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補欠は異世界でも甲子園の夢をみるか  作者: クリオアサト


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第8話 村へ帰る

第8話 村へ帰る


村へ着いた時には、もう日がだいぶ傾いていた。

背負子を下ろした途端、肩が抜けるように軽くなる。森で一泊してきたとはいえ、町帰りの荷はやはり重かった。しばらくその場で息をついてから、サクは家の戸口へ向かった。

中から物音がして、ほどなく扉が開いた。顔を出したのはレアだった。

「……あ、帰ってきた」

「見たらわかるやろ」

「遅かったから、ちょっと心配してた」

そう言いながらも、レアの目はまずサクの顔色ではなく、その背の荷に向いていた。サクは苦笑しながら背負子を土間へ降ろす。

「森で一泊したんや。予定通りやろ」

「予定通りでも、遅いものは遅いよ」

奥からばあさんも出てきた。

「戻ったか」

「戻った」

「無事に帰ってきたなら、それでええ。で、その荷はなんや」

「町で大トカゲを仕留めてな。解体した時に、使えそうな部位を少し回してもろた」

ばあさんは眉をひそめた。

「また妙なもんを拾うてきたんやな」

「拾うたんやなくて、持って帰ったんや」

「似たようなもんやろ」

レアが背負子のそばに寄ってくる。

「それで、何を持って帰ったの?」

「肝臓と脂肪。それと……まあ、それは後で話す」

そう言ってサクは荷の奥から、別の包みを取り出した。

布を解くと、香辛料の匂いがふわりと立つ。

「あと、これや」

「何?」

「トカゲ肉。寺院で下味つけてもろた」

レアが少し目を見張る。

「もう食べられるの?」

「そのままやなくて、炙る。傷まんうちに向こうで塩と香辛料を揉み込んでもろたんや。あとは串に刺して焼けばええ」

ばあさんが鼻をひくつかせた。

「ほう。考えたな」

「向こうで食う分だけやのうて、持って帰る分もそうした方がええ思ってな」

「妙なもんを持って帰るくせに、そういうとこは抜かりない」

「褒め言葉として受け取っとくわ」

サクは手早く肉を切り分け、細い串に刺していく。

淡い色の肉にはすでに香辛料がなじんでいて、指先にうっすら油がついた。

囲炉裏の火を少し起こし、串先をかざすと、ほどなく脂の落ちる音が小さく鳴る。

じゅ、と火が舐めるたびに、香ばしい匂いが立ちのぼった。

獣肉ほど重くないが、鳥とも違う。軽い脂の匂いの奥に、寺院で使ったらしい香辛料の香りが混じる。

レアが火のそばで少し身を乗り出す。

「……匂いは、普通においしそう」

「トカゲや思わんかったら、もっと素直に喜べるやろ」

「思ってるから言ってるんだけど」

「食う前から気持ちで負けるな。まずは食ってみ」

「無責任」

串の表面に薄く焼き色がついたところで、サクは一本を持ち上げた。

少し冷ましてからレアに渡し、自分とばあさんの分も取る。

「熱いぞ」

「わかってる」

レアは慎重にひと口かじった。

次の瞬間、少しだけ目を丸くする。

「……あれ」

「どうや」

「思ったより、ずっと普通」

「普通て」

「変な意味じゃなくて、おいしいってこと」

サクもひと口食べる。

表面は香ばしく、中は思ったよりやわらかい。繊維は素直で、噛むと淡白な旨味が広がる。脂はしつこくなく、香辛料が後から少しだけ舌に残った。

「……ああ、なるほどな」

ばあさんも串を受け取り、ひと口食べてからゆっくり頷いた。

「悪くない。炙ったのは正解やな。臭みがよう抑えられとる」

「そのまま持ち帰るよりは、こっちの方がええ思ったんや」

「村でもこうして食えるなら、使い道はあるな」

レアはもうひと口かじってから、ようやく本気で警戒を解いたようだった。

「……トカゲって聞かなかったら、普通に食べるかも」

「聞いたあとでも食うとるやないか」

「それは、おいしかったから」

「正直やな」

ばあさんが鼻で笑う。

「そのうち虫でも持って帰るんやないか」

「やめて」

「やらん。たぶん」

「たぶんって何」

小さな卓を囲んで、少しだけ笑いが生まれた。

町から戻ったばかりの家の中に、ようやくいつもの空気が戻ってくる。

サクは残った肉を見ながら言った。

「ほかにも、使えそうな部位を少し回してもろた。肝臓と脂肪。それと……」

レアがぴたりと串を止める。

「その言い方、嫌な予感しかしないんだけど」

「オスの精巣や」

「……うわ」

顔をしかめたレアを見て、サクは思わず苦笑した。

「そんな露骨に嫌そうな顔するなや」

「するよ。なんでそんなもの持って帰るの」

「使い道があるかもしれんやろ」

ばあさんが鼻を鳴らす。

「あるにはある。強壮の類として扱われることがある」

「ほんまにあるんやな……」

「肝は滋養、脂は食にも薬にも回せる。そっちはまだ真っ当や。精巣は珍しがる阿呆が昔からおるいうことや」

レアはますます嫌そうな顔をした。

「聞きたくなかった……」

「試すにしても、よう分からんもんをいきなり口には入れん。ばあさんに聞いてからや思ってな」

「それはええ。珍しいもんほど、効く効かんを勝手な思い込みで決めたらあかん」

「食べるんだ……」

「食わんかもしれん」

「食べないでほしい」

「なんでそこまで嫌がるんや」

レアはぷいとそっぽを向いて、小さく言った。

「サクにも、そんなに食べてほしくない」

「なんやそれ」

「元気になられても困る」

「おまえな」

「日の高いうちからくだらんこと言うな」

ばあさんにぴしゃりと言われ、サクは咳払いした。

「……で、他にも色々あったわ」

レアが向き直る。

「やっぱり。何かあったの?」

「冒険者が森で遭難しかけとった」

「また?」

「またや」

「なんでそんな簡単に言うの」

「簡単に言うしかないやろ。勝手に奥まで入って、毒食らってへばってた。見つけたから拾うてきただけや」

「拾うてきた、で済む話か」

「済まんかったから面倒やったんや」

ばあさんがじろりとサクを見る。

「怪我は」

「死ぬほどやない。けど、あと少し遅れてたら危なかったかもしれん」

レアは眉を寄せた。

「ほんまに無茶する人っておるんやね」

「おる。しかも自分だけならまだしも、人の手ぇ煩わせる類のやつや」

「おまえもよう巻き込まれるな」

「巻き込まれに行ったつもりはない」

けれど、見つければ放っておけなかったのだろうという顔でレアはサクを見た。

「でも、見つけたら放っておけなかったんでしょ」

サクは少しだけ視線をそらした。

「……まあな」

「そういうとこやろな、おまえは」

「褒めてへんやろ」

「褒めとらん」

短いやりとりのあと、ふと空気が静まった。

小さな卓を囲む空気は和んでいたが、サクの胸の内には、まだ話していないことがひとつ残っていた。

レアがサクの顔を見て、少しだけ首を傾げる。

「でも、町ではそれだけじゃなかったんでしょ」

「なんや、顔見たら分かるんか」

「少し」

サクは一度、息をついた。

寺院でのことが頭に浮かぶ。食堂の隅で、耳を塞いで震えていた少女の姿。賑やかな声も、子供たちの笑い声も、あの子には痛みでしかなかったのかもしれない。

「寺院でな、具合の悪い子がおった」

「怪我?」

「身体やなくて、たぶん心の方や。人の声とか、音とかで、ひどくしんどなるみたいやった」

レアの表情が変わる。ばあさんは何も言わず、先を促すように黙っていた。

「食堂でも、隅で耳塞いどった。子供が騒いだだけでも、かなりきつそうやったな」

「そうか」

ばあさんの声は短かった。サクはそのまま続ける。

「シアも気にかけとった。けど、どうしたらええんか、すぐ答えが出る話でもなさそうやった」

少しの沈黙のあと、サクはばあさんを見た。

「治せるんか」

「わしに聞いとるんか」

「聞いとる」

ばあさんは即座に首を振った。

「管轄外やな」

「薬でも無理か」

「無理やない。眠らせる、鈍らせる、暴れんようにする。そういうことはできる」

そこまで言って、ばあさんはわずかに目を細めた。

「せやけど、そういう単純な話やない」

レアが静かにたずねる。

「なんで?」

「心の傷に、薬だけで蓋をしたらあかんからや」

サクは黙って聞いた。ばあさんの声はいつもと変わらぬようでいて、どこか硬かった。

「苦しいのを黙らせるだけなら、手はある。せやけど、それを答えにしたら人が痩せる。効く薬ほど、扱いを誤ったら身を亡ぼすこともある」

「そんなに危ないんだ」

「危ない。身体の痛みならまだ見える。心の方は見えん。見えんもんを力任せに押さえつけたら、ろくなことにならん」

ばあさんはそこで言葉を切った。

「もちろん、眠れん、食えん、そういう時に手を貸すことはある。けど、それで治るわけやない。薬そのものを答えにしたらあかん」

レアはしばらく黙っていた。やがて、小さく口を開く。

「その子、いくつくらい?」

「レアより少し上か、同じくらいか」

「女の子?」

「そうや」

「……そう」

それきりまた口を閉じる。何かを考えているようだった。

サクはその横顔を見て、少し気になった。

「なんや」

「別に」

「別に、の顔やないやろ」

レアはすぐには答えなかった。視線を落とし、器の縁を指先でなぞる。

「……しんどいだろうな、と思って」

サクは黙ったまま聞いている。

「人がいるだけで苦しい時って、あるし」

その言い方は静かだった。大げさでもなく、深刻ぶるでもなく、ただ自分の知っていることをそのまま口にしたような声音だった。

ばあさんは口を挟まない。

レアはゆっくり顔を上げて、サクを見た。

「サク」

「ん?」

「助けてあげて、とは言わない」

その前置きが、かえって真剣さを帯びていた。サクも自然と姿勢を正す。

「でも、居場所はあった方がいいと思う」

「居場所」

「何もしなくても、いていい場所。邪魔じゃないって思える場所。そういうのがあるだけで、少し違うから」

囲炉裏の火が小さく鳴った。

レアは言葉を探すように、少し間を置いて続ける。

「うまく話せなくても、誰かと一緒にいられなくても、ここにいていいって思える場所。追い立てられない場所。そういうのがあるだけで、人は少し楽になれると思う」

サクはすぐには返事ができなかった。

それがただの思いつきでないことは、レアの口ぶりで分かった。全部を語るわけではないが、自分の中の実感に触れながら言っている。そんな声だった。

「寺院にあるのかもしれないけど」とレアは続ける。「もし足りないなら、そういうの、あった方がいい」

ばあさんが静かに湯飲みを置いた。

「無理に踏み込んだらあかんぞ」

「分かっとる」

「分かっとる顔やないな」

「うるさい」

サクがそう返すと、レアは少しだけ笑った。重くなりすぎた空気が、ほんのわずかにゆるむ。

それでも、サクの胸には寺院の隅で耳を塞いでいた少女の姿が残っていた。忘れてしまうには、あまりに痛々しかった。

レアはそんなサクを見て、最後にもう一度だけ言った。

「でも、サクなら少しはできるかもしれない」

「なんでそう思うんや」

「拾うつもりなくても、拾っちゃう人だから」

それは少しだけ冗談めいていたが、からかいだけではなかった。サクは苦い顔をする。

「それ、褒めてるんか貶してるんか分からんな」

「半分ずつ」

「おまえも大概やな」

「似てきたんやろ」

「似んでええ」

そう言いながらも、サクは小さく息を吐いた。

そして、静かに頷く。

「……覚えとく」

レアも小さく頷いた。それで十分だというように。

ばあさんは何も言わなかった。だが、その沈黙は突き放すものではなく、軽々しい約束だけはするなと言っているようでもあった。

村へ帰ってきたばかりの家の中に、いつもの空気が戻っている。

けれどサクの胸のどこかには、町に置いてきたはずのものが、まだ消えずに残っていた。

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翌朝、サクは交易の荷――主に塩と、寺院で下味をつけてもらったトカゲ肉を持って、村長の家へ向かった。

戸を叩くと、村長自ら玄関まで出てきてくれる。

「おお、ご苦労さん。無事に帰ってくれたな。町はどうやった?」

ねぎらいの言葉と、ほっとしたような顔が迎えてくれた。

サクは軽く頭を下げ、そのまま居間へ通される。

「向こうで色々あったけど、基本的には変わりありません」

そう前置きしてから、町での出来事を手短に話した。

大トカゲを仕留めたことも、冒険者を助けたことも、どちらかといえば自分個人に降りかかった話だ。村の交易そのものに関わる変化ではないので、そこは簡単に済ませる。

その代わり、サクは持ってきた包みをひとつ差し出した。

「トカゲ肉です。寺院で下味つけてもろたやつで、少しやけど、おすそ分けを」

村長は目を丸くした。

「おお、これは珍しいな。よければ今晩、これで一杯やろうか」

「いやぁ、今晩は遠慮しとくわ。帰ったら帰ったで、こっちも色々やることあるし。ばあさんとレアもうるさいんで」

薬草の在庫の確認、罠猟の支度、留守にしていた間の段取り。村へ戻れば戻ったで、やることはたまっている。

その時、奥からサリナがハーブ茶を持って入ってきた。

「無理言うたらあかんよ。こっちでも忙しい人なんやから」

やわらかい口調でそう言って、夫の前に茶を置く。村長は「そらそうやな」と苦笑した。

それから、あらためて町の話になった。

これまで村長は、もっぱらギルドのことを知りたがった。

冒険者の数や年齢層、どんな技能を持つ者が多いのか。ギルドの制度がどうなっているのか。誰が実務を回し、誰が現場を仕切っているのか。あとは交易品の相場や、町の空気がどう変わっているか。そういったことだ。

一方でサリナが気にするのは寺院、とくに孤児院の様子だった。

サクは今回見聞きしたことを、できるだけ率直に話した。

受付のヘレナが、事務や運営の面では思った以上に強い立場であること。

ギルドマスターは、戦いや解体のような現場で力を持つ人間であること。

そしてギルドそのものは、もっと大雑把な集まりかと思っていたが、実際にはかなりシビアで、きっちりしていること。

「なるほどな……」

村長は何度か頷きながら聞いている。

「立て分けができとるんやな。表で回す者と、現場で締める者と」

「そんな感じや。少なくとも、適当にやっとるようには見えんかった」

「それはええことやな」

寺院についても、サクは思ったままを話した。

信仰を前に出して押しつけてくる感じは薄いこと。

孤児院を抱えているせいか、思ったより現金収入に熱心なこと。

これまで読み書きや計算を子供たちに教えていると聞いていたが、それだけでなく、こちらが頼んだ料理の試作にも協力してくれたこと。

「三角ベースも、まだ続いとるみたいや」

そう言うと、サリナが目を輝かせた。

「三角ベースって、あんたが教えた遊びやろ。まだ子供たち、やってるの?」

「やってるで。もう自分らでルール考えて、勝手に変えてやるようになってきたわ。子供って、こういうとこたくましいな」

サリナはふふっと笑った。

「元気になって明るうなった、って喜んでくれてるけどな。その代わり、汚れもんと破れが増えた、ってこぼしてもおったわ」

それを聞いて、サクは少しだけ苦い顔をする。

以前、怪我を減らすつもりで、転び方や滑り込み方まで教えた。

そのせいで、服の傷みまで増えたのだとしたら、少しばかり責任も感じる。

「……それは、ちょっと心当たりあるな」

「あるんかい」

「怪我せんように思って、滑り込みみたいなん教えたから」

「そら破れるわ」

村長が笑い、サリナも肩を揺らした。

けれど次の瞬間、サリナは何か思いついたように言った。

「なあ、あなた。ズボン、作ってあげたらどうやろ」

「ズボン?」

「うちの村の麻糸で織ったやつ。履き心地は今一つかもしれんけど、丈夫さはあるやろ」

村長もすぐにその意図を飲み込んだらしい。

「ええかもしれんな。サクがお世話になっとることへの礼にもなるし、糸だけやのうて、できた物そのものの宣伝にもなる」

「ええんやろか。金にはならんで」

サクがそう言うと、村長は鷹揚に手を振った。

「かまへん、かまへん。こっちも思惑あってのことや」

サリナも頷く。

「寺院の子らに合うように、動きやすい形で作ったらええしな。数が揃えば見栄えもするやろ」

話はそこから早かった。

「じゃあ、メルナに話通しとくわ」

サリナがそう言えば、もう半分は決まったようなものだった。

次の交易までに、子供の数ぶんのズボンを用意する。そんな話が、ごく当たり前の顔でまとまっていく。

サクは湯呑みを持ちながら、その様子を見ていた。

こういうところは、この村らしいと思う。

損得だけで動いているわけではない。けれど善意だけでも終わらせない。

相手の助けにもなり、こちらの品の宣伝にもなる形へ、自然と話を落としていく。

「助かるわ」

そう言うと、村長は笑った。

「おまえが持ってくる話は、案外、村の先につながるからな」

サリナもやわらかく続ける。

「向こうの子らが元気に走り回るなら、それはそれでええことやし」

トカゲ肉、寺院の料理、三角ベース、丈夫なズボン。

町で見てきたものが、少しずつ村の仕事や暮らしへ結びついていく。

サクは茶をひと口すすりながら、次の交易ではまた少し荷が増えそうだな、とぼんやり考えていた。

だが、寺院で見たあの少女のことだけは、この場では口にしなかった。

村の先につながる話ではあるのかもしれない。けれど、うまく言葉にするにはまだ、自分の中でも整理がついていなかった。








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