第3回 王脩、宛城にて黄文と出会う
張奉の邸宅から数日で無事、宛城に到着することが出来た。
故郷の北海郡営陵県と比べると、さすがは南陽郡の郡治であり、行き交う人の多さや、賑わいというものは比べものにならなかった。
王脩は、日も暮れかけていることから、本格的に動き出すのは明日からとし、まずは旅の垢を落とすために宿をとることにした。
宿屋街も各宿が客引きをしており、活況を呈していた。
多くの者が声を掛けて来るが、手持ちの金子が限られた王脩にとっては、少しばかり高い気がして、自分の故郷との物価の違いというのを感じていた。
そのようなとき、一人の男が声を掛けてきた。
「お兄さん、旅の書生さんかい?相部屋でよければ、安くしておくよ。」
宿代を聞いてみると、相部屋であるかわりに、手頃な値段であった。簡単ではあるが、食事も付くという。
王脩は贅沢をする気は全くないので、この宿で世話になることに決めた。
男が案内をするというので、その後ろをついていった。
宿屋街から離れていくことから、少し不安になってきた王脩は率直にこの男に聞いた。
「宿屋街を離れていきますが、そちらの宿は遠いのでしょうか?」
「いや、そんなに遠くは無いが、中心部で商売をしているわけではない。この値段で、中心部での商売はできないさ。」
「わかりました。お願いします。」
その後もしばらく歩くと、男が言う。
「さあ、ここです。どうぞ、中へ。」
案内された建物は、かなり老朽化が進んでいるように見えた。宿屋の看板も出していない。怪訝に思った王脩は更に聞くことにした。
「あの、建物が古いのはいいとしても、看板も出していないというのは、どういうことですか?」
「お兄さん、それは訳あり、ということさ。訳ありといっても、悪い意味ではないよ。うちは、誰にでも宿泊を案内しているわけではないんだ。」
「と、言いますと?」
「お兄さんみたいな書生さんや、路銀や金子に困っていそうな人にだけ、ここを案内しているからさ。」
「何故、そういった方針でご商売をされるのですか?」
「それは、半分は人助け。もう半分は商売、といったところだな。俺は誰にでも声を掛けているわけではないのでな。」
男の話を聞いていて全ての疑問が払拭されたわけではないが、少なくともその言葉から悪質な気配を感じないことから、王脩はここに宿をとることにした。
二階に案内されると、大きな部屋に通された。
相部屋、と言うから個室を二人か三人で使用することを想像していた王脩だが、大部屋一つに多くの者が同宿する、という意味であったらしい。
壁沿いに一定間隔で縄が打たれており、どうやらその縄の範囲が一人で使える区画、ということらしい。この部屋は全部で一五区画になっている。すなわち、一五人部屋、ということだ。部屋の中央には長机が三つ程用意されており、そこで食事をとったり、勉学をしたり、自由に使っていいことになっているとのことであった。
男が言う。
「ちょっと驚かせたかな。でも、これはこれで新しい交流を生み出す効果もあるんだぜ。積極的に話をすると、案外、こういった場に学ぶべきことがあったりするものさ。ちょうど今日、あそこの角っこの場所が空いたんだ。お兄さん、あんた運がいいよ。角っこは人気の場所だ。」
男が部屋の入口の左奥を指し示した。
王脩は指定された場所で、旅の荷をほどいた。
その最中に、隣の男が声を掛けてきた。見たところ、年齢は自分と同じ二十歳くらいであろうか、と感じた。男が言う。
「私は、黄練達と申し、北海郡劇県の出身です。歳は二十二歳、遊学でこの宛城に参りました。」
「私は、王淑治と申し、北海郡営陵県出身です。歳は、二十歳、同じく遊学でこの宛城に参りました。」
「ほう、同じ北海郡、しかも隣県の方でしたか。歳もほとんど変わらない。これは、奇遇な出会いだ。」
「そうですね。宿主と思える男も言っていましたが、早速、新しい交流を見つけることが出来ました。」
「宿主、と言うのは“旅達”殿のことであろう。最初は少し胡散臭い人だと感じたが、旅の達人で皆から“旅達”と言われているが、誰も本当の姓名も字も知らない、という不思議な方だ。」
「左様でございますか。黄練達殿は、こちらで誰かを師にしてお仕えする感じでしょうか。」
「練達、と呼んでくれて構わない。私も、淑治、と呼ばせてもらいたいが、構わぬかな?」
「もちろんです。それでは練達殿、もう師は決められているのですが。」
「いや、まだだ。淑治はすでに決めているのか?」
「いえ、決まってはいないのですが、旅路の途中で出会った張奉殿より、この様な書状を頂きました。」
王脩は懐から、盧邦への紹介状を取り出し、黄文(練達の名)に手渡した。黄文は聞く。
「中身を見ても、いいのかな?」
「はい、もちろんです。」
そこには、張奉一家全員が原因不明の病にかかったところを王脩に助けられたことと、その感謝の意が示されており、王脩がそちらに伺った場合は、是非、弟子入りを許可してほしい、という張奉の願いが書かれていた。黄文が言う。
「淑治。これは、誰もが出来そうで出来ないことだ。人を助けたいという気持ちがあっても、原因不明の病であれば、自分に感染するかもしれぬというのに・・・。」
「私も最初はためらいが無かったと言えば、嘘になります。しかし、私は七歳で母を亡くしましたが、その時はまだ子供で看病などもできなかったので、母を思いながら、張奉殿ご一家のお世話をさせて頂いた次第です。」
「なるほど・・・。張奉殿が紹介してくれている盧邦先生は、この辺りではご高名の方だ。これは、良いものを手に入れたな。」
「そうなのですね。そうともなれば、明日、早速伺ってみようかと思います。」
「羨ましい限りだ。私も、自分の師となってくださる方を探しに行こうと思っている。」
「差し支えなければですが、練達殿も一緒に行ってみませんか?この出会いは、何か運命めいたものを感じますので。」
「淑治、まことに良いのか?」
「はい。それでは明日、早速伺うことに致しましょう。」
「私はここに逗留して一〇日ほど経つが、何らきっかけをつかむことが出来ずにいた。私にとっても、運命の出会いの様な気がする。」
こうして、二人は夕餉を取り、明日に向けて早めに床に就いたのである。




