第31話 準備とたくさんの約定
第31話 準備とたくさんの約定
橋の現場からサクたちが帰ってきて、幾日か経過した。
サジとバルグと村長の話し合いである程度、橋再建の方向性が決まり、その準備に向けてその他の諸々の人、物が動き出した。
バルグとモルは再度、橋の現場に行き、工程の見直し。サジはオルムと要員の確保と段取りに動き出す。メルナには縄・綱の増産の予定が内々に伝えられ、水車の力を使って縄を撚る、新しい仕掛けも試すことになっていた。人の腕だけに頼らず、川が流れている間は動かし続けられる仕組みである。
ただ、当面の縄に使う藤や葛などの採集に加え、これから使う繊維の選別や試作まで重なり 、その作業の差配でメルナは忙しい時間を過ごしていた。
そこにサクが現れた。
「こないだ寸法測ってもろた『若いもん』のズボンとかやけどな、ちょっとギリギリまで作んの待ってもらわれへんやろか」
メルナとしては待つのはよいが、急に要ると言われて納期がないというのは困る。
「なんで? まだ取り掛かってないけど、急に要る言われてもでけへんで」
「いやー、今、鍛錬しとんやけど、思ったよりあいつらデカなりそうやねん。それと一回、俺一人で町に行くから、あいつら連れて行くんも少し伸びそうや」
「鍛錬でも要るから早よせなあかんのちゃうの? 忙しい中、ありがたいけど」
「鍛錬は足回りと手袋以外は俺の予備を流用でなんとかなりそうや」
「それにしても、そんな急にデカなる? あの子ら」
「一月二月して、もう一回測ってみ。びっくりすると思うで」
「そんなもんなん?」
「あれくらいの歳は、食うて寝て動いとったら、ほんま急に伸びる時あるねん」
早々につむぎ小屋を出たサクは金物のハーケン、カラビナなど小道具受け取りに作事小屋に向かった。
品物の受け取りを終えたサクは次の段取りに出ようとしたその時、バルグに呼び止められた。
「おい、サク!」
サクは一瞬、ビックとして返事した。
「はいっ。」
「なんや、かしこまって。」
「いや、最近、なんかバルグに怒られてばっかりやから」
「怒ってへんわ!」
モルがまぜっかえす。
「仕事始まったら、あのおっさんはずっとあんなんや」
「そうか、これがフツーか」
バルグが話をつづける。
「橋の再建やけどな、サジとオルムで人手の手当が終わった。近日中に第1陣の10人が出発や。1週間ごとに次の10人と交代でこれを繰り返す。2か月の予定や」
この後、バルグ、モルとの話の中で、緊急の際にはダンとジーロを連絡や輸送に依頼すること。滑車の活用についてサクに意見を聞きたいと希望され、町行きから帰ったらすぐに同行することが伝えられた。
それと、サジが先行して、南に向かい、昨晩帰ってきた。
海の里にこの件の連絡と挨拶に行ったのだが、その際、人手は多く出せないが、干し魚や塩、それに現場で使える物資を届けるという話になったと知らされた。
「いよいよ、本格的に動き出すな」
サクはそう呟き、自分も急がなあかん、と気持ちを引き締めた。
*
サクはその晩、村長の家にいた。
サクと同席しているのはオルム、ガロン、メルナ、村長夫妻、そして薬師のばあさんである。
話す内容は町と交わす約定について。
村長から下案として下記の項目がまず提示された。
・派遣の目的は森、山を行く冒険者の養成。それ以外は別途、交渉する事
・町からサクに対し、役職を与えない。
・サクの滞在中の滞在費の負担
・派遣期間については最長1か月、それ以上の場合は別途、交渉の事
・村側からも受講者を派遣するので、それを受け入れる事
・スキルに達した冒険者に対し、村への物資の輸送を要請する事
・村に運ぶ物資は塩700kgを最低水準とする。
「これは、あくまで下案や。抜けや矛盾があることは承知しとる。今日はこれを持っていけるものにしたい。不足の部分については遠慮なく言うてほしい」
村長は謙虚に皆に応援をたのんだ。
ガロンとメルナがサクを守る視点から意見を述べた。
ガロンがまず口を開く。
「目的は山林を踏破できるものの養成一点でええんやないか。ここあいまいにしたらややこしなるで」
「それと町から役職を与えんちゅうのは納得できるし重要なとこやけど、教育期間中の指揮権はサクに帰属させんと危ういな」
メルナは費用的な面をつく。
「滞在費だけやのうて、怪我した際の治療費とか宿泊費、食費とか明文化しといた方がええんやないの」
村長はそれらの意見を聞いて、一文一文直しながら、また自分でも意見を出す。
塩の輸送に関してはオルムが不足している点をつく。
「塩の対価について書かれてへん。これは冒険者の輸送費とは別の取引や。これについては相応の物品、金銭の対価が必要やで。ここは明確にしとこ」
「あくまでもサク派遣の対価は冒険者の輸送料ちゅうことやな」
村長は頷きながら、文面を作っていく。
オルムからはもう一点、塩の輸送の期限について年内を明確にすることが挙げられた。
ばあさんは約定の文の体裁と文言の選び方について意見を求められていたが、終わり近くになって、こう言った。
「サクに勝手に約束されても困るんでのう。その一文も入れてもらおうか」
サクは顔をしかめて言った。
「そんな信用ないんか」
ばあさんはサクをにらみつけて言った。
「お前は無意識にそういうことするところがある。胸に手を当ててみぃ」
と最後に一文が付け加えらた。
サクは一つ懸念事項があった。派遣期間である。一か月では町が望む人数の養成はむずかしい。せめてもう一か月は言ってくるだろうと。
村長はそこでサクに言った。
「町からもう一月欲しいと言われるくらいは想定しとる。そこまではお前の判断で決めてええ。それより先は一度持ち帰れ」
そして約定の文面は以下のようになった。
1.派遣の目的は、山林を踏破できる冒険者の養成に限る。
2.サクに町やギルドの役職を与えず、他の任務にも就かせない。
3.訓練中に限り、サクに受講者への指揮権を認める。
4.初回の派遣期間は一か月とする。ただし、サクの判断によりさらに一か月まで延長できる。それを超える延長には、サクおよび村の同意を必要とする。
5.宿泊、食事、訓練場所、消耗品および訓練中の治療費は町側が負担する。
6.村から派遣する受講者を、町側も同じ条件で受け入れる。
7.合否はサクが判断する。合格者は養成の一環として実地訓練を行い、その実地訓練には村への物資輸送を含む。
8.村へ運ぶ物資は塩を優先し、今年の年越しまでに、少なくとも合計七百キロを届けること。
9.塩の対価には村が用意する相応の交易品を充てる。塩およびその対価となる交易品の輸送にあたる冒険者の報酬、食料その他の輸送経費は町側が負担する。
10.村への道や村内の情報を、許可なく外部へ伝えない。
11.約定にない要求はサク本人だけでは決定せず、村に持ち帰って協議する。
そして参加者に言った。
「みんな、ええな」
一同は無言で頷いた。
話し合いを終えた文面は、後ほどサリナの手で二通に清書され、村長の印が押された。
次の町行きにはこれを持ち込み、相手方と交渉し、領主側が正式な締結者、ギルド長が実務担当の2つのサインを貰った上で持ち帰り、次の派遣からスタートする。
相手側のサインを締結者と実務担当の2つ要請するのはばあさんから提案された。
「実務はギルドでも冒険者の金の出所は領主や。そこ抑えとき」
とのことだった。
約定の後では次のサクの単独での町行きの交易品の話になった。まず、オルムからどうしても試飲用の酒を持ち込み、感想を聞いてもらいたいと申し出があった。
「試しに飲ませるだけでええ。一本、いや二本でええから」
「一本でも重いねんて」
「薬草ばっかり持って行っても、町の連中は腹ふくれへんやろ」
「酒でも腹はふくれへんわ」
酒は瓶を含めて重い。サクは眉を顰め
「そんなにたくさん持ちこめんで」
と、できれば断りたい品物だった。
「本格的に持ち込む前に、売れるかどうかの確証がわずかでもほしいんや」
ただ、今回は、メルナのところで扱う麻糸が橋工事の準備に回され、交易に出せる分がほとんどなかった。
薬草を除き、酒を優先することとなった。
サクは、酒瓶を背負って崖を下りる自分の姿を想像し、深いため息をついた。
「いっその事、途中で飲んだろか」
と言葉に出さずに思った。
*
サクは翌日、朝早くから罠の見回りをし、鹿を一頭抱えて燻製小屋に入った。
まだ、サク以外はだれも来ていない。
鹿の解体の準備の手を止め、しばし部屋を見まわしていた。
ミアと二人で暮らしていた頃とは、ずいぶん様子が変わってきていた 。
生活の匂いが少しずつ薄れてきている。
壁際にあった生活道具はいつの間にか消え去り、その代わりに解体や燻製に使う道具が増えている。
ミアと暮らしていた頃の面影が、少しずつ仕事場の中に埋もれていくように思えた。
短い時間、感傷に浸っているとガロンが燻製小屋に入ってきた。
朝の挨拶をし、ガロンは湯を沸かし始める。
ガロンが言う。
「文一枚に、あない時間かかるとは思ってへんかったわ」
「俺もそうや。あない大層になるとは予想せんかった」
サクも同意する。
そして話題を変えて話を続ける。
「あぁ、それで、バルグに言われてんけど、橋の工事の現場への定期輸送とか特に緊急連絡でダンとジーロを使いたいちゅうことや。まぁ町行きまでやけど」
「その話、村長からも聞いた。お前もそれ予想して、鍛錬の先をあっちの方向にしとったんやろ。」
「そうやな。とりあえず。俺は明後日には町に出ると思うから、鍛錬の様子見と、そっちの差配、頼むで 」
「特に食べる方な」
「明日の昼すぎに寄り合いを開く回状まわすって村長言うてたから、約定の件と一緒に決まってから皆動くな」
「そうやな。一斉に動くな」
とサクが同意したと同時に戸があきハナとジーロが入ってきた。
「おはようーさんですぅ。あれ?サク兄がもう来てはる。鹿、取れたん?」
ハナが明るい声で言う。
後ろで「おはようっす」とジーロが頭を下げる。
二人はうさぎ一羽と鳥三羽を手にしていた。
「おはよーさん。仕事持ってきたで。たのむで」
サクは笑顔で迎え入れる。
「任せといて!もう鹿でもイノシシでもへっちゃらや」
小柄なハナが腰に手を当てて胸をそらす。
小動物が精一杯、気勢をあげているように見えてかわいらしい。
その時、戸が開き、ダンが入ってきた。
「結構大きいイノシシが掛かっとんねん。手ぇ貸して」
「あっ、サク兄。おはよ」
要件を言いつつ、サクに挨拶をする。
「おはよ。どこで掛かったんや? 二人で足りるか?」
「近場の罠やし、俺とジーロだけでもいけんことないけど、手ぇ貸してくれたら助かるわぁ」
「ほな、行こか」
ジーロも獲物を置いて立ち上がった。
サクはダンとジーロに先行させ、彼らの後ろ姿を観察した。
予想通り、大きくなってきている。腰回りも以前よりごつくなり、歩く姿そのものがひと回り大きく見えた。
「メルナに採寸待ってもろて正解やな」
と独り言を言い。そして二人に向けて言った。
「どやっ。鍛錬は慣れたか?」
ダンが答える。
「歩くんはもう慣れた。飯の方がきついわ。腹いっぱいや言うても、もう一杯出してきよる」
「俺は慣れたで」
ジーロが平然と言う。
「お前がおかしいねん」
「昨日なんかほんま吐くかと思った」
ダンがげんなりした顔でこぼすも、サクがなだめる。
「そう言うな。まだ始めたばっかやのに、もう足つき変わってきとるで」
「あきらめんとがんばれや」
「それとな、作事小屋からお前らの分のハーケンとカラビナもろてきたから、今日は低い岩場で試す。いきなり崖には出さんから安心せぇ 」
二人は既にサクから基本的な装備の使い方と体の運び方、サクの見本を見せてもらっていた。
その言葉に気合を入れるように無言で頷いた。
そして、狩場でイノシシを回収する。
止め刺し、血抜き、内臓の処理まで二人に任せる。
もうほとんど口出しする必要はない。
サクとジーロが、イノシシを棒に括りつけて前後から担ぎ 、ダンは二人の装備と内臓その他の荷物を背負って燻製小屋に向かう。
燻製小屋ではハナが新しく入ってきた畑の『若いもん』に解体の仕方を教えていた。
手慣れたナイフ捌きで腹を割き、講釈をたれている。
これまでの事を思うとなぜか笑いがこみあげてくる。
ただ、そこで手順の抜けをガロンに指摘され、あわあわしている姿がかわいらしかった。
そしてサクは思い出したようにダンとジーロに言う。
「ちょっと野暮用で薬事小屋に帰ってくる。帰ってから岩場行こう。それまで縄の点検と準備たのむわ」
と言い残し、燻製小屋を出た。
*
野暮用とはレアとの仲直りだ。このままにして町には行けないと思っていた。
薬事小屋にはばあさんがいたが、レアはいなかった。
薬草畑に行って世話をしているんではないかということであった。
その足でサクは薬草畑に向かい、雑草取りをしているレアを見つけた。
レアはサクがやってくるのを見るとすぐさま立ち上がり、去ろうとした。
「ちょっと待ってくれ、明後日にも町に行く。その前に話を聞いてくれ」
サクはレアを呼び止めた。
レアは立ち止まった。しかし、こちらは向かない。
その後ろ姿にサクは話しかける。
「もう橋の工事が始まるんや。時間はかかるけど次の春くらいには、荷駄の道で町まで行けるようになると思うねん 」
「今の山越えは危なすぎて連れていかれへん。でも荷駄の道が通ったら、馬車でも行けるようになる 」
サクはここまで一気に言った。
レアはうつむいていたのだが、少し顔を上げたようだ。
「行けるようになったら、必ず連れていく、一緒に行こう」
そして咳払いをして口調が変わった。ゆっくりしている。
「それとな……その道、途中で海の里を通る」
「海の里?」
「ああ。そこから少しやけど、船にも乗ることになると思う」
レアは振り返ってサクに言う。
「……ほんま?」
「ほんまや」
「約束やで」




