少年、安息を得る。
寒い。ここはどこだろうか。
……ああ、そうだ。ここは戦地だ。
上からの命令で、小さなこの村を制圧に来た。
だが、思いの外激しく抵抗されたため、多くの命を奪った。
そこに感情は存在せず、ただ言われるがままに殺して回った。
『抵抗する者は容赦なく殺せ』
そう言われたから。
小さな子供が震えているのを、頭を傾けて見た。
この子は、殺すべき対象だろうか。
血濡れた少年に、その子供はしゃくり上げながら言葉を紡ぐ。
「こ、来ないで……助けて…死にたくない…」
そうか、この子も抵抗するのか。
じゃあ、殺さなくちゃ。
仕方ない。だって抵抗するから。楯突くから。
僕は殺さないといけないんだ。
せめて苦しまないよう、手にしたナイフで小さく悲鳴を上げる子供の喉笛を掻き切った。
そこらで拾ったナイフは錆びており、刃はガタガタだ。
数秒苦しんだのち、子供は息絶えた。
何故だろう。苦しまないように殺したつもりだったけど、失敗した。
まあ、いいか。命令通りに殺したから。
すぐに興味を失い、少年はナイフを捨てる。
刃物は必要ない。だって僕は強いから。
こんな物無くたって、人は簡単に殺せる。
絞殺、蹴殺、頭部破壊……色んな方法で殺せる。
より残酷に、より凄惨に殺す方法は、沢山教わった。
でも、それだけだ。
先程の子供は、どうしてあんな顔をしていたのだろう。
「死にたくない」と言っていた。
死ぬことは、そんなに嫌なことなのだろうか。
分からない。
泣いている人間なら何度も見たことがある。自分も同じようにすればいいのかと思ったことはあるが、上手くできなかった。
そういう訓練はして来ていないのだ。
気付けば火の手が上がり、息をしている者もいない。
軍は引き上げたのか、味方の数を数えることもなくあっという間に去ってしまった。
置いていかれた。そもそも味方に数えられていたかも怪しい。
所詮奴隷なのだ。使い捨てなのだから、いてもいなくても変わらないと判断されたか。
どちらにせよどうでも良かった。
何も持たない僕はどこへ行ったらいいんだろう。
命令されていないから、帰る事もできない。帰ってこいとも言われていない。
だから、もう僕は必要なくなったのかもしれない。
まだ生きているのに。戦えるのに。捨てられたら、自分はどうすればいいのか。
「こんにちは」
ぐるぐると考えていると、艶やかな声が聞こえた。
見れば、とんがり帽を被った全身真っ黒な女性が腰を屈め、こちらを見つめていた。
黒曜石のような瞳が自分を射抜く。
何か用だろうか。それとも、ここにいるのは邪魔だろうか。
退いた方がいいだろうか。そう思案していると、色々聞かれた。
名前、行く場所。何もない僕は、ただ首を横に振るだけだった。
「貴方、行くところがないなら一緒にいらっしゃい」
僕はまだ、使える?
問うように、視線を合わせてくる女性の瞳を見つめ返す。
その人は、僕がいて「助かる」と言った。
そうか、僕はまだ必要としてもらえるんだ。
じゃあ、行かなくちゃ。
それは、依存先が変わった瞬間だった。
*****
目が覚めると、眼前には昨日の女性がいた。
起こしたら怒られる。
そう思い、ただじっと目覚めるのを待つ。
同じ布団に包まった体が温かい。
てっきり、途中で目が覚めると思っていたし、起きたら床にでも転がされていると思っていた。
湯に浸かり、湯気の立つ食事をし、柔らかな布団で眠る。
今まででは考えられない経験だ。
どうして僕はこんなに優しくしてもらえるんだろう。
分からない事だらけで。けれどもそれが胸をじんわりと温かくする。
ただの使い捨てのはずなのに。昨日、遂に死ぬと思っていたのに。
死ぬ覚悟も何も持たず、ただそこにいるから生きているだけ。
それだけだったはずなのに。
やがて目が覚めた女性は、自分に微笑みかけてきた。
「おはよう、ノア」
そう、そうだ。僕はノア。名前をもらった。
そう名乗ってもいいのか。
(夜永…)
彼女の名前だ。
ちゃんと呼べるようにならないと。
ご主人様でも、マスターでもなく、名前で呼ばないと。
そうでないと、捨てられてしまう。
行く所のない僕は、彼女に従うしかないんだ。
彼女の名前を呼びたい。そんな、初めて芽生えた小さな欲求には気付かず。
この時はただ、義務感や忠誠心だと思っていた。




