451 顔合わせ (3)
来週は『異世界転移、地雷付き。第6巻』の発売日です。
どうぞよろしくお願いいたします。
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「それは……難しそうですね」
トーヤと結婚する“価値”。
一応、必要ならば出せるようにと、結納金として金貨一〇〇〇枚は用意してきている。
もしマーモント家が貧乏貴族であれば、これが多少の意味を持つかもしれないが、マーモント家は歴とした侯爵家。
屋敷はもちろん、十分に栄えたヴァルム・グレの町を見ても、お金に困っているとは思えない。
庶民からすれば十分な大金も、侯爵家からすればさほどの“価値”とも言えないだろう。
他に誇れるものと言えば冒険者のランクぐらいだが、所詮は六でしかない。
普通の冒険者よりも信用度は高いが、そこまで珍しいわけでもなく、貴族に伍するほどの権力はないし、替えの効かない戦力というわけでもない。
子爵家ぐらいまでならまだしも、侯爵家が縁を結ぶだけの価値があるかと問われれば……。
親友であるトーヤの恋路、できれば応援してやりたいが……これはあれかな?
残念会案件? 強いお酒でも用意して、トーヤを慰める流れ?
そんなことを思って俺は小さく唸ったのだが、マーモント侯爵は俺とトーヤを見てニヤリと笑う。
「そうでもねぇぞ? トーヤが貴族になれば、それで良いんだからな」
「………」
「……それは、結婚はさせられないということでしょうか?」
遠回し(?)に、貴族じゃなければ結婚はさせないと言われ、トーヤが沈黙。
そんなトーヤに代わって俺が尋ねると、マーモント侯爵は心外そうに眉根を寄せた。
「あん? そんなことは言ってねぇだろ?」
「ですが――」
「父上、彼らはこの国の貴族に関して、あまり詳しくないのでは?」
反論しようとした俺の言葉を遮るように、レイモン様が口を挟んだ。
そしてマーモント侯爵も虚を衝かれたように瞠目し、「……あぁ」と頷いた。
「そういうことか。――お前たちはこの国の貴族の仕組みについて、どの程度知っている?」
「えっと……貴族の地位が必ずしも安泰ではない、ということぐらいは」
凄く簡単に言えば、無能な貴族は代を経るごとに爵位が下がり、最終的には平民となる。
だが、真面目に勉強して国のために働いていれば問題ないし、余程の不祥事を起こしでもしなければ、簡単に平民にまで落ちることはない。
――と思っていたのだが、レイモン様は「ふむ」と頷きつつも、軽く首を振った。
「実のところ、平民に落ちる貴族はそう珍しくないんだ」
「そう、なのですか?」
「えぇ。さすがに伯爵、侯爵ともなれば、そんなことは滅多にないし、領地貴族も同様だけど、法服貴族は違う。その多くは祖先が功績を打ち立てて任命された貴族だが、そんな傑物が何代も続けて輩出されるものではないからね」
勉強して国のために働けば、とは言ったが、実のところ、勉強をすること自体が難しいらしい。
歴史のある貴族ならそれなりのノウハウが蓄積されているし、教師を探す人脈もあるだろうが、新興貴族はこの時点で困難に直面、多くの者は諦めて、仕事もせずに年金暮らしを選択する。
それを乗り越えて試験に合格、官僚になれたとしても、そこで何らかの不祥事を起こせば、二代、三代に亘って責任ある地位に就くことは難しくなる。
「結果、数代も経てば、無事に平民に辿り着くわけだね」
「それは……なかなか厳しいんですね」
「見方によっては。だけど、この新陳代謝が我が国の力でもあるし、伯爵や侯爵、領地貴族であっても、場合によっては降爵されうるという事実は、意識の引き締めに一役買っているんだ」
この国にも横暴な領主がいないわけではないが、国に損害を与えたと見なされれば比較的簡単に降爵、改易させられるため、ある程度の歯止めにはなっているらしい。
もっとも、国の利益と平民の利益は必ずしも一致しないため、以前訪れたダイアス男爵領のような領地もあるのだが。
「つまり、逆に言えば、新たに任命される貴族もいるということ。功績さえあれば、平民でも叙爵されるのがこの国なんだ。君たちなら、冒険者として名を上げるのが近道だろうね」
他国から来た冒険者は別だが、この国でずっと活動していた冒険者なら、何らかの偉業を成し遂げればランク八ぐらいで、そうでなくても九や一〇になれば貴族の末席に加わることが可能。
他にも国に対して莫大な寄付をしたり、治水や町の整備などを私財を投じて行ったりした場合などにも叙爵されるようだが、さすがにこちらは、俺たちには無理な話である。
「他国からは爵位を金で買える国、などと言われることもあるけど、ただの成り上がりであれば数代で消えるし、爵位を維持できるのであれば優秀な一族ということ。無能な貴族をのさばらせるより良い」
レイモン様はそこで一度言葉を区切り、真剣な顔で強い視線をトーヤに向けた。
「……つまり、オレもそれ目指せと?」
「むしろこの程度もできずに、侯爵家の長女であるリアを娶ろうなどと烏滸がましい。そうは思わないかい?」
定職に就けと言われるかも、とは考えていたが、貴族になれと言われるのは少々予想外だった。
だが、考えてみれば正論、且つ正道でもある。
リアが平民と結婚することに対する横槍云々にしても、誰から見てもトーヤが結婚相手として相応しければ、何も問題はないのだから。
そのことはトーヤも理解したのだろう。
「むっ……」と言葉を漏らし、難しい顔で腕組みをするが、リアの方は慌てたように両手をパタパタと振った。
「わ、私など、そんな大したものでは――」
「いや、まったく反論できねぇな。よっしゃ! リアのためなら、貴族になるぐらいの男気は必要だよな!」
「トーヤ……?」
戸惑いがちに漏らした声をトーヤに遮られ、リアがトーヤに顔を向ける。
トーヤはその顔をじっと見つめ返し、リアの手を取った。
「リア、オレは必死で冒険者ランクを上げる。だから、もう少し待っていてくれるか?」
「も、勿論だとも! むしろ、私にも協力させてくれ!!」
「ありがとう、リア!」
一見すると美しい光景。
しかし、現実はそんなに甘くなく、比較的現実的なユキとナツキが口を挟む。
「でもさ、トーヤ。普通は冒険者ランクを八まで上げるのに一〇年は掛かるみたいだよ? リアをそんなに待たせるの? さすがにそれはどうかと思うなぁ、あたしは」
「ですよね。さすがに年齢的が……」
「うぐっ!」
元の世界であれば、一〇年後のリアも十分に結婚適齢期である。
だが、この国の常識からすれば、残念なことに行き遅れ。
そろそろ結婚を諦めないといけないような年齢である。
侯爵家の長女であるリアが、そんな年齢まで結婚せずにいられるかと言えば、それはかなり難しいだろう。
そしてマーモント侯爵も、ナツキたちの尻馬に乗るように、ニヤニヤと笑いながら口を開く。
「当然儂も、そんな男にリアをやるわけにはいかねぇなぁ?」
「うぐぐぐ……。し、死ぬ気で頑張れば半分、いや、三分の一ぐらいで――」
「おい! それはダメだろ」
「そうね。死んでしまえば、元も子もないわよ?」
とんでもないことを言い出したトーヤを慌てて止めれば、ハルカもまた同じように頷く。
俺たちの大方針は『命大事に』。
たとえ獣耳との結婚という、トーヤが生まれ変わった目的に関わるとしても、その方針を変えるつもりはない。
「さすがに儂も、リアを悲しませたくはない。つーわけで……」
面白そうな表情のまま何か言いかけたマーモント侯爵だったが――。
「あなた、話が長いです」
エミーレ様に遮られて「うっ」と言葉に詰まる。
だが、エミーレ様がそれとなく、お菓子を食べ終えて少し暇そうにしているミーティアを示すと、小さく頷いて背後を振り返った。
「ちっと勿体振りすぎたか。――よし、少し休憩するか」
手を付けることもなく冷めてしまったお茶が、使用人の手によって交換され、ミーティアたちの前にはおかわりのお菓子が、そして今度は俺たちの前にも同じ物が置かれた。
「多少は緊張しただろ? 息抜きだ。お前らも遠慮せず食え」
「ありがとうございます、なの!」
「「「いただきます」」」
多少どころではないのだが、一息入れたかったことは確か。
お茶を一口飲んで、お菓子の載ったお皿に目をやる。
数は三つ。見た目的には少し大きめのフィナンシェだろうか。
大きさは色々あるのかもしれないが、少なくともハルカが以前作ってくれたフィナンシェはこれよりも少し小さく、そして色も薄かった。
焦げているわけではないし、小麦の種類や使っている素材が違うのだろう。
フォークが添えられているので、これで食べれば良いのだろうが、マナーとかは……と、侯爵家の皆様方を窺うと、家族でも食べ方は随分違う。
マーモント侯爵はその外見通り豪快で、丸ごと口に放り込んで咀嚼。
リアやエミーレ様、そして少し予想外なことにレイモン様も、一口サイズに切って食べている。
いや、レイモン様はイケメンだからおかしくないか。
ティーカップを口元に運ぶ所作も気品がある――本当に、マーモント侯爵の息子?
まぁ、見習うべきはこちらの三人だろう。
マナーに五月蠅くはなさそうだが、印象は大事。
俺はフィナンシェもどきをフォークで半分に割り、口に運ぶ。
最初に感じられるのはバターの香り。
ややクセが強いので苦手な人もいるかもしれないが、これはこれであり。
次に来るのは、べったりとしたような、少しコクのある甘み。
これは黒糖だろうか?
ミーティアは気にせずパクついているし、美味しいは美味しいのだが、グラニュー糖などとは違う雑味のある甘さには重みがあり、何個も食べるのは少し辛い。
ミーティアはハルカたちの作るお菓子と同じぐらい、と言っていたが、俺の好みからすればハルカたちの方に軍配が挙がるだろう。
とはいえ、折角出してもらったお菓子。
半分以上残すのは失礼かもしれないと、俺は二つ目に取り掛かり、それを口に入れ――
「さて。結論から言えば、ナオ。お前、貴族になったぞ」
「――んがぐぐっ!?」









