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253 貴族の婚礼 (6)

前回のあらすじ ----------------------------------

婚礼は、結婚式と披露宴に分かれ、参加するのは披露宴である。

多くの貴族が集まるその場には、予想以上に亜人がいた。

新郎新婦の全体への挨拶が終わり、挨拶回りが始まる。

「……とりあえず、少し食べておきましょうか」

「この状況で? 心臓、強いな、ハルカ」

「ナツキに聞いておいたのよ。相手の情報が全くない時にどうするか」


 曰く、『その場に出ている料理や飲み物、それらを話題にするのが良い』らしい。

 と言うよりも、一番安全なんだとか。


 下手に『ご結婚は?』とか、『お子さんは?』とか、『健康的ですね』とか、“一般的な”事を口にしてしまうと、地雷を踏む可能性があるらしい。


 この世界では、容姿を褒めただけで『セクハラだ!』などと言われる事は無いだろうが、無難が一番である。


「イリアス様は、どうされますか?」


「そうですね。私も少し食べておきましょうか。当家では、滅多に食べられない物もあるようですし」


 少し年相応の笑みを見せたイリアス様の視線は、美味しそうなお菓子に向いている。


「それでは、お取りしますね」


 ハルカがイリアス様と自分に、そのケーキのようなお菓子をとりわけ、俺は近くにあった肉を給仕に切り分けてもらう。


 ケーキにも興味はあるが、少々腹が減っていたので、まずは肉。

 薄切りにした肉がローストビーフに似ていたから、ちょっと気になっていたのだ。


「どれどれ――ウマッ!」


 思わず声が漏れる。

 ほどよい塩味と柑橘系の酸味、それに硬すぎない歯応え。

 確かな歯応えはあるのだが、口に残るほどではなく、肉の味が強く感じられる。

 正直、ガッツリと齧りつきたい気分だが、そんな事ができるわけも無い。

 そして、マナー的に、お替わりも難しい。

 くそっ、面倒くさいマナーを考えやがって!

 こんなことならもっと厚めに切って……いや、そんな注文もできるわけねぇ。

 顔で笑って心で泣いて、俺は使った皿をテーブルに置くと、新しいお皿を持つ。

 大丈夫、まだ美味そうな料理はある――ん?

 そっと俺の腕に手を置いたハルカに、微笑まれた。


「……あ」


 おっと危ない。

 お仕事を忘れるところだった。

 既に忘れていたって?

 うん、否定できない。


 だが、そんな事は顔に出さず、イリアス様が皿を置くのにあわせて俺も使ってもいない皿をテーブルに置く。


 いくら何でも、主人が食べていない状態で従者が食べているとか、あり得ないから。


 そしてそれを待っていたかのように――いや、事実待っていたのだろう。笑顔で近づいてきた若い男が声を掛けてきた。


「お初にお目に掛かります。イリアス・ネーナス子爵令嬢。わたくし、トラダート子爵の三男、ザス・トラダートと申します」


「これはご丁寧に。イリアス・ネーナスです」


 胸に手を当てて挨拶をした男に、イリアス様もまた、スカートに軽く手を添えて挨拶を返す。


「少し、お時間を頂いても?」


「えぇ、かまいませんわ」


「ありがとうございます。しかし、今回は災難でしたね。こちらに来る途中で襲われたとか。お怪我はありませんでしたか?」


 この貴族も、賊の事は聞いて知っていたのだろう。

 いきなりその事を話題に出してくる。


 しかし、言っている事は心配そうなのに、全く心配そうに感じられないのは逆に凄いかもしれない。


「ご心配ありがとうございます。幸いな事に、私を含め、誰が怪我をする事も無く撃退する事ができました」


「それは重畳。()()()()でしたのに、運が悪かったですね。盗賊の討伐などに苦労されているのでは?」


「いえいえ。全く問題ありませんわ。襲われた場所も、当家とダイアス男爵領との境、微妙な場所でしたからね。兵を出す難しさ、貴族であればお解りでしょう?」


「えぇえぇ、そうですね。領境はなかなか難しい物です。しかし、ネーナス子爵家の領兵の皆様はあまりそう言ったお仕事が得意でないというお話を耳にしまして。少々不躾かとは思ったのですが、老婆心ながらお声がけした次第で」


 イリアス様、そしてザス・トラダート、共に笑顔なのに、ちっとも友好的に見えない。


 なんとも貴族らしい、心配している風なのに、まったく心温まらない会話である。


「大丈夫ですわ。我が領には腕の良い冒険者がいますからね」

「ほう、そちらが? 噂はお聞きしましたが……」


 ザス・トラダートの視線がチラリと俺たちの方に向いたので、軽く会釈をしておいたが、その視線は明らかに疑っているように見える。


 エルフ故に年齢的な問題ではなく、おそらくは、これまで全く噂になっていなかったからだろう。


「ええ、とても優秀な冒険者です。どのようなお噂を耳にされたのかは存じませんが、きっとそう間違ってはいないはずですわ」


 ケトラさんが流した噂だからな!

 だが、イリアス様はそんな事はおくびにも出さずに、微笑むのみ。


「それは少し興味がありますね。確か、ダンジョンを発見したとか?」


 そんな二人に割り込んできたのは、エルフの貴族。

 外見的には三〇前に見えるが、実年齢は不明。

 外見は例によって美形なのだが、やや怜悧さを感じる、そんな面立ち。


「これは、アーランディ・スライヴィーヤ様。はい、本当ですよ。そのおかげで、当家は大変潤っております」


 どう考えても、大変潤っているは言い過ぎだろ。

 多少は貢献しているにしても。

 もちろん、何も言わないが。


「それは大変羨ましいな。どうだ? その方ら、スライヴィーヤ伯爵領に拠点を移すつもりはないか? 見ての通り、エルフ族である当家が治めている。エルフも多く、過ごしやすいと思うが?」


「おいおい、聞いた話では、獣人もいるってことだろ? ウチだって決して悪くねぇぞ。ネーナスの所じゃ、結婚相手を探すにも苦労してねぇか? 仲間のために決断しても良いんじゃねぇか?」


 更に割り込んで来やがった。

 今度は、さっき俺たちが見ていた(暫定)熊の獣人。

 そしてやっぱり、種族の事を前に出して勧めてくる。

 やはり、治める貴族の種族によるバラツキという物が存在するのだろう。

 だがしかし、あまり顔を近づけてくるのはやめて欲しい。


 エルフ的に綺麗な顔も、獣耳が付いた顔も、相手が男だと全く嬉しくないし、妙な迫力がありすぎ。相手が貴族だと、下手に押し返せないし。


 ハルカなど、完全に俺の後ろに隠れているぞ?

 ケトラさん、どんだけ尾ひれを付けて噂を流したんだよ。


「お二人とも、少々マナー違反では? 彼らは当家の庇護下にあります。まずは父に話を通してから声を掛けるべきでしょう?」


 小さい身体を割り込ませるように主張したイリアス様に、二人の大人は顔を見合わせる。


「ふむ。それもそうですね」

「お嬢ちゃんの顔を立ててここは引こうか」


 若干微笑ましい物を見たような笑みを浮かべながら、頷きあう大人たち。


「そちらのお二人も、何か困った事があれば――」

「スライヴィーヤ様?」

「余計な一言でしたね。それでは、イリアス嬢、いずれまた」

「またな、お嬢ちゃん」


 軽く手を挙げて去って行くエルフと獣人に、俺とハルカも軽く頭を下げ、イリアス様はホッと一息つく。


 ……そういえば、最初に話していたザスなんとかは、いつの間にかいなくなってるな?


 伯爵が出てきて、ビビったのだろうか?


 獣人の方は爵位を口にしなかったが、対等以上に話していたところを見れば、そういう事なのだろうし。


「なんとか乗り切りましたね」

「お疲れ様です、イリアス様」

「いえ、お二人も精神的に疲れたでしょう? さ、早く料理を取りましょう」

「はい」


 俺たちの労いに、イリアス様は頬を緩ませて、お皿を手に取る。

 これで一息はつけるが、もうしばらくしたら、主役の相手も必要なんだよな……。

 ガンバレ、イリアス様。

 俺たちは先ほど同様、置物になっているから。


 しかし、襲撃の事から視線を逸らせるという意味では、十分に役に立っている気もするが、逆に他の面倒事が増えているようにも思えるのだが。


 そう思ったのは俺だけでは無かったようで、ハルカがイリアス様に尋ねる。


「イリアス様、私たちの噂を流した事、逆効果になっているのでは?」


「いえ、当初の予定通りです。当家が侮られる事に比べれば、ハルカさんたちに引き抜きの声が掛かる事は、ずっと良い結果です」


 簡単に言えば、“襲撃を受けるほど弱い貴族”よりも、“引き抜きの声が掛かるほど、有能な冒険者を抱えた貴族”というイメージを前に出す、という事らしい。


 強い冒険者がいても、貴族家自体が強いわけではないのだが、そんな冒険者が居を定める領地というブランド、もしもの時に依頼を出せる立場、というのは俺たちが思う以上に有効らしい。


 ――もちろん、それが本当に高ランクの冒険者であればだが。

 どう考えても今の俺たちでは、役者不足である。

 正直、実際に引き抜きの声が掛かると困ってしまう。


「あ、もちろん、ご迷惑はおかけしませんので、ご安心ください。面倒事は当家の方で引き受けますので」


 そんな俺の心配を察したのか、イリアス様がニッコリと微笑む。

 さすがは小さくとも貴族、先ほどの対応を見ても、とても俺では敵わない。


「しかし、あのお二人が声を掛けてきてくださったのは、正直助かりました。あのおかげで、かなりの面倒事が省けましたから」


「お二人というのは、アーランディ・スライヴィーヤ様と獣人の方ですよね? あの方は?」


「彼はランバー・マーモント侯爵です」


「……え? 侯爵本人? 当主ですか?」


 侯爵の何番目の息子、と続くと思って聞いていたのに、侯爵で言葉が切れた。

 まさかと思って聞き返したのだが、イリアス様は無言で頷くのみ。

 本当に本人らしい。


「あの、イリアス様。男爵家の婚礼に、なぜ侯爵家の当主がお越しになっているのですか? 普通、ありえないことですよね?」


 ハルカの当然の疑問に、イリアス様は少し困った表情になる。


「……先ほどの事を見ても判るとおり、あの方は少々、型破りな方ですから。私など小さい頃、初対面で抱き上げられた事がありますよ?」


「イリアス様を、ですか?」


「えぇ。数年前の事になりますが」


 近所のおじちゃん、おばちゃんレベルならともかく、普通の貴族が、他家の子供を抱き上げる事などまずあり得ない。


 血縁関係にあり、とても親しい家であればともかく、侯爵家と子爵家、当主と嫡子、その関係で抱き上げるなど、普通に問題になる。


 だが、彼の場合、そういうキャラクターと知られており、本人に全く悪気が無いため、イリアス様の時も特に問題にはならなかったらしい。


「きっと今回も、『ダイアス男爵家なら美味しい料理が出る』とか思って、来られたんじゃないでしょうか? ほら」


 イリアス様が視線で示す方向を見れば、そこにはガッツリと皿に肉を盛って、むさぼり食っている獣人がいた。


 俺が涙をのんで諦めたあの肉も、しっかりと注文を付けて、ぶ厚く切り分けてもらっている。


 くっ、羨ましいじゃないか!


「恐らく、お二人は助け船を出してくださったのだと思います。お二人が引いた以上、他の方は同じ事ができにくいですから」


 侯爵家の当主が声を掛け、イリアス様が拒絶、ネーナス子爵本人を通してくれと言って、それを受け入れる。


 ここで他の貴族が直接イリアス様に話を持っていくと、『侯爵家の当主も受け入れているのに』となる。


 より爵位が上の貴族であれば、話は別だが、当然と言うべきか、この場に侯爵家当主以上の貴族が来ているはずもない。


 また、俺たちがエルフである事から、『同族故に』と声を掛けてくる場合もあるようだが、こちらもまた、先ほど声を掛けてきた二人がエルフと獣人であるから、潰される。


 引き際の良さや対応から見ても、まだ幼いとも言えるイリアス様に配慮して、そのような対応をした可能性が高いようだ。


 実はイリアス様、マーモント侯爵に抱き上げられた実績もある事だし、さりげなく愛されキャラなのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] はがゆい所が面白い [気になる点] Weblio辞書の引用 役者不足 「力不足」や「役不足」などと取り違えられたり誤用されたりして使われる表現。「力不足」は力量や能力が不足していること、「…
[一言] 今読み返していて気づきましたが、スラヴィーヤ伯爵とマーモント侯爵はここで初登場していたんですね。 叙爵の伏線がここにあったとは!
[一言] 役不足と言う言葉はあるが役者不足と言う言葉は無い。 役者の数が足りないという意味ならまあ、有りかな。 力不足の意味なら用法が全く合って無い。
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