配そのものが凍っていた。

 二人の顔は一気に凝固し、並んだ能面も同然に、声のした先を見た。

 そこに立っていたのは、まさしくドラム缶の上に乗っている、首の原本(オリジナル)

 ――石蕗祈理であった。


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