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『月の乙女』は帰れない 前編

  滲む視界に、シャンデリアらしき光がキラキラと輝く。


 左右の視界の端の鮮やかな色味は、婦人たちのドレスだろうか。 


 (まるでお花畑みたい)


 その中央に立つのは、この国の正装である白金色の衣装に身を包んだ、このパーティーの主役だ。


 ……声がよく似ているので、たぶんそうだ。


 「私、ディアニス・ユエ・アルテミシアは偽りの『月の乙女』カグヤとの婚約を破棄し、このヨーリィを王太子妃とする!」


 その傍らには、薄紅も鮮やかな異国風のドレスに身に纏った隣国の姫、ヨーリィが寄り添っている。


 ……たぶんであるが。


 思わず目を細めてじっと、ぼやける二人を凝視すれば、ヨーリィの鈴を転がすような甘い声が響いた。


 「こわぁい、睨んでらっしゃるわ」


 「その目をやめろ、しかめっつら女め!」


 いやだって、見えていませんし。


 月と狩猟の女神を信仰するこの『アルテミシア王国』では、目が良いことこそが至上とされている。


 嫌がらせで破壊された眼鏡やルーペは五本を超えたところで数えるのをやめた。


 「大丈夫だシャオリィ、ボクが傍にいる」


 「ディアニス様……頼りにしておりますわ」


 蕩けるような甘い声で囁くような睦言を交わすディアニスとヨーリィは、さぞかし絵になるだろう。


 「……諸君! もう解っていると思うがこの(カグヤ)は『月の乙女』などではない!

  何の能力もない、この国の穀つぶし、寄生虫だ!」


 周りがざわつき始める。


 鋭く研ぎ澄まされた耳が、カグヤに失望する声も捉えた。


 ――確かに、召喚されて一年も経つのに何の奇跡も起きていないな。


 ――今回の召喚の儀式は失敗だったのか……。


 周りの貴族の反応に気をよくしたのか、ディアニスが高らかに続ける。


 「この女は一年もの間、王家で面倒を見てやっていたにも関わらず、何の奇跡も起こすことが無かった!」


 その物言いは、あまりにも傲慢であった。

 我慢が出来ず、カグヤは懸命に反論した。


 「っ……元はといえば、貴方たちが私をこの世界に呼んだんじゃないですか」


 「黙れ、面の皮の厚い偽物が!」


 被せるように、ディアニスの鋭い怒号が飛び、カグヤは思わず身をすくめる。


 顔こそぼやけてよく分からないが、ディアニスの顔が不機嫌に歪んでいることは想像に難くない。


 「確かに『月の乙女の召喚の儀』を行なったのは我々だ。

  しかし、その後の生活はしっかり保障してやっていただろう!」


 カグヤは一年前にこのアルテミシア王国に召喚された、現代日本の平凡な看護学生であった。


 執り行なったのは『月女神の御子』と讃えられている美貌を持つ、このディアニス王太子だ。


 召喚は出来ても送還はできない、もう元の世界には戻れないと告げられた日から、カグヤの地獄の日々は始まったのだ。


 「何かの『奇跡』が起こせるのならば、私の側妃として面倒を見てやらんでもなかったが、何も出来ない無能では話にならない!」


 「そんな……これまで医療施設などの支援を行なっていたではありませんか!」


 ぬくぬくとした現代日本から右も左も分からない異世界に放り込まれたカグヤであったが、それでもこの国に馴染めるように努力はした。


 この国の言語を覚え、国内の医療を……特に『盲院』と呼ばれる眼病の患者が入る施設への支援を行い続けていた。


 「眼病にかかるなど、女神に見放されたも同然だ。

 そんな者達にかまけているから奇跡の一つも起きないのだ」


 「……馬鹿げてます」


 眼病は誰しも掛かる可能性はある、若い時は健康であっても老いればその機能は弱まるものだ。


 現に、あの施設には著名な学者や教養に富んだ貴族も居る。


 ただ、目を患ったからという理由で施設に詰め込まれるなど、おかしい話だ。


 「しかも、目つきの悪いブスときた。

 こんな女が月の女神の眷属である『月の乙女』であるはずがなかったのだ!」


 視力の悪さは生活習慣が原因なので何も言えないが、それでもここまで言われる所以は無いはずだ。


 可憐で従順なヨーリィを侍らせ、ディアニスは高らかにこう宣言した。


 「このような女神に見放された女を王都どころか国内に留めてはおけん! お前は国外追放とする、恨むなら自分の無能さを恨むがいい!」


 「……そん、な」


 何も後ろ盾もない異世界から来た女が、身一つで見知らぬ土地に追い出される。


 その末路が碌でもないことになるくらい、カグヤにも理解できる。


 「ふふ……お元気で、カグヤ様」


 鈴を転がすようなヨーリィの甘い声が響く。


 別れを惜しむ言葉を投げ掛けながら、きっとその顔は愉悦に歪んでいるだろう。


 「身一つで放り出すほど私も冷血ではない、多少の旅銀はくれてやろう」


 「……」


 頭に浮かんだのは、盲院で改善のために共に働いた異国の青年であった。


 アルテミシア王国よりも医学が発展していないという、南方にある祖国のために医学を学んでいるという彼もまた、昔患った眼病の跡を眼帯で隠していた。


 (出来れば、最後にもう一度お話をしたかったな)


 『ソル』と名乗った彼は温厚で優しく、傍に居て落ち着く人間であった。


 便宜上ディアニスとは愛の無い婚約はしていたが、今思えばカグヤが好意を抱いていたのはソルだったかもしれない。


 (それももう、今となっては遅いのだけれど)


 否応もなく異世界に呼び出され、不要となれば放り出される。


 同じ名前を持つかぐや姫の方が、(故郷)に帰れて幸せかもしれない。


 (私は、何のためにここに来たのだろうか)


 怒ることも泣くことも、疲れてしまった。


 「……承知しました、それでは失礼します」


 一年足らずの令嬢教育で、全てが修められる訳でもない。


 無様な挨拶(カーテシー)で失笑を得るよりも、カグヤは丁寧なお辞儀をもって別れの言葉とした。


 そうして踵を返そうとしたその時、静かな澄んだ声がカグヤを呼び止めた。


 「待ってください、カグヤ嬢」

毎日20時10分投稿予定、全8話です。

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