468 王都到着 (2)
爆走して門に近付くと、警戒されるかもしれない。
それを警戒した俺たちは、ゆっくり歩いて丘を下り、門へと向かった。
さすがは王都へ続く街道と言うべきだろうか。その道幅は馬車が悠々とすれ違えるほどに広く、雨でぬかるむのを避けるためか、周囲よりも少し高くなるように造られている。
石畳こそ敷かれていないが、表面も硬く固められ、馬車の轍も残っていない。
これを手作業でやるのは厳しそうだし、おそらくは土魔法による硬化処理だろう。
魔法使いの稀少さを考えれば、造成や管理にはかなりのコストが掛かっていそうだ。
「随分としっかりした道よね。それだけ余裕があるってことかしら?」
ハルカも俺と同じ感想を持ったようで、道を観察しながらそう言うと、リアがその言葉に頷く。
「この辺りは王領だからな。それに道が広くないと列を作るのも難しいだろう?」
街道の状況は、その領地と周辺領地の状態を映す鏡である。
例えば、ピニング-ミジャーラ間の街道のように、領地の財政に余裕がなかったり、領主の関係が良くない領地間の街道だったりすると、整備されずに放置されることも多い。
逆に仲の良い領地を繋ぐ街道や、商業に力を入れている領地の街道は整備も行き届いている。
訪れた領地にゆっくり滞在するか、それともさっさと他の領地に移動するべきか。
それを決める一つの指標として、街道の整備状況はかなり役に立つのである。
その点から見れば、王都は間違いなくトップクラスに良いと言えるだろう。
「なるほどね~。でも、みんなちゃんと並んでるんだね?」
「見た感じ、割り込みもなさそうだし、教育が行き届いているんだな」
普通の国民が列を作って、きちんと順番待ちができる国は案外少ない。
そんな話をどこかで聞いた気がするが、この国は思った以上に民度が高いのか?
――などと思ったのだが、リアは首を振って否定した。
「ここで問題を起こせば容赦なく出禁。状況次第で罰金や拘留、それ以上の刑罰を受けることもある。王都まで来るには時間とコストが掛かるし、余程の愚か者でもなければ、ここでのトラブルは避けるだろうな。――問題を起こしそうな者は、そもそも列に並ばないし」
「あぁ……。貴族の横暴ってのは起き得ないのか」
実際、俺たちが列を無視して門に向かっていても、何か言ってくる人はいない。
貴族であれば優先して入場できる。そのことが周知されているのだろう。
「基本的には、な。埒外の愚か者だと、その限りではないというのが情けない限りだが」
「そこは、まぁ……仕方ないだろうな。貴族という権力である以上は」
民意で選ばれる政治家ですら、清廉潔白とは言い難いのだ。
ましてや世襲可能な貴族ともなれば、腐敗を完全に防ぐことは難しいだろう。
「本来は力があるからこそ、身を慎むべきなのだが。――着いたな。私たちはあちらだ」
見えてきたのは、馬車がギリギリ擦れ違えそうな大きさの門。
行列の先頭はその右側でチェックを受けていたが、リアが示したのは左側の部分。
そこでは兵士たちが俺たちを訝しげに――言葉を飾らなければ不審そうに見ていた。
だがそれも当然だろう。俺たちの格好は明らかに冒険者であり、貴族には見えないのだから。
「……ご用件は?」
「マーモント侯爵家のアルトリア・マーモントだ。入場を希望する」
警戒心混じりに尋ねる門番にリアが懐から出した短剣を示すと、その門番は『あぁ、なるほど』と言わんばかりの表情となり、慌ててビシッと敬礼をした。
「失礼いたしました! どうぞお通りください!!」
「うむ。行こう」
頷いて歩き出したリアを、ミーティアが不思議そうに見上げる。
「リアお姉ちゃんのお家は有名なの?」
「父上は急いでいると、馬車を使わずに移動することがあるからな。そのせいだろう」
マーモント侯爵家の人間であれば、歩いてきてもおかしくない。
門番のあの表情は、そう判断したが故のものなのだろう。
連続のフラグ回収は、どうやら避けられたらしい。
「そういえば、ダイアス男爵の婚礼の時も、馬車を使わなかったと聞いたわね」
「あぁ、ハルカたちとはそこで会ったんだったな。あの時は『馬車じゃ時間がかかりすぎる』と、護衛の騎士だけを連れて行ったんだよなぁ……。もう少しだけ体面を気にしてほしいのだが」
リアが少し困り顔でため息をつくが、トーヤは笑って肩を竦める。
「ま、そのおかげで、オレたちも普通に通れたんだから、良いんじゃね?」
「だねー。でも、紋章を見せたとはいえ、結構あっさりだったね。案外緩いのかな?」
「王都に入るだけ、ということもあるが、貴族の紋章を偽造することは重罪だからな。それで得られるメリットも待ち時間の短縮だけ。そこまでのリスクを取る意味はないだろう?」
「あー、そっか。ギルドカードがあれば普通には入れるもんねぇ」
「犯罪者でなければな。当然だが、そういった奴らが紋章を示しても止められるしな」
多少疑わしいぐらいなら、門を通した上で示された紋章の貴族に連絡が行く程度だが、ガチの犯罪者だった場合は拘束されて貴族の方も呼び出し。ただの騙りであれば犯罪者に罪状が追加され、正式に与えられた紋章であれば、貴族も連帯して罪に問われることになるらしい。
「だからナオたちも、貴族になったら紋章の扱いには気を付けるんだぞ?」
「渡すようなことはそうそうないと思うが……ありがとう。気を付ける」
「そうね、面倒事はゴメンだわ。――あ、ようやく大通りに出たわね」
分厚い門と詰め所などが並ぶ場所を抜けると、その先に延びていたのは広い大通りだった。
通りの道幅は馬車が三台は並んで走れそうな程に広く、路面には高い精度で加工された石が凹凸も隙間もなく敷き詰められ、道の脇には排水溝まで備えられている。
地方の町とは違う、見るからに手間のかかった道。
これをすべて手作業でやったのなら、途方もない労力だが……。
たぶん魔法だろうな、この世界だし。それでも十分に面倒だとは思うが。
「わぁ、さすがは王都です。人がいっぱい」
興味深そうにきょろきょろするメアリを見て、ナツキが微笑む。
「ふふっ、そうですね。雰囲気も悪くないですし、治安も良さそうです」
単純な人出で比較するなら以前訪れたクレヴィリーの方が上だろうが、あちらが祭りの喧噪ならば、こちらは日常的な賑やかさ。生活のしやすさなら、圧倒的に王都の方が上だろう。
「裏路地に入ったりしなければ、メアリとミーティアだけでも危険はない思う――が、あまりお薦めはしない。人攫いなどはないだろうが、商魂たくましい者は多いからな」
「むむっ、ミーはしまりやだから、ぼったくりには負けないの!」
獣耳をピンと立て、むふんっと自信満々のミーティアである。
確かに、年齢を考えるとしっかりしているのは間違いないが、好奇心旺盛でもあるので、一人で出歩かせるのはさすがに心配。俺がハルカに目配せすると、彼女は小さく笑って頷く。
「そうね。でも、私が心配だから、出かけるときは一緒に行きましょ?」
「う。ハルカお姉ちゃんがそう言うなら、仕方ないの」
「もー、ミーは生意気を言って……。すみません、ハルカさん」
「全然。私たちも含め、初めての場所なら全員で行動する方が安心だもの」
「私もその方が良いと思うぞ? 王都には貴族も多い。ヴァルム・グレならどうとでもなるが、王都はそうもいかない。獣人だからと露骨に差別するような愚か者は……少ないはずだが」
ハルカの言葉にリアも同意し、苦々しげに顔を歪めた。
「そういえば、アエラさんがラファンを選んだ理由もそれだったな」
「なぁ、リア。やっぱ、そういうのはあるのか?」
「残念ながらな。それを禁止する国王の手前、露骨に人族至上主義を掲げる貴族はいないが……」
露骨じゃなければ、差別する貴族はいるということか。
「叙爵されたら、さっさと辺境に引きこもった方が良さそうだな」
「うんうん。ラファンに戻るのが吉だね。あそこなら大丈夫だと思うし」
元々ラファンを離れたのも、ダンジョンの所有権に関して貴族から横槍が入るのを避けるため。
爵位を得ることでその問題が解消できたのなら、いつまでも王都にいる理由はない。
俺とユキは顔を見合わせて頷き合うが、そんな俺たちをリアは複雑な表情で見る。
「そう上手くいけば良いが……。たぶん、難しいと思うぞ?」
「リア、不吉なことを言うなよ。オレだって他人事じゃねぇんだから」
トーヤが少し顔を顰めると、リアは小さく首を振って苦笑する。
「いや、脅すつもりはないんだが、お前たちは強いし、自然と目立つと思うぞ? 剣も握れない子爵より、オーガーを斃せる男爵の方が尊重されるのがこの国だ。今後、国から支給される年金だけで細々と暮らしていくなら別だが、そんなことはしないだろ?」
この国の貴族は、子爵で金貨一〇〇〇枚、男爵で金貨五〇〇枚の年金が貰える。
庶民レベルの生活をするのであれば、十分な額ではあるのだが……。









