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「そう。そのまさかだよン。この中には祈理ちゃんの大好きな、チーズとハムの入った卵焼きが入っているのれす」
コクリと、祈理の小さな喉が鳴った。七代の料理は驚くほど上手で、同じ年の女の子とは思えない才を持っていた。食堂に行くことを拒んでる祈理のため、弁当を作ってくれているのは、他ならぬルームメイトの七代である。
本当は本人が料理をすれば解決するのであるが、どんなに完全無欠を誇る祈理であろうとも出来ないことは存在している。その一つが『料理』である。
上手くなれることを期待して、過去に挑戦したことがあったが、卵焼きを作らせれば、フライパンに食材がまともに残らない。見るも無惨にして陰惨な焦土広がる戦場跡と化す。
七代からは、その腕前を『百年に一人のどヘタくそ』と言わしめたほど。
一年生の頃は黙って学食で済ませていたが、臨時収入が得られるようになった二年生になれば、祈理が課外任務で稼いだ金を、七代が作る弁当代として献上していた。
そんなどヘタくその石蕗祈理は、七代の卵焼きが大好物だった。
シンプルであるが絶妙。祈理の好みに、直球ストライク。お金を払っても食べたい逸品。
「祈理ちゃん。この卵焼きは前金さ。もし手伝ってくれたら残りの半分は、夕食で作ってあげる。シェフ・ナナヨが、腕によりをかけましょン」
カエル容器の蓋を開け、アルミホイルに包まれたそれを机にそっと置き、七代は包みに手を乗せた。
身体の中にある魔力を熱エネルギーに転換し。ホイルの内容物を暖める。
――術式すら必要のない。単調な組み上げで行う、人間電子レンジ。
授業以外で魔力の使用は、原則禁止されている。ルールを守るべき七代が、目の前で魔力を使用している光景。そんなことよりも祈理の目はホイルの中でホクホクになっているであろう卵焼きしか頭になかった。
声にせず、七代はアルミホイルの包みを破いて、中を見せた。
沸き上がる湯気。ただ暖めただけだというのに。祈理の目には、つい今しがた調理したばかりのように見えた。
彼女の目が輝くのを七代は黙って見つめ、祈理の方へと差し出した。
「……………………」
祈理の方もまた無言で、卵焼きに向かって、自分の箸を伸ばした。
その先端が届くか否かの所で、七代は意地悪く自分の手元に引っ込めた。
「――で、祈理ちゃん。引き受けてくれる気にはなったかなン?」
正に『お預け』を食らった状態になった祈理は目を潤ませ、恨みっぽい顔で、七代をじっと見つめ――やがて観念した様子で、小さな息を吐き出した。
「でも……私なんかじゃ、なにもできないと思うけど。七代は『委員会』の人だから、注意できるけど、私は普通の生徒だから、そんな権限はないんじゃないかしら」
行き場の失った箸の先端を、加えながらモゴモゴ話す祈理。
七代はケロケロ声を上げて笑う。
「完全無欠の祈理ちゃんが卑屈ぅ~。祈理ちゃんが注意するのはすんごく効果的。それだけ影響力があるってこと、もう二年生なんだから自覚した方が良い。……それにさぁー、引き受けてくれると信じて、ナナヨはこんなんも持ってきましたぁ」
彼女はポケットから一枚の折りたたまれた紙を取り出し、祈理に見せた。養成所周辺の地図だった。
「まー、地図で示すほどでもないのだけどンもさぁ。この〝金儲けヤロー〟は同じ場所、同じ時間帯にやってるらしいんよ。しかも今日――それがまた行われるって、タレコミがあったわけさ。まあ相当なおバカか、はたまた、よほどの自信家なのか」
「そこまで解っているのであれば、私が出る必要はないのじゃないかしら?」
……今日。しかも相手が同じ学校の生徒であれば、放課後に行われるだろう。もう犯人は捕まえたも同然じゃないか。仕事は七代が行うべきである。そして卵焼きは自分のお腹の中へ。
「そこで~、話は戻るのけどぉ。問題が生じてしまったのですよン。祈理ちゃん」
話が長くなってきそうで、祈理は七代の話よりも、卵焼きが冷めてしまうことに危機感を募らせた。
「ナナヨたちは今度、橋の向こう側で行われる訓練の、生徒誘導を任されてんだよねぇ。そんで全員出払って、現場の事前チェックをしにいかなきゃいけないわけ」
西新井橋の向こう。関原と呼ばれていた土地の一部を、今は養成所が差し押さえて使用している。普段の授業では使うことのない場所で、二年生全体で泊まりがけの大規模訓練が、近々行われる予定であった。
――なるほど。彼女も忙しい時期らしい。安易な考えを持ち込んで、頼んできているわけではない、と。
事情を聞いてしまうと、どうにも断れない。確実に不正が行われようとしているのであれば、正さなくてはならない――自分の性格が、そう考えてしまう。
「ナナヨはこういったのを頼める人間、いないのですねぇ、祈理ちゃん以外は。……だからこうやって卵焼き交渉をしているわけなので。ソレで相手は〝かなり強い刻印持ち〟なんだってさー。そんなのが相手なら祈理ちゃんがますます適任なのじゃないかなぁと」
「強い刻印持ち? ……養成所の生徒で優秀な使い手なのに、不正をしているの?」
強い刻印と言うことは、即ち優秀であると直結する。優秀であれば不正などするはずがないと思い込んでいる祈理は、妙に偏った固定観念を持っていた。
かといって、普通よりも劣った人間を白眼視するような性格でもない。
彼女の考えを聞かずとも心得ていた七代は、不正の動機を聞かれているのだと悟り、箸の先端を前歯でかじりながら、ほんの少しだけ思考する。
「んー。……優秀な生徒ほど、なにを考えてるかわかないンかもんねー。正当な理由があってやっているとはおもえンし。ほらほら三年の先輩の名前なんだっけ? 魔導科のイケメンストーカー野郎。あれだって十分やばいねンよ。祈理ちゃんにずっと猛烈アピールで……」
「――七代やめて。せっかくの作って貰った美味しいご飯に、へんなスパイスが混ざり込んでしまい、美味しくなくなってしまいます」
普段は見せない毒突き方にようやく、友達同士の会話を感じた七代はニシシと声を出す。
視線は七代から弁当箱へ。完食して空っぽになった煮物の枠を見つめ、しばらく考える。
影響力など、たかが知れていると思う。それでも他ならぬ卵焼きの報酬と友達の頼みだ。
断ってしまっては――今日一日、お腹の虫が治まらない。怒りではなく。胃袋的な意味で。
「――――わかりました。受けましょう。でも憶えていて欲しいのは、決して卵焼きに心動かされたわけではないのであしからず。七代との友情のためですから」
「……なんだろぉ。本心半分。もう半分が祈理ちゃんの中で、何か言ってる声が聞こえてきた気がするなぁ。まーいいや。商談成立。さあ約束の品物をお納めてちょうだいな」
七代はうつ伏せに寝ていた身体を起こし、地面に転がっている刀の鞘から、刃を引き抜いた。
黙って見ている祈理の目の前で、ギラつく刃の光を残しながら、卵焼きの塊をカットし始めた。
間違いなく、見つかったら厳重注意を受けてしまう。
でも、いま七代が刀で何を切ろうが、祈理には関係ない。
一番の感心は、眼前にある卵焼きを食べられる幸福。
――――ただ、それだけ。




