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<8>-2

 宗二郎が進むか逃げるかの葛藤を繰り広げている真昼。

 同じく関原養成所の、とある場所では二人の女子が、食事を始めたばかりであった。


「ねー。祈理ちゃん。しってるかぁーい?」


「…………なにを? あ、この煮物美味しいわ」


 他の生徒たちの視線を避けるために、石蕗祈理(つわぶき いのり)は空き教室で、昼食をとっていた。

 在籍している生徒も多いが、施設の規模もまた大きい。祈理たちがいる使われない教室は多く、かねてから人を避けて訪れるような、孤島の役割を果たしていた。

 大半の生徒が学食で昼を過ごすなか、祈理は弁当を持参していた。学生食堂に祈理が行くと、他の生徒が見つけては食事を一緒にしたいと言ってくる人間がいるからである。昼食すらも自分の時間が奪われるのは、常ににこやかな笑顔を作っている祈理にも、当然(かげ)りが差してしまう。この昼の時間は、彼女にとって神聖なひととき。充電タイム。自分が素になれる、本当に短い時間であった。

 教室にいたもう一人の女生徒も、二つ合わせた机に寝っ転がりながら弁当の蓋を開ける。その中には祈理と同じ煮物が入っている。寝ながら食べるなんて何事か、と。いつもの祈理ならば苦言を(てい)している所であるが、本来の祈理は友人が食べる姿勢についてとやかく言わない。

 食事の相手は、いつもニコニコした顔をしているが、それが彼女の普通な顔であり、本人(いわ)く笑っているつもりはないらしい。小柄な体型の見た目通り、すばしっこく。かけっこよりも反復横跳びが得意と自慢していたことがあった。頭の左右をシニヨンにしている――いわゆるお団子頭だ。

 シルエットで見ると、祈理は『ちいさなクマさん』に似ていると言った事があるが、笑ったようなまま、不満を(あら)わにした、なんとも不思議な顔つきは、いまでも思い出す。

 友人……そして祈理のルームメイトである津拭七代(つぬぐい ななよ)は机に寝転びながら、煮物の汁に侵蝕され、ちょっとだけ溶けたポテトサラダを口に運んだ。


「もちゅもちゅ。ごっくん。…………ここんとこ、面白い話を聞いていてだね。どうやら固有刻印をつかって、お金儲けをしている(やから)がいるらしいんだよね。祈理ちゃんはなんかしってるかぁい?」


「ううん。なにも聞いてないけど。刻印でお金儲けって。厳罰ものじゃないのかしら?」


「だよねだよね~。ナナヨも困ってるンよ。ほらナナヨは『公正委員会』で、ルールを守って貰わなきゃいけない所に属しているわけだからぁ。とっつかまえて、ビシバシ怒ってあげなくちゃいけないのよン。上手く立ち回ってるらしいけども、人の噂は足揃えて止めとけない。もっとこじんまりとやっときゃ、ナナヨの所に話が来ることはなかっただろうにねぇ。もぐもぐもぐ」


 寝ながら足を落ち着きなく動かしていた七代。靴が脱げて地面に転がるが、彼女はまるで意に返さず弁当を食べ続けた。校則違反を語る前に、本人は食事のマナー違反を持続し続ける。



 こんな不思議な行動が絶えない津拭七代であるが、入学したときからの『優良生徒』として在籍しており、二年生になったいまでも、その立場を落とすことなく、自分の与えられた役割を(まっと)うし続けていた。

 優良生徒と言っても、関原養成所には様々な役職が与えられていて、その中でも七代は生徒たちの不正を取り締まるグループの一員であった。

 関原養成所は普通のサイファー訓練施設とは違って、魔術を主軸とした生徒の集まりが在籍の半分近くを占めていて、知識を持つようになると、自ずと校則に違反した人間が出てくるようになる。しかも不正者は一般人とは違って、魔術を操れる。ちょっとしたトラブルになろうとも、単なる暴力だけでは済まない可能性が出てくる――そこで、七代のいるグループ『公正委員会』は、言葉と規律だけに留まっている学校校則の手足となって違反者を取り締まっている。

 不正を律するからには、不正を行う人間以上の実力がなくてはならない。

 津拭七代は一件、かなりおかしな言動と、人前でのマナーを大切にしない非常識な女生徒。

 それでも、無造作に床で転がっている『刀』が、実力の証でもあった。



「それで、私にどうしろと?」


「祈理ちゃん。ちょっと手伝われてくンない?」


 祈理は食べる手を止めて、あからさまに嫌そうな顔をした。他の相手では絶対に見せない。親友の七代だから見せる拒絶の姿勢。ただ言葉にして「イヤ」と言わないところは、祈理の人間性であり、彼女の性格が故な損している部分であった。


「グヌフフ。お断りしますなんて顔に書いてあるぞぉ~。正直さんだなぁもう。…………祈理ちゃん。もち、タダでとはいわねぇ。そこでナナヨはこんなン。持ってきたのだ」


 祈理の目の前に、彼女は大きめの容器を差し出した。長方形の容器にはなんとも可愛い、カエルのプリントがされていた。


「…………ま、まさかこれって」



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