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魔女、少年を連れ出す。②

「あら?」


 気付くとノアの姿が見えなかった。

 先程まで、市場でノアの日用品と服を揃え、自身の買い物を幾つかし、食材を調達した。

 そのどれもを珍しがって興味津々に眺めていたノアの姿に、安心しきっていた。

 しかしこの往来の激しい場所だ。逸(はぐ)れてしまったらしい。

 もしくはその隙をついて連れ去られたか。

 頰に手を当て、ふう、とため息をついた夜永。


 逸れただけなら近くにいるに違いないが、姿は見えない。

 行き場所は分からないが、もし攫われたのだとしたら余程の事がない限り側にいた夜永が気付くはず。ノアも当然抵抗するだろう。

 だとすれば、言葉巧みに連れ出された可能性が高い。

 とすれば、建物の隙間の入り組んだ道に誘導されているに違いない。

 夜永にはこの街の地図が頭に入っており、ある程度の当てはある。

 後はしらみ潰しに探すしかないだろう。


「まったく、仕方のない子ね」


 言いながら、口元には微かに笑みを浮かべ、焦りの表情は微塵もない。

 体術は心得がないが、自身に危険が迫ればまあ、何とかなるだろう。


(帰ったらお説教ね)


 事と次第にはよるが、ノアは一体どんな言葉で誘惑されたのか。

 それは大いに気になるところだった。



 *****



 探し始めて十数分。

 市場から意外とほど近い路地裏で喧騒が聞こえた。


「こ、こいつ強いぞ…!」


「一気に攻めりゃいいだけだろ!囲め囲め!!」


 そっと建物の影から様子を窺うと、数人の大柄な男達に囲まれ佇むノアの姿があった。

 近くには一人倒れており、ノアが伸したに違いなかった。


「こんな珍しい目の奴、滅多にいねえ。容姿も悪くねーし、高値で売れるぞ!逃がすなよ!」


 フードを目深に被っているとはいえ、隠し切れるはずもないか。

 油断した夜永にも非はあったため、加勢することにした。


「下衆な人達。私の可愛い子に何をするつもりかしら」


 注意を逸らせればそれでいい。

 ぱっとノアがこちらを振り向くと、一瞬全員の目が夜永に向く。これ幸いと機を逃さぬ男が一人、背後からノアに襲い掛かる。

 しかしそれを察知したノアは、その場で体を思い切り捻り、鳩尾(みぞおち)に蹴りをお見舞いした。

 急所を瞬時に捉える反応速度。流石、戦闘に慣れている。そして単純に強い。

 ノアを襲った男が吹っ飛び、壁に激突するとそのまま気絶した。


 今の衝撃で、ノアのフードがパサリと落ち、隠された素顔が露わになった。

 首に嵌められた異物に驚き、瞬時に男達がノアから距離を取る。


「こ、こいつ奴隷だぞ…!」


「しかも戦闘用奴隷じゃねーか!!俺達の手に負えるわけねーよ!!」


「女だ!女を盾にしろ!!」


 一斉にこちらに向かってくる男達に、夜永はくすりと笑みを漏らす。

 滑稽だ。焦って思考を放棄している。

 女が単身、屈強な男達を前に何も準備をしていないとでも思ったのだろうか。


「お馬鹿さん達」


 男の手が夜永に触れる寸前、バチッと火花が走り、男が手を押さえてその場をのたうち回る。

 見えない結界に阻まれ、誰一人、夜永に触れる事は叶わない。


「こいつ、魔法が使えるのか…!?」


「あ、あり得ねえ!!」


 狼狽える男達は、背後をとられたことに気付かない。

 ノアが素早く急所に拳を打ち込み、蹴りを食らわすと全員ノックアウトした。


「ノア」


 息が乱れた様子もないノアは、夜永に呼ばれてタタタッと駆けてくる。

 ギュッと夜永のマントの裾を握ったノアは、もじもじとして視線を地面に落とす。

 夜永が優しく「どうしたの?」と問えば、不安げに揺れる瞳がしっかりと見つめてくる。


「夜永、ごめんなさい。命令されたのに、守れなかった。ごめんなさい。ごめんなさい…」


「ノア」


「捨てないで」


 ノアが本心を言ってくれるのは初めてで。恐怖故だろうが、これは彼にとっても成長だ。

 可哀想に。小さく項垂れる子供を前に、夜永は屈み込んで目線を合わせると、震えるその手を握る。


「捨てないわ。こんなに可愛い子を見捨てたりするものですか。それに、貴方は一番の命令をちゃんと守ってくれたじゃない」


「一番…?」


「自分を大事にしてくれたのよ。それが何よりだわ」


 ノアの瞳が潤んだように見えたのは気のせいだろうか。

 すぐにまたフードを被り、視線を落としてしまったため、分からなかった。

 彼は、少しずつ変わり始めている。それが夜永にとっても嬉しかった。

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