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王脩  作者: 涼風隼人


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第6回 王脩、北海相孔融と対面をする

 孔融は孔子の末裔であり、神童と呼ばれるほど、子供の頃から才気煥発であった。黄巾の乱で荒れ果てた北海郡に相として赴任をした。そこで孔融は仁政を敷き、民からも慕われていた。

 

 その孔融が一番力を入れていたのが、若き才能を登用して活用するという人事政策であった。この人事政策の枠に入ったのが、王脩、ということである。

 

 王脩が黄文に言う。

 「まさかこんなに早く故郷に帰り、そして孔融様にお会いできる機会を得られるなど思っておりませんでした。私は愚鈍な質ですが、今回ばかりはいささかの緊張を覚えています。」

 

 「淑治、確かにお前の言う通りだ。しかし、張奉殿との出来事が、ここまで広がるものなのだな。孔融様といったら、名士中の名士だ。」

 

 「はい。あとは、士分や名士の情報網というのは、やはり強力なものであることもわかりました。日頃の行動から驕ることなく、慎み深くと注意を払わねばなりませんね。」

 

 「確かにな。良い話より、悪い話は一層広がりやすいであろうからな。」

 

 王脩は胸の高鳴りを押さえるのに必死であった。

 「孔融様に会える」

 孔融に働きを認められれば、王脩は名士として世間に認められると言っていいであろう。その機会がこれほど早く訪れるとは、誰もが思わない幸運なのである。

 

 日が暮れかかり、宿をとることにした。

 

 宿屋街でも一番立派に見えるところに入った。

 

 使者が言う。

 「今宵はここに泊まることにする。」

 

 王脩が言う。

 「ここは一番立派な宿に見えましたが、贅沢ではございませぬか?」

 

 使者は笑いながら答える。

 「孔融様は特段、贅沢を好む方ではない。しかし、今回の様に人を招く際に泊まる宿は、その辺りで一番いいところにするのが礼に適う、とのお考えをおもちなのだ。」

 

 黄文が言う。

 「私は、招かれた身ではありませんので、別の宿を取ろうかと思いますが・・・。」

 

 「淑治殿が同行を願い、私が認めたのであるから、その点は問題ない。ただ・・・。」

 

 「ただ、何でございましょう。」

 

 「盧邦殿の所でも言ったが、今回孔融様がお招きしたのはあくまで、淑治殿で、練達殿の事は知らぬ。それ故、孔融様がお会いになるか、仕官を認めるか、などと言った点は、私では全くわからない。」

 

 「それは、大丈夫です。淑治に言われるがままに同行しましたが、そこから先の事に、過大な期待はしておりませんので。」

 

 宿での酒食も豪華であり、王脩と黄文は驚いた。

 

 こういった感じで旅は続き、とうとう二人の故郷でもある北海郡に入った。使者が言う。

 「私は帰着の報告をするので、ここで失礼する。今日はここの官舎に泊まってもらい、孔融様にお会いするのは明日、ということになるだろう。」

 

 王脩が言う。

 「使者殿、何から何までお世話になりました。」

 

 黄文が言う。

 「私の様な者にもお心をお使いいただき、感謝の念に堪えません。本当に、ありがとうございます。」

 

 「私は自分の職分を果たしたまで。明日、二人の人生の新たな門出になるよう、お祈りいたす。」

 

 王脩と黄文は拝礼して、使者を見送った。

 

 官舎に入り、二人となった。王脩が言う。

 「いよいよ、明日、あの孔融様とお目通りできると思うと、胸の高鳴りが止まりません。」

 

 「ああ、そうだな。恐らく私は、お目通りは叶わないと思っているが、それでも淑治の気持ちはよくわかる。」

 

 「練達殿。期待しすぎるのは良くないかもしれませんが、最初からあきらめるのはもっと良くないと思います。練達殿もお目通りできるよう、私も祈りますので、決してあきらめないでください。」

 

 「確かにな。私もお目通りが叶うよう祈りながら、今夜は床に就くとしよう。」


―明朝―

 使者が迎えにやってきた。王脩に言う。

 「淑治殿。さあ、本日は馬車にお乗りください。練達殿は申し訳ないが、馬で頼む。」

 

 「もちろんです。淑治、馬車でのお出迎え、まるで名士になった気分ではないか?」

 

 「何をおっしゃいます。あまりのもてなしに、辟易しているところです。」

 

 使者が言う。

 「淑治殿。緊張する必要はない。孔融様は、各方面に目を光らせ、優秀な若者を探している。そして、お目通りの日は馬車にて出迎える、と言うのがいつもの事で、何も特別なことではないのだよ。」

 

 「そうおっしゃって頂き、少しばかり緊張がほぐれました。お心遣い、ありがとうございます。」

 

 「では、参ろうか。」

 

 馬車がゆっくりと走り出し、その後を黄文が行く。

 

 民にも同じみな光景なのか、「孔融様の馬車だ」「また有望な者が登用されるのか」などの会話をしているのが、黄文には聞こえてきた。

 

 ほどなくして、立派な邸宅が見えてきた。ここが、北海郡の統治を実質的に行っている孔融の相府である。正門に当たる場所で、使者は馬車を止めて、門番に王脩と黄文の到着を告げた。

 

 使者が言う。

 「さあ、ここからは相府の者が案内するので、私のお役目はここまで。恐らく、客人を待たせる正堂に通され、練達殿は入口にてお控えいただくことになると思う。二人の成功を祈っておる。」

 

 王脩が言う。

 「ここまで、本当にお世話になりました。心より御礼申し上げます。」

 

 王脩と黄文は使者に拝礼し、使者も拝礼を返して別れた。

 

 そして、いよいよ相府の者に案内され、中に入ることになった。案内の者が言う。

 「王淑治殿は、正堂の中でお待ちください。そして、黄練達殿は、申し訳ないが、一旦入口にてお待ちくださいませ。」

 

 王脩は正堂に通された。部屋は当然に隅々まで清掃が行き届いており、ほのかに薫るお香がたかれている。

 

 しばらくすると、ゆったりとした儒服に身を包み、所作を見てもその格式と優雅さが伝わる漢が入ってきた。孔融である。孔融が言う。

 「お待たせして申し訳ない。私は北海相、孔文挙と申す。王淑治殿、よくぞ参ってくれた。」

 

 「私は、営陵県出身の王淑治でございます。お招き頂いたこと、心より御礼申し上げます。」

 

 「本日は、今、士分、名士の中で噂になっているあなたに会いたくてお招きした。張奉殿ご一家を救った話、あれは出来そうでなかなかできることではない。しかも、礼としての金子も受け取らずに立ち去ったと聞いて、この文挙、本当に心より感心した次第。」

 

 「私は見返りを求めたのではなく、たまたま立ち寄ったところ、お困りだったので、人として当然に助けたまでです。」

 

 「その心意気が素晴らしい。そして私は、そういった若者たちに、積極的に民の為に働いてもらいたいと考えている。そこで、私の下で働いてもらいたいと考えているが、如何かな?」

 

 「ありがたき幸せでございます。私は、常々、学問を政に活かしたいと考えておりました。その機会を頂けるとのことで、感謝の念に堪えません。」

 

 「そうか、受けて頂けるか。それでは、早速ではあるが、私の右腕として“主簿”になって頂く。これからは淑治、と呼ばせてもらおう。」

 

 「かしこまりました。身に余る光栄でございます。ところで、差し出がましいのですが、一つお願いがございます。」

 

 「ほう、お願いとは?」

 

 「私の友人で黄練達という者がいます。私の至らぬ点を指摘し、補ってくれる非常に優秀な人物です。実は外に控えておりますので、この機会にお目通りや登用などしていただければと思うのですが・・・。」

 

 「なるほど。それならば、淑治の補佐として、“書佐”として取り立てよう。目通りに関しては、その黄練達の活躍が私の耳に入るくらいになってからにいたそう。」

 

 「・・・。畏まりました。それでは、今後ともよろしくお願いします。」

 

 「こちらこそ、よろしく頼む。仕事を始めるのは一〇日後からでよい。いったん、実家に帰って報告するがよい。」

 王脩は拝礼し、正堂を後にした。

 

 入り口にいた黄文には、二人の会話が聞こえていた。黄文が言う。

 「孔融様にお目通り出来なかったのは残念だが、淑治のおかげで仕官をすることは許された。心より、感謝する。」

 

 「いえ、まさかいきなり主簿の大命を受けるとは思っておりませんでしたので、練達殿が補佐でいてくれるというのは、実に心強いです。孔融様へのお目通りも、近いうちに適うよう、ともに尽力を致しましょう。」


 こうして、王脩は孔融の政の右腕ともいうべき主簿に、黄文はそれを支える書佐となることが決まったのである。

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