156 洞窟 (1)
前回のあらすじ ------------------------------------------------------
新しい魔物はキラーゲーターだった。
魔法を使ってくる初めての敵だったが、そこまで苦労すること無く斃す。
そのわりに高い素材の買い取り価格にトーヤが喜び、狩りに力が入る。
狩りから帰った翌日は、再び休みとなった。
少し遅くまで狩りを続けていて疲れたという事も多少あるが、一番の理由は大量に獲得した獲物の解体。
その場で解体しない分、探索時間の短縮にはなるのだが、帰ってきてからまとめてやることになるので、少々面倒ではある。
もちろん、森の中でやるよりもスペース的にも、井戸水を使えるという面でも、作業効率は良いのだが。
そして、もう1つの理由は、距離と時間的な制約。
近場であれば、解体作業を終えた後、『ちょっと一狩り』行けるのだが、今の狩り場では移動時間だけで日が暮れてしまうことになりかねない。
なので、今後は少し朝早めに家を出て、夜も少し遅くまで狩りを行い1日ごとに休むか、本格的に泊まりがけでの狩りも検討すべき時期に来ているのかも知れない。
◇ ◇ ◇
「なんだか、森の雰囲気が変わってきたわね?」
「少し暗くなったというか……陰生植物が増えたというか……」
「思ったよりも涼しいのは、ありがたいですけど」
俺の提案で、森での探索を1日おきに変更して1ヶ月あまり。
名目上の稼ぎだけは順調に伸ばしている俺たちだったが、季節はだんだんと暑くなってきていて、下着、鎧下、鎖帷子、その上に服+革鎧という格好は少々キツくなってきていた。
この中で脱げるとするなら鎖帷子の上に着ている服だが、これを脱ぐと鎖帷子の光の反射が気になるし、金属がぶつかる音も出やすくなり、更には直射日光に晒されれば熱を持ちやすくなるので、とても奨められるものではない。
車のボンネットを考えれば解りやすいが、プレート・メイルなど、天気の良い日にそのままで外出するのは自殺行為らしい。サーコートでも着ていなければ、シャレじゃ無く焼け死ぬ。
ハルカとユキが、鎧下に何とか体温調整機能を持たせられないかと研究してくれているので、本格的な夏までにはどうにかしてくれると期待している。かなりシリアスに。
このままでは、夏場は本当にバカンスにしなければ体力が持ちそうにない。
ちなみに、稼ぎが『名目上』なのは、ディオラさんに「勘弁してください」と買い取りを拒否されてしまったため。
魔石は普通に買い取ってもらえるのだが、それ以外の素材は簡単には捌けないので、少し保留している状態なのだ。
肉はそれなりに捌けているので、一番在庫を抱えているのは皮。鞣し作業を行う工房のキャパを超えてしまったようだ。
ダールズ・ベアーの処理もまだ終わってないし、ラファンの町の規模ではこれも仕方ないのだろう。
別の町に行く機会があれば、そこの冒険者ギルドに売却しても良いかもしれない。
「植生が変わると、出てくる魔物の種類もまた変わるか?」
「どう、かなぁ? ちょっとアンデッドの種類が増えた気はするけど」
ユキの言うとおり、更に森の奥に進んで以降、少しアンデッドの比率が増えてきた気がする。
出てくるのがスケルトン、ゾンビ、シャドウ・ゴーストであるのは変わりないのだが、ちょっぴり手強くなったような気もする。なぜか武器を持っているので。
その武器は『浄化』で斃した後でも残るのだが、ほぼくず鉄や革製のゴミなので、俺たちの利益にはあまり寄与していない。
その他の敵はオーガーやキラーゲーター、オークなど。
新しく出てきた魔物としては、フォレスト・ハイド・スパイダーとスタブ・バローズがいる。
前者は3メートルを超えるような濃緑色の蜘蛛で、初めて出現したときは女性陣の悲鳴が凄かった。
俺の【索敵】をかいくぐり、樹上からいきなり降りてきたという事も一因だろうが、やはり蜘蛛だからだろうなぁ。
俺もちょっとぞわっとしたし。
後者は鋭く長い牙を持つ50センチぐらいのウサギ。
地面に掘った穴から素早く飛び出してきて、その巨大な牙で足を切り裂こうとする魔物なのだが、俺の【索敵】で事前に察知できていたので、大して問題でも無かった。
しかも見た目凶暴すぎて、ちっとも可愛くなかったので、ナツキたちも平然と首を切り飛ばしていた。なお、肉は美味く、毛皮も綺麗なので、高く売れる。
「アンデッド、オレのできることがないから、ちょっと暇なんだよな」
「あら、別に戦っても良いのよ? 但し、その後は私に近づかないでね」
「ひどっ! いや、オレもゾンビとは戦いたくねぇから。臭いがきつすぎる」
「獣人はそのへん、大変だよな」
「解ってくれるか? かといって、鼻に詰め物とかしたら、【索敵】が微妙になるしなぁ」
訊いてみると、トーヤの場合、【索敵】スキルの効果に嗅覚も影響しているのか、俺とは違って鼻を摘まんだ状態では精度がかなり落ちるらしい。
俺の場合は目を瞑ったり、耳を塞いだりすると同様の状況になるのだが、音や視界の範囲外に居る魔物であっても影響を受けるというのは少し不思議である。
「えーっと、そんなトーヤに残念なお知らせ? アンデッドが大量に居る場所がヒットしたんだが」
「うげっ。どれぐらい?」
「……50匹以上」
「……マジで?」
「マジで」
『嘘だろ?』みたいな表情を向けてくるトーヤに、俺は深く頷く。
事実なのである。無情な事に。
反応からすれば、全部がゾンビというわけではないが、かなりの数混ざっているのは間違いない。
「集まってるって事は、そこに何かあるの?」
「かもなぁ」
俺の【索敵】で判るのは魔物や生物の反応のみで、地形などは全く対象外。
残念ながら、目視しなければどんな状況なのかは判らないのだ。
視線さえ通っていれば【鷹の目】というスキルで、かなり遠くからも判別できるのだが、このスキル、この森で活動するようになって以降、殆ど活躍できていないスキルなんだよなぁ。木々によって視界が遮られるから。
透視魔法でもあれば役に立つのかも知れないが、少なくとも一般的に知られている範囲では、そんな魔法は存在しないのだ。
「でも、ある意味では良かったんじゃないですか? アンデッドならまだ手を出せますけど、仮にオーガーが50匹とか集まっていては、私たちでは自殺行為になってしまいますから」
「あ、そうだよね! ハルカとナツキ頼りにはなっちゃうけど、このへんの魔物の中では一番やりやすい!」
「なるほどなぁ。……取りあえず、見に行ってみるか? 危険性は低そうだし」
そういうことになった。
◇ ◇ ◇
「うわっ、めっちゃいる……」
ユキが驚き半分、嫌悪感半分の声を上げる。
目的地に居たのは、予想通り大量のアンデッド。
ゾンビ3分の1にスケルトン3分の2、それにゴーストが少々。
風向きの関係でそこまでは臭わないが、嗅覚の優れているトーヤはしばらく前から鼻を摘まんだままである。
「オイ、スケルトン・ナイトガイルゾ」
鼻を摘まんでいるので、おかしな声ながら、さらりと重要なことを言うトーヤ。
俺も慌ててスケルトンを【看破】してみると……いた。
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種族:スケルトン・ナイト
状態:健康
スキル:【剣術】 【盾術】
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……アンデッドが『健康』なのは正しいのか?
あ、いや、そうでは無く。
盾と剣を持った上に、ヘルムまで被っているやや立派そうなスケルトン数体、それがスケルトン・ナイトらしい。
他にも剣を持ったスケルトンの一部がスケルトン・ソルジャーと表示されたので、確実にこれまでのスケルトンに比べれば手強いのだろう。
だがそれでも、【看破】スキルを信用して良いのであれば、さほど脅威とは感じられない。
「アンデッドは『健康』なのかしら?」
おっと、ハルカも俺と同じ所に引っかかったらしい。
「彼らの生き方――いえ、死に方? の中では『健康』なのでは?」
「ドウデモイイジャン、ツマリ、ダメージハウケテナイ、ッテコトダロ」
いや、トーヤ、そろそろ鼻から手を外したらどうだ?
まさか片手で戦闘するわけでもあるまいに。
「……まぁ、そうね。気になるのはあの洞窟ね」
アンデッドがたむろしている場所の奥には岩壁があり、そこに洞窟がポッカリと口を開けていた。
ややジメジメとしたこのあたりの空気も相まって、少々不気味である。
「ナオくん、あの中にもアンデッドは居ますか?」
「判らない。入口付近には居そうにないが……」
【索敵】で調べる限り、敵は感知できないのだが、居ないから感知していないのでは無く、どうも索敵ができていないという印象。
単純な距離であればもっと深い場所まで【索敵】の範囲に入りそうなのだが、洞窟という場所のせいか、単純な距離ではないのかもしれない。
アンデッドはまるでその洞窟を守るかのように、その入口周辺を徘徊しているのだが、おおよその傾向としてスケルトンの上位種が奥に居て、その前にスケルトン、一番外周部にゾンビという形になっている。
「さすがにあの量は私たちでも一気には『浄化』できないから、ゾンビを重点的に対処するわ」
「対象から漏れたスケルトンやゴーストが近づいてくると思いますから、そのへんの対処は3人にお願いします」
「「「了解」」」
トーヤが剣、俺が槍の石突き、ユキが懐かしの鉄棒を構える。
俺とユキの武器は、切ってもあまり意味が無いスケルトンの対策用である。
地味に時々使い道があるんだよな、鉄棒って。丈夫だから。
「それじゃ行くわよ?」
「「『浄化』!」」
それによって消えたのは、ゾンビの大半とスケルトンが極一部、それにシャドウ・ゴーストが1匹。
それと同時にアンデッドたちは戦闘態勢に入った。
思ったよりも素早い。
スケルトン・ソルジャーと普通のスケルトン3体がセットになり、動きの遅いゾンビの間を抜けて、こちらに近づいてくる。
「連携してくんのかよっ!」
さすがに戦闘に突入すれば鼻を摘まむのは止めたらしい。
トーヤが剣を構えて突っ込む。
「でも、無意味だよね」
「だなっ!」
謂わばフォーマンセルの形態なのかも知れないが、まともな武器を持つのが1体だけでは連携の意味が殆ど無い。
スケルトン・ソルジャーだけに多少注意を払いつつスケルトンの頭を砕いていけば、簡単に崩れる程度の物。
その間にハルカたちの2度目の『浄化』が放たれ、残っていたゾンビと半数ほどのスケルトンが消え去る。
「――っと!」
俺がスケルトンと戦っている間に、コッソリと近づいてきていたシャドウ・ゴーストに、槍をクルリと回して属性鋼の刃で切りつける。
石突きの部分に使っているのも同じ属性鋼なので効果はあると思うのだが、やはり量が違う。
魔力を通して数度切り払えば、簡単に消えていくシャドウ・ゴースト。
この武器さえあれば雑魚である。
ユキの方には……ゴーストは行ってないな。
ユキも属性鋼の小太刀を腰に下げているが、今使っているのは普通の鉄棒。援護が必要かと思ったが、すでにゴーストは残っていないようだ。
「残りは……スケルトン・ナイトとソルジャーだけか」
4体のスケルトン・ナイトとそれを守るように7体のスケルトン・ソルジャーが存在している。
それに対してトーヤが剣を構えて切り込んだその時――。
「「『浄化』!」」
3度目の浄化。
ハルカとナツキの魔法が重なるように発動し、その範囲内に存在していた最後のスケルトンたちは一斉に砕け散ったのだった。









